4「和俗童子訓」 ( 苹@泥酔 )
2018/02/23 (Fri) 21:02:10
 いい加減、「教えて!おじいさん!」稿に始まる一連の投稿群(↓)も長くなった。そろそろ続きの転載場所を、こちらに変える事とする。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11465125
 冒頭恒例の書き下ろし稿を久々に出す。今回は更に時代を遡り、寺子屋教育に大きな影響を及ぼした貝原益軒「和俗童子訓」の話でも。下記サイトは全文と巻之四「手習法」。
http://www.nakamura-u.ac.jp/library/kaibara/archive04/text01.html
http://prodr.org/ekiken/douj4n.html
 巻之三「年に随ふて教える法」冒頭には、例の「男女七歳」云々(「礼記」)などが出てくる。その後の記述は「読む事」から「書く事」へと続き、今時(活字時代)の「読めない」などという事態は当然ながら予め想定されていない。
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>六歳の正月、始て一二三四五六七八九十・百・千・万・億の数の名と、東西南北の方の名とを教え、其生れ付の利鈍をはかりて、六七歳より和字(かな)をよませ、書習はしむべし。初めて和字を教ゆるに、「あいうゑを」五十韻を、平がなに書て、たて・よこによませ、書習はしむ。又、世間往来の、かなの文の手本を習はしむべし。此年ごろより、尊長をうやまふ事を教え、尊卑・長幼のわかちをもしらしめ、言葉づかひをも教ゆべし。 七歳、是より男女、席を同してならび坐せず、食を共にせず。此ころ、小児の少知いでき、云事をきき知るほどならば、英知をはかり、年に宣しきほど、やうやく礼法を教ゆべし。又、和字のよみかきをも、習はしむべし。
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 当時の規範は御家流の行草変体仮名交じり。それゆえ「かなの文の手本を習はしむべし」の意味は、当初から「世間往来の」連綿書記システムが前提にあると見て障りあるまい。また八歳と十歳の間には次の記述がある。
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>ことしの春より、真と草との文字を書き習はしむ。はじめより風体正しき能書を学はしむべし。手跡つたなく、風体悪しきを手本としてならへば、悪しき事くせとなり、後に風体善き能書をならへどもうつ(移)らず。はじめは真草ともに、大字を書習はしむべし。はじめより小字をかけば、手すくみてはたらかず。又此年より早く文字をよみ習はせしらしむべし。孝経、小学、四書などの類の、文句長きむづかしきものは、はじめよりよみがたく、おぼえがたく、たいくつ(退屈)し、学問をきらふ心いできて悪しく、まづ文句みじかくして、よみやすく、おぼえやきものをよませ、そらにおぼえさすべし。
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 習字は実際「風体正しき能書」が範でないと、とかく読みにくくて仕方がない。また「真と草」の学書要諦については「2015/01/04 02:44」稿で既出の通り、明治二年以後の高斎単山塾で学んだ高田竹山が「私などは、先ず最初に草書を一字ずつ大きく書いてから、楷書を習ったものです。そうすると手がほぐれて、腕の回転が自由自在になるからです」と回想している。そこから「はじめより小字をかけば、手すくみてはたらかず」との共通要素が窺える。字の大小と筆の円転は別物でありながら似ていて、「すくむ」楷書と「ほぐす」草書の間を取り持つのが、今で云う筆脈意識になるのだろう。~その後「手習法」には懸腕法の話が出てくる。
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>指を以て、筆をうごかす事なかれ。大字は肘をうごかし、小字は腕をうごかす。筆のはたらき自由なるべし。指は取事を主どり、肘腕はうごく事を主どる。指はうごかすべからず。
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>腕法三あり。枕腕(ちんわん)あり、提腕あり、懸腕あり。枕腕は、左の手を右の手の下に枕にさする也。是小字をかく法也。提腕は肘はつくゑにつけて、腕をあげてかく也。是中字をかく法也。懸腕は腕をあげて空中にかく也。是大字をかく法也。うでを下にさぐれば、はたらかず。是小字、中字、大字を書く三法なり。
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 高田竹山が字の大小を司る腕法に書体を絡めるのは、草書ではっきりと顕れる筆脈が楷書(真書)と共通の書字原理(腕の回転)に順うためでもある。また「童子訓」全体は支那古典を下敷きにした記述が多い分だけ、和俗との距離が強調されがちになる。ここでは仮名を含む和様自体が唐様との距離を示唆するものの、だからと云って、どちらかを一方的な基準とする訳でもない。和様も唐様も古筆は共に本格だから、そこに質的意味での優劣はない。斯くして比するに、要は俗筆を忌む事となる。(ちと誤植が目立つけど…↓)
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>和流・から流共に、古代の能書の上筆を求めてならふべし。今時の俗筆をば、ならふべからず。手本あしければ、生れ付たる器用ありて、日々つとめまなびても、見ならふべき法なくして、手跡進まず。器用も、つとめも、むなしくなりて、一生悪筆にてをはる。わが国の人、近世手跡つたなきは、手習の法をしらざると、古代のよき手本をならわざる故也。
>本朝にも、古代は能書多し。皆唐筆をまなべり。唐人も、日本人の手法をほめたり。中世以後、からの筆法をうしなへり。故に能書すくなし。あれども上代に及ばず。近代は弥(いよいよ)、俗流になりし故、時を逐(おい)て拙なくなる。凡文字は中華よりいで、真・行・草もからよりはじまる。日本流とてべつ(別)にあるべからず。から流の筆法にちがへるは、俗筆なり。同じくは、からの正流を、はじめよりならふべし。但(し)近世の、正しからざる唐筆をならへば、手跡ひがみ、よこしまにして、よみがたし。文盲たる人は、から流はよみがたしと云。それは、あレき風をならひたるを見ていへり。からの書は、真字を先(まず)ならひて、それにしたがひて行・草をかく。故に筆跡正し。日本流は、真字にしたがはず、字形をかざる故、多くは字画ちがひ、無理なる事多し。
>真字は、ことに唐筆の正しき能書を、始より学ぶべし。和字(かな)も、いにしへの能書を始より学ぶべし。和字には中華(から)流あるべからず。真字には和流あるべからず。和流に真をかくと、から流に和字を書とは、皆ひが事也。此理をしらずして、今時から流にかなを書人あり。しかるべからず。草書には和流もあれども、から流にもとづかざるは俗流なり、正流にあらず。本朝上代の能書、三筆、三跡など、皆から流に本づけり。其後、世尊寺、清水谷など、能書の流を家流と云。是又、中華の筆法あるは、俗流にあらず。俗流をば学ぶぺからず。まことの筆法なし。近代の和流の内、尊円親王の真跡は、からの筆法あり。よのつねの俗流にまされり。真跡にあらざるは、からの筆法なし。習ふぺからず。真跡まれなり。其外、古の筆法をしらで、器用にまかせて書たる名筆、近世多し。世俗は賞翫すれども、古法をしらざるは、皆俗筆なり、学ぶぺからず。
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 当時から「俗流」は横行していた。だから仮名も草書も先ず、源流たる支那古典に立ち戻る必要があった。その上で「和字には中華(から)流あるべからず」「真字には和流あるべからず」といった和漢分離の書字意識が提唱されてくる。それらが漢字と仮名を分かつ簡明な文字認識システムを後々まで下支えしてきたのだろう。
 これらが根こそぎ破壊され始めたのは明治の開国以後/活字導入ショック以後であり、そこに新造の言語体系「国語」(標準語)が追い打ちをかけた。~この辺を遠目に見据えながら、苹は相変わらず辛気臭い(?)話を書き連ねる事となる。
8定点観測(其三) ( 苹@泥酔 )
2019/08/18 (Sun) 07:50:13
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。五分割中の三。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2084.html#comment



(反省)
 どんな本を読んでも読み落としはある。文脈は雑駁に読めても、語彙理解が足りなかったりする。その一例が苹の場合は「写字」で、書道畑なら「書写」と云えば国語上の文字理解が伴うものと予め決めてかかるから、「まさか読めないまま書くなんて」となりがちだったりする。つまり書道教員は予め「それは国語の領分」と云わんばかりに度外視し、生徒が脳損傷と似通った状態になる様「わざと又は無意識に」教育する事ができる。特に戦後の高校芸術科書道では、そうした教育が一般化してきたかの様な。だから読めなくても構わない。読めないまま書かせても、視覚芸術としての評価は成り立つからだろう。ここでは言語教育としての在り方が、教員採用自治体の方針を巻き込んで(と云うよりは率先垂範?)堂々と「放棄されている」事になる。
 青森県では高校書道教員採用試験が二十数年に一度のペースで実施されたらしい。苹の確認できた事例は1979年(青森県教育庁県立学校課課長2001.10.26付、電子メール回答より↓)と2002年(2003年度)の二回しかない。その前は宮川翠雨と入れ替わる形で採用された遠藤雨山の1972年頃かしら(未確認)。他には2011年の特別支援学校(高等部)もあったが、これは普通高校と別枠だし、その意味を深読みすると前稿末尾の視点が新たな角度から気にかかる。
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>書道専門の教諭がいない場合でも、他の書道免許所持者が担当しており、学校として不具合がないことから、書道専門の教員を採用して欲しいとの要望はほとんどありません。そのようなことから、書道の試験についても昭和55年度以降実施していないものです。
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 文中の「他の書道免許所持者」とは概ね国語教員を指す。高校国語に書写はないから、当然そちらの筆記も実技試験もない。私も国語の採用候補者名簿登録を経て書道を担当した。そこで取り敢えず国語/日本語の枠組を前提に、一応「謙虚なつもりで」書道選択生の全員が仮名を読める様にし、その上で実技を指導した。或る日、教頭先生から「謙虚になれ」と言われた。何の事か分からなかった。その後「読めないもの(←仮名の事?)は教えるな」との指導を校長室で受け、1998年度末クビになったのは何度も書いた通り。
 国語の教員は字を読める様にしてはいけない。そう云うと角が立つだろうし、抑も認識がない場合さぞ不本意だろう。ならば毛筆書体を「日本語の字ではない」と判断しているか、書道(芸術科)を担当した途端「国語科」の教員ではなくなるか。前者なら「国語」における「文字」定義の教育的改変(?)となり、教育が学問から切り離される筈。また後者ならば正規もしくは臨時採用された時点で、採用試験の科目分類が合否を問わず「直ちに」無効化される慣行/システムを意味する筈。後は教員免許の有無が問題化しない様に対策/工夫すればよい(実例~「東奥日報」2000.11.10付↓)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_p_416.html
 いづれにしろ、書字からの脱却教育/「脳損傷」擬態が歴史断絶の根本的操作となってきた事に変わりはない。ならば…と思い当たる。たとい健常者でも、誰もが脳損傷と似通った状態ならば、ワンサカ被験者が居る事になるのではないか。問題はリファレンスとしての過去だ。現在が失われているのではなく、過去の「生きた痕跡」が欠如しているから「科学的な」比較のしようがない。…たぶん苹の夢想した「人身御供」教育も失敗しただろう。環境は環境を組み換える。環境/歴史に抗う余地など、ありはしない。(→引き籠もり~♪)
 そこで浮かび上がるのが特別支援学校「高等部」。脳損傷でないのに同然の状態を前提するなら、何かそこに特別な未来がありそうな気さえしてくる。脳損傷「状態」は伝染する。その役割を担うのが教員(他科を含む)。寄って集って普通高校の生徒に遍く感染させてきた。しかし特別支援学校なら「木を森に隠す」様な仕方で、感染自体を予め環境に埋没させられる。~昔読んだ本に水島恵一『人間性心理学大系 第3巻 イメージ・芸術療法』(大日本図書)がある。P.176に「書道と水墨画」が出てくる。以下はP.180の記述。
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> ただし、現今実際に施設や精神病院などで行われている芸術療法は、まだその入口にあるというべきで、しかも多くはより指示的、教育指導的、ないしレクリエーション的な書道である(水墨画を導入している例はそれほど多くはない)。それは一般に趣味、教養として行われているものとそれほど大きな違いはない。もちろんこうした中でも、それなりに治療教育過程(とくに上述の伝統的な独自の過程)はみられるのであって、具体的にどんな展開が適切かということは患者の状態やグループの性格によって、決められるものである。
> たとえばある精神病院では、毎週一時間、十数名の慢性分裂病者中心の集団(自由参加)によって書道が行われているが、そこでは種々の手本類が用意され、各自その中から好みのものを選び手本としてもよいし、また自分でかきたい言葉をかいてもよい。新聞紙が練習用紙として十分に用意され、最後に清書用紙として半紙が与えられる。そして各自は最も好きな清書作品を選択してホール壁面に掲示する。こうした中で、書道独自のさまざまな過程が観察される。
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 義務教育の書写とさほど変わらない。学問ではない。しかし稽古でもない。治療の一環である。学問の代わりに治療を持ち込めば、それが直ちに教育となって機能する。相手は所謂「健常者」でも構わないが、現今それが一般化しているとは考えにくい。だから特別支援にシフト?…こんな話は妄想じみているかも知れないが、しかし慢性的な高校書道教員「不足」(←正規採用の意味↓)を踏まえてなお、県教育庁は嘗て「書道専門の教員を採用して欲しいとの要望はほとんどありません」と返答した。その意味をずっと考え続けて居る。向こうは単に事務的に回答しただけなのかも知れないが、どっこい無意識という難物が控えている事に変わりはない。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
 書写とは「書き写す」事である。中身がどうであれ。(さすが戦後の新造語)
【2017/12/05 07:55】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(備忘録?~いや、ただの妄言だ…)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1452.html#comment
 苹はビールしか飲めない(↑)。飲んで酔っ払うのではない。仕事中は飲んでる時で、そうでないなら飲む必要はない。独りで飲むと集中力が高まり、頭脳がよく働く様になる。クドくネチネチ何年も前のを…性格が悪いだろw(拙稿を振り返れば一目瞭然)。おまけに食べ物を流し込む事ができる。食べている事を忘れ、飲んだ量も忘れる。…「ビールは飲むパン」だそうな。これには納得がいく。ただし肝臓にはよくないらしい(汗)。十数年前に医者から指導された通り、味は度外視してプリン体ゼロの銘柄(発泡酒)しか飲んでないのにナァ。
http://www.sankei.com/wired/news/171208/wir1712080001-n1.html
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>2017.12.8 20:30更新
>飲むアルコールの種類によって感情がこんなに変わる?  21カ国での調査から明らかに
>WIRED (1/2ページ) .
> アルコールはさまざまな感情を引き起こす。その感情の種類が、実は飲むアルコールの種類によって異なることが、21カ国の約3万人を対象に行われた調査で判明した。ワインや蒸留酒、ビールといったお酒の“効果”のほどは--。
>人間の感情はもともと不安定だが、それを操る手段としてアルコールは非常にすぐれている。嬉しいときに飲めば気分はさらに上がり、悲しいときに飲めば気分はさらに下がる。エネルギッシュにもなるし、リラックスもさせてくれる。過去についての後悔があっても、短期的には忘れさせてくれる(新しい後悔が生まれるかもしれないが)。
>だからといって、実はすべての酒が同じように感情を操る力を提供するわけではない。「BMJ Open」に発表された新しい論文によると、21カ国の約3万人を対象に行われた飲酒に関する調査から、酒を飲む人は異なった雰囲気と目的を求めて、異なった種類のアルコールを飲もうとすることがわかった。
>
>赤ワインを飲むと「リラックスできる」
>例えば、回答者の約53パーセントが、赤ワインを飲むとリラックスできると考えており、60パーセントは眠くなると報告している。このため、クリスマス休暇に短気な親戚を大人しくさせる酒を探しているなら、熟成したメルローがいいだろう。
>もっと一緒に楽しめそうな客には、カクテルがお勧めだ。回答者の約60パーセントが、カクテルはエネルギーを与えてくれるし、気分が向上すると考えている。また42パーセントが、カクテルを飲むとセクシーな気分になると述べている。だが、短気な親戚にマティーニ(ジンとベルモットのカクテル)は飲ませない方がいいだろう。回答者の約30パーセントが、蒸留酒を飲むと攻撃的になると答えているのだ。
>この研究は、英NHS(国民保険サービス)の一部局であるウェールズ公衆衛生局(Public Health Wales)のキャサリン・アシュトンを中心として行われたものだ。同局に勤務している共同執筆者のマーク・ベリスは、次のように述べている。「何世紀にもわたって、ラム、ジン、ウォッカなどの蒸留酒の歴史には暴力が付き物でした。今回の世界的な研究により、蒸留酒は今日でも、ほかのアルコールと比べて攻撃的な感情につながりやすいことがわかりました」
>鎮静効果のある選択肢としては、ビールもお勧めだ。回答者の約50パーセントが、ビールを飲むとリラックスできると答えている。また、45パーセント近くが自信を感じる、38パーセントが眠くなると報告している。
>すべてのアルコールのなかで、最も感情を左右しなかったのは白ワインで、どの感情とも強い関連性を示さなかった。だが18パーセントは、白ワインを飲むと疲れを感じると回答している。
>
>ただし、自己申告でバイアスあり
>この研究では、年齢、性別、出生国、教育レヴェルといった一部の人口統計データが考慮されている。その結果、女性と若年者は、感情を飲酒と結び付ける傾向が高いことがわかったが、その感情に攻撃性は含まれていない。これに対して男性は、あらゆる種類のアルコールに攻撃性を結び付ける傾向が高かった。だが今回のデータは、ビールを飲む男性は蒸留酒を飲む男性より攻撃性が低いという、以前の研究結果を裏づけるものでもある。
>今回の研究には多くの限界がある。まず、これが自己報告データに基づく観察研究であるという点だ。また、自分の状態を思い出す際にさまざまなバイアスがかかるという問題もある。特定のアルコールを飲みながらどんな行動をしていたのか、アルコールをミックスして飲んだのかどうか、特定のアルコールを飲み始めた時点ではどんな気分だったのかといった多くの要素が絡み合っている。
>それでもこの調査結果は、飲酒問題に介入する際に役に立つ可能性がある。調査に携わった研究者たちは、このデータを参考にすれば、「アルコール消費行動をより深く理解でき、特に飲酒量の多い人に対して、酒量変化を促す戦略や介入に関する情報を得ることができる」と述べている。
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 …殆どがピンとこない。むしろ感情は消えるし、落ち着くし、酔う訳でもないし、他の酒の事は分からない。ただビールだけは「よく体得して居る」。鎮静効果がリラックスなのか精神的緊張なのか判然としないけれど、多分どちらも同じなのだろう。もし音楽に陶酔するのと大差ないなら、車の運転中も陶酔している事になる(アルコール入ってないのに!)。また飲んでも飲まなくても、攻撃性は確かに低い。
 教員時代の飲み会で、音楽の先生が「あんまりだ!」と涙ながらに悔しがった事があった。何を言われたか分からぬが、同じ高校だから苹が言われたのと大差なかろう(芸術教育の全否定とか?)。あんなふうに感情が高ぶるのは珍しい。私の場合は罵倒されると冷静に相手を観察し始め、沈思黙考のスイッチが入るのになあ。でも傍目にゃ、こんな感じ(↓)だったかも。
https://sp.jorudan.co.jp/zoo_aqua/hashibirokou.html
 前任校での飲み会では、めんどくさいから視点を据えて沈思黙考モードに入った。視線の先に偶々「人が居た」。事務室の未婚女性で、三十分くらいは視線を逸らさなかっただろうか。ただし私は何も見ていない。単に視線を固定していただけである。

 ところで、冒頭リンクの旧稿を読み返してたら「三十年後」話にも言及してたのを思い出した。近年は河合雅司本の大ヒットが有難い(↓)。
https://shuchi.php.co.jp/voice/detail/4421
 西尾先生出演の「プライムニュース」については、何か書きたくなったら後日。
【2017/12/09 11:53】 URL | 苹@変態 #SFo5/nok [ 編集]



>30分、視線を固定された女性、お気の毒でしたね。
 その女性は数年後、同じ高校に勤務する国語の先生と結婚した様ですヨ(おめでとう♪)。あんな傍迷惑(?)な飲み方が一方または双方をハッスルさせたのなら、苹が反面教師ならぬ反面キューピッドになった可能性なきにしもあらず?…なにしろ彼女はあの時、私(←傍目にゃ変態?)が懸想していると誤解した様子に見えてたし。でも私の方は、ただ行動抑制/身体硬直を徹底した結果、頭の方に妄念を省力化/集中できていただけなのにねぇ。

>プライムニュースの感想よろしくお願いいたします。
 録画を二度見たけど、まだ書けません。そればかりでない。本日ふと気付いたら一ヶ月ぶりとなっていた三浦淳ブログを覗いたところ、忽ち頗る気が散った。すなわち「こんな本も出てたのかあ~!」と。~「日録」で出す予定があったなら申し訳ないけど、先に紹介文の全部を出しちまいます(↓)。
http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1068563035.html
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>2017年11月22日
>読書/ 西尾幹二 + 中西輝政 『日本の「世界史的立場」を取り戻す』 (祥伝社、2017年11月)
>評価 ★★★☆
> 著名な言論人ふたりの対談集。司会は柏原竜一が務めている。
> 第一章は「「近代」とは何か」。
> ルネッサンスを近代の出発点とするブルクハルト流の見方はおかしいので(ルネッサンスは中世の延長である)、アングロサクソンはそうは考えていないという指摘が興味深い。中西氏によればアングロサクソンのピューリタニズム(清教徒革命が17世紀半ば。本書はこの革命を内乱と呼んでいる)と普遍志向、それに金融が乗っかって近代が成立した。イングランド銀行ができたのが17世紀末のことである。
> ホッブスは「万人の万人に対する戦い」という言葉で有名だが、そもそもホッブスが『リヴァイアサン』を書いたのは清教徒革命のすぐあとであり、「万人の戦い」という表現はこの内乱をバックとして言われているのである。
> 西尾氏はアメリカという要素の重要性を指摘している。ヨーロッパがアメリカを発見することで、ヨーロッパ自体が変化してゆくのである。ホッブスと正反対の思想家とみられがちなジョン・ロックが「アメリカ大陸は万人のものである」という言い方でアメリカ「開拓」への理論的根拠を与えたという指摘は貴重。また中西氏は、ロックはアメリカでは評価が高く日本もその見方を輸入しているがイギリスでは評価は低いと述べている。
> また、国際法の父とされるグロティウスは「懲罰戦争」という概念を提示して正義の戦争という観念を生んだが、中西氏によるとグロティウス(17世紀)の考え方はエメリック・ド・バッテル(18世紀)により否定されており、バッテルの論がその後の国際法の流れになるという。バッテルによれば、主権国家が自分の判断で戦争を始めても、その是非は問われるべきではない。「人類」などいう概念を持ち出さない方がいい、そのような概念を持ち出す方がむしろ危険だから。そしてヨーロッパは基本的にこうした思想に拠っているのに対し、アメリカはグロティウスの「正義の戦争」論に依拠しているところを問題視する。
> 結局、ウェストファリア条約以降のヨーロッパはエメリックの考え方をもとにしており、主権国家間の戦争もあるがその是非は問わないというルールでやってきたのが、アメリカの登場で覆されてしまうという流れになる。
> さらに、ピューリタニズムはほぼ無神論であって、ハーバード大学はそういう流れでできている大学だという指摘もある。
> 以上、対談者ふたりの基本的な考え方が出てくる第一章をやや詳しく紹介した。
> 以下、この基本線に則って議論が展開される。
> 第二章は「アメリカの正体」、第三章が「反日と戦争」、第四章が「日本が取り戻すべき大義」となっている。
> 最近の国際情勢(アメリカの衰退、イスラムの台頭)は、日本の世界史教科書的な見方では世界は理解できないことを教えてくれている。こういう時代には、一般に流布している史観を基本から洗い直してみることが必要で、本書はそのような観点から意義深い一冊と言えるだろう。 
> なお、捕鯨問題への言及もある(第三章)。
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(2017.12.12追記)
 …さんざん迷った挙句、「プライムニュース」の感想は結局こうなりました。
「私は、正直者で、ありたい。」
【2017/12/10 18:54】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(備忘録)
http://www.sankei.com/column/news/171213/clm1712130007-n1.html
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>2017.12.13 11:00更新
>【国語逍遙】
>(92)清湖口敏 「くずし字アプリ」 若者に倣って古文献の解読を
>(1/4ページ) .
> 11月10日付で各紙が報じた今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補30語には、恥ずかしながら知らない言葉がたくさん交じっていた。「刀剣乱舞」もその一つで、ネットで調べてみてそれがゲームの名前であることを知ったとき、「そういえば」と頭をかすめるものがあった。「コレが例のアレだったか」…。
> 実は最近、くずし字の解読に興味を覚えだした。若い頃に少しばかり書をかじり、変体仮名なども学んだはずなのだが、どうやら一向に身についていないものと思われる。
> 新聞ではしばしば、龍馬や漱石といった歴史的人物の手紙などが写真で紹介され、その達筆ぶりに感銘を受けたりはするのだが、では、そこに何が書かれてあるのか解読せよといわれると、悲しいかなさっぱり読めない。古文献が今、私たち現代人にとって確実に近しい存在になりつつあるというのに、である。
> 国立国会図書館や国文学研究資料館などが大量のデジタル画像をウェブ上に公開しており、わざわざ所蔵館に出向かなくともパソコン等で古人の筆跡に手軽に触れることができる。ただ、くずし字が多用された文献は、私たちが常用する文字に翻字されたテキスト類がなければ、読むのは極めて困難だ。
> 解読したい…。そんな思いが膨らんでいった頃、スマートフォンやタブレット向けの「くずし字学習支援アプリケーション」が無料で入手できることを知り、さっそく『アプリで学ぶくずし字』(飯倉洋一編、笠間書院)なる本を手に取ってみた。
> そこに紹介されていたのが「刀剣乱舞」で、私はその名前をすっかり忘れていたのである。刀剣を擬人化したこのゲームは若い世代に人気を呼び、ゲームをきっかけに若者の間でくずし字への関心が高まったそうだ。実際の刀剣を見に博物館や美術館に行くと、くずし字で書かれた折り紙(鑑定書)も同時に展示されてあり、「くずし字を学びたい」との意欲が湧き起こるのだとか。
> そんな彼らの強い味方となるのが先のアプリで、名を「KuLA(クーラ)」という。私が宣伝してあげる義理は全くないのだが、このアプリ、実にスグレモノである。3つの機能があり、「まなぶ」機能では変体仮名や漢字の草書体が学べる。ここでの学習やテストを一通り終えたら、次は「よむ」機能へ。方丈記や新刃銘尽後集(あらみめいづくしこうしゅう)(刀剣書)など実際の和本の画像を翻字テキストなしで読めるかどうか、成果を試せるようになっている。
> 残る3つめが「つながる」機能だ。何か読めない文字に遭遇したとき、文字の写真を添付し、フェイスブックやツイッターなどのネットワークを通じて同好のユーザーに助けを求めることができる。まさに至れり尽くせりではないか。
> KuLAはもともと、国文学研究資料館が作成する30万点もの古典籍の電子画像を、いかに活用するかという課題から着想されたもので、大阪大学を中心とするプロジェクトによって開発された。経緯は『アプリで学ぶ~』にも詳しいが、目を引いたのは、くずし字解読への欲求がとりわけ古地震学研究者に強かった事実である。過去に発生した地震の詳細を知り、そこから将来の災害に対する教訓を得るのは、地震学者にとって必須なのだという。
> 思い起こせば東日本大震災直後の平成23年3月28日付の小欄でも、日本書紀や方丈記における地震の描写をご紹介したことがあった。KuLAの「よむ」機能に方丈記の冒頭部が収められているのも、この鎌倉初期の随筆が地震や竜巻などの災害を詳細に記しているからだろう。
> 現在のわが国では毛筆を使う習慣がすっかり薄れてしまい、正真正銘の日本の文字であるくずし字が、外国語以上に難解なものになってしまった気がする。日本文学研究者のロバート・キャンベルさんはそんな現況を憂え、「日本人はくずし字を学ぼう」と提唱した。「江戸時代に書かれたもので、いま活字で読むことのできるものは恐らく全体の一割にも満たない。版本や写本など、多くがくずし字のまま放置されている」「たかだか百四十年前でも、くずし字で書かれた和本を読む基礎的なリテラシーがないと、この資料にはアクセスできない」(文芸春秋2015年8月号)
> よし、若い刀剣ファンに倣って私もゲームに、いや、くずし字の解読に、真剣に取り組んでみよう。
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http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1850.html#comment
 「2016/06/19 10:13」稿末(↑)で、以下の産経記事二本とリンクした。
●刀剣女子、歴女…「くずし字」学習アプリと解読システム、開発者も仰天の意外な需要
http://www.sankei.com/west/news/160606/wst1606060004-n1.html
●署名もタブレットに書くデジタル時代 「書は人なり」は健在か 論説委員・清湖口敏
http://www.sankei.com/column/news/160612/clm1606120008-n1.html
 これらを承けての話かしら。若い頃に囓ったのは高校書道の事かと察せられるが、仮名が身に付くほど執拗な授業をやらかす変態教員は大学受験の邪魔で、少なくとも青森ではお払い箱となっている。もし入試の国語古典が活字以前の文字で出題されたなら、さぞ現場は慌てふためくに違いない。苹も半分程度ならともかく、全部を正しく読み下せる自信はない(自嘲)。それだけ国語と書道には隔たりがある。あちらは読む人、こちらは書く人。しかも「正しく書く」ための模範的古典(支那物や平安物)しか学んでないから融通が利かない。江戸時代の版本は論外で、拓本と同列には扱われない。
 そこを別の角度~書道側ならではの視点で苹は考えようとしてきた。難易の差こそあれ、「読める字」として機能しなければ実用にならない。しかし古文書字典などを見ると、読む視点ばかりでは奇妙な限界がありそうだ。「読まれる」前に「書かれる」プロセスが必ず伴う以上、書く視点からのアプローチが要る。その共通原理が自力では未だ簡潔に纏められず、どの本にも今のところ見当たらないのは苛立たしくもある。(近年は専門書を買いに行く余力なく…健康面でも金銭面でも)
【2017/12/15 21:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>中国は広すぎて、方言が多すぎて、発音が違い過ぎ
>中国語って、全部漢字だから、大変だろうなぁ~~~
 日本は方言が通じなくても識字力抜群で全国共通なのに比べ、支那は漢字が多過ぎるし文盲の民衆が多かったとか。~そう云や前稿末のと同じコメント欄の、「2015/12/31 23:51」稿で少し触れてましたっけ(「津軽弁でニーチェ」稿の次)。
 あと2ch…でなく5ch経由で、こんな記事(↓)を見つけました。
●「縄文人」は独自進化したアジアの特異集団だった!
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20171214-OYT8T50003.html

(前稿補記)
 リファレンスがないと、読字対象との距離/差異が比較できない。せめて画一的な環境が保たれていれば環境自体がリファレンスとなるのだが、それまでもが崩壊して今は基準が活字に置き換わった。幕末庶民レベルの環境は漢字も仮名も御家流が中心だった。開国後は漢字の唐様が更に支那化、仮名は平安朝へと遡行して共に中心からの距離が開き、やがて御家流は書字のリファレンスでなくなった(失われた)。
 昔の規範/教本で典型的なのは三体千字文で、実用書道の手本類も多数ある。より初歩的なのは教育書道と呼ばれたが、それとて明治戦前から昭和中期までのは恐らく今のと相当イメージが違う筈。当時の教育書道は当然のごとく行草や変体仮名を含み、一通り読み書き出来る様になってから実用書道や芸術書道に進んだ(建前では)。だから「読めない」のは古文書/古典レベルに限られた。その部分が学校教育の書写/書道では壊れている。ただし補完システムは昔からあり、書塾でも独学でも努力次第で不自由はなかった。
 とは云っても、基礎が読めれば応用も読める/解ける訳ではない。また応用だけの読字からは、往々にして書字の基礎(書写体/書体間の横断的フレキシビリティなど)が欠落しがちになる。今の古文書界隈では教育書道を学んでこなかった人も多い筈。彼らはどんなふうにリファレンスを補って居るのやら~古文書字典や書道字典のごとき網羅的体裁ではなく、より体系的な学習システムの領分で。例えば初心者用の或る本では字画の中に骨法を、外には筆脈の流れを補助線で加えて分かりやすくしていた。すると書字プロセスが容易に想像でき、それが読む上でも役立つ。ただし…手習いすると自分の下手さ加減に気が萎えたりもする(眼高手低?)。その点では目習いの方が書字シミュレーションに相応しい。我々は目習いからイデアの様なものを学ぶ。
 しかしそれとて所詮は身近な(?)模範に過ぎない。書家/師匠は教育的な規範を教えるが、基礎と応用の距離/隔たりには歴史的な諸々の幅が関与する。室町時代や江戸時代の様には書けない分、古文書畑から見れば必ずしも研究的とまでは映らないだろう。また教育と研究の相剋に実作/創造圧力が加わると、書家は教育者でも研究者でもない存在~今なら芸術家らしきものへと「画一的に」分類され、観念的に隔離されたりもする。音楽方面ならまだマシな方かも知れないが…「レコ芸」2017.6号の伊東信宏連載「東欧採音譚18」は冒頭こう始まった(↓)。
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> 理科系が強い大学に勤めていると、江戸時代の絵画の研究なんかして何の役に立つのですか?と真顔で同僚に問われた、というような話をよく聞く。「そんな気楽な研究して我々と同じ給料もらっていいですね」という意味だ。音楽ももちろん他人事ではない。
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 その後「なんだか最近疲れてきた」「あんまり手応えがないからだ」とぼやいては、続けて学生についてこう語る(↓)。どうやら実情は書道と似たり寄ったりらしい。
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>音楽は、学校でも主要ではない遊びみたいな教科である(あるいは課外活動の領域である)のと同じように、社会にとってもあくまで害のない「気晴らし」に過ぎないのだから、そんなものが時には魂を揺さぶられるような経験をもたらしたり、あるいはそれを利用することで人間を思いもよらぬ方向に駆り立てたりするのだ、ということは彼らには想像し難くなっている。
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 因みに筆者は大阪大学文学研究科教授だそうな(↓)。
https://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/academics/undergraduate/interview/ito_n
 ところで一時期、このレコード批評雑誌には書とのコラボ記事があった。海老原露巌(書家)の少字数作品と記憶するが、場違いゆえか不人気か早々に連載を終えた。~書には基礎との距離を味わう面がある。音楽だって、例えばブラームスやメンデルスゾーンのsym.4でパッサカリアだのサルタレロだの云われても知らなければピンとこないし、リストの交響詩は文学の教養が前提となる。それらに近い(?)面が書にもある。尤も基礎自体は数学の公式みたいに、応用の手前で先ず公式自体への理解を要する。数理と教養は元々音楽に近しく、東洋の四芸(琴棊書画)は音楽・数理・文学・絵画の教養を指す。ただしこれらは鑑賞の領分が主となり、制作の方は極めて高度な応用が多い。また東洋に顕著なのは所謂「文人の余技」で、そこでは鑑賞と制作が判然と分かれている訳ではない。
 この歴史的性格(游藝)が「遊びみたいな教科」との印象を非西洋的に呪縛しているとしたら、日本は支那的にも西洋的にも不完全かつ不充分なまま、輸入文化の交差点で自己歪曲を余儀なくされている形になるのだろう。…それを苹は「2016/06/25 17:51」稿で、「東西双方に開国したから、日本文化が鎖国した」と書いた。輸入文化の洪水に、日本文化が押し流されていく。それぞれのリファレンスが三つ巴で秩序/伝統/歴史を過剰に失い始める。神仏習合ならぬ内外文化習合により、自他の区別が麻痺状態に至る。自己でも非自己でもない「自覚と理解の暴走」が明治以降の日本を坩堝にする。これでは過去の日本文化が外国文化に見えても全く不自然ではあるまい。

(附録~今夜のBGM)
ブラームスsym.4(パッサカリア35:41~)
https://www.youtube.com/watch?v=LY2BJYBw7TM
メンデルスゾーンsym.4(サルタレロ23:03~)
https://www.youtube.com/watch?v=_HX_jF1_Tgc
【2017/12/20 01:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8定点観測(其二) ( 苹@泥酔 )
2019/07/12 (Fri) 21:19:24
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。五分割中の二。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2084.html#comment



(休憩後の続き)
 思えば昭和末期以降、土着的な習字/書塾イメージが廃れゆくにつれ、その分を書道イメージが吸収していった様な。書店の棚は嘗て実用・生活書コーナーと芸術書コーナーに分かれていたが、今では区別なく並んでいる。それだけイメージの集約化が進んだという事なのだろう。見聞きするところでは今も昔も、学習指導要領に準拠する中学校は殆ど存在しなかった(国語科書写)。どの教員も高校受験を里程標とし、書写にかまける時間も余裕もなかった。…中学時代の或る日、国語の若き女教師が「生」の字を行草(行書も草書も同じ形なのネ)で板書し、怪訝そうに「これ読める?」と聞いた。クラスの半分が「読めない」と反応したのには私も先生も驚いた。それが却って新鮮だった。なぜ読めないのか。私は同級生達に、或る神秘を感じた。
 それもその筈、これには戦前からの根深い来歴が関わる。全く研究されないまま時代が丸ごと手遅れとなり、神秘的とならざるを得なくなった。そも被験者が居ない(探しにくい)。だから管見の範囲では、脳機能研究の総てが偏った出発点から始まる。すなわち漢字と仮名の二分法。例えば酒井邦嘉『言語の脳科学』(中公新書)P.186に出てくる山鳥重なら『脳からみた心』(NHKブックス)P.194や『言葉と脳と心』(講談社現代新書)P.166などの知見が参考になるし、岩田誠の編著なら総花的な『神経文字学』(医学書院)がスタンダードな所。詳しいのは杉下守弘『言語と脳』(講談社学術文庫)P.230以降だが、しかし誰も漢字と仮名の幕末的境界には言及していない模様。研究の嚆矢が三浦謹之助の1900年(この年は草略排除・変体仮名廃絶の「国語」教育元年)とあらば仕方なき面もあろう。つまり最初から出鼻が挫かれてきた事になる。
 歴史的には可読性や上手下手の判断における認知システム遷移が関わる筈なのに、現代の医学界隈は過去など相手にせず専ら未来ばかり追っている。開国前の文化が閑却されがちなのは、研究態度の盲目性に依る所も大きかろう。可読性の下位概念(?)たる上手下手の基準は時代によって変わるのかも知れない。昔は規範たり得ても今は書道自体が癖字の巣窟で、精々「手本に似せる」のが関の山。手本なき所に上手下手の判断は成り立ちにくく、しかも手本ですら規範たり得るとは限らない(規範概念の喪失)。~西尾先生の言い回しでは下記の通り。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1810
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>(6-28)過去は現代のわれわれとはかかわりなしに、客観的に動かず実在していると考えるのは、もちろん迷妄である。歴史は自然とは異なって、客観的な実在ではなく、歴史という言葉に支えられた世界であろう。だから過去の認識はわれわれの現在の立場に制約されている。現在に生きるわれわれの未来へ向う意識とも切り離せない。そこに、過去に対するわれわれの対処の仕方の困難がある。
>(6-29)過去とのつながりを切られたときに、人間は歴史的基盤を失う。そういうとき、人間は単なる現在のうちに立ちつくし、未来への方途をも見失う。
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 この言葉を苹は重く受け止める。閑却された文化そのものばかりでなく、周辺で互いに影響し合う筈の網目/諸学全体が既に立ち後れてしまった。…医学畑は一体どう思って居るのか。古文書が読める人ばかり被験者として集め、民衆に膾炙したレベルの幕末版本から漢字と仮名を読み分けさせても、脳機能は現代の一般人と同じ検証結果を呈するのだろうか。それ次第で上手下手の判断に「基準が生まれる/認識される」筈。活字基準で見れば古典的な楷書/漢字は下手に見えるらしく、また漢字と仮名の二分法では草書や変体仮名の出る幕はない。ところが幕末書字では同一字形を漢字と仮名に読み分けるプロセスが介在する。そうした特徴が日本人の脳機能研究に一大変化を齎す可能性だってなくはない。
 春先から「上手下手の根拠は何か」と自問してきた。根拠は客観的な実在でなく、歴史に支えられた世界に属するのだろう。~嘗て苹にも結婚願望がなかった訳ではないが、もし子供が出来たら暴走してしまうのではないかと恐れた。子供を幽閉し活字に全く触れさせず、幕末文字文化の世界で純粋培養し、脳機能研究者の人身御供にする…。これでは結婚できる訳がない(苦笑)。たぶん児童虐待で逮捕されちまう…てな事を昔、書いた事があったっけ(「2015/06/22 06:07」稿↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1776.html#comment
 もっと古いのは2009年頃の「場所の喪失(其二)」稿。天バカ板「【再掲】投稿日時不明稿(其五)」所収(↓)。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8005106

(宇宙戦艦ヤマト)
 成り行き上、調べてみた。…テレビ作品(1974)の映画化(1977)では青年層までもが劇場前に長蛇の列をなした事で知られる、SFアニメ史上の先駆。もちろん苹の興味は題字の方にあり、あれは企画・原案・プロデューサーの西崎義展(1934~2010)自身か、もしくはスタッフの誰かが書いたらしい(↓)。
http://web.archive.org/web/20041009191106/http://homepage3.nifty.com/newyamato/omoi.html
 今世紀の毛筆アニメ題字に比べれば質も風格も遙かに上で、戦前世代(たぶん?)が書くと素人でもここまでやれるのかと驚嘆させられた。…ただし昔の環境なら普通レベル。どちらかと云えば「ヤマト」は力み過ぎの字と映ったかも知れない。昨今のはインパクトを出そうと力むほど却って軽薄に見えてくる面もあるが、そこまで極端ではない(数年前にアニメや戦隊/ライダー物を観察してみた上での比較印象)。
 それはそうと波動砲…内臓プシャー!(←ナマコの場合)
【2017/11/18 23:50】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>最近では、お酒の名前なども毛筆のもの
 そうだった…お酒のラベルもあったっけ(あたしゃビール以外は飲めない)。そう云や昔PTA絡みで、青森の酒造会社「桃川」役員と話す機会がありました。あたしゃ真っ先に「あのラベルはいい!」と絶賛したんだっけ(小杉放庵の行書)。誰の字か知らないけど、白梅(隷書)や喜久泉(草書)も良かったな…(↓)。
http://www.saturn.dti.ne.jp/anonyme/hoan/traces/4-north/oirs/n-oi_003.jpg
http://www.kuramotokai.com/images/kikou/49_rokkashuzo/rokkashuzo22.jpg
http://www.yajima-jizake.co.jp/kuramoto.old/image/denshu03.jpg

(備忘録)
 …どうも煮え切らない様で後味が悪い。手本が上手なのは分かるが、手本のイメージは十人十色だから困った事になる上、手本が上手に見えないならお手上げだ。好きな手本でやるのは構わないが、中には下手な手本が好きな人も居る。主観と客観、或いは立場で見え方が違う。差異と可塑性の許容範囲が狭いと、書く立場なら特定の書風/書流(実現範囲)で凝り固まるのが普通でもある。師匠は「これが上手な手本」と胸を張っても構わないが、その根拠は昔なら単線的な師授伝承、今なら社中/団体の茫洋たる規範もどき(?)に依る所が多い。つまり戦前は教科書を書いたり文検と関わったりして権威を保ち、社中を主宰して師授伝承。歿後は社中が書風をそのまま護持し続けたり、或いは書風が時代と共に変容、時には社中が分裂したりする。
 活字の側ではどうか。~こんな記事があった(↓)。
http://www.sankei.com/life/news/171120/lif1711200027-n1.html
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>2017.11.20 11:30更新
>【広角レンズ】
>いまやフォント(書体)を味わう時代…理想を求めて写植が残す本への思い
>(1/4ページ) .
> 日本語の「文字」に関する書籍の刊行が続いている。印刷用の書体(フォント)をつくるデザイナーの仕事が注目され、さまざまな書体の違いを味わう本も人気だ。パソコンでだれでも文字印刷ができる時代、文字を楽しむ新たな視点とは。 (永井優子)
>◇
> 「もっと湿り気のある、遠くから響いてくる声のようなフォントがいいんだよね」
> コミック誌編集部を舞台に、出版界の人間ドラマを描く人気漫画『重版出来(しゅったい)!』(小学館)。先月発売の第10巻では、本のフォントをめぐるエピソードが登場する。
> 人気女性小説家が、自作の世界観に合わせたフォントを新たに作ってほしいと言い出す。そこで登場する書体デザイナーのモデルとなったのが、フォント制作会社「字游(じゆう)工房」代表の鳥海(とりのうみ)修さん(62)だ。
> 本や新聞、パソコンなどで目にする文字は、読みやすさや美しさを追求するデザイナーの手で生み出されている。鳥海さんが理想の文字作りへの思いをつづった『文字を作る仕事』(晶文社)は、今年の日本エッセイスト・クラブ賞に選ばれている。
> 鳥海さんが手がけるのは、「本文書体」という小説の文章や新聞記事に使われる3ミリくらいの小さな文字。その理想は、「水のような、空気のような」と例えられる。「本文書体は活字のデザインの幹のようなもの。文章を読んでもらうための文字であって、個性を主張するものではない」
> 漫画のエピソードのようなことも実際にあり、舞城王太郎さんの作品のために「濁流を流れる流木」のイメージで、仮名文字を作ったことがある。また、組み版会社の依頼で、近代文学向け、女流文学向けなどの仮名書体も制作した。「パソコンで書体を選ぶ経験も日常的になっている。しかし、それとは一線を画す『ハレ』の場面の書体の重要性を知ってもらえれば」
>
>コミケでも…
> 「この3、4年で文字の本がすごく増えた」と話すのは、文筆家の正木香子さん(36)。
> 正木さんは、子供の頃から書物で親しんできたさまざまな書体の印象を、食べ物にたとえて語るサイトを平成23年に開設。25年に『文字の食卓』(本の雑誌社)として書籍化した。
> サイト開設のきっかけは、慣れ親しんできた雑誌の書体がある時期に姿を消してしまったこと。調べると、それらはパソコンで版下作成を行うDTP(デスクトップパブリッシング)のデジタル書体に代わられ、使われなくなった写植(写真植字)の書体だった。「活字を使うのは出版・印刷業界の専門家だと思われているが、本を読むのはまさに文字を使うこと。読者の立場から、知的資産としての書体の評価を発信していきたい」と語る。
> 担当編集者の金子哲郎さん(49)は「メールやSNSなどで、今ほど文字に触れる時間が多い時代はない。ちょっと変わった字を使いたいと思う人たちを対象とした本が出ても当然」と分析する。コミックマーケット(コミケ)で売るリトルプレスに、あえて写植書体を使いたいという人も増えているという。
> 11月に刊行された正木さんの新著『文字と楽園』(同)は、「精興社書体」と呼ばれる独自の明朝体で読む現代文学がテーマ。文字と言葉がおりなす味わいを語り、書体によって作られる文学の系譜を語る意欲作だ。
>
>規格1万4000字
> 日本人にはもともと文字を楽しんできた歴史がある。今野真二・清泉女子大学文学部教授(59)の近刊『図説 日本の文字』(河出書房新社)は、経文の絵画化や文字尽くしのパロディー版、現代の高速道路標識までを紹介している。「言葉はコミュニケーションの道具というが、文字が言語を書くこと以外に広がっていく面白さに注目した。それは人間が持つ多様性の表れでもある」と今野さん。
> 日本語は表意系文字である漢字と、それを元に生まれた平仮名、カタカナから成っているため、「形の面白さを残していて、文字そのものが価値を持ちやすかったのでは」という。
> 現在の常用漢字は2136字だが、コンピューターで使う漢字のフォントの規格は約1万4000字にも及ぶ。文字への関心の高まりについて今野さんは、「手で書けるのは1つの文字だけだが、過度のデジタル化でスマホやパソコンの中に文字があふれている。それを見て、使い分けようという気分が出てくるのでは」と分析している。
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【2017/11/24 02:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 なぜ字は読めるのか。~脳機能の話を持ち出すと尚更、そこで正面から躓いてしまう。漢字と仮名のを調べて当てが外れ、認知心理学に視点を寄せても被験者は当然ながら現代人。「読めなくなる」方も脳損傷や心の病が相手では些か歯痒い。ドゥルーズの云う包含的離接は分裂症の絡みだった(「2017/06/29 08:39」稿、他)。それを幕末健常者の識字システムと結び付ける方に無理があるのでは…とまでは思わないものの、現代識字システムで構築(洗脳?)された人格が幕末識字システムと邂逅した場合、何らかの心理的/文化的ダメージがありそうな気はする。学校教育上の国語信者から古文書を遠ざけるのが精神衛生上の配慮だとしたら、果たして学問とは何だろうか。
 事実、そうした国語政策が開国後に要請されてきた。西洋の言語学は音声中心主義が優位で、書道畑にはしっくり来ない。彼らは仮名を頭からアルファベット視する。予め漢字と切り離してかかる。脳機能上の認知プロセスにおける漢字と仮名の連合は、日本人が却って「近代化(西洋化)されていない」事を指し示すかも知れない。かてて加えて検査対象は同じ漢字でも、支那人と日本人とでは脳機能に差異が出るのではと苹は予測して居る。相対的意味での変質を促すだろう点で、やはり鍵は仮名にあるのだろうと。
 参照するは以下の前掲、杉下本P.130の記述。
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> アメリカの神経学者ゲシュウィンドは、左角回損傷で「失読‐失書」が生ずるとしているが、左角回を文字の視覚性心像中枢とは考えない。彼によれば、文字の視覚性心像は左後頭葉にある。左角回は、この視覚性心像と左上側頭回移動のウェルニッケ領にある語の聴覚性心像、および左前頭葉にある語の書字運動の運動感覚心像という計三種の感覚心像の連合が成り立つところと考えるのである。
> 字を読むには、文字の視覚性心像と聴覚性心像の連合が必要であり、書字は、語の聴覚性心像と語の書字運動感覚心像の連合が必要であると考える。したがって、左角回の損傷はこれらの感覚心像の間の連合の破壊を生ずる。すなわち、文字の視覚性心像と話し言葉の聴覚性心像との間の連合の破壊で失読が生じ、聴覚性心像と運動感覚心像との連合の破壊で失書が生ずると考えている。
> 失読が失書にくらべて軽いことや写字障害がないことなどは、左角回皮質が視覚性心像中枢であるという説に不利である。また、左角回損傷例の多くは、その左角回の皮質以外に皮質下の白質が損傷されているので、ウェルニッケの説やゲシュウィンドの説の方が、デジェリーヌの説より妥当と思われる。
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 …例によって脳損傷の話(↑)。あちら西洋は元々アルファベット専用の世界だから、こちらから見れば表意/表語文字との関わり方や解釈(キルヒャーとか)に、少なからぬ疑念なきにしもあらず。しかし語の連合については興味深い所もある。~心当たりは畑違いの言語学方面。以下は今村仁司編『現代思想を読む事典』(講談社現代新書)P.643の丸山圭三郎。
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> まず、意識の表層における〈連辞関係〉とは、コード化した言語(ラング)内の形態論・統辞論にあたり、シーニュとシーニュの結合のルールであるのに対し、〈連合関係〉は、シーニュ群のなかから唯一のシーニュを選択するルールである。前者は線状性・一次元性・不可逆性という拘束性のもとにあり、後者は相互排除の原則に縛られている。
> 他方、意識の深層における〈連辞関係〉とは、コード化されないランガージュの場における結合であるから、そこでは必ずしも文法的とは限らない〈シーニュの連鎖〉が移動する不断の動き(=〈置き換えdeplacement〉、〈換喩metonymie〉)が見られるのに対し、〈連合関係〉にあっては一つのシーニュが他のシーニュを排除することなく互いに重なり合って(=〈圧縮condensation〉、〈隠喩metaphore〉)豊かな表象が形成され、表層の言語とは異なる多次元性・可逆性・ポリフォニー性を生み出す。
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 これまで苹は漢字の草略アルゴリズムを表層構造と深層構造に分けて考え、その横断的認知過程で仮名=表音文字への機能転換が起こり、日本語書記に定着したと見てきた。これは言表作用の質的転換であり、文字自体/像の話ではない。文字自体は同一でも、機能は同一でなくなる。同一性と差異は共立するどころか互いに折り畳み合う(褶曲/襞)。同一性の中に差異があり、差異の中に同一性がある。そこで読み分け/書き分けのための副次的指標たる痕跡が歴史的な必要/利便上、様々な形で字/語/文の中に埋め込まれてきた(書表現が読字ツールだった頃の話)。
 シーニュの重合を胎んだ文字自体の内的可塑性は、どう考えてもアルファベットより漢字の方が地獄の様に深い気がしてならない。それを当たり前の様に使いこなしてきた~しかも漢字と仮名の連辞的結合を文字自体の内側にも含めるとあらば、文法ならざる用字法の変形生成は文法側との共振を内側/深層から支え、かつ侵蝕し合う事にもなろう。

(余談~人生クソまみれ)
 苹は近年、排便後の尻拭きを諦めた。なぜかって…痕が残るから。たぶん俄には閉じきらないのだろう。以前偶々猥褻動画を目撃した時、その女性のも暫くは開いたままだった。ハッと閃いた。出すか挿れるかの違いだけで、開く事に変わりはない。だから閉じるまで待つ必要がある。こんな話にトイレ読書の効用を持ち込めば一気にややこしくなるのだが、そこまでは踏み込むまい。…シャワーしたら紙を添えて置く。読書後に拭けばよいのだろうが、最早めんどくさくなった。暫くして排尿の際、紙を取り替えれば事は済む。すると「痕が残らなくなる」。
 これには前史がある。~うちの爺様が死んだ後、紙オムツが残った。勿体ないから使ってみたくなったが、なぜか婆様が猛反対したので今も死蔵ちゅう。(…使って癖になったら、どうしよう?…要するに、あたしゃ筋金入りの「めんどくさがり」なのネ。)
【2017/11/28 01:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(妄想~過去の封印、意識の焚書)
 日本人は大方、書字の読解を諦めた。なぜかって…痕が残るから。たぶん俄には封印できないのだろう。以前偶々古文書を目撃した時、その書跡のも暫くは読めたままだった。ハッと閃いた。書くか読むかの違いだけで、読める事に変わりはない。だから封印まで待つ必要がある。こんな話に書教育の功罪を持ち込めば一気にややこしくなるのだが、そこまでは踏み込むまい。…活字化したら書字意識を捨てていく。書籍化後のを読解すればよいのだし、既に機は熟した。暫くして読字の際、文字意識を取り替えれば事は済む。すると「痕が残らなくなる」。
 …以上、気が向いたので改変してみた。先に書いたのは前稿末尾の方だが、無意識の領分では一体どっちが先だったんだろう?(…気がして気になり気が向いて、挙句の果てがこれだ…。どうやら廃人にしては、まだ「詰めが甘い」みたいネ。)

(備忘録)
 仮名の形態は漢字だが、機能はアルファベットである。極端な場合は漢字と見た目の区別が付かないのに、昔の日本人は文脈と字の書きぶり/雰囲気(?)から両者を区別できた。だから田舎の民衆でも「平然と読める」。にもかかわらず「読めない」今となっては、未知の色や味を言葉で説明するのと同じくらい難しそうだ。…他の方々なら、どんなふうに教えられるだろうか。「なぜ字は読めるのか」を。それも、出来る限り科学的に。(←この問い自体が罠?)
 どうやら苹は学問~中でも科学に囚われて居るらしいのに、傍目そう見えないのでは(学問的でないのでは)と常々恐怖している。…そんな折、興味深い記事があった(↓)。
http://www.sankei.com/west/news/171129/wst1711290002-n1.html
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>2017.11.29 16:00更新
>【理研が語る】
>原理的部分の説明重視「物理学」に対し“意外性”重視!? 理論未整備「生命科学」の理論をつくる
>(1/2ページ) .
> 近年、「科学とは何か?」という問いに思いふけることがよくある。「物質科学」と「生命科学」、分野は違えど同じ科学だという認識が一般的である。対象、原理、道具、学問的な進度など、知識の詳細に違いはあっても、科学としての基本的な考え方やアプローチにそんなに違いはないはずだ。むしろ、共通する「科学的な思考」があるからこそ「科学」として成り立ち、分野が違っても同じ視点で見ることが可能になる。
> しかし、驚くことに「物質科学」と「生命科学」は正反対の性格を帯びており、しかもその違いは「文化」の違いとして形容されることが多い。
> 例えば、プレゼンテーションの仕方が違ったりする。研究の中心をなす原理的な部分の説明を重視する物理学に対して、生物学の場合は研究結果の新規性や意外性を重視しているように感じられる。他にもいろいろあるが、両者の決定的な違いは「理論」の有無だと思う。
> 物理学の場合だと、「ガリレオの落体の法則」や「アインシュタインの相対性理論」といった法則や理論がたくさんあり、物理学の教科書も大抵は理論の説明から始まる。しかし、生物学の法則や理論を学ぶことはほとんどない。実例がたくさん並べてあり、それらの知識に通じる理論は整備されていない。
> ここ半世紀の生命科学の発展には目覚ましいものがあり、実験を中心としたアプローチで、さまざまな遺伝子やタンパク質などが複雑なネットワークを形成して生命機能を制御していることが分かった。また、人工多能性幹細胞(iPS細胞)による新しい技術も実現されはじめて、われわれの生活にも大きな影響を与えようとしている。しかし、生命現象の「理解」という意味では、生命科学にはまだ解決すべき課題が数多く残されている。
> 徐々にではあるが、近年、生命科学における理論的アプローチが発展してきている。例えば、大腸菌の細胞を制御するすべての分子ネットワークの設計図を書き出す研究が盛んになってきた。近い将来、「実験」と「理論」が両輪をなし、互いに支え合うことによって発展していくような生命科学が確立されることを期待している。
>◇
> 渡部匡己(わたべまさき) 理研生命システム研究センター(QBiC)生化学シミュレーション研究チーム研究員。米テキサスA&M大学院で物理学の学位を取得。生物画像シミュレーターの開発や、人工知能・ロボット技術を利用した科学的方法論の自動化に取り組んでいる。趣味は料理のほか、美術史や美術鑑賞。
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 …科学にも色々あるらしい。「文化」の違いに比せられる所からすると、前稿の疑問/切り口とて或いは思ったほど噴飯物ではないのかも。しかしそれにしては日本人自身、「読めない事」に居直り過ぎる。科学的イメージ同様、その方がスマートに感じられるからだろうか、だんだん過去の日本文化が外国文化に見えてくる。だから仮名を教える/読める様にすると、周囲の教員は「中国に行けばいいのに」などと反応する。
 …教員時代の記憶に拘り過ぎだろうか。過去を水に流すのは簡単かも知れないが、それでは余りに歴史と文化が可哀想。もっと愛があってもよい筈ではないか。とは云っても研究の当事者(科学者など)ならともかく、大方の一般人には無縁な話だろう。生活上それどころではないから「何の役に立つのか」となる。理解は出来るが、悲しくもある。

(補遺~書字と写字、習字と書写)
 杉下本の前掲引用に、「失読が失書にくらべて軽いことや写字障害がないことなどは」云々とあるのが気になった。書字障害でなく写字障害。ただ書写するだけなら失読状態でもよい筈。つまり「読めなくてもよい」と~それで思い出したのが「2013/12/25 22:35」稿での引用。以下は『正論』2013.12号P.326「読書の時間」インタビュー(島谷弘幸『書の美』毎日新聞社刊)冒頭。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1580.html#comment
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> ――「書は、読めなくてもいい!」と帯に大書してあるのに引かれて手に取りました。
> 島谷 あれは編集者がつけたもので、自分ではそう書いた記憶はほとんどなかったのですけど、実際にここに書いておられますよとページを示されて…。だったら帯に使ってもいいけれど、続きの「読めなくても、見る人の能力に応じて楽しめる」というところまで入れてとお願いしたんです。
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 「読む」と「見る」が異なる様に、書字と写字も別物なのだろう。杉下本の記述(翻訳?)では、それぞれが失書と写字障害に対応する書き方となっている様に見える。~この辺、いったんメモして置こう。習字と書写との関係誤認にも絡みそうな話ではある。
【2017/12/02 21:07】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8定点観測(其一) ( 苹@泥酔 )
2019/06/08 (Sat) 20:33:03
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。五分割中の一。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2084.html#comment
 投稿禁止ワードが含まれているとの事。例によって「・」を挿入する。今回は「2017/10/30 00:05」稿中の語句が原因。



 定点観測…だんだん頭が禿げていく。お肌の皺/たるみも見慣れりゃどうって事はないけれど、下から照らされた選挙演説の場合、陰翳がテレビ画面に映えて怖かった…。
 先日こう書いた(↓)。三日ほど寝かせてたら新稿が出たのでボツにした。
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 苹は未読だが、エーコ『完全言語の探求』(平凡社ライブラリー)てな本があるとやら。ネット上の印象(例↓)では、この辺が田中純による前掲論考のネタ元くさい。
http://okirakukatuji.blog129.fc2.com/blog-entry-276.html
http://hon-bako.com/category/bookbox/bookbox_majo/gakuma/
 この一ヶ月、「日録」の更新がない。そう云や『正論』連載「戦争史観の転換」も滞り気味で、西尾先生のが載ってる2017.11号を買ったのは久しぶり。P.225にツーショット写真がある。先生は少し痩せてきた様に見え、対談相手の高市早苗議員は…気のせいか往年の美人女優、清川虹子の風貌に似てきた様な?
 出馬でござる。~嘗て小泉、父は「どうして立たないの」と女性(田中眞紀子)に言われてもネェとぼやいた。子の方は「キャンキャンと囃し立てるが、お父さんと約束しているから出馬はない」(小池百合子)と切り返された。~それ見て思い出したのが呂温の五絶「鞏路感懐」。馬嘶白日暮、劍鳴秋氣来。誰か選挙演説で、これ持ち出す人は居ないかな?(ただし「徘徊老人みたいだ」と揶揄されないイケメンに限る。)
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(近況~愚痴)
 何度も読み返しながら、慎重に続稿を書いて居る(「少年記」ネタ、其三)。どう表現すれば、書塾体験のない人にも分かりやすくなるだろうか。形骸化した学校書写(主に中学)はレベルが低過ぎて話にならないし、高校書道とは別の観点がテーマになるため勝手が違う。専門家/書家/教育家の過眼にも堪える内容にしたい。欲張るつもりはないが、誰もが知っている/いた事を言葉にするのは難しい(←この意味に近い?↓)。
http://1000ya.isis.ne.jp/0833.html
 ともかく、もう暫くかかりそう…。
【2017/10/20 00:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>書写のレベル
>私にも分かりやすく
 戦前の習字レベルを雑駁な指標イメージとして捉えるなら、占領期を経て国語科書写に引き継がれた書字教育は数々の後遺症を抱えた形になる。武道を中心に、書道もまた軍国教育の咎で禁止された。その影響か、書教育復活後も教員社会全体が及び腰だったらしい。嘗て広島の因島高や広大付属中高にも勤務した小竹光夫教授(1948~)は先年、兵庫教育大を定年退官して奈良学園大に移籍した模様。以前「書道美術新聞」948号の連載で、「担当教諭は前にいながらも、書道塾に通っている子を次々に指名しては、「今日は**が先生役!」で過ぎていった、いいようのない六年間であった」と回想していた。
 しかしそこに観点/論点があるのではない。「少年記」ネタは国民学校「習字」期の話で、戦後の書写レベルとは予め別物だった。昔に遡るのではなく、幕末から戦前へと時間や意識が流れていく。そうした中で実用の規範が楷書中心に変貌する一方、民間の実用書字は相変わらず草略中心でもあった。ところが書写では中学単元に行書が少し出てくる程度で、今度の学習指導要領改訂で国語科書写の高校延伸が漸く取り沙汰されつつある段階(芸術科書道との共存/重複?)。草書や変体仮名の扱い、すなわち古文書/古典原文の読字基礎については今のところ皆目不明。
 書塾体験(書字の稽古)とは別の領分で、漢学塾や寺子屋レベルを前提すれば戦前読字から幕末読字への遡行が国語畑らしく展開できる筈。それに比べれば書写レベルは低い次第…ではあるものの、この辺どちらかと云うと「書字と読字の、どっちが大事なの!」と迫られるがごとき痴話喧嘩レベル(?)に近かったりして?

 ところで今朝方、珍しく高校時代の同級生からクラス会の連絡が来た。あたしゃ出席できそうにない。卒業翌年の会に出た時、「影を慕いて」を唄ったのが最後である。今なら中には禿げあがったのも居るだろう。女は皺だらけに違いない(←見てみたい♪)。電話をくれた彼は苹と同様の独身だそうな。最初に死んだ同級生は確かK君だった。
 …それはともかく。
 あちら(↓)のが長くなったので、続きの稿を此処に連ねる事とする。気の変わらぬうちに取り敢えず、書きかけの前半部分を以下に出して置く。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment

(「少年記」ネタ、其三)
 「この後の「少年記」ネタでは、上手下手の話に踏み込む予定です。」~先日そう書いてはみたものの、相変わらずスランプが続いて居る。予定した内容の儘では済まなくなりそうで気が滅入る。気がして気になり気が散って、挙句の果てがこれだ…(orz)。
 当初(春先)は西尾少年と同級生の清書比較に観点の差異を見た。緻密に表現できず苛立ちながら話を端折ると、芸術的観点では同級生、実用的観点では西尾少年の側に分がある…と苹なら評価する次第(←元教員モード)。その理由をしつこくクドく掘り下げるつもりだった。平たく云えば「上手下手の根拠は何か」。~以下は全集15巻P.184写真説明。
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>わたしはお習字で三重丸をもらったが、ある日母から「お前が逆立ちしたってあの子にはかなわないよ」と言われ、記念に1枚もらっておいた同級生の星野幸子さんの見事な習字。
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 上記の母君発言には別の教育的意図があったのかも知れない。しかしともかく筆勢や筆脈の一貫性と流暢さでは、苹なら西尾少年のを佳とする筈。他方、同級生のは布字バランスと転折・結体の確かさが上回る分、西尾少年のより「ずっと」品位が高い。ただし教科書的/模範的意味での硬質さはそこそこ気になるけれど。行書で「工夫力作完成」と書いてあるうち「夫」と「作」は西尾少年が上で、ただ全体が見えていないだけ。大袈裟に喩えるなら同級生のはアポロン的な整正、西尾少年のはディオニュソス的な力動を優先したかの様な。授業中(かしら?)に何枚練習したのか分からぬが、お互い二帖(四十枚)を過ぎた頃にはどうなって居ただろうか。
 ここから少し、書塾での実感をば。~練習し過ぎると見えなくなるものがある。もちろん個人差はあるだろう。苹の場合は半紙二十枚と五十枚と百枚くらいが分岐点だった。最初は手本をよく注意して見る。だんだん慣れてきて注意力(観察)が散漫になると、今度は別の注意力(再現)がはたらく様になる。そのうち自己模倣が過度になると観察と再現とが頻繁に切り替わり、やがて両者の接続状態/自己化に至る。つまり観察と再現が同一化に向かい始める。その先が個々の領分/記憶に於て「文文一致」の世界となり、過去を読むための歴史的要領が内発的に育っていく契機となる。
 見えなくなったのは現実の方だった。苹は専ら自分の記憶を見つめ、反復し、夢中になった。子供の盲目的情熱と云ってもいい。練習/稽古という行為に必須の条件は、時に見えなくならねばならぬ事があるのかも知れない。そこに芸術との違いや共通性、或いは抵抗の起源が宿るのではと思う事がある。
(続く)
【2017/10/22 21:45】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 前稿で小竹教授のを持ち出した。天バカ旧板に偶々メモしてあったのを思い出した。新板では「【再掲】「俺妹」受難曲02」所収で、その四ヶ月後に東日本大震災がくる。前夜に出したシリーズ最終稿(2011/03/10 20:23)は同「15」所収。あの時は無意識の動物的予感でもあったのか、不吉な終わり方になってる気がせぬでもない(↓)。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7361138

(「少年記」ネタ、其四)
 習字段階で手本の芸術性を強めた国定第四期、新時代としての昭和に文化的な息吹もて民度を高めようとした意図はよく理解できる。それまでの間に過去の芸術概念(東洋的)は破壊され、翻訳語(西洋的)としての内容が定着した。第三期(大正)の所謂「ノメクタ」教科書の様な、同じ左払い(掠法)を纏めて学ぶ機能的指導法もそれなりに有益ではあったが、どちらも学習者側にしてみれば「余計なお世話」と云えなくもない。
 小学生の苹は半紙課題の練習中、うまく書けない点画に拘った事があった。どうやら、やり過ぎた。だんだん纏まらなくなってきた。特定の部分に拘ると、その点画が文字意識から切断される。つまり筆脈に支障を来す。そこに気付いて以来、これから学ぶ行書に既習の楷書が次々と接続していった。楷書で筆脈が意識されると、今度は行書の方が書きやすくなる。調子に乗って勝手にくずせば、自然と正しい草書になるのが面白くて仕方がない。しかも一々書体を分けて学ぶ必要がない。草略原理を一つ(一纏まり)体得すれば済む話ゆえ、江戸時代の子供が草書変体仮名交じりをスラスラ読めるのにも合点がいく。
 まだ書塾や学校で行書を学んでいなくとも、目習いだけで手習いの予習が丸々三年分くらい進んでしまう。苹の中二病は千字文の丸暗記だったが総て目習いで、実は手習いした事がない。その記憶を今も引きずっている。基礎を多く見るだけで世界が違って見える。そうした意味で、手習いの必要を過大視すべきではない。~ただし高校では基礎がスッポリ抜け落ちる。実用では基礎を多く見るが、芸術では古典を多く見る。ここでは古典が基礎となるから話が噛み合わない。芸術書道は筋金入りの古典病で、それが保守の立場を惑わせる。
 書道界の中に、書を学問から解放/追放しようとする勢力がある(様に見える)。彼らは芸術や教育を標榜し、それぞれ異なる形で活動し続けてきた。そこに最大の矛盾を抱えたまま利用されたのがズバリ「古典」。どちらも古典を「尊重する」事により古典主義を破壊し、古典と現代との関係性/連続性/継起性を逆向きに切断してきた。~あたしゃ「其二」稿(2017/08/27 18:18)でこう書いた。「ここでは接続(読める過去)と切断(読めない過去)が現在に折り畳まれて同義語となる」と。
 或る意味、古典と師匠をめぐる葛藤と云えなくもない(「私と仕事と、どっちが大事なの!」型?)。どのみち師匠は古典を尊重するのだが、「古典を学ぶ師匠」の姿を通して学ぶタイプの稽古以前に、先ず「古典を咀嚼した師匠」の「古典なき姿」があった。そこでの古典は予め噛み砕かれ消化されて居る。だから稽古に古典それ自体は出てこないのが普通だった。古典は高等教育の領分で、子供の学ぶものではなかった。予め師匠の側に権威があった(宿った)。ところが師匠はやがて自分より古典の方を、正面切った権威として打ち出す様になる。「貴方と古典と、どっちが大事なの!」と来られたら古典と応えるしかない。そこから幕末/唐様タイプの古典主義が変質し始め、主体(読める主観)なき主体(読めない客観)の古典至上主義へと「進歩的に」エスカレートしていった。
 古典は大昔の痕跡であって、どの時代でもリアリティやダイナミズムに於ては、師匠という「現代人」の営為に及ぶべくもない。しかし彼らは属する時代風潮(差し当たっては明治~現代)の影響を受けやすく、如何に古典の後ろ盾もて自己を阻もうと目論んでも、大物/重鎮ともなれば尚更の事、却って自分が流行の首魁となってしまう。都会の大物であれ田舎の小物であれ、結局は否応なく~師匠が古典を呑み込まざるを得ないのに。ありのまま生徒/弟子に直面せざるを得ないのに。そんな師匠「として」の同時代性が皮肉めきめき、西尾先生の少年時代なら書塾でも学校でも権威たっぷり、まだ残存していたのではなかろうか。

(備忘録)
 産経記事末尾、抄録。
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> 著者はまえがきで「このごろ、歴史小説を読んでも、面白いものが少ない」と嘆く。なぜか。「古文書が読めない書き手が書いた歴史叙述は、結局、情報を、どこからかコ・ピ・ーして借りてこないといけないから、面白味がなくなってしまう」。古文書をはじめとした歴史資料をつなぎ合わせ、どう説得力あるオリジナルな歴史像を描き出すか。方法論こそ違えど、実は歴史学者と歴史小説家には共通点が多い。最近は小説も書き始めたと仄聞(そくぶん)する著者の巧みなストーリーテリング力からは、そんなことも感じさせる。(磯田道史著/中公新書・840円+税)
>(磨井慎吾)
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●【話題の本】TVでもおなじみの著者が歴史の楽屋裏を描くエッセー 磯田道史著『日本史の内幕 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで』
http://www.sankei.com/life/news/171028/lif1710280023-n1.html
●【赤字のお仕事】取材後記(2) 学問と清流(上) 飛躍を後押しした「世界一」の寺子屋教育
http://www.sankei.com/premium/news/171029/prm1710290017-n1.html
【2017/10/30 00:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(上手下手の根拠について)
 可読性と上手下手と芸術性は三竦みの関係にある。互いに縛り合いながら互いに緩め合う様な、フレキシビリティの自己限定がある。…実のところ可読性にとって、芸術性は邪魔なのだ。味わいの幅も深度も豊か過ぎて、上手下手の判断からさえも逸脱したりする。上手いからと云って「よい」とは限らず、下手なのでも結構「よかったりする」(昨今の所謂「ヘタウマ」イメージで捉えられても困るが)。ここに芸術上の難所がある。
 先に「江戸時代の子供が草書変体仮名交じりをスラスラ読める」と書いた。さはさりながら、可読性の要請する実用性との関わり/距離次第で、「スラスラ」の時間や意味は自ずと鷹揚に変わってくる。速さと流暢さが別物である様に、訥々とした味わいもまた読む対象に含まれる。~そう云えば先日トイレでキャンベル編の東大駒場連続講義『読むことの力』(講談社選書メチエ)を再読したところ、P.33の林望「「読む」「聴く」そして「時間」」にこう書いてあった(↓)。
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>つまり「歌」というものは、「詩をできるだけゆっくり読むための装置」だと言ってもいい。しかもそれにこういう美しい曲がついてくると、メロディが醸し出す快さがある。これすなわち近代の歌曲でなくても、能楽なんかの読み方でも一緒です。五秒で読めるものを四十秒かける。それが「歌」だということです。
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 文字と音声の違いはあれども、読める文字を聴こえる音へと変換する所に「読む」行為があるし、わざわざ音を媒介せずとも読む事はできる。読字の前に先ず、音符や文字などの「書字/複製/印刷」されたものがある。書かれたものにイメージが宿り(エンコード)、そこから我々はイメージを読み取る(デコード)。
 あたしゃ昔クラシックを聴く様になると、だんだんスコア(楽譜/総譜)が欲しくなってきた。でも音符が読めない(読める様になれ?)。勿論こちとら外国語も読めないのだが、実際の音楽/演奏/録音と楽譜を照合するには声楽含みの曲がそこそこ便利だった。マーラー《大地の歌》などの曲は音楽之友社の黄色い本で、青い本はマーラー《角笛》やシューベルト《冬の旅》。どれも字や符が横に流れて居る。片や日本や支那の本は、書道と同じく縦へと流れる。
 近代の西洋音楽では印刷譜が実用に供されるが、原典研究(クリティーク)では自筆譜にあたるのが基本。それと同様、書道における古典至上主義もまた近代主義の一環にあった。読めても読めなくても…実は読む対象が違うのだが。つまり読まれるテクストとしての同一性が、読み手の側で文字と書表現とに分裂する(見方次第ではクリステヴァの云う間テクスト性とも繋がりそうな、テクストの内部に潜む同一性自体の相互引用/循環?)。
 ソシュールの云うシニフィアンは聴覚映像を指すらしい。…この辺どうだろうか。素人感覚の書道ヲタにしてみれば、例えば同書P.168の齋藤希史「隠者の読書、あるいは田園の宇宙」に出てくる「仲長統」(人名)の場合、苹にとっては疑う余地なき視覚映像が記憶として先立った。幕末陰刻の木版本…それは隷書で書かれていた。ただの活字/文字意識では説明できそうに思えない、書表現からの刺戟が「そこにある文字」を呪縛する。過去との接続/読字へと「いっそう言葉らしく」、歴史的特質が方向付けを強いる。
(ややこしい話になってきた…いったん休憩。)

(禿げを慕いて)
 先日の電話によるとクラス会は今月。日付は聞かなかった。
 あっしの対人恐怖はジョークと少し関わりがある。昔ユーモアとエスプリについて勉強を試みたのは、なかなか苹の冗談が通じなかったからでもある。…或る高校で応援団の顧問をした際、併設チアガール達と他の顧問とで缶ジュースを飲んだ。乾杯で「チアーズ!」と言ってみた。全然ウケなかった。他の顧問は「まあ…チアーズと云うよな…」と言ったきり押し黙った。
 次の高校に居た時、パフィーと云う女性二人組の曲が流行った。「なんだ、このローカルな歌詞は…」と思った。本当は「カニ食べ行こう」だと後で知った。苹は「蟹田へ行こう」だと思い込み(↓)、そう言ったら職員室で少しだけウケた(ただし冷笑)。
http://www.tokyo-kurenaidan.com/dazai2-tsugaru2.htm
 今もたまには、渋面で深刻そうにジョークを捻ったりする。山が噴火したらイワン雷帝のコスプレ姿で「火山!」と叫ぶとか、アニソン「宇宙戦艦ヤマト」の替え歌を思いっきりローカルに「陸奥の名産ナマコ」(↓)にしてしまうとか…。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1706/27/news049.html
 どアップのナマコが潜水艦の様にゴゴゴゴゴ…(ほら…そう見えてきただろう?↓)。県でCM化する気があるなら、歌手ささきいさお氏の存命中がベスト。
https://www.youtube.com/watch?v=7BkppT5YNjU
>さらば漁港よ 旅立つ船は 陸奥の名産 ナマコ
>漁場の彼方 いざ全国へ 乾物背負い いま旅立つ
>必ずそこで 美味しくなると 鍋振る人に 笑顔で応え
>漁場(いさば)を離れ いざ全国へ はるばる運ぶ
>陸奥の名産、ナ~マ~コ~♪
>さらば漁港よ 鍋振る人よ 陸奥の名産 ナマコ
>漁協を救う 使命を帯びて 戦うナマコ 燃えるロマン
>誰かがこれを やらねばならぬ 期待の品が これ達ならば
>漁場(いさば)を離れ いざ全国へ はるばる運ぶ
>陸奥の名産、ナ~マ~コ~♪
https://www.youtube.com/watch?v=v9GPQP5Treg
 …以上、どうでもいい話…。
【2017/11/04 22:53】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(備忘録)
 …前稿後半で気晴らしするうち、魔が差して(?)前半とは無関係の替え歌に熱中、何度も改稿し直した。「還ってくると」(水で戻す意)を「美味しく…」にすると音韻が外れて苦しくなるが、これは「燻製→乾物」共々やむなし。意味の通じやすさと正確さを優先した(乾燥ナマコは燻製に非ず)。最後まで迷ったのは「漁場→漁港」の変更。これで「ナマコの思い」への仮託が消え、ヤマトとナマコの重複イメージが大幅に減じた様な。結局、三日がかりで落ち着いた。
 あらためて全文再読すると、なにやら「歌」の話や間テクスト性の敷衍がありそうに思えてくる。気が付いたら前半の続きになっていた様な。~下記産経稿(↓)を読んだら、そんな気がしてきた。記憶の出方にも意識と無意識の間/差があるらしい。意識は記憶の反復に伴う錯覚かも知れない。あたしゃ「記憶は嘘を吐く」と覚えていたが…と書いて十数年ぶりに下條信輔『〈意識〉とは何だろうか 脳の来歴、知覚の錯誤』(講談社現代新書)を捲ったところ、P.195の小見出しに「無意識に錯誤はない」と書いてあった(「錯誤はむしろ、その先で定義される」)。
http://www.sankei.com/column/news/171107/clm1711070004-n1.html
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>2017.11.7 09:00更新
>【正論】
>なぜ韓国の文化は「ウリジナル」なのか? 「『分からないもの』に対して何をするかが問われている」 羽生善治さんの至言が示す人文科学の危機 筑波大学大学院教授・古田博司
> 命題に気づくのは一瞬の直観
> 最近私は、民族には「脱落のプロトコル(命題)」があると主張している。歴史上、その民族が関心を持たなかったものは、どうにもこうにも分からないのである。
> たとえば古代エジプト人の「歴史」、だから歴史書が一冊も残っていない。日本人の「奴隷制」、故にシベリア捕囚を抑留と勘違いして、奴隷労働をさせられてしまった。韓国人の「文化」、文化はシナ文化しかなく、自分の文化には関心がなかった。だから彼らは「入ってきたら内の物」だと思う。剣道も華道も韓国起源、孔子は韓国人だったという。外国人はこうのたまう彼らの文化(?)を俗にウリジナルといっている。
> 実に身もふたもない。だが、はじめから分かっていたわけではない。今から30年前の自分の本を読み返してみると、「なぜ彼らは受容しても自分の文化だと思うのだろうか」と、真剣に考えているのである。人間が真剣に何かしている過程は美しいので、文章も国語の入試問題に使えそうなできばえだ。今は一言でいえる。「コリアンはシナ文化しかなかったので、文化に関心を持たなかった」。書いている私がえげつなく見える。
> もちろんこの思考過程では、いろいろと勉強するのであって、大阪市大の野崎充彦さん(朝鮮古典文学の専門家)は、長い研究の末、「朝鮮古典文学の特徴は朝鮮の不在である」という結論に達してしまった。舞台も主人公もほとんどシナだから。ウソをつかない、立派な学者だと私は思った。
> でも、脱落のプロトコルに気づくのはほんの一瞬の直観なのだ。
>
> 世界認識に必要な「因果律」
> 真剣に考えに考えた末、30年後に、ハイデッガーの言葉を使えば急に「到来」し「時熟」したのである。「韓国人は文化が何かよく分からない」という単文で到来する。到来したら、自分が勉強した思考経験や現地で体験した知覚経験から、自分の体内時間を「今」のカーソルのようにして、記憶から次々とコマを切り出していく。
> そしてならべて因果のストーリーを形成する。これが「超越」だ。なぜそうするか。人間は因果のストーリーなしには世界を認識できないからである。人間の体内時間はベルクソンにならって「持続」というが、これには明らかに流れがある。フィルムのコマみたいに現実を写し取って記憶の方に送りこんでいく。だから因果のストーリーがないとダダモレになってしまうのだ。地図なしに世界中を運転するようなものである。
> 新聞は、天気予報と今日のテレビ番組表以外は、ほとんど昨日以前のことが書かれていて、これはもう「歴史学」といっていい媒体なので、未来のことを書くとボツになりやすい。だが、あえていえば、AI(人工知能)は生命体ではないので、「持続」を生きることはできない。だから、人間とは別の量子物理学の時間で生きることになると思う。
> 当然、因果の意味は分かるわけがない。鉄骨が人間の頭に落ちてきたら、人間は死ぬくらいの「直近の因果」は分かるらしいから、もう意識を持っている。ただそれは植物以下の「静謐(せいひつ)な意識」だと思われる。
>
> 人文系が生き残るのは難しい
> 将棋の羽生善治さんが、すごいことを言っている。「分かっていることに対する答えや予測は、どう考えてもAIの方が得意です。残されている『分からないもの』に対して何をするのか、が問われる。それは若い人たちだけにかぎらないと思います」(月刊「正論」11月号)
> どこがすごいのかといえば、大学ではそれが今問われているからである。うちの大学などでは、文系の人文社会科学はもう、のけもの扱いである。なぜなら、知識を教えることしかしてこなかったからだ。そんなものはもうネットで簡単に手に入る。問題があるとすれば、学生がどの検索サイトに現実妥当性と有用性があるのか、分からないことくらいである。新しい知識もやがて一般人とAIが供給することになるから問題ない。
> ほかの学科は元気である。物理学、化学、工学、農学、生物学などは全部実験という、知識以前の「分からないもの」を扱っている。医学、体育、芸術、看護学、コーチングなどは、みな体得の科目だ。「分からないこと」を考える余地がある。
> さて、わが人文社会系はどうするのか。因果律の形成を体得させるという教育方針以外に、生き残る道はないと思われる。人文系はさらに難しい。歴史学ならば、渡辺浩さん(東大名誉教授)がいうように、文字記録というタイムマシンに乗って記録の向こう側へと超越し、戻ってきて報告してもらわなければ有用性がない。今を説明できる歴史学でなければ、その研究者の懐古趣味で終わってしまう世の中になったのだ。
> 私は今、ゼミの新入生たちに言っている。「君たちは入試まで既に分かっていることを考えさせられてきたのだ。これからは分からないことを考えなければならない」と。(筑波大学大学院教授・古田博司 ふるたひろし)
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【2017/11/08 19:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8微分化と分化(其六) ( 苹@泥酔 )
2019/05/04 (Sat) 04:31:18
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の六。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment



>苹@泥酔さんの口語で説明をいただけると
 その引用部分、ネット上で出せるか怪しい形の「ゲイ」二字(第三水準と第四水準)は仕方なく、草冠がないとか云がないとかの説明を括弧内に附しました。「艸」は横縦縦の形(第四水準)でした。お手元の漢和辞典で引くと同じ説明がある筈です。

 以下補記。
 前々稿で、「隣の「従軍慰安婦」と日本の「芸術」は、勝手に捏造された概念である点が酷似して居る」「どちらも就中「民間に於て」度し難いほどの常識と化して居る」と書きました。その深奥にあるのは「芸術は学問ではない」という、極めて根強い信仰です。
 こちら田舎では確実にそうなってます。都会はどうだか知りませんが、舛添都知事(当時)の中国服ネタに対する世間の反応を観察した印象など含めて諸々、今や「国民の信仰」と化して居るのではないかと思えてなりません。その水準たるや、隣の「従軍慰安婦」信仰に勝るとも劣らないでしょう。
 前稿の引用にある通り、東洋では学問も芸術でした。また西洋では芸術が学問でした(リベラルアーツ)。だったら日本でも芸術が学問のままでよかった筈なのに、百年を経てなお「民間レベルでは」そうなっていない。特に書道では、琴棊書画(四芸)や「六芸」以来の芸術観/学問観が見事に失われた。さすがにクラシック音楽や美術では、専門家でなくとも学問が根底に意識されて居る様ですが。しかし高校教育レベルでは、それとて実際どんなもんだか。非受験科目ゆえかしら。そればかりが原因ではない様な気がする。

(備忘録)
●【古文書から肉声が聞こえる(1)】紙から匂い立つ情報、宝石箱を開ける気分 歴史学者・磯田道史さん
http://www.sankei.com/west/news/170831/wst1708310095-n1.html
●【古文書から肉声が聞こえる(2)】食も忘れ図書館に入り浸り、救急搬送されたことも 歴史学者・磯田道史さん
http://www.sankei.com/west/news/170905/wst1709050003-n1.html
【2017/09/06 00:53】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(愚痴~芸術と学問)
 しつこく苹は振り返る…書写書道はともかく、他の「実技科目」はどうか。「芸術は技術」と割り切れば実技でも構わないけれど、体育や技術家庭などに累が及ぶと芸術のイメージが崩れるだろう。それだけ苹も、巷のイメージに侵されているのだから厄介だ。しかし学問となると話は別で、「それもまた芸術」と知れれば所謂「芸術科目」以外でも腑に落ちる所は多い。にもかかわらず学問と芸術は、今や必ずしも同体ではない。
 嘗てオリンピックに芸術競技があった。ここで体育/スポーツと芸術/アートは古代ギリシア的に結び付くが、現代/戦後とは相性でも悪かったのだろうか。その上どちらも文化ではあるけれど、今度は裏方に回った(?)学問との距離/区別に困る。或いは表向き、学問の方が芸術から離れ過ぎた気がせぬでもない。学問の向こう岸にはディレッタンティズムやアマチュア精神が見えるものの、どうした訳かプロの世界からは縁遠く感じられる。
 スポーツも芸術も、学問ほどではない(?)にしろ専門的になり過ぎた。選手/作家達と観客も、それぞれ居場所は概ね定まった模様。「ファン」を通り越してストーカーや暴行事件などの問題が起きるくらい、実は距離と差異の弁えが身近なものではなくなったのかも知れない。…そう云えば今、ファンレターやラヴレターはまだ生き残ってるのかしら。なんぼなんでも毛筆はないのだろう(映画「舟を編む」には出てきたが)。
 互いの専門化が進むと書き手は読み手を必要とせず、読み手は書き手に寄り添うべくもない。ここでは専門領域を論う批評家もまた、批評の専門家にならざるを得なくなる。たぶん互いに理解し過ぎてはならないのだろう。むしろ差異と無理解が普遍的理解を創造するかの様な振る舞いにより、予期せぬ相互の自己領域が保全されてくるのかも知れない。ただし無理解と批判の区別は難しい。何が正しいか/正しくなるか分からない。

(近況~ネトゲ廃人の生活)
 調子こいて前稿の続き(↑)を書いてたら、突如スランプに突入しちまった模様。いったん話題を変えて、取り敢えずワルツ「芸術家の生活」(Künstlerleben)をば。
https://www.youtube.com/watch?v=ixTInkVLkJI
 …ネット上、学問もどきの言語ゲーム(?)に耽る重症中毒者達が居るとする。巷間の通用意味から離れ、暫し「ネトゲ廃人」と呼んでみようか。あたしゃ仲間入りしたくても学識不足だから、差し当たっては隠者でござる(网深不知處、尋隠者不遇)。…となると隠者で廃人…なにやら生きてる価値などなさそうに思えてきて仕方がない。
 こちとら昔から頭の回転が鈍い…それだけ新旧稿の読み返しや推敲にも時間がかかる…そろそろ件の「少年記」ネタ、其三…書き始めなきゃ…(ボソッ)。

(追記)
 前々稿で出した「フーガの技法」、グールド演奏の番組はこうだった(↓)。
https://www.youtube.com/watch?v=exD8bhJP1eo
【2017/09/14 20:11】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(スランプ中の無駄話)
 例の表現「エクソシスト西尾」の初出はこちら(↓)。あっしのは原発ネタで悪魔祓いを持ち出した形になる(鬼子すくすく発育中)。~てな訳で西尾先生のに関しては、原発批判と保守批判を対比して読めば手っ取り早そうな気が。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1104.html#comment
 …当時はアントニオ猪木やジャイアント馬場と同じくらい語呂が気に入り、機会あらば使いたくて疼々していた(未遂)。最近お目にかからない「ポチ保守」よりは下品でないと思うのだが、果たしてイメージ上どうかしら…。「保守の性根を悪魔祓いする」などの意味で使い道はある筈でも、語感は少しばかり強過ぎたかも知れない。
 あの語が日本人に広まったのは、たぶん映画の影響なのだろう。でも本来は祓う側、そこがゾンビの場合と大違い。後のホラーでは「バタリアン」てな映画もあったっけ。「つくる会」神奈川支援板/「史の会」を取材した小熊英二達の本(2003)では、常連投稿者のオバタリン様をオバタリアンと誤記していた。ただの誤植で「他意はない」筈だからこそ、イメージの浸透ぶりが却って無意識の司る領域を露出させたりもするだろう。
 それと同様の切り口で、世紀末の苹は周囲の無意識と軽口を重視/観察してきた。後の深浦高校長は職員室で「書道は芸術でないもんな」と軽口を叩き笑っていた。深読みすれば納得できる面が多々あるだけに、深刻な土着的状況が察せられた。後の弘前市教育長は礼法室に苹を呼び出し、「教育に芸術は必要ない」と明言していた(昨秋は叙勲おめでとう♪)。未履修問題の時は五所川原高の元校長がテレビ取材に応じていた。何が問題視されているのか解せぬ様子だった(←さもありなん)。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_topic_pr_490.html
 これらの証言は時に冗談の体裁を取るが、本音の表白に近いのだろう。青森県に学習指導要領は要らない。勝手にやらせろ、口出しするな(例↑)。…今も多分、それが県内教育界の伝統すなわち全体意思であり続けて居る筈。無理解の普遍性を舐めてはいけない。学問/教育に対する「信仰心めいた」普遍的盲目性/文盲性は、日本の深奥にも到達して久しいのだから。

(余談~またまた従軍慰安婦)
 …埒があかないのなら、この際「軍の強制連行はあった」と認める所から出発したらどうか。あたしゃ本気でそう思う。国連の場で堂々、ハッキリそう白状してしまえ!
 事実それは、あったらしい。慰安婦は補給品の扱いだった模様。強制連行する側もされる側も、鮮人は日本語を喋ったりしただろう。~ただし当時、そもそも日本軍は存在しなかった。日本にはGHQが駐留して居た。敗戦前の少女については五年後の年齢を疑うべきだ。時を隔てて慰安婦には、二つか三つほど区分が要る。
 要するに、朝鮮戦争での従軍慰安婦が国連界隈で「正しく認識されているか」ってこった。ごちゃ混ぜになって居ないか。二つの慰安婦を峻別する必要がある。朝鮮側/敗戦後の慰安婦を精査し比較検証しないと混同された儘となる虞がある。そこを訴えないと、全部がベトナムの背後で二重三重に隠蔽されてしまう。
 この件については幾分、「2014/02/15 07:16」稿でも触れた事がある(↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1599.html#comment
【2017/09/23 22:10】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(疑惑の「日録」)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2226
 スランプ直前、「日録」に新刊「あとがき」が載った(↑)。すると言葉が銃弾さながら、苹の疑惑を貫いた。…記号や表徴といった語彙を先生が使うのは珍しい気がするし、拙稿中の引用に出てきた語彙でもある。そこが気になり始めると、だんだん考え事が妄想じみてきて気が散る(←スランプの誘因?)。
 ただの思い過ごしかも知れないが、例えば「ヨーロッパから見た支那と漢字」のネタが研究に役立つ様であれば嬉しい。…あの稿を出した前後、それまで日に50件ほど回っていた天バカ板のカウンターがいきなり150件に増えた。どなた様か存知上げないが、この場を借りて各位に御礼申し上げる。二ヶ月後の今も140件は回って居る。
https://www.youtube.com/watch?v=9tinPw2hdeU
 苹の夢。~わざわざ手習いしなくても、書字/書道の知識だけはムチャクチャ豊富な変人(?)がワンサカ居たって構うまい。でも…そんな手合いが手習いを始めると師匠はさぞ嫌がるんだろうな。書字技術以外に教える事が何もなくなったら、或いは沽券に関わるかも知れない。伝統文化を保守している筈の師匠と雖も、必ずしも保守の儘とは限らない。
 保守という記号への憧れは、シニフィエを欠いたかのように見える保守が、もはや思想なのか政策なのか態度の集積なのかを不分明にしながらシニフィアンの境界を越え出ようとしている、その過剰さと裏腹なものではなかっただろうか。

(備忘録)
●【エンタメよもやま話】衝撃、英名門ケンブリッジ大「筆記試験を廃止」へ 手書き文化は消え去るのみ…
http://www.sankei.com/west/news/170929/wst1709290001-n1.html
 以下抄録。
--------------------------------------------------------------------------------
>■800年の伝統よりも重要「デジタル教育戦略」
> 9月8日付の英紙デーリー・テレグラフや翌9日付の英紙ガーディアンやインディペンデント(いずれも電子版)などが驚きをもって報じているのですが、英の名門ケンブリッジ大学が何と、紙とペンを使って手書きで答えを書く「筆記テスト」を廃止する検討に入ったというのです。
> 理由に驚いてしまいました。私生活でも講義でも、今どきの学生たちはラップトップ型のパソコンやスマホ、タブレット型端末ばかり使っているため、彼らが手書きで書いた回答が読みづらく、何を書いているのかよく分からなくなっているからだというのです…。
> 同大学での筆記試験の伝統は約800年続くものだといいますが、今後はラップトップパソコンやタブレット端末を使うやり方が有力とみられています。
> 前述のデーリー・テレグラフ紙によると、今回の試みは同大学が進めている「デジタル教育戦略」の一環で、今年の初め、歴史学と考古学のテストで試験運用したそうです。
> 同大学の歴史学部でシニア・レクチャー(上級講師)を務めるサラ・ピアサル氏は、紙に手書きするという行為は、今の世代の学生たちにとって“失われた芸術”と化していると明言し、前述のデーリー・テレグラフ紙にこう嘆きました。
> 「15年から20年前なら、学生たちは日常的に(授業でノートを取ったりする際も)手書きでしたが、今は試験以外、手書きで何か書くといったことはありません」
> さらに「教員として、われわれはは何年もの間、こうした“手書き(減少)問題”を懸念してきました。実際、(手書きする学生たちが)減少傾向をたどっているのははっきりしていました。そして、教師・学生の双方にとって、手書き(で書かれた文字)に対応するのはどんどん困難になっています」と話しました。
> これ、どういうことかと言いますと、例えば、通常、夏休みの前に行われる筆記試験で、採点者が“解答欄に書かれている文字が読めない”といった場合、そうしたへたくそ過ぎる字で答案を書いた学生は夏休みの期間中、大学に呼び出されます。
> そして試験を統括する2人の管理者の前で自分が書いた答案を朗読させられるのです。大学側はそれを元に答案用紙をまたまたチェック・採点するというわけです。きっと、どいつもこいつも手書きの字がへたくそ過ぎて、呼び出される学生が激増しているのは間違いないでしょう。
> こうした状況から、ピアサル氏は、筆記試験の廃止を含む同大学の「デジタル教育戦略」を“称賛に値する”評価しているのですが、一方で“手書きの文字が懐古趣味で見られる可能性がある”という理由で、こうした動きに批判的な声も出ています。
>
>■「手書きこそ“記憶力・理解力アップ”の声…だが、実際は
> 筆跡学について研究する英のNPO(非営利)法人「英国筆跡学研究所」で手書き研究の第一人者とされるトレーシー・トラッセル氏は前述のデーリー・テレグラフ紙に「ケンブリッジ大は、学生が手書きを、とりわけ講義でそれを続けていることを確認してほしい」と主張。
> さらに「確かにソーシャル・メディアやアイパッドのようなタブレット端末、そして、それら以外のすべてで、人々は手書きではなくキーボードを使っているが、人間にとって、手書きを続けることは必要不可欠なことである」と強調。
> そして「手書きの方が“記憶力の向上”と“(物事の)理解度や理解力、そして情報保持率のアップ”に寄与する」と訴えました。
> とはいえ、こうした意見は少数派のようで、教育現場ではケンブリッジ大のような動きが今後、より活発化しそうです。
> 英国初の私大、バッキンガム大学で副学長を務めるアンソニー・セルドン卿は前述のデーリー・テレグラフ紙に対し、今後数年間で、手書きの字がさらに汚くなったり読み辛くなったりすれば、大学が筆記試験の廃止といったコンピューター化に移行することは“避けられない”と明言。
> 「手書き(という習慣)は非常に大きな減少を見ています。われわれは現実を受け入れねばなりません。大多数の学生はこういう風に育てられてきたのです」と述べ、筆記試験廃止の動きは自然の成り行きであるとの考えを示しました。
> 加えて「ケンブリッジで(学生生活の)ファイナルを迎えた若者たちは、今世紀の初頭に自分自身を(ネットなどを介して巧みに)表現する方法を学びました。彼らは生まれつき(パソコンなどの)キーボードを打つことに慣れています。手書きは必須ではなくオプションとなり、教養の一部となるでしょう」と予想しました。
> ウェリントン大学の元校長であるアンソニー卿も前述のデーリー・テレグラフ紙に対し、手書きは偉大な思想、偉大な英語、偉大な知性のために“必要ない”と断言。
> さらに「今日の英国における最高の文章家の中には、ラップトップのパソコンを使って(文章を)書く人もいる。むしろ、素晴らしい英語の文章や素晴らしい文章構造といった真に重要なものを保存するために戦わねばならないことに懸念を感じています」と述べました。
> もはや“大事なことは手書きでちゃんと書けや”と思っているオッサン世代はどうやら完全に時代遅れのようです。実際、前述のガーディアン紙によると、スコットランドのエディンバラ大学では2011年に1年生と2年生の学生に対し、試験でラップトップパソコンが使える措置を導入。
> また“反転授業”(タブレット端末などを使って家庭で授業を受け、学校では「宿題」にあたる勉強や意見交換を行う授業)で知られる米ハーバード大の名物教授(物理学)、エリック・マズール氏も、学生たちに対し、試験にラップトップパソコンやスマホを持ち込むことを認めています。
> いやはや。本当に大変な時代の変化ですね。ちなみに英では、ケンブリッジ大の動きが大学だけでなく、日本で言うところの高校や小学校にも波及しそうな気配だといいます。
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【2017/09/30 22:21】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8微分化と分化(其五) ( 苹@泥酔 )
2019/03/30 (Sat) 21:29:25
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の五。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment



>苹@泥酔さん的には、石川九楊さんはどうなんですか?
 この十日間、難問に唸って居ります(熟女の誘惑?↑)。…その多面性を斟酌する前に、ひとつ参考までに「出来れば根掘り葉掘り」聞いて置きたい事があります。
 その昔セレブ奥様は、なぜ教育委員になれたのか。なってからの活躍ではなく、なるまでの過程について。新任委員の研修(?)などについて。そもそも選任基準は何か。有識者の定義や、それ以外も含めた選任過程について何か仄聞した事があれば。
 と云うのも、たぶん石川氏は今や有識者。他には本格の医者や教授などが多々あるでしょう。だからこそ、候補者の来歴や素性が気になったりする。例えば医者の場合は、大半が洋学信奉者ではないかと。日本文化そっちのけ、専ら英語(昔はドイツ語?)を中心とする学術/文化基準で研鑽を積んできた人が殆どではないかと。これは前稿後半とも繋がる懸念の話でやんす。
 で…結局どう書き始めても、すぐさま後が続かなくなる(取り敢えず先月末から一週間分の「書き出し」三つ↓)。~それなりに構想はあるんだけど、膨らみ過ぎてて書けないかも…。
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> うーん、そう問われてもなあ…。正直よく分からない。1990当時新刊の『書の終焉』(同朋舎)を読んだ頃、それとは別に~氏の書作品の方が傍目には「写真ばかり」故か全然。
> その本に収録されてた「諧調の美学―鈴木翠軒」は初出が1987の『墨』67号P.36~39だった。その頃から論考には注目してた。
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> 平たく云えば「主流ではない」となりますが、「主流が正しいとは限らない」点を暴露した功績には多大なものがあります。詳しく書けば長くなるけど…程々にしてみます。
> 副島種臣は歴史上、見方次第で評価がガラリと変わる。
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> 『誰も文字など書いてはいない』は、数ある石川本の一冊。こんな書名センスだから分かりにくいし、読んでみれば分かりやすい面もある。しかし分かった上で氏の作品/書を見ると、途端に「読む前よりも」分からなくなるから厄介だ。「誰も書など読んではいない」と言いたくなる。そんな馬鹿げた話はない筈なのに、石川作品を見ると「読めない世界」を共有できた気がする。そこから筆蝕のエロスが浮かび上がる。なにやら西洋人にでもなっちまった気分(苦笑)。
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 …初期のはどうだか知らないが、多くの石川作品は頗る凝縮性に富む。それが傍目には写真的不可読性の誘因となる面もある。これは古典も同じ事であり、どのみち全体が細部を隠してしまう(「小さくて読めない」)。拡大写真は予め「全体からの抽出」を前提せざるを得ない点で、「帖」的性格を別の意味で近代化するだろう。…それはともかく、あの字はどうやら「読めない訳ではない」らしい(←実際、読めたら驚いた)。
【2017/08/09 22:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(補記~石川九楊について)
 狭い概念で漢字の規範を縛ると大方は五体(篆隷楷行草)に収まるが、それ以外の特殊な書体は明治に入ると従来以上に書かれなくなった。幕末以前も殆ど目にする機会がなかった筈。今では連想される事すら皆無に近いのではないか。そんな古文や雑体書にまともな範型があるのか、苹には全く分からない。因みに石川九楊の「作品」はオーソドックスな五体から大きく外れており、そこが書家や漢学者を含む「こちら側の」鑑賞者全員(?)を戸惑わせる主因となっているのだろう。
 書を純粋かつ無根拠のまま味わうのは難しい(不可能に近い?)。規範がないと分からないし、読める/読めないだけの話ではなくなる。それを無理矢理アッサリ乗り越えてくるのが洋学畑で、中でも自由な美術系や知識人。東洋知の欠如と西洋知の蓄積とがいびつな形で交錯するのか、存外「読める」事に怯える(?)例が多い様に見える。伝統理解に引け目でもあるのだろうか。理解と無理解を巻き込む近代的倒錯の前では、自分の居る側が揺らぐ場合も結構ありそうに思えてくる。
 実のところ、書体の規範が親切に組み立てられたのは幕末(唐様ベース)から明治(支那書法ベース)にかけて。そこで書的イメージが五体の規範へと狭められていった。ところが石川はそうなる前/狭間へと遡り、五体とは別の場所から副島/碧梧桐と共振する。制度化された書家規範の側から見れば傍迷惑な話かも知れない。実際あれは稽古にならない。石川の稽古はどの本を見ても古典的で、そこに作品との不気味な断絶が感じられる。どうやら「作品」という概念や実際には、書道でも習字でもない/切断された「書」が似つかわしいらしい。
 つまり、以前に二つの明治がある。一つは唐様後の書体整理時代として。一つは西洋的「美術」概念化を踏まえた再解釈時代として。前者は書塾や学校を模範的に縛る形で雑体や逸格の淘汰に向かい、後者は後の展覧会時代を準備した。だから苹の石川観は前者に於て「主流が正しいとは限らない」と感受し、かつ後者の「帖」的性格に戸惑った。展覧会の過剰にうんざりする時代がやってくる/本格化してくると、前者の猛毒化を踏まえて後者の〈単純な絶対〉が綻ぶ。大々的に書教育を巻き込んで破滅に直面する(書の終焉?)。それを予見しての事か、石川は自己の作品に抵抗するかのごとき保守的啓蒙文をも全集に纏め、自身の展覧会との調律を目指したかの様な。
 私は上京できなかったし、九楊展の最終日ギリギリ朝方に出した前々稿(夜に追補)を見て足を運んだ人も多分いない筈。…見に行った人は、どんな感想を持ったかなあ。今のところ、本格的なのは読んでいない。

(附記)
●【新・仕事の周辺】円城塔(作家) もっと気楽に生きたい
http://www.sankei.com/life/news/170813/lif1708130015-n1.html
 ふと気になって「円城塔」を検索したら、王羲之が出てくる小説「天書」を書いたとの事で驚いた。で…苹とは無縁な掲載誌『新潮』2017.9号のサイトを見たところ、偶々こんなのを見つけた(↓)。前々稿との隙間を想像しながら面白く読んだ。
●【特別対談】日本語の危機とウェブ進化/水村美苗+梅田望夫(「新潮」2009年1月号より転載)
http://www.shinchosha.co.jp/shincho/tachiyomi/talk_200901.html
【2017/08/15 03:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 「東洋の神秘」~この手の言葉から日本的情緒の幽玄を連想する人は多かろう。しかし東洋と云えば支那の方に分があるし、同じ言葉を西洋で発すれば17世紀キルヒャーの魔術的イメージとの間で却って「誤解が拡がる」かも知れない。日本を宣伝したつもりが「支那のヨーロッパ回帰」を期待させるとしたら。前稿末の特別対談を読んで偶々そう思った。
 外務省は2009年、デザイン書家の紫舟を起用したそうな。欧文の注文も引き受けるからだろうか。今年はピコ太郎(↓)が国連に行ったと聞き、驚く気力もなくなった…(もしや出身校が苹と同じ?)。
https://www.youtube.com/watch?v=FSUy1g7xYMc
 …ああん、もう。閑話休題。

(「少年記」ネタ、其一)
 「2013/07/04 23:19」稿で、こう書いた(↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1494.html#comment
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> 読み言葉の方は速やかに活字化されていったし、平仮名より片仮名が多用される傾向も強まった。それに比べると書き言葉の方は手書き自体が目的ゆえ、行書も草書も変体仮名も実用の範疇で現役のまま。この混淆していた二つを統合する上で習字教科書(国定時代)が果たした役割を、民間の出版手本類(金港堂など各社)との比較から考察する仕方があってもいい。そこから先を明確に整理/分離すれば、国語教科書は読み言葉、習字教科書は書き言葉の範疇となる。
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(「2014/04/07 20:25」稿中に補記あり↓)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1599.html#comment
 以上を踏まえ、漸く「西尾少年」の話題に移れそう?(「2017/04/12 09:00」稿↓)
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> もっと掘り下げてみたくなる…が、その前に温めていたネタを書いとかないと。予定では先ず「少年記」の方から、全集P.122とP.184の図版を中心に。(続く)
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 あれから長々ここで書き連ねてきた類の諸事情により、日本の書的イメージは開国前と大きく様変わりした。国定手本に於ては第三期、所謂「ノメクタ」教科書の機能的編集方針が実用書字技術の分析的練習に傾き、「言葉を書く」側面が薄まった。第四期の翠軒本では機能性よりも芸術性へと傾斜したが高学年用では細かい顫筆が目立ち、顫えを一々数える指導などの混乱が生じたらしい。
 石川九楊は前掲ロングインタビューで「当時の書道界では、現代書の父と言われた比田井天来が、ともかく「早く書け」という教えの人だった」と述べていたが、苹が翠軒流の先生から教わったところ、臨書はとてつもなく極端な遅筆だった。しかも中鋒(送筆で穂先が線の真ん中を通る)を徹底した上で遅筆をコントロールするとあらば、顫えがちになるのも無理はない。
https://blogs.yahoo.co.jp/sangsyu/3529185.html
 翠軒の遅筆は石川作品と別の意味で、天来の古法追究姿勢を裏返した(川谷尚亭碑~二段階クリックで画像拡大↑)。この点は飛燕速度の翠軒作品ばかり見ていると感受できない。書家の書を作品だけで判断してはいけない。手本学習は古典であれ師匠の肉筆であれ総て臨書であり、作品とは別の観点で相対化する必要がある。それを稽古と云う。その上で自運(手本執筆など)をも稽古スタイルで遂げるから尚更ややこしい。
 しかし或る意味、この「芸術的」遅筆こそが書道を書字の実用速度から切り離したと云えなくもない。むろん翠軒も実用書は結構な速度で書いていた。だが手本/教科書となると話は別である。そこに書家の桎梏が宿る。教科書が実用的でないのは、実用が教科書的でないのと同じ宿命に起因する。実用は家庭教育や経験一般の領分に近しい。
(続く)
【2017/08/19 00:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(「少年記」ネタ、其二)
 一体、実用とは何だろうか。今でこそ国語科書写は硬筆が基本で、それを疑問に思う人は殆ど居ない。毛筆指導は硬筆の模倣となった。この領分から書道に「逸脱」するのを避けながら「書道らしさを演出」すれば、待望のスター(?)武田双雲の様な説得的誇張表現が魅力的に映るのだろう。書道でなく書写模範の擬態/変奏と見る方が苹には納得しやすい。しかし世人には十把一絡げに書道と映る。書写と書道の区別が付かない。学習指導要領には「芸術科書道と国語科書写の接続」が盛り込まれてきた。芸術書道「らしさ」を実用化すれば書写らしさへの反転が起こるという事だろうか。
 斯くして書写の分裂が起こる。あの無個性な書写教科書手本からの逸脱を書道に期待してなお、書写の呪縛は残り続ける。実用上は手本がお払い箱となり、書写がデザイン書道へと化けていく。そこに「過去の実用」への視線はない。第一、読めない。過去を読むには「読める様にする」必要がある筈なのに、ここでは接続(読める過去)と切断(読めない過去)が現在に折り畳まれて同義語となる。~この場合、教科書の手本は「読める過去」に属するだろう。人は歴史(読めない過去)を生きていない。自分の過去/現在/未来だけ読む様に生きている。

 本稿は当初、こう書き出した。
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 子供は父祖の字を見て育つだろう。或いは床の間の掛け軸。先生の板書。そうした日常の多様な書字を更なる高みから統べるのが教科書に掲げられた類の「模範」で、呪縛と云えばそれらしくもある。しかし模範イメージ通りに書ける事は滅多にないのだから、日常の具体的書字とは関係がないほどに互いが自由である。手本は子供から自由に離れるのに、それで居て模範/規律は自由の質を高める。だからだろう、どんなに下手でも先達の字が美しいのは。予め基礎/伝統的書字原理/模範イメージが底流して居る。そこに「国語は美しい」との錯覚が交叉する。書き言葉と読み言葉が、シニフィアンとシニフィエの合一を整序する。
 そんな環境で西尾少年は育った筈(たぶん)。近代的だが伝統的で、しかも距離がある時代の刺戟に感応が潜勢する。親の顔が…もとい、親の字が見てみたい。美文調で書ける御方だったらしい(全集15巻P.94)。
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 …ここまで書いて立ち止まった。記憶の前で逡巡し、続きが冗長になるのを危ぶむ。そのくせ知らない事が多いから、埋められない部分の扱いに困る。とりわけ西尾少年時代の第五期(井上桂園)がそう。以後の具体的事実が知りたい人は広島の安田女子大学教授、信廣友江の本を読めばいい(出版芸術社の『国民学校「芸能科習字」』と『占領期小学校習字』)。~西尾先生の御尊父様に触れた途端こうなったのは、ご両親の世代を下敷きにするだけでは済まなくなる筈だから。既に時代は大正の毛筆教育廃止論(文相の中橋徳五郎とか↓)を過ぎ、そうなる環境を背景に書の芸術/芸能科目化が進行しつつあった。
http://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/53/view/6994
 嘗て神田の飯島書店で買った第三期(西脇呉石)のには、生徒の署名がしてあった。あれは親の字なのか、実用から芸術への移行には無理がありそうなくらい、皮肉にも「上手かった」。芸術美を信奉する側から見れば実用美は大した事ないのだろうが、時人は後に実用美が壊滅状態に至るとは夢にも思わなかったに違いない。生き残った芸術書道に往時の実用美はない。仮名以外では大字中心でしか教えていないから技術もない(幕末版下レベルは特に)。
 それらの意味するだろう所を、苹は西尾少年の清書から嗅ぎ取った。(続く)

(蛇足~舛添ネタ)
https://www.j-cast.com/2017/08/21306280.html
http://netgeek.biz/archives/101500
 「金」は…隷書ならアリ。でも「お」は…「朸」の草書にしか見えない…。
【2017/08/27 18:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 「少年記」ネタの続きは後回しにして、あきんど様の方から。
 先ず「シニフィアンとシニフィエの合一を整序」について。~明治時代に言文一致、すなわち音声言語と文字言語のズレを解消しようとする動きがありました。文字言語なら候文や漢文訓読体の様な余所行きの文体が全国で通用していました。通用しないのは各地の方言すなわち音声言語/話し言葉でしたが、シニフィアン(表現するもの)とシニフィエ(表現されるもの)は音の実際で一致し、また文字の実際でも一致していた。ところが音と文字を混ぜ合わせるとシニフィアンとシニフィエがばらばらになる。そこで方言(東京)を参照しつつ標準語に組み立て、文字言語と揃える上では草略体の曖昧さ/フレキシビリティの排除に向かい、それら全体を国語の形に整序した。…で、やり過ぎた。
 ~言文一致はともかく「文文一致」の方はどうか。書き言葉と読み言葉。どちらも同じ文字言語で、読み書き一緒なのが当たり前。父祖の字が読めたのは、読めるのが普通だからで、字が上手いからではない(それ以前に、読めない人は書けない)。そこが少しずつ怪しくなり始めた。活字普及の影響も含め「文文不一致」の気配が出てくる前後、教科書疑獄事件(1902発覚)の影響もあって国定制に変更(1903)となった。それまでは自由発行/採択制(1872~)や検定制(1886~)だった。
 戦後は本格的な「文文不一致」の時代となり、今や書道は「読めない字」とのイメージが定着し終えて久しい。しかも芸術の扱いで実用とは無縁。その点を前稿前段で抽出してみた訳ですが、「西尾先生の筆質・・・というんでしょか、直接いただいたハガキの中に、そのようなものは存在しなかったような」との言い回しは、とどのつまり「西尾先生の葉書が読めなかった」(シニフィアンとシニフィエの乖離)との意味になるのでしょうか。多分そうではないでしょうから、どこか読み違え/勘違いがあるのだろうと思います。~以上、「2017/08/30 00:22」稿について。

 次は「2017/08/30 00:47」稿。~これは全部が全部、拙稿中の「人は歴史(読めない過去)を生きていない。自分の過去/現在/未来だけ読む様に生きている」に相当する話と映ります。芸術と呼ばれる輸入概念が日本の芸術概念を破壊したまま、民間からも教育からも乖離して居る。…或いは、こう書けばスッキリするかも(むしろ逆?)。隣の「従軍慰安婦」と日本の「芸術」は、勝手に捏造された概念である点が酷似して居ると。どちらも就中「民間に於て」度し難いほどの常識と化して居る。舛添や鳩山が従軍慰安婦のコスプレ姿で謝罪揮毫した挙句「これが芸術だ」と言い放つ様なレベルも含めて、実は庶民の側が頭の中で暴走しつつ率先垂範して居る。
 そもそも書道を今の意味で「芸術」呼ばわりするのは無理筋です。それを皆なぜか芸術として扱いたがる。字は別に美しくなくたっていい。読めれば事足りる(そして上手い字は読みやすい)。読めなくなったらオシマイで、開国前後から棲息し続ける英語国語化論者達やGHQの目論見通りになる。「書は美しい」と「国語は美しい」は芸術意識経由の同義語で、文学以前の乱暴な話です。「文学が芸術なら書道もそうだろう」てな話になるのでしょうが、西洋に書道(カリグラム系列とは別物)はないから話が繋がらなくなる。この場合の芸術は雑駁に二つある。昔すなわち東洋のと、今すなわち西洋のと。どちらも脳内お花畑の「芸術」に惑わされるよりは技術と見た方がいい。東洋の意識では農業も漁業も占星術も数学も「芸術」です。
 …と書いた後「佐藤道信」で検索したら、こんなのが出ました(↓)。書道ネタからは離れますが、昔「美術」と呼ばれた「芸術」概念の参考にはなるでしょう。
●「工芸」および「職人」概念の歴史的変遷に関する考察―職人の技術伝承に関する基礎的研究(2)― 市川祐樹
http://www1.tcue.ac.jp/home1/c-gakkai/kikanshi/ronbun10-1/ichikawa.pdf
 この後の「少年記」ネタでは、上手下手の話に踏み込む予定です。
【2017/08/31 06:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>芸術の話しなんでしょうか・・・・
>私は書道はやはり芸術だと思いますよ。
 やはり芸術なんですが、そこんとこがややこしい。明治になるまで書道という言葉自体が見当たらず(支那では書法、幕末期は手習など)、分類的語彙としては大抵ひっくるめて書画でした。やがて西洋から「美術」の概念が入ってきて、それが後に「芸術」と呼ばれる様になると、美術は別/今の意味になる。アート(英)やクンスト(独)は芸術の他に技術と訳したりする(バッハの曲は「フーガの技法」~こちらは未完フーガとコントラプンクトゥスⅠ↓)。
https://www.youtube.com/watch?v=LD0aDZiUgIE
 こうした概念のズレに関する恰好の本があるので引用して置きます。以下は佐藤道信『〈日本美術〉誕生 近代日本の「ことば」と戦略』(講談社選書メチエ)P.38~39。
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> 実は、「美術」の語が誕生する下敷きとなったのは、ほかならぬ「芸術」という語だったように見える。
>「芸術」の語は、中国でも日本でも近代以前からあったことばである。しかしその意味は、いまとかなり違っていた。
>『大漢和辞典』で「藝」の字を見ると、礼楽射御書数の六藝、易詩書礼楽春秋の六経などもさし、わざ、才能、才智、学問、技術といった意味があった。つまりいわゆる人文系の学問一般のほかに、数学や音楽、また弓術や馬術などの武芸も含んでいたのだ。清代の『鼎文版簡目彙編巻四』によれば、「藝術典」には占星術から農業、漁業といったものまで含まれている。晋書・周書・北史・隋書などで「藝術伝」といえば、卜祝筮匠の技に長じた人の列伝で、占いの意味も大きかったらしい。
> もう少し「藝」の字を見てみると、「藝」は「ゲイ(云のない藝)」の俗字で、「ゲイ(草冠と云のない藝)」は種をまく意味。まいた種が成長して立派な樹木となることから才幹の意味にもなり、「(艸)」冠をつけて「ゲイ(云のない藝)」、さらにそれが「藝」になったという。
> 日本では「藝」を略して「芸」とし、これを「ゲイ」と読むが、中国ではもともとこの両字は別のものだった。「芸」は読みは「ウン(云)」で、虫よけなどにも使う植物の名前のこと。阿辻哲次氏によれば、中国で宮中の蔵書機関を「芸閣」と言うのもこのことだが、日本では本来のこの「芸」の字がほとんど使われなかったために、「藝」とバッティングを起こすこともなかったという。
> つまり、「芸術」は、学問から武芸など幅広い技術までを示すことばだったわけだ。おそらくは、そこから武芸や占いなどを切りおとし、“美”に関する術に限定する意味で、「美術」という語が作られたのではないかと思われる。
>『明治のことば辞典』(惣郷正明・飛田良文編、東京堂出版、昭和六一年)で見ると、明治期の「芸術」の語は、長らく旧来のケイコゴト、ワザの意味で使われている。いまふうの芸術の意味が一般化するのは、明治三〇年代のことである。北沢氏によれば、明治九年の博物館の分類では、名物などの上手物を「芸術部」、日用雑器類を「工芸部」に入れたらしく、博物館での「芸術」は、いくぶん早くいまふうに近づくらしい。ただここでの「芸術」は、現在のような音楽や文学を含むものではもちろんない。
> こうした状況からすると、「美術」と「芸術」のうち、現在の意味に早く近づくのは新生の「美術」の方だったことがわかる。「芸術」の語は、以前からあった分、旧来の意味を長くひきずることになったと思われる。こうした傾向は、「芸術」の語に限らず、かなり一般的な傾向といえるだろう。
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 その他、美学辞典や哲学辞典などにも「芸術」の項目はあった筈。しかしこれらは学者側の研究成果であって、一般庶民の勝手なイメージや偏見とは当然ながら無関係。また美術関係者と書道関係者とで話が噛み合わない場合もあるでしょう(美術方言と書道方言の齟齬みたいなもんだ?)。

(以下、どうでもいい話)
 ふと思い出した…。此処で昔、「名にし負う歴史認識のエクソシスト西尾幹二先生は」と書き出した事がありました(「2011/05/03 18:05」稿)。あたしゃ正確な表現が出来たと満悦…でも存外そうでなかったかも知れない。悪魔祓いの背景をどれだけ理解して書いたか。言葉の向こう側に想定したものを間違えていなかったか。「歴史修正主義者の」と書くよりは語弊が少ない筈でも不安は残る。
 相手は何をイメージしたか。…嗚呼、先生の首がぐるりと回る。ヒステリックに喚き威嚇する。これでは本末転倒だ。悪魔祓いが悪魔になっちまう。嘗てホラー映画「エクソシスト」(1973)を見た人/世代なら、或いは早合点したかも知れない。他方、アニメ世代なら「青の祓魔師」や「バチカン奇跡調査官」などを思い浮かべるのかも。
 書道と聞いて、女子高生の踊り書きを思い浮かべるのと大差なかったりして?
【2017/09/03 02:03】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8微分化と分化(其四) ( 苹@泥酔 )
2019/02/23 (Sat) 01:25:28
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の四。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment
 投稿禁止ワードが含まれているとの事。例によって「・」を挿入する。今回は「2017/07/23 06:46」稿中の語句が原因。



 過日ふと新聞を見たら、「円城塔の文学散歩」連載第七回が載っていた。写真は碑前の雨傘姿、大佛次郎の碑文は川端康成の書だそうな。どの作家にも云えそうな事が、一応こう書いてある。
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> どことなくおさまりの悪い石碑の文字を眺めているうちに、やはり日本の小説というものは、まだ未完成なものだという気持ちがしてきた。
> 漢字かな交じり文という形で小説をかたちづくる文字の並びは、美的な落ち着きどころを探し求めているように見える。漢文のように四角く並べるわけにも、和歌のように踊らせるわけにもいかず、どうしても力みが残る。
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 さりとて自然に和漢混淆、燃える老魂「御家流」…まで引き返す訳にもいくまい。昔は頗る実用的だが、今の文体とは喧嘩する。教科書筆者の鈴木翠軒ですら、戦前は生硬な気配が少なからず残っていた。所謂「翠軒流」の様式が出来上がる頃から段々こなれてきて、その辺の書翰あたり参考になりそうではあるけれど、これくらい(↓)読みやすい書きぶりでも今は覚束ない時代となっちまった。封筒の消印は昭和32年末。当時は読める老人がウジャウジャ居た。
https://www.syodou.net/column/masters-of-modern/
(「謹啓愈々/御健祥大/慶に存上升/小生/罷出御挨拶/可申上候處/略儀歳末/之御印にと/粗品拝送/御笑味下さい/ますやう御願/申上升/大変お世話/様に相成感/謝に堪へませぬ/御多幸なる/御越年を/お祈申居升頓首/十二月廿一日翠軒/和田先生/侍史」…誤読あったらゴメン)
http://www.all-japan-arts.com/rekishi/1004rekishi.html

>石碑・・・・・今度写真とってこようかな。
>うちの近くにはありますよ。
 書棚から三十年ぶりに駒井鵞静『全国書の名蹟めぐり』下・西日本編(雄山閣)を取ってきたけれど、そちら近辺のは載っていませんでした。無名のも含めると余りに沢山あり過ぎて、網羅したデータベースは全国どの自治体も皆無なんじゃないかなあ。
 熊野毛筆元祖頌徳碑の説明(P.242)には、こう書いてありました。~「井上桂園書 一九四七年(昭和二二)建立 井上治平・乙丸常太の二人は弘化のころ製筆の法を修得して帰郷し村人に伝えた これが熊野筆のおこりで、その頌徳の碑」

(余談~またまた千字文)
 トイレで頁を捲ったら周發殷湯が目に留まった。殷の草書は敦とも読める。そこで直ちに孟軻敦素と見比べた。書き分けてあるが、読み違える可能性が低い場合は同じ形で書いてもよい筈だ。殳の草略は攵になる。攵をくずせば又になる。しかし殳をくずしても又にはならなかったりする。偏が同じ形になった場合、旁までもが同じだと困るのだ。だから殷の旁は攵となり、敦の旁は又になる。(智永の場合は旁が同じで偏が違う。)
 くずさない方が読みやすいとは一概に云えない。ただし、くずし分けによる判別基準が要る。その根拠を苹は点画痕跡と呼んできた。例えば殳の上部、すなわち几/々の痕跡が「ノ」型で残ったり、攵や又をくずせば「く」型になったりする。つまり殳/攵/又を貫く様な線状の草略アルゴリズム/優先順位は概ね部首毎かつ相互に、可読性の差異に応じて変形生成の幅と向きが交換し、効率的に揺らいでくる。
 くだくだしい説明かも知れないが、「見れば分かる」ものを「読めば分かる」様にしようとすれば大体こんな具合になってしまう。…こればかりは今のところ、相変わらず仕方がない。
【2017/07/10 04:44】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(アブナイ川柳)
 以下は名児耶明『書の見方 日本の美と心を読む』(角川選書)P.205より。
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> ところで、家の三代目の特色を表すものとしてよく取り上げられる、「売家と唐様で書く三代目」という川柳がある。初代は文字を勉強もせず商売に専念し店を大きくする。二代目になると遊びも覚えて初代の財産を減らしてゆき、三代目あたりになると、教養は身につけるが家をつぶしてしまうことが多いことを皮肉ったものである。ここでは、自分の家を売るにあたって、「売家」と書いた貼り紙を教養があることを示す唐様で書いたということである。
> この教養の象徴とされる唐様とは、一体どんな書なのか。それは、黄檗宗が江戸時代の初めに重用され、その禅僧たちのもたらした明末期の書風が出発である。唐様は新鮮な書風として黄檗僧侶、文人ほか当時の知識階級に広まっていた。それは、漢詩をつくることができるのが前提で、それなりの教養を身につけなければその仲間には入れなかった。しだいにそうした教養をもった人たちの書く書風も唐様とされ、その後江戸時代の書として、御家流に対する一方の主役になるほどであった。
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 戦後七十年も経てば、近年の話とは云えまい。~敗戦日本はこれから英語の時代になる。日本語をやっても無駄だ。そう考える人は少なくなかった様だし、GHQも識字調査を踏まえて実行しようとした。これが「近年の話」で、その前は明治の文明開化があった。もう漢学の時代ではない。これから英語の時代になる。漢学教養は遊芸放蕩の類で役に立たない。…そんなイメージで「教養の分裂」が常態化してきたのではなかったか。真っ当な教養は洋学で、漢学は教養に値しない。就中、非エリート大多数の欲望/憧憬に準じては…いっそう極端な様相を帯びて?
 戦後の「一億総中流」は、裏を返せば「一億総エリート」幻想へと向かう学歴競争の最中、漢学の非教養化と表裏一体であり続けたのではなかろうか。例えば「達筆で読めない」との言い回しには、斜に構えた軽蔑の気配が付き纏う(そんな気がするのは苹だけではあるまい?)。ここまでくると、昔の教養にしがみつく時代錯誤、との解釈だけでは済まなくなる筈。教養そのものに対する蔑視とデカダンスが濃厚に感じられてくる。大正教養主義にピンとこなくなった世代なら、尚更それを絡め違える向きとて少なくはなかろう。だから苹は迂闊に読む(↓)。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1808
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>(5-2)教養主義こそが今日の教養の衰弱の原因である。
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 「読む人の身になって」との言い回しがある。或いは「読めない人の」。達筆は相手に不親切という事らしい。書く側への論難であって、読む側に落ち度はないらしい。あたしゃ「読める様にする」のが教育上の親切と思って授業したが、爾後のニーズは「踊り書き」の方にあるらしい。先ず実用を諦め、次に学問を諦めた。つまり目標がなくなった。どうやら書道の教育現場は、外野の煽動~「ええじゃないか」然とした狂態からピュアな迷惑を被り続けて居る模様(六根清浄?)。
 結局こういう事になるのだろう。~字が読めないのは、開国後の日本人が進歩したからだ。そもそも日本語は劣等言語であり、欧米と違って大量の漢字を要する(支那語ほどではないが)。昔は仮名も複雑だった。それをどうにか整理した。今よりずっと劣等な言語や文字は、読めなくて当然なのだ。嘗て三代目は唐様にうつつを抜かしたが、現代人は唐様を捨て財産を殖やし成功した…と。
 たかが川柳、されど川柳。昔の教養を引き剥がして進歩的に読んでみると、なにやら教育勅語への批判と似通った意識が通底するかの様に思えてくる。
【2017/07/14 21:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(余談~中高生時代の思い出)
 西尾先生が英米の、海内版図の講演録を出し始めた(↓)。続きが楽しみ~♪
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2203
 ところで…苹は英語が嫌いだ。周囲は外国語と云えば英語だらけなのに、学校でも興味が持てない。高校時代の模試で一度だけ実験した時は確か200点中4点、偏差値20台だった。「確実に覚えていると確信できない限り回答しない」方針でやってみた。大学入試の本番では偏差値60台だったから、ほぼ同じ条件下(碌に受験勉強しない)での差異が確認できた事は「記憶とは何か」を意識する最初の一歩、高校英語で最も有意義な体験になったと自分では思って居る。~当時の苹にとって、英語とは綴りである。断じて生身のコミュニケーションではない。
 あれは中学だったか高校か、隣のクラスから英語の時間に音楽が流れてきた。これも苹には通じなかった(初期体験のハレルヤですら独語版w)。あっしの様なタイプにはゲーテがギョエテの類、各国語比較の方が馴染みやすかったかも知れない。アレが出たらアノ言語かと、小中学生でも見当くらいは付くだろう。その程度の所から外国語教育を始めたらよかったのでは。いきなり初手から英語ってのは、むしろ外国語差別になるのでは。(蓮舫ともかく、民進党の方々は感想どうよ?)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2046.html#comment
 英語と云えば、先日こんなのも書いた(↑)。外人相手に(「私が」ではなく)「煙草が私を吸う」と言いたくなった元ネタ/記憶が、今夜の検索で判明した。昔どこかで読んだコレだった(↓)。まさか動画が残ってるとは思わなんだ。カラヤンがドイツ語で喋ってる。字幕は英語。
http://wjf-project.info/blog-entry-493.html
【2017/07/20 21:00】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(記憶と記録)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2205
 「日録」の続き(↑)。…あたしゃスッカリ忘れていた。「脱領土」との表現に久々おののいた。あの語を先生が最初に持ち出したのは、大体この頃だったかしら(↓)。
●GHQ焚書図書開封 第92回:アメリカの脱領土的システム支配[桜H23/12/21]
http://www.youtube.com/watch?v=K8CJ-Nx3Cjk
 これもドゥルーズの術語にあったっけ。「再領土化」との組み合わせで、訳書を見ると難解で手に負えない。でも何か引っ掛かっていた。一方、西尾先生の言い回しはえらく分かりやすい。その所為か当時ドゥルーズのとは違う気もしたが、今あらためて五年半前の旧稿群(↓)を読み返すと存外そうでもなさそうに思えてきて困った。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1228.html#comment
 あの時さほど気乗りせぬまま、パラパラ捲って「脱領土化」が出てくる箇所をチェックした。すると偶々「移民」に目が留まった(「2012/01/14 02:47」稿)。こちらの方がピンとくる。そこで引用し始めたら止まらなくなった。~今では中国による再領土化(?)が沖縄よりも先に北海道へと及び、海では境界線をトレースするがごとく津軽海峡を遊弋している模様。脱領土化と再領土化は畢竟、どちらが先でもよいらしい。日本の南北で両方を使い分けている様にも見える。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-916.html#comment
 更に遡ったら…あたしゃ昔こんなのも書いてたのね…(「2010/05/04 21:32」稿↑)。
【2017/07/22 18:29】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>こういうのを上手にまとめて、日録にコメント書いてくれれば
 纏まらないし勉強不足なんですよ。ドゥルーズ達の纏め方ひとつ取ったって、目次を見れば『千のプラトー』は歴史書だ。そこに多様体だのリゾームだのが絡み付いて哲学書に「なる」。こう書いて構わないなら、歴史が哲学に「生成する」(その逆かも?)。西尾先生は「脱領土」になら言及する。けれど再領土化については「まだ」語ってない。
 あっしの場合は一切合切が書道ネタに立脚してますから、微分化と分化のイメージがありありと浮かぶまで二十年かかりました(気付けなかった)。…書けないとは、そういう事でありんす。
 あきんど様の時・計ネタは懐かしい話。
 こちらデジタル頭が勉強を始めたのは、毎日「針にしろ」と電話が来てウンザリした1997年。まさか時・計の構造から歴史までやる羽目になろうとは。果てはスイスとEUとの経済史的アクチュアリティに傾いたり、ユグノー教徒と来ればマイアベーアに脱線しそうになる。今は電波ソーラーのデジタル愛用だけど、当時そんなのアリマセン。あったら勉強せずに済んだのに。とにかく間が悪かった…。

(クラヲタ余談)
 「2017/03/03 05:21」稿末、客演のシューリヒト指揮で戦前ACOのマーラー《大地の歌》を出した。~その後メンゲルベルク指揮ACOのチャイコフスキーsym.5が見つかった(↓)。この39年盤は昔キングからCD化され(KICC-2059)、40年のBPO盤(K30Y-257)よりずっと濃厚なポルタメントやルバートが楽しめた。
https://www.youtube.com/watch?v=NfHnMLD6pGU
【2017/07/23 06:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(覚え書き)
 肝腎な点に触れねばならぬのは分かっているのに、その前で躓き「脱領土」でゴネるのは、それが言葉の鍵と映るから。脱領土的支配とフロンティアの間には消滅への予兆が潜むだろうに、そこから結果(隘路?)へと論述が直行する。ここはもっと丁寧に読まないと、続きで西尾先生が何を書くか/何処へ行くか読む楽しみが減る。~(前述の通り)一つ気付いたのは脱領土化と再領土化の同時進行や使い分けで、それも格差拡大に関与しているのではないかと。つまり中国はただの謎ではなく、逆に中国から見たフロンティアとの関わりに於て、それを魅力と取り違えた者が自己を食い潰す面もあろうかと。
http://aclo.wpblog.jp/?p=952
 支那では昔から人が矛であり盾だったり、中国という国があるのではなく、支那という土地があったりした模様。…ここでノマドやプラトー(↑)を持ち込むのは一応やめとく。ただし土地の再分配ではなく、人/家畜を土地に再分配する手口には注意を要する筈。難民や移民の様にはいかず、発生したのか存在したのか区別できなくなるほどの大群がいつの間にか消えている事もある。限られた土地があるのではなく、土地が限られる以前のごとき「移動を伴わない」脱領土的支配があった様な気もする。
 ~誤読かも知れない。しかし西尾先生は「それは余りにも遅れていたからであり、余りにも多くの人口をかかえているからです」と語った。これでは気にならない訳がない。そろそろ続きが出る頃かしら。
【2017/07/28 19:19】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(ヨーロッパから見た支那と漢字)
http://www.1101.com/kyuyoh/index.html
 どちらを先に出そうか。~石川九楊のを検索したら先ずコレ(↑)が見つかり、次いでコレ(↓)に目をひん剥いた。ライプニッツと漢字に言及した箇所がある。
http://dokushojin.com/article.html?i=1672
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>――ご著書を拝読していると、漢字というものが誕生し、様々な経緯を経て生まれ変わっていく。そして今我々がその漢字を使い考え、思いを伝えていくことができる。その奇蹟を感じずにはいられません。誕生そのものも奇跡ですが、現在まで伝わってきたことも奇蹟であり、石川さんのように、後世に伝えようという書家の営みがあったからなのではないかと思います。ただ、この先どうなるのか。何万年後かはわかりませんが、「かつて「漢字」という文字があった」と振り返られる時がやってくるかもしれない。そうした事態が今始まっていることに対する「警世の書」としても読むことができるのではないでしょうか。
>石川 逆に言うと、ヨーロッパ世界が漢字を使いはじめることだって考えられるわけです。ライプニッツは、自分たちの言葉に、漢字を当て嵌めて読めばいいと言っています。そういう世界になるかもしれない。ただ、私が常々言ってきたのは、こういうことなんです。漢字語を使わないと、日本は政治と宗教と倫理の面で瓦解していく。そうした領域は、日本の場合、漢字の言葉によって形作られてきた。ひらがな語では作り得ない。真に民主主義になるためには、漢字語を吸収し、咀嚼しないといけない。そのことによって初めて、みんなが政治の主役になれる。それが東アジア漢字文明圏の言葉の構造なんですね。漢字語で考えることを弱めてしまうと、政治や宗教、倫理の面が弱まってしまう。むろん漢字語は皇帝制に色濃く染められた言語。為政者としての倫理、あるいは易姓革命の思想はあっても、民主主義を知らないという限界はある。極端に言えば、お金さえ持っていればいいんだという言説さえまかり通る。いわば大国意識ですね。そうではない。かつての日本という国を思い浮かべてみてください。たとえ小さくて豊かでなくても、道義や礼儀の面で尊敬されていた、宣教師たちがやって来た時代、清潔な生活をし、学習することに貪欲であった。それが今、ある程度のお金を持っているだけの、だらしのない国民文化になってしまった。人々が漢字で考えることをしなくなった結果だと思いますね。
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 大体いつもの言い回しで、あたしゃ見慣れているせいかサラリと読めるし理解もできる。ただしよく読まないと誤読しそうになる面もある。例えば「日本語は存在しない」との表現は現代国語批判が骨子にあるらしく、漢字語と平仮名語と片仮名語を分けて考えるから日本語の単一性/独立性を否定する形になる。また書展での分類は殆どの場合、漢字と仮名を別の部門とする。書道畑には、そうした諸々の仕掛けがある。また他の畑には、東アジア漢字文明圏に華夷秩序を連想する向きだってあるだろう。苹は苦し紛れにアナキズム文化圏と言い換えたが、どちらの表現にも難がある。

 ヨーロッパから見た支那、そして漢字。~この観点では多分、他者を主体/基準とした幻想的理解に引き寄せられがちとなるだろう。読める主体がわざわざ「読めないガイジン」の「理解」に憧れる必要はない。しかし「読めなくなった日本人」ならどうだか。呆気なく「グローバル理解の罠」に引っ掛かり、「文盲と無理解の普遍性」らしきものに理解を示す様になってもおかしくないのでは。~田中純の論考(↓)はドギツイが勉強になった。徹頭徹尾、書道畑とは全く異なる「アチラ側の理解」と思索が展開する。以下抄録。
http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/879/
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>マテオ・リッチなどをはじめとする一六、一七世紀のイエズス会士の報告によって流布されたこのような神話は、中国語がアダムの言語にも似た完全な言語であるというイメージを流通させていった。武田雅哉はその背景に、一七世紀ヨーロッパにおけるさまざまな普遍言語構想の存在を見ている★三。こうした構想を生んだのは、地理上の発見に伴う非ヨーロッパ系言語との遭遇や俗語革命以後のラテン語の衰退であった。普遍言語構想は観念を正確に表わす、数字に似た真正文字のあらたな創造のために、バベルの塔の崩壊以前の言語を探し求めていくことになる。中国語は古代エジプトの象形文字に通じる表意性をもつとともに、あるいはそのことによって、世界最古の言語という神話的な性格を与えられる。漢字という異質なエクリチュールはこうしてアルファベットを非中心化する一方で、ユダヤ・キリスト教的な神話のなかへと組み込まれていった。
>ライプニッツは、声から解放された人工的で恣意的な記号である点において、漢字を哲学的言語のモデルと見なした。彼は漢字をあくまで非=表音的な人工の文字と位置づけ、古代エジプトの聖刻文字とは異なって、物体との類似には依拠しないものであることを強調する。デリダはこの時代の普遍言語あるいは普遍文字の企てが相互にいかに異なっていようとも、それらは〈単純な絶対〉という無限論的神学の概念を伴っており、表音的なものではないライプニッツの普遍記号学の企図もまた、音声中心主義と共犯的なロゴス中心主義に深く結びついているとしている。ライプニッツの論述において〈シナ的モデル〉が参照されるとき、見かけ上は確かにロゴス中心主義が阻止されるのだが、このモデルは〈単純な絶対〉である理想的普遍言語へと向けて修正されるためだけに存在しているのである。この意味において、漢字(シナの文字(エクリチュール))という概念は〈一種のヨーロッパの幻覚〉として機能していた★四。
>この幻覚は、当時すでに存在していた漢字に関する知識を無視して形成された。それは〈万能書法(polygraphie)〉の構想によってライプニッツに影響を与えたアタナシウス・キルヒャーの、聖刻文字の奇怪な魔術的読解に代表される古代エジプト幻想に通じている。ライプニッツの合理主義とキルヒャーの神秘主義はともに、漢字と聖刻文字への同化の身ぶりによって、その歴史性を無視する。こうした傾向に対する批判から、文字の歴史や文字言語と音声言語の関係をめぐる体系的な考察が生まれ、それがやがて一八二〇年代のシャンポリオンによる聖刻文字の解読へとつながっていく。
>このような後世のパースペクティヴからすれば確かに、一七世紀における漢字あるいは聖刻文字の概念とは、一種の〈幻覚〉にほかならない。しかし、この幻覚は任意の対象に投影されたのではなく、漢字や聖刻文字という非アルファベット的なエクリチュールとの遭遇によってもたらされた産物である。音による媒介を欠いた(あるいは無視された)視覚イメージとしての文字が、普遍言語の構想をキルヒャーやライプニッツに強いる。なるほど、普遍言語、普遍書法とは、シニフィエを単純かつ絶対的に視覚的に伝達するシニフィアンにほかならない。だがそうした記号への憧れは、シニフィエを欠いたかのように見える文字が、もはや言語なのか絵なのか線の集積なのかを不分明にしながらシニフィアンの境界を越え出ようとしている、その過剰さと裏腹なものではなかっただろうか。『シナ図説』でキルヒャーが掲げている、龍蛇、鳳凰の羽根、草の根、魚などの形に由来する中国古代の漢字字体の図には、この過剰そのものへの耽溺さえ認められる。ライプニッツの合理的な計算言語の企ての裏面には、中国文明のエジプト起源説を唱えるキルヒャーの、寄せ集められた雑多な知識からなるバロック的に混乱した言語思想がある。ライプニッツにとって、非=表音的文字が孕みかねないこの過剰さは回避されなければならない危険だった。ライプニッツは自らの構想する普遍記号を漢字と比較して、次のように述べている。
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 その後は凡そ実用的でない漢字のヴァリエーションが図版に出てくるなど強烈な違和感ばかり残るが、こちらの方が却って「客観的かつ知的」には共感しやすいのかも知れない。一方では古き理解が新しき無理解から隔絶され、他方では過去への無理解が新たな理解を真っ当らしく構成しつつ整合する(日本の作曲家では細川俊夫のが近い?)。
 ところでラフカディオ・ハーンの引用後には、こんな記述がある(↓)。
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>この夢のなかで反芻されているのは、文盲であることの悦楽である。音を欠いた夢のなかに立ち現われる無数の漢字はすべて、秘密を孕んだscryptにほかならない。カフカの物語同様、ここでも死んだ文字が生命を得て動き始めるのだが、ハーンはそれをもはや読もうとはせず、文字との触覚的な接触の官能性にマゾヒスティックに身をゆだねるばかりなのだ。西はハーンにとって日本は〈文字の王国〉であったという。ロラン・バルトのいう〈表徴(シーニュ)の帝国〉は、ハーンやバルトにとって、文盲状態を余儀なくさせることによって逆に文字とのエロティックな(しかし時には脅威的な)関係を復活させる空間であった。〈復活〉というのは、この文盲状態は〈書くこと〉と〈読むこと〉の根源的な差異に由来するのであって、漢字との遭遇だけに固有なものではないからだ。西欧にとっての夢の空間であるシナとは、同じ意味で〈scryptの帝国〉である。そこは音声中心主義的な言語に内在する分裂が文字の哀悼劇として上演される架空の舞台にほかならない。このような文字は、ラカン的な意味における〈対象〉であり、意味を消尽されたあとの不活性な物質的残滓である。何度も繰り返して筆写されたために、しまいに意味の痕跡を失って、読むことも理解することもできなくなってしまった文字のように。
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 …それにしても、こんな先行論文があったとは知らなんだ。苹の言い回しでは、後に「書き言葉と読み言葉の分裂」となる話。それが日本に西洋を取り込み、百年かけて日本語書記様式を進歩的没落へと導き、平成に加速し成就していく。「読めない日本人」を否定/拒絶する非国民は、もはや教育界にも社会にも必要ないらしい。だから今世紀初頭、苹は「つくる会」の存在を知った時点ですぐさま期待と賛同と行動を予定したのであった。

 以上、差し当たり自習してみた。~気を取り直し、あらためて西尾先生の続稿(↓)を読む…「今フロンティアの拡大が中国へ向かっているわけで、そこから現代の目の前の話に移ります。無理にこじつけるようですが、怪しい動きが中国とヨーロッパの間に拡がっているようです」…。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2208
【2017/07/30 09:17】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8微分化と分化(其三) ( 苹@泥酔 )
2019/01/19 (Sat) 19:44:56
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の三。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment



(休憩後の続き)
 幕末から明治にかけての文字環境には、もう少し留意して置かねばなるまい。大方の人は見た目の変化、例えば楷書と草書の違いや文字連綿の有無に囚われがちな傾向がある模様。しかしこれらは表層の文字像が「違う様に見える」だけであって、深層構造における文字知覚/認識は殆ど変わらない。欧文の例で云えばローマンもゴシックも筆記体も、共に同一の深層文字像/認識へと収斂する様に。
 「殆ど」変わらないと書いたのは、例えば草書を楷書に書き換える場合、殆どの点画が複雑化して同一文字内に細部の差異を発生させるからである。楷書の輪郭は細部に宿る一方、草書の輪郭は骨格へと沈潜したまま再び表層の形に近接する。邉も邊も草書の形は同じ構造下で草略変化(行書水準を含む)の幅を持ち、草略の度が進むほど同一の形となる様に。つまり草書における細部の省略は、楷書における骨格の細密化/分化と相補的に機能する(ドゥルーズの表現を借りると、省略は文字認識の差異化=微分化(différentiation)、細密化は差異化=分化(différenciation)に相当する?)。
 微視的な差異/特徴を文字骨格から捉まえて、草書の之と足を読み分ける類は難しい(真草千字文では如松之盛と矯手頓足を参照)。どちらも同じ形で書かれたりする。こんな場合は文脈に任せて判別するのが古文書方面では普通だろう。…くだくだしく書かなくとも、「見れば/読めば分かる」で済ますのが書教育では常套だった。しかしそれでは現代人に通用しない模様。或いは稽古が通用しないのかも知れない。あたしゃ書塾の稽古で無心に慣れるうち「自然と読める様になった」側なのに、畑違いの哲学/言語学用語まで巻き込む羽目になっている。(なんてこった…憐れみたまえ?)
https://www.youtube.com/watch?v=dTQrHrC7wJs
 これでは却って分かりにくくなるかも知れない。しかし楷書を基準に草書へ遡行すれば、そうとも考えてみたくなる。骨格の外延に発生した細部/点画の厳密さは手に負えない。楷書の手口は「規範なき不自由」に見えるものを新たな規範で縛る。文字認識が雁字搦めになって、差異ばかりが罷り通る。草書や仮名はもっと自由だった。規範の幅(差異の内包)自体がもろとも自由にうねり流れた。だから連綿も読み書き双方にとって必然だった。連綿の切れ目が文脈の仮象を呼吸する場合もあれば、そこに別のニュアンス~言葉自体とは別の音楽的重層性が宿る場合もあった。
(続く)

 先月末から休み休み探していた、架蔵の『ニーチェとの対話』が見つかった。トイレ蔵書の、上から五冊目くらいの所に埋もれていた。心身ともにスッキリした。
【2017/06/16 22:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(追補/備忘録)
 以下は宇野邦一『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ)P.149。
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> ここで「包含的離接」と呼ばれているのは、ドゥルーズが他の書物でも繰り返している奇妙な論理のことである。「離接的概念」は「選言的概念」ともよばれ、概念の外延が重なることなく、全く分離していること、AかBか、生か死か、男か女か、表か裏か、といった、ふつう相いれないとみなされる概念の組み合わせをいう。それゆえ「離接」は、必然的に排他的であるしかないのだが、ドゥルーズ=ガタリは、分裂症者にとっては、「生者あるいは死者であり、同時に両者なのではない」というような状況または論理が成立していることに注目している。
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 これまでドゥルーズの術語を借り出す際は、包含的離接の話が殆どだった様に思う。微分化と分化の組み合わせに言及したのは今度のが初めての筈で、いつも通り誤読/誤解に基づく展開となっていないか疑い続けている。
 江戸時代の識字層/民衆は経験的すなわち理屈抜きに、日本語書記様式から既にそれを体得していたのではないか。そうでなければ草書も楷書も、平然と読み書きできる訳がない。あからさまな言葉/論理を経ずともイメージの潜勢は日本の庶民に予め親しみやすく、たまたま論理をフランス人が言葉に変換するまで/日本人が体験を喪失するまで、共に百年かかっただけではないのか…と。日本人自身の言語破壊は文明開化の暗黒面だった。表面はただの転写/活字化に過ぎないが、過去を読み取る能力の衰弱は内々メタボリックに慢性化する結果となる。
 念のため検索したところ、こんな記述があったので抄録する(↓)。
●「差異」の差異──ドゥルーズとデリダ── 檜垣立哉
http://d.hatena.ne.jp/araiken/20120817/1345183199
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> それはどのように提示されるのか。ひとつ明快な解答は、両者の哲学史的背景に言及することであるだろう。ドゥルーズの差異概念は、ベルクソンの議論の吟味からとりだされている。つまりこの概念は、流れを強調する生の哲学が、固定された定点に自らを位置づけることを拒絶しながら、それらを生みだす生成の力に着目したことを展開させたものである。そこでドゥルーズが見いだすベルクソンの差異概念のポイントは、何をおいても、それが流れの内的な力とその現実化としての差異の働きを提示することである。だから、このラインでの差異の探求は、弁証法的な統合・矛盾・他性という概念に行き着くことなく、生成変化としての流れを記述しうることになる「 cf. 「ベルクソンにおける差異の概念」)。そして、このように展開されるドゥルーズの差異の概念には、流れにはらまれている微小な差異をきりわける微分( différentiel )と、流れにはらまれる差異が自己展開を遂げて姿をあらわす分化( différenciation )という2つの主題とが、緊密に連関する。ドゥルーズの差異とは、『差異と反復』での différent/ciation (微分/分化)という両義性を含ませた表記によってこそ、十分に表現しうるものなのである。ドゥルーズにおいて差異とは、未決定的な見えない力(潜在性)を示す微分という装置と、未決定的な力が現実化して姿を現す分化において描かれうるのである。未分化な質料として力をはらむ卵細胞が、さまざまな細胞や形態へと多様に生成していく光景が、ドゥルーズの差異概念の根底にある。
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 ところで、ドゥルーズはニーチェの研究家でもあった。
 あたしゃ忘れた頃に掘り返す。西尾先生の『ニーチェとの対話』もその一つだが、またぞろトイレで読み返す。そんな事も書いてあったと「思い出す様に読む」訳だ。追憶だか読書だか判然としないものを読み分けるのは、ただ読むのとも読み返すのとも違う。嘗て読書した自分の方を、向こう側に思い出そうとする。しかし読書自体は二の次で、考え事を優先すると追憶する閑がない。…読書は苦手だ。

(江戸のリベラルアーツ)
 日本は昔、西洋とは別のリベラルアーツ大国であった…てな事を書くと奇天烈に見えるだろうか。これまで引用してきた諸資料に、少しは片鱗が窺える。例えば高斎単山の塾(「2015/01/04 02:44」稿)。次にアマチュアコンクール(「2017/01/22 17:08」稿)。~読み合わせると幕末期、日本には既にダブルスクールが存在したのだと知れてくる。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
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>私は学僕(塾に住み込んで塾の雑用をしながら学ぶ若者)でしたから、月謝も食費もいりませんでしたが、その代りに、炊事もやれば拭き掃除もやりました。それはこき使われるという感じのきつい仕事で、昼間はいろいろな用事を言いつけられ、とても落ちついて勉強などできませんし、夜は仕事がすむと漢学塾(植村蘆洲の塾)へ漢学の勉強に行きましたから、書の練習は、しばしば夜通しの修業になりました。夜も寝ずに夢中になって漢学の書物を開き、筆をとり、その場に疲れ切ってぶっ倒れるまで学んだものです。
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http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment
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>これはおそらく、音楽家育成の専門教育機関ととらえられている日本の音楽大学と、音楽を教養の一環としてとらえるアメリカなど海外の総合大学との考え方の違いなのかもしれません。もうひとつ決定的な違いは、日本では“ダブルスクール”が認められていないこと。海外では“ダブルスクール”が当たり前で、アマコン上位入賞者たちの多くは、医学部や理工系学部などと音大を掛け持ちして学んだ“ダブルスクール”出身者たちです
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(以下は2ch掲出稿と未出続稿)
 稽古事としての書道は通用しなくなっていると思う。たぶん学問が消えたからだ。学制後、学問がそっくりそのまま学校に引っ越した。その後、学園天国がやってきた。つまり学校にも学問がなくなった。受験教育は学問でなく、競争だから紛らわしい。学校のは授業という名の稽古事。中身は塾と大差なく、むしろ塾の方が洗練度は高い。受験無用の進学時代、学校や進学塾は受験競争から排除された書塾と変わりなくなる。ならば書塾は「未来的」かもしれない。学問は大学からも、大学院や海外に逃れ去る。大学から受け皿を排除する動きがある。再び書道から学問、学問から書道が消える。書道は民間に潜り続ける。中野三敏によると、大学の古文書学は民間に勝てないとか。
 学校は不思議な所で、学習指導要領を守らないのが当たり前となっているらしい。筆を持つのが小学校以来という事はない。中学国語科書写でもやる事になっている。第1学年と第2学年では年間20単位時間程度。第3学年では年間10単位時間程度。高校書道選択者は最低でも変体仮名単体が読める。読めないなら授業形骸化の証拠。芸術科の各科目、国語科、商業科の「文書実務」などとの関連にも注意を要する。しかし現実は学習指導要領の水準に達していないらしい。入試科目の水準はともかく。違法な教育が慢性化し、それが2006年の未履修問題で表面化したのは衆知の通り。授業の形骸化自体は違法でない。皆様は芸術科書道の定期考査、どうだったろうか。
 学校と進学塾の融合体を進学校と見るなら、学習指導要領に従わないのは当然だろう。進学塾に非受験科目は要らないから、学校にも要らない。でも学校を擬装すると好都合。卒業証書が出せ、大学受験に有利で、教員採用は教委任せで、なにより県費が貰える。卒業生の最終学歴が「そこ」でない限り、学校は総て受験システム準拠の進学校である。だから「選択と集中」の原理と経済効率に基づき、教科・科目の精選が不可避となる。関係者大半にとって不要科目は時間の浪費。しかし未履修問題となっては元も子もない。そこで授業から部活へ内容移植するか一体化するかして、カリキュラム崩壊を模索する。多くの学校は前者。授業形骸化=ゆとり科目化と、部活への選択的生徒集約で対処する。指導力の有無とは別の部活指導による多忙化は、教員側の「ゆとり=無駄」でもあろう。しかし大分高のケースは、反ゆとり化の悪循環とも映る。ゆとりが今、ゆとりでない。
 殆どの書家は反日である。大方は無意識に、日本文化の殺害者たるべく活動してきた。彼らは「芸術」の行動原理による文化破壊を目指す。芸術でない文字文化を粛清する。従って古文書の殆どは書道教育の範疇外。戦後一貫、学習指導要領に明記されてきた。国語科書写と芸術科書道の分離により、後者では読める人材の育成が禁止されている。高校書道の実態は「教えたふり」が大半で、定期考査による読解力の確認義務はない。つまりわざと教えない事により、昔の字は読めないのが正しいと教えてきた形になる。その結果、日本人ほぼ全員が文盲になれた。欧米以上に識字率が高かった昔とは違う。たまに識字率調査が話題になる。結果ばかり取り沙汰されるが調査方法は出てこない。楷書の読める知識人は少ない。多くは草書変体仮名交じりの御家流しか読めなかった。そんな人々に活字や楷書を見せ、「読めるか?」「書けるか?」と試験したらどうなるか。
 書道の根本的救済策は高校教育の厳格化にある。学習指導要領の完全遵守を目指す。すると全員卒業は不可能になる。大量留年や退学者激増の覚悟なしに教育は出来ない。そこで国立高校の創設だ。代わりに今の高校は非高校化。概ね総て予備校化して貰う。これで旧高校=新予備校から箍が外れる。受験不要科目は消滅。生徒は高卒資格不要。大学に入学できるのは国立高校卒業者と、高校卒業程度認定試験の合格者のみとなる。新予備校は後者を生徒に要求して構わない。受験科目外の教科は専門の塾に委託する。全教科を新予備校が整備しても高卒扱いにはならないが、従来の予備校とは合併可能。今も学校と予備校と塾を掛け持ち通学するケースは数多い。これは明らかに非効率だ。しかし海外の場合、特に大学レベルでダブルスクール経験のあるケースが少なくない。そのモデルで高校を分割すれば、大学も高校もそれぞれ必要な教育水準に特化できるだろう。

(またまた備忘録~追記)
 …と纏めた後、痛快な文章を見た(↓)。「2017/04/20 21:43」稿の「「勅語」(帝から臣民へ)という形式」については偶然、貝塚先生も産経稿で指摘していたので嬉しかったが、加地先生の方は見ていない(買わなかった…残念orz)。
http://www.sankei.com/column/news/170628/clm1706280005-n1.html
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>2017.6.28 10:01更新
>【国語逍遥】
>(86)清湖口敏 一旦緩急あれば 「文法の誤り」とは何ごとぞ
>(1/5ページ) .
> たまの涼しい朝には家を出る時間を少し早め、湯島天神(東京都文京区)に寄り道してから出社することがある。日頃の運動不足の解消を兼ねた、ほんのささやかな「逍遥」である。
> ♪湯島通れば思い出す
> お蔦(つた)主税(ちから)の心意気
> 境内を歩くと決まって口ずさみたくなるのが、子供時分からの聞き覚えの流行歌「湯島の白梅」だ。そしてこの一節を口ずさむたびに必ず想起されるのが、教育勅語に対する昨今のつまらぬ批判である。歌と勅語に何の関係があるのかは結末に譲るとして、まずはその批判の一端を。
> 昭和23年に国会で失効宣言が採択されてから70年目の今年、教育勅語は予期せぬ“復活”をとげた。森友学園問題が発端となって、にわかに世間の関心を集めることになったのである。
> 「憲法や教育基本法などに反しない形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書が閣議決定されるや、一部のマスコミは「戦前の価値観に回帰しようとする動きの一環」(4月2日付朝日社説)などと反発した。
> しかし武蔵野大教授の貝塚茂樹さんは「教育勅語の歴史を直視せず、徒(いたずら)にこれを全否定することがさも民主的であるかのように振る舞うのは歴史に対する欺瞞(ぎまん)である。こうした態度が逆に、教育勅語を『神懸り的なもの』として扱うことになることに気づくべきだ」と叱正する(4月26日付本紙『解答乱麻』)。
> 批判は、勅語の中の「一旦(いったん)緩急あれば義勇公に奉じ…」の「あれば」は文法的に誤っているといった方向にまで及んだので、さすがに小欄も取り上げないわけにはいかなくなった。
> 『週刊文春』(3月30日号)ではジャーナリストの池上彰さんが、文法の間違いがあるとの指摘も紹介しておくと断った上で、「もしも国家に危機があるとするならば」の意では〈「あり」の未然形+ば〉の「あらば」が当時の文法では正しく、「一旦緩急あれば」では「危機は必ず来るから、そのときには」の意になってしまい、誤用である-と書いていた。
> 反論したのが大阪大名誉教授の加地伸行さんである。月刊誌『WiLL』(6月号)で、まこと懇切丁寧に「あれば」の正当性を主張した。全文を引けないのは残念だが、概略を以下に示したい。
> 古文の立場からは、助詞「ば」には3種のつながり方がある。(1)「あらば」(未然形+ば)は「もし~であるならば」(仮定)を表す。(2)「あれば」(已然(いぜん)形+ば)は「~ので」(理由)や「~したところ」(契機)を表す。(3)「あれば」(已然形+ば)は(2)の意味のほかにも、「或(あ)ることが有ると、いつでもそれに伴って後(あと)のことが起こる」という〈一般条件〉を表す。「一旦緩急あれば…」も「国民として、危急が起きたときには当然、戦う」の意だから(3)に相当し、文法として正しい。
> 漢文の立場からも加地さんは、漢文訓読では例えば「行いて余力あらば~」と未然形で訓(よ)んでもいいが、一般的には、未然形相当のときに已然形で訓む慣行がある-と言及している。
> 教育勅語は井上毅(こわし)の草案を基に元田永孚(ながざね)が成文化に協力したといわれるが、加地さんは「井上、元田ともに漢詩漢文の造詣の深さでは超一級の人物である。その成果としての名文、教育勅語に対して文法の誤りの指摘とは、身の程知らずのチンピラである」とバッサリ。いやもう、なかなかの快気炎であります。
> 「あれば」の正当性は以上の「加地説」で言い尽くされ、付け加える余地は全くないが、かといって「では今回の小欄はこれにて」ともいかないので、古文の「ば」の用例をもう少し詳しくみてみたい。
> 万葉集に載る山上憶良の長歌「瓜(うり)食(は)めば子ども思ほゆ…」の「食めば」がまさしく右の(3)に該当し、「瓜を食うといつも子供のことが思われ」の意味になる。
> 百人一首の「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」も「夜が明けてしまうと、必ずまた日が暮れるものとは知っていながら…」と、やはり(3)の例に挙げられよう。旺文社全訳古語辞典は「『ぬれば』は『已然形+ば』で、ここは恒常条件を表す。『…と、いつもきまって』の意」とわざわざ注記している。
> それなのにどう勘違いしたのか、「夜が明けてしまったので、再び日が暮れて…」と(2)の「理由」に解した古語辞典が、私の知る限りでわずか1点とはいえあったのには驚かされた。
> さて、冒頭の「湯島の白梅」に戻ろう。既にご賢察かとも思われるが、「湯島通れば思い出す」の「通れば」も、古文法上では(3)の「(湯島を)通るといつも…」の意味になると考えられる。いや、そう考えないことには、文語調の詞に漂うせっかくの情緒も台無しになってしまう。
> それでも「文法上は『湯島通らば』が正しい」と言い張るのであれば、作詞者の佐伯孝夫さんも泉下から一喝を見舞うのではなかろうか。
> 「身の程知らずめ!」
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【2017/06/29 08:39】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>ためこんできましたねぇ~~~
 中盤のリベラルアーツ云々は当初、もう少し寝かせてからにするつもりでした。備忘録だけでは短いかナと思って、急遽2chでの散発的な書き込み(段落毎)を取り敢えず途中から纏めてみた。それから産経のを読んで、コピペしたら今度は長くなり過ぎて…。
 ダブルスクールへの言及後が尻切れトンボになっちまってた事に気付いたのは夜になってから…マァ、出しちまったものはしょーがない。産経のを読む前は、こちら(↓)を準備してました。踏み込むと更にややこしくなるので削除した次第。虚数の話が出てきます。
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 その他、こんなのも見つけた(↓)。時折なんとなくソーカルの件が気にならぬでもなかったものの、いざ理系の話を持ち出されると予想通り付いていけなくなる…。
●ドゥルーズの差異化=微分化と量子論的差異
http://noos-academeia.com/archive/paper/difference_in_quantum.html
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【2017/06/30 00:03】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(しつこく備忘録)
http://www.sankei.com/west/news/170701/wst1707010029-n1.html
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>2017.7.1 09:14更新
>大久保利通暗殺で駆けつける場面も 明治政府の動きをつづった巖谷一六の日記を復刻
>(1/2ページ) .
> 明治政府の内閣書記官などを務め「明治三筆」の一人に数えられる書家でもあった滋賀県甲賀市出身の巖谷一六(いわや・いちろく)がつづった日記が初めて見つかり、市教委が復刻して書籍にまとめた。明治天皇や政府の中心人物だった大久保利通など、公務で関わった1000人以上が登場しており、当時の政治史を探るうえで貴重な資料となっている。
> 水口藩の藩医だった巖谷は明治維新後、新政府に出仕。政府の公文書作成などに携わった。書家としても名高く、清(中国)から学んだ当時の最新の書体を広めたとして、明治時代を代表する「明治三筆」の一人と数えられる。
> 寄贈された日記は明治4~12年に書かれた13冊。政府の中枢にいた人物との交流などが詳細につづられている。
> これまで日記の存在は知られていたが、関東大震災などで焼失したとされ、1冊も見つかっていなかった。平成26年、巖谷の関係者が市に原本を寄贈、初めて存在が明らかになった。市教委は多くの人に読んでもらおうと内容を読み下して出版を試みることにし、研究者らと作業を進めてきた。
> 日記には、大久保利通が暗殺された明治11年5月14日の記述もあった。暗殺の知らせを聞いてすぐに現場に駆けつけたが巡査に制止されたこと、また、翌日に大久保の功績をたたえる天皇の勅書の草案を起草したことなど、政府の動きがうかがえる描写が随所にみられるという。
> 編者の1人で、京都教育大の杉村邦彦・名誉教授は「近代書道史はもとより、明治の政治史、文化史の研究のうえで無二の資料だ」としている。
> 復刻した日記はA4判で275ページ。1800円。同市教委で販売している。問い合わせは同市教委歴史文化財課((電)0748・86・8026)。
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 …先日、文化庁の看板ネタで西川春洞と日下部鳴鶴に触れた。続稿では戦前コレクターの海老塚四郎兵衛(的傳)が「点線」と呼んだ中林梧竹にも触れたが、六朝風にしては滑らかな書きぶりの巖谷一六はスッカリ忘れていた。…さほど目立たないかの様で昔はそうでもなく、周囲には結構あるけれど「単に我々が気付かないだけ」だったりする。
http://www.park-mente.jp/park1-1.html
 例えば青森市の合浦公園(↑)なら、最も目立つ入口の碑刻大字が巖谷修(一六)。園内には鳴鶴の一番弟子、近藤富壽(雪竹)の書碑もあるそうな。桜で有名な弘前公園には鳴鶴の書いた鷹揚園記碑がある。そんな例が全国各地にゴロゴロある。看板より石碑の方が目立ってもいい筈なのに、昨今なぜ従軍慰安婦の像や碑ばかりが目立たねばならぬのか。これでは感覚のバランスが悪く不健康、二重の意味で理不尽だ。
http://livedoor.blogimg.jp/otakarajoho/imgs/e/6/e6d97d5b.jpg
 一六も鳴鶴も、官吏時代は大久保(↑)の世話になったらしい。鳴鶴は勅撰の大久保公神道碑を書いた(代表作)。因みに義父の日下部三郎右衛門は桜田門外の変で殉難。鳴鶴の書碑がある(↓)。こちらの方が東都界隈の人には身近だろう。
http://www.shodo.co.jp/blog/monument/2008/03/13.html
 ところで広島や長崎の場合、その辺にあった筈の石碑はどうなったのか。検索したところ広島では日清戦争凱旋碑とやらが出てきたけれど、あんなハイカラな改竄済みのではなく、昔ながらの漢文の。なんぼなんでも爆心地には…残ってないんだろうなあ。
【2017/07/03 05:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8微分化と分化(其二) ( 苹@泥酔 )
2018/12/16 (Sun) 02:08:05
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の二。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment
 投稿禁止ワードが含まれているとの事。例によって「・」を挿入する。



(前稿補記/備忘録)
●「今タイム何時?」韓国キッズの韓国語が“ルー語”化しているらしい!=韓国ネット「ここまでくると病気」「そんなに米国がいいなら移民したら?」
http://www.recordchina.co.jp/b175044-s0-c30.html
 あたしゃ「中韓の英語熱は凄まじいらしく」云々と書いたけれど…(絶句)。

●地方から病院が消滅する日…経営難で年3百件ペースで廃業等、路頭に迷う患者と看護師
http://biz-journal.jp/2017/05/post_18973.html
https://news.nifty.com/article/item/neta/12111-33344/
 そう云えば紹介状の待ち時間、転院をどちらが希望したのか、看護師さんが気にしていた。先生の方から言い出したと聞いて、なにやら安堵した様子だった…。
【2017/05/05 21:21】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(間奏~「みんなで遊ぼう千字文」)
 なかなか予定の「少年記」図版~半紙清書(?)に話を進められないのは、西尾少年が書教育史上の新世代だから。先ず幕末の御家流から明治の巻菱湖系(後の教科書乙種系)、行草中心から楷書中心への大変化があり、やがて教科書の国定化で選択肢が甲乙二種となる(その前は自由選択制)。暫くして第四期、昭和に高まる芸能/芸術化の機運は却って、実用書道の衰退に棹さす遠因となったかの様な。その辺からのを新世代と見なしても、マア雑駁には構うまい。いづれにしろ少数の民間書塾は別として、学校で千字文はやらない。
http://www.geocities.jp/qsshc/cpoem/qianziwentate.html
 セレブ奥様の尊名で拾うと靡恃己長/空谷傳聲/川流不息/守真志滿/篤初誠美。そんな教材に先達は、小二の頃から触れて居た(宇野精一は宇宙洪荒/鉅野洞庭/用軍最精…因みに一は出てこない)。中学まで続かぬのが普通なら、やめる前に覚えちまうのが好都合。続句それぞれ信使可覆/虚堂習聽/淵澄取暎/逐物意移/慎終宜令と、連想ゲームで遊んだ子供だって居るだろう。…それにしても奥様は、なんとまあ面白い名前を貰った事かと。(がっかりネームの西尾幹二にゃ、東西二京しか出てこない…あ、筆が滑った…汗)
http://1000ya.isis.ne.jp/0357.html
 長崎遊学時の福澤諭吉は、デタラメお経を暗誦して小遣い稼ぎしたそうな(「福翁自伝」)。種本は千字文や蒙求。もっと優秀な子供は四書五経でも充分リアリティがあったろう。幕末明治は大体そんな時代らしい。三体千字文なら行書も草書も瞼裏に並んで当然である。
 ~熟知の果ての未練(?)は重い。米寿の碩学かく語りき。「できないというのでやめちゃったの。いまでもそれは残念ですけれどもね。」
【2017/05/12 22:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(蛇足~悪乗り千字文)
 例えば昆池碣石/雞田赤城/俊乂密勿/東西二京などと片っ端から遊び倒すと、よほど変な(?)名前/字でない限り結構すぐに飽きてくる。そもそも千字文はナンバリングにも使われてきたくらい汎用性が高いから、続きの字で碣赤乂京みたいなハンドルネームを拵えたところで目新しさはない。通信傍受する米軍をさんざっぱら悩ませた薩隅方言ならまだしも。晩年のソシュールはアナグラムに興味を持った。

>同じ字は二度出てこないのですか?
 はい、そうです(ただし女慕貞ケツ(三水なき潔)とガン(糸丸)扇圓潔の字義重合を避けて女慕貞烈とする版も稀にある)。…今は中二病と云うらしい。あっしの場合は般若心経や東照公遺訓や軍歌「戦友」全14番などでは物足りず、何を血迷ったか千字文の丸暗記を始めちまった。年内に約半分、中三では六割以上がスラスラ出てきたけれど、高校に入ったら頭の出来が悪くてそれっきり。残りは順番も字面もバラバラ…だからかナ、数十年後も未練がましく名前で遊んでみたりする。今の気分はボケ予防に近い。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_718.html
 それをもっと早い時期に刷り込んだなら?(明治九年の埼玉は簡易な本朝三字経だったけど↑)…そんな余計な劣情(?)を、あたしゃ騒動前の森友/塚本ネタに催したのでござんした(奥様稿で初めて知った↓)。この点、古田先生と違って(?)若干の割り切れなさが残る…。尤もアノ騒動では、しつこいコテコテの夫唱婦随/同氣連枝ぶりに辟易してたんだけど。(あっしが東北気質だからか?)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1996.html
 …気質と云えば、ウィーンを連想(小澤が見当たらないからインド人↓)。
https://www.youtube.com/watch?v=aCuB6KxXb58

(追記~同日19:00頃)
 すっかり忘れてた。あたしゃ2008年、こんなの書いてたんだなあ…(コメント後半、書道/萩野貞樹ネタの方↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-511.html#comment
 近稿と絡めたら、自分では意外と新鮮に読み返せた。関連事項多数。
【2017/05/15 02:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(前稿追記の補記)
 当時新刊の萩野貞樹『舊漢字』(文春新書)について、綿貫明恆の酷評を天バカ板に転載した事がある。興味あらば新板最下の「【再掲】国語問題01」(2011/09/24 (Sat) 22:41:12)稿中、2008/03/08 20:46の「7036 【追悼】全文転載【No.6788補記】」稿を参照されたし(↓)。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7438296
 これだけでは物足りないか…(書き足すと却って煩わしくなる?)。

(書き足し)
 …で、同「03」の遣り取りでは2008/03/12 21:52の「7052 No.7045の続き。」稿中、こんな事を書いたりもした(↓)。前置きを省いて抄録してみる。
--------------------------------------------------------------------------------
> 以下本題。
> 打鍵と選択は「記憶からの抽出」を省略するシステム…とも云える。つまり我々は結果的に「常に略字を打っている」事になる。わざわざ漢字を想起しなくとも音だけ想起すれば打鍵できるし、選択する際は機械が候補を提示してくれるから、ここでも脳内記憶の何割かは抽出の手間をかけずに済む。
> この手の省略を「記憶の分担制」と言い換えてみようか。書字側に見立てるなら、点画を一々ハッキリ書くのはめんどくさい。そこで省略して書く。細部は読み手の側で補ってくれ。とどのつまりは書き手と読み手との間で、「想起されない記憶」を「恰も既に想起されたかのごとく」ヴァーチャルに分担し合う訳だ。すると読む際も書く際も細部を一々想起する必要がなくなるから、当然「草書は読み書きできるが楷書の読み書きはてんでダメ」ってケースが出てくる。~これらを現代の眼差しで顧みればどうなるか。
> 一方は「記憶が記憶を騙す」。もう一方は「記憶が記憶を省略する」。恰も自分が記憶していたかの様な振る舞いを予め機械任せにすれば前者となるし、初手から細部の記憶を必要としなくなれば後者となる。~先日、奥様ブログのコメント欄にこう書いた。
>--------------------------------------------------------------------------------
> 「草書は読めても楷書は読めない」ケースが江戸時代には結構あったそうな。草略体を基準にすれば、そこから分岐していく正体字は(楷書であれ活字体であれ)あくまで「一つで多数」のまま、深層の文字像に収斂する一方で表層の文字像への分化と共立する。そうした視点で旧字を「草略体の仮の姿」と捉えれば、萩野先生の旧漢字への視点は必ずしも「表層での収斂」を前提したものではなくなる訳ですな。あたしゃご存命のうちに気付くべきだった(…と今は思ってるけど、まさか誤読・曲解じゃなかろーな)。
>--------------------------------------------------------------------------------
> いづれにしろ実用上、我々が文字に纏わる何らかの省略を免れ得ないとすれば、省略自体の位相転換と表層の文字像とを分けて考える必要が出てくる筈。そこに「仮の姿」の真骨頂があるだろう。元々の字が複雑だから省略の必要が出てくるのではなく、省略された形の記憶が「駄目押しの正確さ」に到達するまでの過程が複雑なのだ。旧漢字がどんなに正確であろうと、その正確さが思考の正確さを担保する訳ではないし、むしろ未完の段階で幻視される「正確な記録」への先走った強迫観念が記録以前の「思考の自由」を阻害するケースの方が多いのではなかろうか。思考の流れを阻む正確さは百害あって一利なし。そうなるくらいなら、文字など初めから無い方がよい。しかしそれでは情報伝達の都合にそぐわない。なればこそ、伝達システムと思考システムとの狭間で流動する文字は「文字らしさ」を思考の側に向けて溶解・消尽させねばならなくなる。
> 勿論、正確さの極北を旧漢字に見出すのは一向に構わない。新字体や簡体字を金科玉条とするよりはマシな筈。それとほぼ同じ意味で、「書字/書写体」より「活字/旧漢字」の方に分がある事も認める。しかしこれはあくまで最終段階の話。生きた言葉の世界とは何かが違う。古典がゾンビの様に甦る時、ゾンビをゾンビたらしめる規範が必要となる事に我々は畏敬の念を抱くべきだろう(たぶん畏敬以前に恐怖してもいいんだろうけど)。
> この畏敬が存外厄介で、下手をすると祭り上げられた挙句の果てに、旧漢字は日常使用を目的とした書写体・草略体・新字体を滅ぼそうとし始める。そうなると居心地が悪い。旧字・旧仮名の復活を目指す人々が日常性の回復を望んでいるなら尚更の事、非日常の領分となった伝統が日常性を取り戻すには今、日常性を取り仕切っている新字体・現代仮名遣いを過剰に敵視する訳にはいかないのである(福田・渡辺両氏が云わんとしたのは、多分そーゆー意味じゃないかしら)。
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 最後の「渡辺」は渡部(昇一)の誤記。
【2017/05/20 17:21】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(雑感~言葉は仮面に宿る)
 以下は「日録」コメント欄の、阿由葉秀峰「2017年5月24日 9:16 PM」稿より。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1806
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>長年西尾先生にお会いしたい気持ちも強かったのですが、次の『対話』の一節により慎んでいました。「 正直いって私はこういう青年に訪ねて来られるとたいがい困惑するし、迷惑である。彼は自分の問題しか眼中になく、ニーチェにしても、私の文章にしても、自分の気に入った言葉だけを拾い読みしているにすぎないからである。否、本人は丁寧に全文を味読しているつもりでも、結果的に、自分を正当化してくれる言葉、自分にのみ都合のいい言葉にばかり目が向いてしまう危険には、気がついていないのが普通だからである。(『ニーチェとの対話』第二章・孤独について「純粋さという錯覚」46頁)」
--------------------------------------------------------------------------------
 そんな事も書いてあったかナァ…当方すっかり忘れている。忘れた頃にやってくるのは天災だが、忘れた頃に読み返す凡才は、いつも雑誌を見て斯う思う。「よほど頭の回転が速くないと、対談/対話なんて出来るものではなかろう」と。勿論それ以前に、対面自体どうだか。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-825.html
 セレブ奥様の「日録はじめますた」宣伝が支援板に載って以来、ストーカー(?)が最も嬉しがったのはコレだった(空行省略↓)。有難かった。読んだ気分は「勝手に幽霊部員」(?)。叶うものなら幽体離脱して飛んで行きたかった(←多分お金がかからないw)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-824.html#comment
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>苹さんへ
>西尾先生からの伝言です。
>もし坦々塾に一年に一度でも来ることが出来るようなら、是非来てください・・・とのことです。
>いろいろ、聞きたいことなどがあるそうですよ。
>コメント欄に非表示でも結構ですから、お知らせください。
>本来ならば、坦々塾への招待状は西尾先生から直接メールをさし上げるようになっているのですが、メルアドも不明、住所も不明なもので・・・・。
>【2009/10/27 22:01】 URL | 奥様 #- [ 編集]
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 あれからずっとスローテンポの書き込みを続けてきたけれど、その「聞きたいこと」に何かしら/少しでも接近できた点はあるだろうか。あたしゃ質問下手である以上に返答下手なのだから、盲滅法この手を続けるしかなかった。
 推敲は仮面が素面に近付く自己欺瞞(?)の様なものなのだろうが、さりとて素面が仮面に近付けば正直になれるというものでもあるまい。或いは素面と仮面が同一だったりすると、その恣意的分割はドッペルゲンガーとしての在処を自己言及的に問い直す堂々巡りに過ぎなくなるのかも知れない。
 これを書字に見立てれば、素面は深層の文字像(心像)に近い気がせぬでもない。総ては表層に於てのみ綴られ/語られ、深層のそれは外/表層の言葉を夢見つつ牛耳るもなお、表層の側から同様の意識で顧みられる/読まれるとは限らない。昔ながらの表層パターンは漢字の場合、五つのシニフィアンの中で一般に楷行草の三体が多く用いられてきた。これは書体であって構造ではない。書体の内部構造はあるが書体が構造なのではなく、それに対して流派/書風は構造と云える形で書体を包み込む。~今のところ苹は大体そんなふうに捉えているが、多分まだ多くの吟味を要するだろう。
【2017/05/26 23:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>昔の祖父のはがきのコ・ピ・ー
>一枚づつ、アップするので解読お願い
 はい、どうぞ。

(妄想~二つの看板)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1957.html
 下手な方は放っておくとして、セレブ奥様は徘徊中に二つ看板を見かけた筈(↑)。地味で平凡で教科書的な文部科学省は今井凌雪。黒澤映画では題字のみならず大量のクレジット「も」書いた。筑波大教授で日展参事なのに、普通の字で有名な例は稀。NHK教育「書道に親しむ」では裏方の松岡正剛と共に書教育番組の質を高めた(『墨』241号P.52)。
 もう一つは文化庁…こちらは少し説明が要るらしい。看板が出来た当時は「そう来たか」と面白がった記憶がある。芸術系の六朝風が、教育系の隣に並ぶ。つまり歴史的観点では、幕末明治以来のを反映した二枚看板という訳だ。ところが十数年後、ネットを見て驚いた。なべて評判は「下手」のオンパレード…どうしてこうなった?
 書いたのは成瀬映山。日展参事…の肩書きはどうでもよい。問題は師系で、青山杉雨から西川寧へと遡る。寧の父は西川春洞で、幕末期は「菱湖遺法帖」の序を書いた(跋は萩原秋巌)。「支那への開国」後は六朝風の盛んな清朝書道が日本で大ブレイク、春洞は様々な清人(徐三庚など)の書や古典を学び、かつ教えた。確か教科書も幾つか書いて居る。
 役人に教養があったのか、ともかく「同時に」二つの看板が新しくなった。依頼された側も滅多にない機会ゆえ、あれこれ考えない方がおかしい。或る意味あの二枚看板になる/書き分けられるのは必然だった。(…と、ここから苹の妄想が始まる。)

 …椅子に二人の少女が座る。当初そうなる筈だった(たぶん)。ところが相手は米軍で、事はすぐに頓挫した。すると少女が一人になった。米軍に轢きころされた筈が、日本軍に連れさられた従軍慰安婦になっちゃった。そうして像は、いつしか使い回されていたのだそうな。(←ここでは念のため真偽不明の扱いとして置く。)
 門前、二枚の看板が掛かる。確かに当初そうなった。ところが時は移ろうもの。やがて下手なのが増えた。すると全部で三枚になった。二枚で歴史が表現されたと思ったのも束の間、マトモな看板を挟むヘタな二枚…の構図になっちゃった。いつしか文科省は、自ら歴史歪曲する羽目になっていたのだろう。(ほんまかいな?)
 …嗚呼、妄想。誰も看板に歴史を思わない。上手いか下手か、その基準も怪しい。しかし話はそれで済まない。文化庁の看板は本来あの書風でなくてもよい筈なのだ。もっと相応しい六朝風がある。春洞門の倍くらい国民に膾炙していた、日下部鳴鶴の系統/門流である。後の比田井天来も含まれる。すると春洞系の数倍になる(豊道春海を含めても?)。
 にもかかわらず何故、春洞系になったか。…ここで一枚の有名な看板が思い浮かぶ。典型的な鳴鶴流である。物騒なイメージを喚起するには充分だろう。「たかが看板でイチャモン付けられたくない」と思う役人が殆どだろう。前にも出したが御覧あれ(↓)。
https://pbs.twimg.com/media/C5nrSqSUwAAVIZB.jpg
 こんな感じで文化庁…。旧字の廳を避けた理由も、一つだけではあるまい?
【2017/05/30 21:11】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 現役老人(?)の祖父世代~その前の漱石・鴎外世代も原稿には硬筆を常用していたが、どのみちハイカラには違いなさそう。明治時代は西洋筆記具の他、支那からは巻筆でない毛筆の製法も入ってきた(水筆↓)。日清戦争の頃、広島の筆は需要過多で質が低下したらしい。教育現場での毛筆廃止論が取り沙汰されたのは大正。
http://fude.or.jp/jp/2009/06/897/
http://www.pencil.or.jp/company/rekishi/rekishi.html
 実用重視なら毛筆より硬筆がよいとする見方と、書の芸術性を主張する立場と。それらが相俟ってか、やがて毛筆実用から鉛筆普及への流れは不可逆となる。毛筆書字は大字(主に半紙六字大)が中心となり、精密な小字教育は急速に廃れ、筆順の正しい「可塑性」なども乱れていった。
 「正しい筆順がある」と曲解するから硬直的になる。正しいのは書体横断原理に基づく歴史的可塑性の許容範囲であって、必ずしも筆順自体ではない。それをいきなり子供に理解させるのは難しい。子供は先ず「習熟してから」次なる理解へと踏み込む。そこに「上手いバカ」と「頭のいいヘタクソ」の分岐点がありそうではある。
 開国前の子供が学んだ事を、今は大学か大学院でやる時代となった。「分数の出来ない大学生」は驚かれても、「平仮名の読めない大学生」は当たり前。それもその筈、教わらないものを読める訳がない(ただし独学は別?)。その中間を「英語の出来ない日本人」に反映すれば、環境の影響が誰でも肌身で分かる筈。分数は受験に必要。平仮名は最高学府の領分ゆえ不要。英語は歴史的にも文化的にも、根っからの植民地ならともかく。
(…と書いた後、続きが旧稿と重複しそうな気がしたので休憩…)

(備忘録)
http://www.sankei.com/life/news/170607/lif1706070017-n1.html
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>2017.6.7 12:30更新
>「宝の山」身近な古典へ 国文学研究資料館長にロバート・キャンベルさん 資料画像DB化、画家ら招き創作支援も
>(1/3ページ) .
> 日本文学に関する文献収集や調査研究などを行う大学共同利用機関「国文学研究資料館」(東京都立川市)の館長に、米国出身の日本文学研究者、ロバート・キャンベルさん(59)が就任した。昭和47年設立の同館館長に外国出身者が就任するのは初めて。約40年にわたり日本文化に親しみ、同館での勤務経験もあるキャンベルさんに、同館の役割や今後の抱負を聞いた。
> 「『国文学研究資料館』という言葉の響きからは、静かな感じを受けますよね。まるで静物画みたいな。でも、実際は古典籍の収集や調査、補修、保管に加え、世界中の研究者も出入りするなど、すごくアクティブな場所なのです」
> 話しぶりこそ穏やかだが、言葉の端々から日本文学への情熱が感じられる。
> キャンベルさんは1957(昭和32)年、米国生まれ。ハーバード大学大学院などで日本文学を学び、同館の助教授を経て、平成12年から今春まで東大大学院で教鞭(きょうべん)をとった。江戸~明治期の文学を研究する一方で、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍する。
> 経歴や研究が評価され、今年4月、同館の第7代館長に就任した。同館には50万点以上の所蔵資料があるが、大多数が古文や漢文。崩し字で書かれており、現代の日本人が読める活字になっていない。日本全国から収集したこれらの資料を精査し、広く公開することで研究を促すのが同館の役割となる。「江戸期以前に生きた人は、何に喜び、悲しんだのか。文字文化の断絶により、これらを知ることは意外と難しいのです。日本文学は、文字と絵が密接に絡んで成り立つ芸術品。これらを読み解くことは、日本の真の歴史を知ることと密接に関わっています」
> 資料のデータベース化にも力を入れる。同館や各地の大学が所有する約30万点の資料画像をデータベースに構築。検索しやすくすることで新たな発見を促し、さまざまな研究分野を連携させるのが狙いだ。今後は、優れた画家や小説家らを同館に招き、一定期間滞在してもらうことで作品作りに生かしてもらう取り組みも検討する。「古典と身近に接することで、他分野で活躍する若者らの創作活動に生かしてほしいし、日本文学の要素を取り入れてくれれば」と語る。
> 同館では崩し字を読むための市民セミナーなども実施している。「国文学研究資料館の知名度は決して高くありません。ですが、このような施設は欧米にもなく、日本文化にとっていわば“宝の山”なのです。ぜひ多くの人たちに広く生かしてほしいですね」(本間英士)
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【2017/06/08 00:31】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>実はあの文化庁の看板は好きじゃない
 分かります(笑)。どの辺の古典/碑碣から採ったか想像は付きますが、小さな字の欠けた/古びた趣を大字に拡大する場合、偶然の風味を「書法」(骨法)として再構築しないと筆力不足でヘロヘロになる。明治の碑学派は大抵やってます。特に隷書。戦後は殆どやらなくなりましたが、途中で何度も瘤をつくる「三折法」(今の意味とは違う)が当時は主流でした。例えば西脇呉石の「西狭頌」臨書(↓)。
http://www.bunkashodo.co.jp/goods/images/22IMG_2189.jpg
 それを極端にすると西川春洞みたいになる…普段こんなヘンなのばかり書いてた訳じゃないけれど(↓)。中林梧竹の場合は「点線」とも云われたが基本は同じ。
https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/originals/da/90/25/da902515fcb7e8eca081aaa4f62edb86.jpg
 漢碑(隷書)と違って、楷書では普通やらない。しかし中には春洞の様な、碑碣の風合いを工夫した人も居る。その一例が中字の「鷹栖村墾田碑」。これが最も文化庁の看板に近そうだけど、風格も技法も全くの別物。八字だけ肉筆原本の図版が二玄社『書道講座』第一巻「楷書」に載っている(新版P.157)。現行のは新装版(三代目↓)で、たぶん書店にあると思う。
http://kawachi.done-labo.com/?eid=1005942
 ネットでは画像が出てこない(泣)。現物は旭川にあるらしい(P.55↓)。
http://w1allen.up.seesaa.net/image/E38282E38190E38289E9809AE4BFA1EFBC88E7ACACEFBC99E58FB7EFBC89.pdf
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>4 鷹栖邨墾田碑(大正2年8月建立)
> この碑は大雪土地改良区(東鷹栖4条5丁目)の敷地内にあります。近文土功組合(大雪土地改良区の前身)が巨額を投じて石狩川の豊富な水源を利用してかんがい溝を開墾し,それによって稲作及び造田事業に一大飛躍をもたらせたことを記念して大正3年に建碑されました。
> 祖父・安部勝三郎は近文土功組合の議員として,碑陰(碑の裏側)に名前が刻まれています。ちなみに表側の碑文の書丹(刻んである字の下書き)は当時の書の大家であった西川春洞です。どういう経緯で春洞に依頼したかは不明です。
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【2017/06/09 05:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8微分化と分化(其一) ( 苹@泥酔 )
2018/11/10 (Sat) 00:56:17
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の一。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment



 待望の奥様代読稿が「日録」に載った(↓)。雑誌掲載の増補稿より簡潔で、それぞれ完成度の高さに戸惑う(動画音声との対照は断念)。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2124
 後半に「例えば、漢唐時代の中国の官僚制度に私は「近代」を認めるのにやぶさかではありません」とある。この箇所を読んで真っ先に思い出したのが「2014/09/05 02:58」稿。苹は当時、こんな見方を書いた(↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1679.html#comment
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> 朝鮮半島の近代化は支那化に始まる。それを支那への従属と見なしたものだから、支那化が近代化だとは誰も思わない。この意味では日本の近代化も支那化であって、時代は遣隋使以前にまで遡るから近代とは無関係。しかしそれでは言葉の辻褄が合わないし、近代化と欧米化の類義性を乱す訳にもいくまい。少なくとも日本や欧米の基準ではそうなるだろう。しかし韓国ではどうだか。あの国は先進国なのか。そもそも先進国とは何か。
> 第一の近代化を支那化、第二の近代化を欧米化と捉え直せばどうなるか。朝鮮は近代的な国で、日本は遅れた国だった。朝鮮は日本に先進的な支那文化を「教えてあげた」。やがて朝鮮は第二の近代化に迫られるが、同様の清末中国は失敗して崩壊。片や日本は明治維新に成功し、日清日露の戦勝を踏まえて朝鮮を中国から引き剥がす。しかしあちらにしてみれば近代化とは中国化なのだから、中国が先に欧米化すれば朝鮮も後に続いて欧米化できた筈。ところが「独立」させられると、朝鮮は自前で近代化を進めねばならなくなる。つまり「近代化の源泉」たる中国との縁が切れる結果(←これも近代化の一面なのに)、近代化が阻止された形になる。
--------------------------------------------------------------------------------
 先生の云う「漢唐時代」が示唆的に思えた。苹の視点は隋唐時代(以前)に留まった。そこに漢を引き込むと、支那文化の輪郭が起点めいたものをいっそう露わにする。
 日本に漢魏晋唐の書字文化が一括タイムスリップしてきた。しかし苹には実用書体/楷行草の印象が根強く、正倉院の鳥毛篆書屏風なんざ装飾性が目立つばかり。他/後には空海の篆隷万象名義って字書もあるけれど、あれだって実用書体と云えるかどうかは甚だ疑問。だから漢まで遡るのは「日本の識字史」にそぐわない気がして躊躇した。
 漢まで含めるには別の包括的理由/視点が要る。それが官僚制度の諸々ならば、事務的な簡牘マテリアル以降の蓄積/書字文化がいったん横並びに組み換えられた時点で「近代」は支那そのままのオリジナリティを喪失する筈。比較文化の領分となり、国際的な「文化圏」へと開かれる。律令制を取り入れたからといって、支那の歴史的経緯までをも日本に引き継ぐ訳ではない。その辺を苹は先年「アナキズム文化圏」と形容した(「2014/07/01 23:34」稿↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1648.html#comment
 もっと掘り下げてみたくなる…が、その前に温めていたネタを書いとかないと。予定では先ず「少年記」の方から、全集P.122とP.184の図版を中心に。(続く)

(備忘録)
http://www.sankei.com/column/news/170406/clm1704060005-n1.html
--------------------------------------------------------------------------------
>2017.4.6 10:00更新
>【正論】
>崩壊したエリート…近代教育は終わった 何を教えるべきか? 筑波大学大学院教授・古田博司
>(1/4ページ) .
> なんとも凄(すさ)まじい怪物が国会を通り過ぎていった。虚構を微細に語り、現実を曖昧にやり過ごす怪物だった。現実の物は豊洲市場同様、あの安全性を欠いた土地の売買である。「微細な虚構と曖昧な現実」が大手を振って徘徊(はいかい)する。賢い民衆は、そんなことは百も承知でテレビやネットを見ている。野党は怪物の詐術に乗ったふりをして彼の復讐(ふくしゅう)心を増幅している。だから私は火の粉が降りかからぬよう散文ではなく、いま韻文で書いているのだ。
>
> ≪崩壊してしまったエリートたち≫
> 思い出すべきことを告げなければならない。彼は幼稚園を経営し、小学校を建てようとする教育者であった。まずかったことは、「親切心を欠いた教育者」だったことだ。近代の教育とはペスタロッチ先生を挙げるまでもなく崇高なものだった。知識は玉のように貴重なものであり、教授するものは威厳と品格のある人格者である(ことが求められた)。こう語ると微苦笑が漏れるほど、いまや近代教育理念は崩壊した。
> ドイツ観念論が投網のように人々に掛けたバリヤーは穴だらけ、「バリヤー内に意味のないことはない。それを学ぶほどに知識は蓄えられ、それが教養になり、立派な人格になれる」、ということはついになかった。インターネット、スマートフォンがそれを教えてくれたのである。検索すれば、画面にずらりと知識が並ぶ。玉もあれば石もある。
> ああ、私のこれまでの人生は石ころばかり拾ってきたのかもしれない。で、何だこんなものとばかりに大学院生が専門書を放り投げる。スマートフォンを手に取る。考えてみればこれは百科事典だ。もう秀才の知恵を仰ぐ、知的に隷属的だった私は解放されたのだ。
> 頼られることのなくなったエリートたちは、前東京都知事を筆頭に自己愛だけだったことが露顕し、バラバラと落ちてきた。「日本の最高学府で得た英知をよそへ教え広めるという使命を遂行するため、敢(あ)えて若年で去る」という、秘められた天下りのロジックはただのフェイクに成り果て、高級官僚出身の教授らは次々と大学を去る。当たり前だ。
>
> ≪時代に適応することを教えよ≫
> 教育とは何だったのか。古代のブリタニアでは、教育を受けようとして多数の青年たちが高貴なドルイド僧の元に集まった。沢山の英雄詩を暗記し、霊魂が不滅であることを習い勇者が育てられた。
> 李氏朝鮮では両班の若者たちが書院に通い、朱子学を漢文で一生懸命に習った。科挙試験の出題は学閥が握るので官僚になりたい者は必死だ。江戸の寺子屋では千字文と算盤(そろばん)で子供たちが手にマメを作っていた。今の英国にドルイド僧はいない。韓国人の多くは漢字が書けない。日本の習字と算盤は片隅に追いやられ、細々と命脈を保っている。
> 教育とは「その時代と社会に順応することを教える」ということである。だから順応できなくなるようなことを教える「教育者」は傲慢で不親切な人なのだ。ではどうするか。子供や人々に親切になればよいのである。その時代や社会、国家に現実に適応でき、役に立ち、将来もできるだけ長く使えるような先見性のあることを親切に教えればよい。
> いま盛んに言われているアクティブ・ラーニングはそのようなものでなければ意味がない。医者になりたい者には、手先が器用でなければ手術できないから手先の器用さを教える。自然科学の研究者になりたい者には、有意義な結果を生み出せるような実験方法を考案させる。人文社会科学ならば「微細な虚構と曖昧な現実」の逆をやればよい。「現実を見つめる態度と虚構を見抜く力」、つまりそれを人に語って納得させることのできる説得力である。
>
> ≪溢れる現実の恐怖に立ち向かえ≫
> 要するにもっと現実をみつめ、役に立つことを考え、親切にすれば、「善」に近くなるのではないかと今の私は思う。というのも、私が大学で育てたエリートたちが今どうしようもなく困っていて、どうすれば「善」なる行為ができるかしょっちゅう聞いてくるのである。真善美はこちら側では概念化できない。
> しようと思っても、いろんな神様になってしまったり、さまざまな偉人伝を並べたり、ドラクロワとかラファエロとか自分の好きなのを挙げられるだけだ。だから、それらのマーカーを集めて、どうすれば真善美に近づけるか、一生懸命考えるのである。考えていると、わりといい人になれる。
> 今次日本は、近代教育の育てた、親切心を欠いた一人の「教育者」に振り回された。その間、北朝鮮からはミサイルが「飽和攻撃」で飛んできているのだ。日本の今の技術では迎え撃てない。早く敵基地攻撃の是非を問う論議をしなければならない。朝鮮半島の北からは「恐怖」が、南からは「憎悪」が溢(あふ)れ出している。正義なぞ振りかざすと某新聞社の記者みたいになる。日本国民に親切にするために、彼らとしっかり戦えばよいのである。(筑波大学大学院教授・古田博司 ふるた・ひろし)
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【2017/04/12 09:00】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>本当はお習字もやらせたいけどね。
 管見の範囲では、どの書塾も稽古は時代錯誤の儘かと思われます。大抵は団体/社中の競書雑誌に依拠する筈。その中身(手本以外の記事)が豊富な場合~例えば巻菱湖の門流ネタ/国定手本乙種系統(第三期まで)だったりすると、下手すりゃ苹みたいな中二病が出来上がる(?)。因みに第四期甲種は鈴木翠軒、第五期(国民学校「芸能科習字」)は広島高等師範の井上桂園が揮毫。概ね大正生まれは第三期で、西尾先生の頃は第五期。(この続きは後日の稿にて。)
 また落ち着きだの精神修養だの、まるでトンチンカンな事を期待すると却って言語文化の伝統的特徴が遠退いてしまう筈。学問以前の基礎は昔、実務的/実用的必要と通底してました(今なら「受験上の必要」に近い?)。それが今は雲散霧消したから、学問までが歪んで「読めなくなる」。…教育勅語も和文から漢文に復文してみりゃどうなるか。「一旦緩急、義勇奉公、可以扶翼天壌無窮之皇運」なら少しは印象が変わるのでは。そうした読み替えを怠って、「勅語」(帝から臣民へ)という形式により遠ざけられた内容をひっくり返した上で(市民から天皇へ)近付けるから、「皇運」への仮託/意味も「ひっくり返って」読み違えるのではないか(抑も「勅」は支那由来~王羲之「十七帖」末尾の例↓)。
http://www.skyren-art.com/images/stories/shi-qi-tie/wnagxizhi_shiqi28.jpg
 写本を含めた原文/原典表記の幅が明治期程度には母語の儘なら、それだけ翻訳的操作の余地が少なくなる。差し当たっては読み書き実務だけ掘り下げればよいのに、余計な精神所作/修養でごまかせば忽ち児戯か寝言同然になっちまう。でも既に「読めない時代」となった今は、西尾先生も親切にならざるを得ない模様…(「日録」コメント欄の池田俊二「2017年3月30日 5:41 PM」稿↓より)。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2106
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>①今から7~8年前になるでせうか、西尾先生に「先生は歴史的假名遣、正字で原稿をお書きになるべきです」と申し上げ、「それをやつてゐたら、商賣にならん!」と御不興を買ひました。
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 どちらが不親切か分からなくなるほどの「無惨な親切」を鑑みると、西尾先生は先ず「仮名遣いよりもむしろ旧字に躓いている人が多いように思います」とする(『江戸のダイナミズム』文藝春秋版17章P.449、「「現代かなづかい」の矛盾」より)。次いで同「あとがき」P.586を見ると、そのものズバリの語彙が出てくる(↓)。
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> 一、二の例外の方々を除いて、江戸の思想家の研究をなさる専門の方々の引用は、訳文をつけず、原文でこと足れりとしています。読者に分らない親切、不親切の問題もありますが、それだけではなく、引用の原文主義が必ずしも厳密とは限らないと申し上げておきたい。例えば荻生徂徠の原文は漢文、それも返り点をつけない白文です。
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(『江戸のダイナミズム』出版記念会の記事は2007.4↓以下2007.7まで連載。)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?m=200704
 …前掲稿で、古田先生はこう書いた。
「子供や人々に親切になればよいのである。その時代や社会、国家に現実に適応でき、役に立ち、将来もできるだけ長く使えるような先見性のあることを親切に教えればよい。」
 また、こうも書いた。
「江戸の寺子屋では千字文と算盤(そろばん)で子供たちが手にマメを作っていた。」
「日本の習字と算盤は片隅に追いやられ、細々と命脈を保っている。」
 習字と千字文を書き分けた点が興味深い。今やっているのは習字であって千字文ではない。つまり千字文の本文が読めないばかりでなく、三体千字文に埋め込まれた書体横断性が読めなくなっている。だから「旧字に躓く」様で実は「新字にも躓いて」居て、しかもその事に気付かないという、謂わば三重苦の状態にある。旧字体は楷書に近く、新字体は草書に近い面がある。草書を角張らせれば漢字、曲線的なままなら平仮名として機能するケースもある。そうした過去の横断法則が読めない結果、「旧字に躓く」という「見え方」が「見方」に先立つ。
 だから、

>古田さんって、面白い視点で物を書く人ですよね。
 ホント、そう思います。
 ところで…筑波でも書道(芸術学群)。古田先生とは学部が違うけど、その気になれば情報は適宜なんぼでも入手できそう。あっし程度の知識は誰でも持ってる筈だから、そっちに照会すれば何事も手っ取り早く済むだろう。でも私見では大学教官たるや例外なく勿体振り(?)なイメージで、親切に教えてくれる人と出会った事がない(単に苹が質問下手なだけかも)。筑波はどうだか知らないが、皆よほど忙しいのだろう。もはや「親切にしてる暇がない」らしい…今はどうだか知らないが。
【2017/04/20 21:43】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>では、お習字はやらなくてもいいってことかな・・・・。
 …これは言葉が足りなかった(汗)。習字で使う教材が千字文。~以下は七年前に天バカ旧板で引用した、宇野精一博士米寿記念対談集『書香の家』(明治書院)P.37~38の記述。聞き手は石川忠久。戦前こんな具合だったそうな。
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>宇野 小学校時代のことで特筆すべきことは、小学校の一年のお正月、だからもう二年になるときですが、親父がぼくに習字を習わせた。その先生というのは、田口米舫という先生です。この先生は米フツ(草冠に市)を非常に尊敬していましてね。先生のお父さんは東大の昔の医学部の教授だったらしい。ぼくが通ったのは駕籠町四十四番地というところなんだ。
>石川 つい最近まで駕籠町と言っていましたね。
>宇野 ぼくは電車で通っていたのですが、駕籠町の一つ白山寄りに「原町」という電車の停留所があった。その原町で降りて、ちょっと入ったところに先生の家がある。そこへ一週間に一遍通いました。先生がお手本を書いてくださって、一週間かかってそれを書いていく。「千字文」を四字ずつ書いていく。一枚の半紙に二字だから、二枚書くわけだ。それを一週間お稽古して、先生のところに持っていく。先生が見て、よければ「次」と言い、悪いと「もう一度」と言われる。先生の前で新しいのを書くんです。だから、筆と墨と紙を持っていかなければいけない。
> それはかなり長続きしまして、中学の四年までやりましたね。さすがに中学の三年ぐらいのときに千字文も上がったんですよ。たった一週間に四字ずつだから、二百五十週かかるわけだな。一年五十週としても五年ですよね。まともにいけばそうだけれども、夏休みや冬休みは休むから、中学の二年か三年までかかったんですよ。楷書が終わってから、篆書の真似ごとをやったり、隷書の真似ごとをやったりしていましたが、中学五年になったら、習字なんかやっていられなくなった。こっちは必死で受験勉強をしなきゃならなくなってやめちゃったんだ。
> 高等学校に入ったら、寮に入ったでしょう。寮に入っていちゃできないわ。おまけに弓引いているから、できないというのでやめちゃったの。いまでもそれは残念ですけれどもね。
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 書教育最大の欠陥は実技至上主義にある(「手習い」の優位)。天真爛漫な子供なら「上手いバカ」でも通用するが、中高生へと成長するにつれ「頭のいいヘタクソ」までもが「ただのヘタクソ」と分け隔てなく取り残される(「目習い」は評価不能?)。~教材の時代錯誤を「改善」したら、指導法の時代錯誤が取り残されて前より数段ひどくなった。それまでは二つの時代錯誤が調和していた。つまり時代錯誤が「活きて居た」。そんな調和を破壊したら、「本物の時代錯誤」と相成った…。
 ふと思い出すのは「日録」の記事(↓)。
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=788
「西洋文化は調和と進歩、文明と破壊の二つをもつ双面神だったので、進歩と破壊だけが入ってきたのではない。背後にある調和と文明も同時に入ってきた。」
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=789
「私はたったいま「進歩と破壊だけでなく調和と文明をもたらした」と言ったのであって、「破壊だけでなく進歩をもたらした」と言ったのではない。「進歩」と「破壊」は私の文脈では同義語なのである。」
【2017/04/24 01:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 こんな記事を見つけた(↓)。前半抄録。
http://toyokeizai.net/articles/-/169947
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>斜陽の「そろばん塾」がにわかに増えた舞台裏
>「右脳を鍛える」をウリに、500教室を突破
>秦 卓弥 :東洋経済 記者
>2017年05月01日
>一昔前にはどの街でも見かけた、そろばん教室だが、近年めっきり姿を消してしまった。1986年に1万3010教室あった(事業所統計調査)ものが、2014年時点で6753教室に減っている(総務省経済センサス基礎調査)。
>しかし、口コミだけで全国532教室に広がっている異例のそろばん教室がある。現在、全国で1万人以上の生徒が通う「そろばん塾ピコ」だ。
>ピコはそろばん塾の看板を掲げているが、「そろばんのプロ」を育成することが目的ではない。「そろばんの学習で右脳を鍛え、IQを高める」ことを目指しているという。そのため、昔からある街のそろばん教室のように、そろばんそのものの技術向上や有段者育成を目指さない。
>ピコに通っている主な生徒層は、幼稚園の年長生から小学校2年生の子どもたち。週2回1コマ50分の授業でそろばんの基礎を習い、ある程度習熟したらフラッシュ暗算を追加で10分学ぶことができるという、独自の教育プログラムを展開している。
>3年ほどで取得できる2級の検定取得を目標としているが、飽くまで2級を取得するまでの過程で、自然と右脳を使って計算・暗算力が鍛えられ、受験勉強の下準備ができるためだという。
>
>京大生の習い事の2位は「そろばん」
>ピコを創業したのは、現役の京都大学生が提携塾を通してインターネットTV電話で個別指導をする、「京大個別会」の代表者・孝橋一(たかはし はじめ)氏だ。孝橋氏がアルバイト講師の京大生120人にアンケートを取ったところ、習い事の1位がピアノで、意外にも2位がそろばんだった。
>3位の水泳を上回り、半数に当たる約60人が幼少期にそろばんを習っており、その多くが2級取得者だったことに着目。そろばんが右脳を活発化させるという研究成果も出てきたことから、全国のそろばん教室を見学・研究し、2007年にそろばん塾ピコを開設した。
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 なぬっ?…京大生の習い事…だと?(汗)
 書道/習字も…斯くありたい…(ボソッ)

 子供の書塾の「上手いバカ」は、二十歳を過ぎてもバカのまま…とでも映るのかしら。苹の教員時代、その校長は「オマエ読めるか、読めないだろ」と前置きした後、「読めないもの(=平仮名)は教えちゃいけない」と真顔で続けた。どうやら「書道教員はバカ」が基本認識って事になるらしい。中には筆文字の平仮名が中国語に見えるとおぼしき先生も居た(どちらも英語畑)。青森県外でも現場は似たり寄ったりだとしたら、これは相当に深刻な筈。抑も大学の水準自体がイメージできないのかも知れない。弘前大学教育学部に書道科はなく、国語科の書写方面は高校教員経験者が担当してきた(宮川某とか工藤某とか)。
 「調和の破壊」が「文明の進歩」へと繋がる様に教育すれば、もはや日本語/国語は無用の長物。英語国語化論の付和雷同性は百年かけて文化畑から経済畑に引っ越した様だが、まだ中文国語化論は出てないし中韓語が英語を阻む構図にもなっていない。それどころか中韓の英語熱は凄まじいらしく、どちらも移民予備軍が「ムスリムに続け」とばかり(?)、傍目にゃ手薬煉を引いてる気配ムンムン。
 今そんな目で見られたら、さぞ泉下の書人達は嫌がるだろう。~先夜は漢学との絡みで、昭和七年の追憶を見つけた(上條信山「天来先生のおもかげ」より↓)。
http://www.shodo.co.jp/unknowntenrai/episode_23/
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>長いこと長峰で回腕により、ゆっくりと形をこしらえていた私にとっては、短峰のかため筆で、バリバリと歯ぎれよく颯爽と運筆される先生の姿は、異様のものに感じられた。筆をおかれた先生は、欧法の説明を二、三してくださったがさらにつけ加えて、ほんとうに書をやろうというなら、書の根本である漢学をやっておくことだ。字ばかり習ってみてもいい書はできるものではない。書には書巻の気といって、読破万巻という学問の裏づけがたいせつになってくる。まず文字がわからなければ書は書けない。字がわかれば文章がわかり、詩文がよめ、経書もわかることになる。経書に目が通れば、聖賢のことばにふれ、しぜん聖賢の魂にふれることになり、人間が内につくられることになる。そこにほんとうの書ができる。漢籍の勉強をやりたえ......と一介の書生である私に、じゅんじゅんと説いてくださった。春風のごとき温容であった。
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 或いは『現代日本書法集成 上條信山』(尚学図書)P.6の記述(↓)。
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> 今から考えてみると、呉石先生の書は、根源は歐陽詢の九成宮醴泉銘にあったわけで、それをごく平易に、一般化したもの、入門期の手本としては最適なものであった。当時は、鳴鶴や、一六の三体千字文も流行していたが、風格や、味わいがあるにしても、少年時代の手本としては少々無理なところがあった。呉石先生の千字文に出会ったことは、少年時代の私にとって大変な仕合わせであった。
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 その西脇呉石が書いた大正7年(1918年)の「文部省国定教科書 書キ方手本乙種」は、こちらに例が載っている(クリック拡大↓)。
http://bunkashodoukai.com/goseki.html
 これが第三期までの折帖仕立て(一頁一行ベース)。第四期からは半紙仕立て(一頁二行ベース)となり、それが現在の書写教科書まで続く。ただし西尾先生の頃は半紙六字大なのに対し、国語科書写(解禁1951、必修化1971)は中学段階でも半紙四字大のが多い上、青森では実質未履修が戦後の常識/伝統と化して久しい。
(続く)

(近況)
 「2017/04/20 21:43」稿の十七帖ネタまで書いた後、当初こんなふう(↓)に続けた。朝七時半頃に削除し、親切ネタを書き足すのに一週間かかった。
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(余談)
 以下は旧稿群(↓)の続きにて。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment
 病院に行ったら、またまた「転院して欲しい」との事。あたしゃ通院するのも転院するのも両方めんどくさい(「2017/02/05 02:08」稿で書いた通り)。帰宅して検索したら「セルフメディケーション」てぇのがあるそうな。今の薬は処方箋なしでも買えるのかしら。どっちが安上がりになるのかも心配。いづれにしろ目的は入院予防。
 今月の予定では、
・うちの婆様の通院日(2017.4.25)、掛かり付け医に転院できるか聞いてくる。
・今の病院に転院相談し、処方薬か代替薬がセルフでも入手可能か聞いてくる。
(通院をやめ、薬もやめる…てぇのは入院予防にも通院予防にもならないなw)
【2017/04/14 01:50】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 …で今日、紹介状を貰ってきた。先日セルフの件を婆様の掛かり付け医に尋ねたところ、医者経由でないと無理らしいので転院(転医?)予定と相成った。隣の薬局にも処方の内訳を見せて、話は通してある。
【2017/05/02 22:44】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8入院前後の記(其六) ( 苹@泥酔 )
2018/10/01 (Mon) 01:26:50
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の六。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment



(四方山話~旧稿回顧)
http://www.tsukurukai.com/taishi.html
 此度の学習指導要領改訂に際し、「つくる会」が聖徳太子ネタで噛み付いた(↑)。明治初期までは様々な呼称あるのが当然で、老舗の「何代目×兵衛」や雅号やペンネームは今も珍しくない。支那の事例については先年あれこれ書いた事がある(↓)。
 嘗て下記の授業を展開した身には、「つくる会」の反応が稍や大袈裟に見えなくもない。ただし「聖徳太子(厩戸王)」の儘ならば。それを中学で「厩戸王(聖徳太子)」とするから話がおかしくなる。他にも幕末の桂小五郎が明治の木戸孝允で木戸松菊なんて話がゾロゾロ出てくる世界なのに、わざわざ「厩戸王」を持ち出すのみならず、記述の順序まで入れ替えるとは…その理由を中学の定期考査で問うても構わないって事かしら(高校ならともかく?)。
 以下は旧稿の前半。「【再掲】「恥を忍んで」12」稿(2012/02/03 (Fri) 21:58:10)所収。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7812046
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>7588 No.7586の続き(改稿) 苹@泥酔 2009/07/11 21:29
>
>  これを書くと「なんぼなんでも遣り過ぎだ」と云われそうだが、取り敢えず前稿の続きって事で。~その前にいくつか、ぼんやりした疑問を。学習指導要領は指導の上限か下限か。どの程度の制約に縛られるのか。指導要領からの逸脱とはどんな状況を指すのか。そしてもう一つ、そもそも基礎とは何か。
>
> 嘗て私は芸術科書道の授業で書道史を取り上げた。「書道Ⅰ」の最初に出てくる面々も当然その中に出てくる。…ここが他の教科と大きく違う。蓄積と反復の位相が転倒し、反復による自己言及的な蓄積が「別の蓄積」と等価な水準で盆踊りを始める。するといつしか死者が蘇り、しかも甦った死者は死者自身ではない。「私」のドッペルゲンガーの様に見つめられ(鑑賞)、頬を赤らめる瞬間に死者が微笑む(自運)。その彼方に幻のごとき知識が絡む。それはあくまで手掛かりに留まり、パズルの様な組み合わせから印象の里程標が生まれる。
> 差し当たって、ゾロゾロ出てくるのは欧陽詢、虞世南、チョ(衣偏に者)遂良、顔真卿、王羲之。そうした面々が「書道Ⅱ」や「書道Ⅲ」でも繰り返し出てくる訳だ。ただの復習では面白くない。私は何か余計な事をしてみたくなる。
> 中には大学の史学科や中国文学科などに進学する生徒も居るだろう。居なくたって基礎知識くらいは身に付けて置いた方がいい。あの手の支那人には名の他に、字や号などの別称がある。なにやら名前で呼ぶのは失礼にあたるらしい。そもそも跋文に「顔真卿」などと書くかね。大抵は「顔魯公」だろ。それくらい大学に行く前に覚えてろっつーの。てな訳で苹は余計な事を教えるのであった。
> 例えば「信本、伯施、登善、清臣、逸少」の字グループと「率更、永興、河南、魯公、右軍」の官職呼称グループに分け、現代人の人名感覚から相応の距離を取ろうとした。「王右軍と云えば王羲之の事だな」と分かればそれでよい。ただし「漢字で書け」と出題するのはちと酷なので、定期考査では語群から選ばせるか何かする程度に留めた。
> しかしながら「わざわざ初唐三大家の字まで出す必要があるのか」と問われると返答に困る。たぶん宋の三大家なら構わないんだろうけど(これもダメだったりして?)。蘇軾と来れば子瞻に東坡に文忠。黄庭堅は魯直に山谷に文節。米フツ(草冠に市、もしくは黻)は元章に海岳(嶽)に南宮。「黄州寒食詩巻跋」を習えば東坡や魯直が出てくるし、書論をやれば「海岳名言」、「米海岳の名言集かしら」と思い至る。日本の例で云えば「福翁自伝」のタイトルを見て「福澤諭吉(雪池)晩年の自叙伝かしら」と思う様なものか(諭吉でなくても大目に見たりして…同じ「福」で始まる人なら恆存とか赳夫とか康夫とか)。
> さすがに授業で扱った事はないが、欧陽詢の書に「仲尼夢奠帖」ってのがある。そう云や中学三年の正月、面白半分に全臨した事があったっけ(遠い目…)。「仲尼」と来れば真っ先に思い付くのは孔子なのだろうが、この語彙は確か孝経にも出てきた気がするなあ。
>
> さて。
> そんなふうに進学先で役立つかどうかを考えると、どうしたって従来の書教育感覚には収まりきらない内容まで踏み込む事になる。強弁するなら「必ずしも教科書に載ってない訳ではない」。孫過庭の「書譜」には「逸少」が出てくるし、欧陽詢の「九成宮醴泉銘」図版の脇には、ともすれば魏徴の名前までが出てきたりして。
> そこで国語だ漢文だ。魏徴の漢詩なら大学入試に出る事もあるんじゃないかしら。もし「教科書に載ってない題材を試験に出すな」と言い募るなら、数学の応用問題はどうなってしまうのか。「丸暗記で対応できない計算問題は教科書に載ってないからダメ」とならないか。それと似通った発想で書教育を捉えれば、教科書の見方が自ずと変わってくる筈だ。「ただ書き写すだけ」と思っている人に限って、元々は国語の範疇にあった筈の言語芸術、教養芸術だという事を忘れている。GHQの占領政策を懐柔するため、さも視覚芸術であるかの様に装ったツケが、半世紀以上を経た現在も相変わらず総身に回っている。
> 私にしてみりゃ、これだって立派な歪曲教育だ。殆どの大学専攻科ではまともな指導をしているらしいのに、それが下まで降りてこない。…まあ、高校以下で歪曲教育する側から見れば大学教育の方が間違っている様に見えるのだろうから、厄介な高学歴連中をそのまま受け入れる訳にはいかない事くらい大略の想像がつく。それよりは市井の「お習字」の先生を非常勤講師に雇った方が好都合なのも分かる(気に入らないなら簡単に解雇できるし)。高校教育を小学校レベルのまま高度な歪曲で包み込め。そのための方便としての「芸術」が学校教育には必要なのだ。芸術そのものを西洋文化で包んで丸ごと曲解させれば、日本や東洋の芸術に対する理解や実践の在り方そのものを根こそぎ破壊できるのだ。
> この点で私の教委批判と現場批判とが融合する。彼らは問答無用で「受験に役立たない科目」とのレッテルを貼り、潜在的な「受験後に役立つ余地」をも正面から潰しにかかる。教委は教員採用試験の実施を阻止し、そのための理由を現場から掻き集める。かてて加えて大抵の場合、どの高校でも書道担当教員は一人だけ。要するに孤立無援となりやすい。大学側としても学生の就職先を敵に回すのは得策でないのだろう。いつだって及び腰。何の力にもならなかった。それを不本意に思う大学教官が少なからず居る事は知っている。しかし「その後が続かない」。少なくとも十年前の段階ではそうだった。私の見るところ、毎年バカの一つ覚えみたいに採用試験を実施してきた岩手県を除いては。(実態はどうだか知らないけど。)
(以下略)
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(寒食詩巻跋の「魯直」は「魯公」の誤記…今になって気付いた…orz)

 …以下、岩手のケースについても回顧して置く。
・『書道美術新聞』第801号(2004.6.15付)第一面記事本文
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> 今年も全国で公立高校教員採用試験(二〇〇五年度採用)の募集要項の配布が始まり、各都道府県の公立高校芸術科「書道」教員採用試験の実施状況が明らかになった。美術新聞社の調べによると、今年は静岡県の六年ぶり実施のニュースはあるものの、富山、福井、と鳥取と合わせてもわずか四県が実施するのみで、前年度の九県からさらに大きく後退して過去最低の数字となり、これ以外の北海道をはじめ、千葉、埼玉、東京、神奈川の首都圏、愛知や長野、京都、大阪、兵庫の近畿圏、福岡、沖縄等を含む四三都道府県がすべて実施しないことも分かった。特に今年は過去五〇年にわたってほぼ毎年「書道」教員の採用試験を行ってきた岩手県がついに不実施県の仲間入りをしたことも、高校書道教育関係者の間に大きな波紋を広げている。(四面に実施四県の募集要項)
> 全国の公立高校の「書道」教員採用試験は特にここ数年、長年にわたって継続的に実施し、あるいは比較的頻繁に実施してきた埼玉、新潟、島根、愛媛、高知、佐賀といった各県が次々に実施を見送り始めたため、全国の教員養成系大学・学部で「書道」教員免許を取得して卒業してくる書道教員志望の若者たちにとっては、氷河期といえる厳しい就職環境となっている。
> 今年の採試実施状況と、「岩手ショック」について、関係者の話を聞いた。
>               ◇
> 【赤堀修一・全高書研会長の話】高校の書道教員の配置や単位の確保については、全高書研でも十年来の課題として、ことあるごとに必要性を文部科学省や各教育委員会に訴えてきた。以前は高校普通科では芸術科目が四単位を下らないようにという芸術科目を保護する大枠が決められていたが、これも学校の独自性に横槍を入れるものだとして学習指導要領が変更になった。そして、各高校に芸術科目の位置付けの決定を委ねたわけだが、教員定数の決まっている高校側から「書道の教員がほしい」という声が届かなければ、教育委員会でも採用試験は実施できない。その結果、採用が年々細り、とうとうここまで来たということだ。この厳しい現実を直視し、まずは現場の高校書道教員ひとり一人が、今の高校生に合った充実した書道教育を行ってきたのかと、今一度足元を見つめ直すことから始めなくてはなるまい。いたずらに悲観しているだけでは、展望は開けまい。
> 【玉沢友基・岩手大教授の話】今回のことは、私にとっても寝耳に水の話で、学生から聞いてびっくりした。岩手県では、私の記憶する範囲でもずっと書道の教員採用試験を実施してきており、年によっては採用者がなかったことはあったものの、採用試験自体を見合わせたことはなかっただけに、我々教員養成に携わる側もショックだ。もちろん、「国語」での募集や、スポーツ・芸術分野で実績を持った人を対象とした特別選考もあるとはいえ、国語一本で勝負してくる人たちに競り勝つことや、一般的にも認められる実績を学生時代から持つのは難しい。岩手県の書道は、高校の書道教員層が中心となって支え、地域や社会で活発に活動してきている。もしもこの先、県立高校の書道教員の採用が極端に減るようなことになったら、地域や社会でも、今まで築いてきた書道の地盤に大きな影響を与える心配もある。
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・同紙一面コラム「風信帖」
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> 全国に公立高校なるものは四、一〇〇校もあるのである。このうち七割前後の高校で「書道」の授業が行われているというから、ざっと三、〇〇〇校でやっている計算だ。もしこの三、〇〇〇校にすべて専任の書道の先生がいたなら、毎年一〇〇人は補充採用があって不思議はないわけである。それが何と今年は四県だけ――▼むろん、今や高校の書道の先生の〝専任化率〟は半分以下ともいうから、シビアにみて三分の一と仮定したって、毎年三〇人は補充があって当然なはず。それが四県――。ここ数年、一七県→一二県→九県と減って来たことを考えれば驚く方がオカシイともいえるが、とにかくここまで来ると、もう来年にも〝ゼロ回答〟があってもオカシクナイ!▼〝五〇年の輝く伝統〟を捨てた岩手県の教委は、「今年は音・美も見合わせましたから」と、「書道」だけが特別に取り上げられることに不満げな口ぶりだが、音楽や美術と書道とは根本的に事情が違うと関係者は口を揃える。つまり音楽や美術は高校の採用試験以外に、高校の四、五倍かそれ以上の採用規模のある中学校教員への道が開かれているからだ。これは単に、高校書道教員を志す若い人たちにとってだけの問題ではないと思わざるを得ない。
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http://biz-journal.jp/2017/03/post_18235.html
 ところで、ここんとこ話題の森友ネタでは教育勅語も取り沙汰されてる模様(↑)。あっしに言わせりゃ、必ずしも内容の問題ではない。あの文体が「国語」教の信仰に反するから皆、たぶん憤って居るのだろう。…古臭い。読めない。グローバルでない。なんなら日本国憲法を文語体や漢文体に翻訳してみればよい。きっと左翼もソッポを向くだろう。要は政治と国語の二重底、二つの「イデオロギー」が仲良く揃った挙句の時代錯誤。
 日本國民ハ正義ト秩序ヲ基調トス國際平和ヲ誠實ニ希求シ、國權ノ發動タル戰爭ト武力ニ因ル威嚇又ハ武力ノ行使ハ國際紛爭ノ解決手段トシテ永久ニ是ヲ放棄ス。
 前項ノ目的ヲ達スル爲、陸海空軍其他ノ戰力ハ是ヲ保持セズ。國ノ交戰權ハ是ヲ認メズ。

 あと前稿絡みでは、これが面白かった(↓)。
http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1064786544.html
【2017/03/09 19:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(泡沫雑記)
 前稿末では「武力ニ因ル威嚇」云々としてみたものの、「因ル」(原因)と「依ル」(手段)とでは微妙に意味が違ってくる…。普通なら後者だろうけど、ウッカリ前者にしたら「ややこしくなっちまった」(汗)。原文は「武力による威嚇」又は「武力の行使」。素直に読めば日本の武力って事になる。ところが「海外武力に起因する」日本側からの威嚇だと、北鮮ミサイルに対する警告や対抗措置にも憲法上の縛りが掛かる筈(?)。漢字で書けるものを仮名にすると…解釈の幅がヤバイなあ。(ヤバイって、どんな意味?↓)
http://www.recordchina.co.jp/b159324-s0-c60.html

 六年目の3.11、西尾先生のが載ってる二冊を買ってきた。『正論』2017.4号は「つくる会」二十周年メッセージの増補稿で、あたしゃ代読/顔面動画の誘惑から解放された気分。『WiLL』は前々稿を出した後に読めたのが幸運だった。例えば末尾の「高度人材」云々なんざ、自前の考を準備してから読まないと内容の距離が「生まれない」。自分のない読書は忘れるのも速い。距離は壁を生成するが、内容が記憶を前提すると「壁が浸透膜に変容する」(←誤読…とも云う?)。
 ところで後者の別記事P.161には、こんな発言が…(「殺」字のみ仮名表記に変更↓)。
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>石平 これが日本の大きな問題です。戦後教育の中で、「戦争=悪」と刷り込まれてきました。中国では正反対です。戦争は素晴らしいことだと教えられてきました。
> 日本のアニメを見てください。子供が銃を持って敵をころす――そんなアニメ、あり得ますか。
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 …そんなアニメ、ありますた。今期放送中の「幼女戦記」が面白い(↓)。
http://youjo-senki.jp/
http://www.youjosenki.com/youjo-senki-episode-1/

 印象深い物事(顔面動画とか)をストレートに忘れるのは難しい。しかし初見の記憶を別の記憶に置き換える程度なら存外容易で、これより効果的な「忘れるコツ」を苹は知らない。~大抵の先生は「覚えるコツ」に執心する所からすると、多分あたしゃ教育に向いてないのだろう。人工知能は人間の様に「忘れる」事が可能だろうか。難しいのではないか。記憶を「忘れる」には、「消去する」のと全く異なる脳内麻薬的アプローチ/プログラムが要るのではないか…。そんな具合に余計な脱線ばかりするから、今も昔も効率が頗る悪い。(…と書いた後、偶然こんな記事を発見↓)
●ニューラルネットワークが持つ欠陥「破滅的忘却」を回避するアルゴリズムをDeepMindが開発
http://gigazine.net/news/20170315-elastic-weight-consolidation/

 常識/迷信が学問の名の下、学問に勝利した。神の共食いを看取る司祭が更正したら真人間になった。少なくとも教育界では人間が神を審判せねばならぬらしい。神は学問から弾かれ、どこかに飛んでいってしまった。もしかしたら神は教育界に逃げたのかも知れない。今や神は学問の下僕として人間に仕える身、奴隷と見紛うばかりの清らかさが眩しい。
【2017/03/19 20:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>書道の趣味が自分に備わって、この世界から新しい自分
 ↑を承けて書き始めたものの、すぐに中断した。こんな調子(↓)で続けると後が長くなるし時間もかかる上、その前に何か別のを書かねばならぬ気がして落ち着かない…。
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(書と忘却)
 テレビの解説で時折「自分の相撲」云々を耳にするが、伝統的な書道畑に「自分の書」云々は聞こえない。烏滸がましいのか禁句同然、大抵は「書の精神性」(←誰の?)程度に留める模様。それどころか「自分」など無い方がいいとされて居るかの様な。しかしながら無私も忘我も相撲では別のニュアンスとなりそうで、何故か「自分」と衝突する気配は感じられない。書道では通常「一家を成す」と表現するが、そこまで行かずとも筆跡の個人差は無自覚のまま滲み出る。自覚が無自覚の邪魔になる場合、或いは「自分」そのものが意識と無意識の間を惑わせる事にもなろう。思考停止に寛容と云えば語弊がありそうなものの、どうした訳か稽古(の差異?)が面妖に思えてこなくもない。
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 このところ「日録」コメント欄が活況で、そちらを閲覧してたらアッという間に半月が経っちまった(汗)。他には天バカ板への拙稿転載群とか、十年以上前の「おちょくり塾」記録とか。後者は爺様が惚けて入院する頃から御無沙汰だった。久々にトップページ(「うえっぶ庵」)を見たら、板は行方不明となっていた。「夢空廊漫遊」の方は現役らしい。
 以下追想。…こんなカキコ、あったなあ(↓)。
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>[561] お休みをいただいていたら 投稿者:あきんどにいさん 投稿日:2004/05/12(Wed) 09:38
>
>先生がこちらに初登場されていたんですね。
>驚きです。
>
>荒間さんがレスを入れていらっしゃらないので、私のほうから少しだけ補足させて頂きますね。
>私と荒間さんは偶然近くに住んでいることを知ったのは昨年の夏ごろです。
>でもまだお会いした事もないですし、お互いにどんな職業なのかもハッキリは認知しておりません。
>
>ただ漠然と解っている事はある山を挟んでお互い居を構えていると言う事だけです。
>しかし残念ながら弟子屈ではなく、札幌の南方約100キロ下った場所です。
>政治家としましてはハトポッポというニックネームの方が活躍されている場所です。
>
>先生が弟子屈に訪れたのは昭和30年ごろですか。
>私はまだ生まれておりませんね。
>当時は舗装道路もまったくない時代でしたでしょうから、訪れるだけでもひと苦労でしたでしょうね。
>しかし当時と変わらないものはこの雄大な景色です。
>是非一度多くの方に訪れて欲しい気持ちと、地元の人間として熊の存在を頭の片隅に入れておいて欲しい気持ちをこめて、あのような投稿を致しました。
>
>北海道はどこまで行っても北海道だということが一つの条件としてあります。
>日本が島国である事の例として北海道はそれを凝縮した部分が存在します。
>縄文時代の日本の姿がもしかすると北海道にはまだ残っているのかもしれない・・・そんなロマンを抱いて訪れて欲しいです。
>札幌や旭川など大きな町に行くよりも、一本の小川に心を揺らす事の楽しさを味わって欲しいのです。
>
>そんな体験を先生は既に50年ほど前にされていたのだろうなぁと思いました。
>自然の美しさと恐ろしさを両方感じる事は生きている事への大きな糧となるのでしょうね。
>理屈では語れない静と動の深さをこの夏是非北海道で味わってみていただいては如何でしょうか。
>
>臨時北海道観光協会でした。
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>[560] こっちにまでお書きになるなんて 投稿者:年上の長谷川 投稿日:2004/05/11(Tue) 18:02
>
>先生の感性は柔らかいですね~~~
>
>私は二年前に、生まれて初めて北海道に行きました。
>風景が本土とはちがう!とは聞いていましたが、本当に広いし
>道路のよこのピートやジャガイモ畑のこげ茶色の畑も、
>家々の庭先の様子も違っていました。
>
>摩周湖、阿寒湖、層雲峡などをまわったので、今度は函館に行きたい!
>格安ツアーで二泊三日でなんと広島から一人約4万円で行ったのです。
>片道の飛行機代よりも安くて、社員旅行?にして団体で行ったんですよ。
>
>翌年、先生は北海道でぎっくり腰になられたのでしたよね。
>ああいった、なんでもない旅の描写も先生は上手だから
>読んでいる人間に風景が浮かんできます。
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>[559] 一度だけ行きました 投稿者:西尾幹二 投稿日:2004/05/11(Tue) 02:22
>
> 
> いやあ吃驚しました。荒間さんとあきんどさんが北海道にお住まいとはかねて聞いていま
>したが、まさか弟子屈をはさんだ地点にお二人がいるなんて、不思議です。
>
> 知っています。「てしかが」と呼ぶんでしょう。一度だけ行ったことがあります。
>
> 大学2年の夏,友人4人が連れ立って、テントを担いで阿寒,摩周、屈斜路などを回りました。熊のことは聞いていなかったのですが、たいていは安旅館に泊まり、テントは人里はなれた所は避けて、バンガロウなどの並んでいる所をえらびました。
>
> 懐かしい、思い出ふかい夏の日々でした。  
>
> たしか屈斜路の前の晩、弟子屈の安旅館に泊まりました。一泊二食付きで、500円くらいだったと思います。昭和30年の夏です。
>
> 4人でよく議論しました。女の子とは関係のない旅でした。
>
> 知らぬが仏で、熊の恐ろしさは考えなかったのですが、北海道の自然のすごさには少し心が
>震えました。屈斜路湖の沖合いにボートで出て、原生林が水面に蔽うように垂れ茂っている暗い場所を見て、自然そのものの恐怖を感じました。
>
> 荒間さんとあきんどさんがいつもあの大自然の神秘のそばから発信しているのかと思うと、
>いいしれぬ不可思議さといとおしさを感じないではいられません。
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 加齢に抗う女性は終盤、妖怪らしさが増してくる模様…(極端な描写例↓)。
http://blackmamesu.at.webry.info/201001/article_76.html
 悟れる熟女は昔「年上」を名乗っておった。西尾先生が「私より年上と思われるよ」と忠告したら「セレブ」を名乗り始めた。「日録」には「しかも美人である」とも書いてある(2005.6.12稿↓)。…今では老婆な筈なのに、先日は代読妖怪が美人に見えたからオソロシイ。だから即座に「忘れよう」と決心したのであった…。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=206
【2017/04/04 20:39】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8入院前後の記(其五) ( 苹@泥酔 )
2018/08/24 (Fri) 19:39:01
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の五。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment



>絶対安静だったんですね。
 …いや、その札は見た事ありません。「絶食」札なら何度も看護師さんが下げてったけど、切実な喉の渇き以外は全く気にならなかった。…あたしゃ普段は日に一食か二食、半分はビールで栄養補給。稀には三日に一食くらいの時も(爺様入院の直前)。子供の頃から空腹と食欲が結び付かなかった。でも飲み物だけは我慢できないっ!(甘いのは除く)

>いくつかは気を付けておられるのでしょうか?
 うっ…(絶句)。退院直後よりはマシになった筈でも、件の医者様は「全然コントロールできてないじゃない」と(2017.1.21)。一時は縁切りを考えましたが年末に「かんぽ」の人が来て満期云々、入院の話をしたら保険金が下りるから入院証明書を貰ってくれと。手続き後めんどくさくなりそのまんま、今はヤクの売人と嫌々SMフーゾクで落ち合ってる気分…この話、やめませう(汗)。
 …と書いた後で検索したら、尿道カテーテルを使用するのは絶対安静時が多いとの噂。あっしの場合は尿量の正確な計測が目的だった様です。

(余談~あの船は今?)
 地元ニュースで初めて見た時「変な名前だな」と思った。サントリーの清涼飲料水みたいだし、「赤字で運行休止」(2008)の「宝の持ち腐れ」感が全力で貧乏臭い。おまけに「ウェーブピアサー型高速船」だそうで、特徴的な形には見覚えがある。…そうだ! 2010年に大活躍(衝突)したシーシェパードの捕鯨妨害船「アディ・ギル」号だ!
 そんな歪んだ印象が、大震災でガラリと変わった。自衛隊が動いた。福島~岩手の陸路ばかりでなく、眠れる宝船を海路でいきなり活用する機動力の高さには舌を巻いた。…もうじき、あれから六年になるんだなあ…(合掌)。
http://www.sankei.com/premium/news/170201/prm1702010002-n1.html
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>2017.2.1 07:00更新
>【防衛最前線(107)】
>自衛隊で第二の人生 北海道と本州をつないだフェリーの「はくおう」「ナッチャンWorld」
>(1/3ページ) .
> 自衛隊には戦車や護衛艦、戦闘機をはじめ多様な装備品が存在する。いずれも自衛隊向けに作られた“オーダーメード”ばかりだが、その数少ない例外が、島嶼防衛や災害派遣時の輸送手段として期待されている民間輸送船「はくおう」と「ナッチャンWorld」の2隻だ。かつて北海道と本州を結ぶ高速フェリーとして活躍した性能を生かし、さまざまな訓練や昨年4月の熊本地震などで大活躍。有事における補給の“切り札”として第二の人生を忙しく送っている。
> 2隻は現在、フェリー会社や商社など8社が共同で設立した特別目的会社「高速マリン・トランスポート」(東京)が所有し、平成28年3月から37年12月まで10年近くの契約で、自衛隊が優先的に利用する権利を持っている。契約に先立ち、陸上自衛隊が26年夏ごろから2隻を訓練輸送などに利用しており、この“お試し期間”を経て採用された形だ。
> 普段は自衛隊の訓練や災害派遣などに利用。緊急時には72時間以内に出航できる態勢を取ることが義務づけられている。また、他国から武力攻撃を受けるなどして防衛出動の事態に至った場合は、自衛隊に船そのものを提供して海上自衛官や予備自衛官が乗組員となり、現場海域へ向かう。
> 自衛隊がこの2隻を選んだのは、その輸送力と速力に注目したからだ。
> 以前は新日本海フェリーで活躍していたはくおうは、総トン数約1万7300トン、全長約199メートル、全幅約25メートル。乗客507人や大型車約200台を運ぶことができ、速力も29・4ノットまで出すことができる。
> また、ナッチャンWorldは、東日本フェリー(現在は解散)などで青函航路の高速フェリーとして活躍した双胴船で、総トン数約1万700トン、全長約113メートル、全幅約30メートル。乗客508人や乗用車110台、大型車50台を運ぶことができ、速力も40ノットまで出すことができる。
> いずれも自衛隊の輸送艦で最も大きい「おおすみ」型と比べても遜色なく、新しく建造するよりも費用は安くて済む。防衛装備庁によると、優先利用に伴う契約金額は2隻で約250億円だ。
> 既に自衛隊の利用に合わせた改修も施され、このうちナッチャンWorldは昨年秋に終了。交代する形ではくおうが今年3月までの予定で改修中だ。改修作業では、海水から飲料水を作る「造水装置」の設置や座席の取り外し、戦車や装甲車といった重量物を搭載するための補強などが施されている。
> なお、名称は民間フェリー時代を踏襲している。それぞれの母港は、はくおうが相生港(兵庫県)、ナッチャンWorldが函館港(北海道)だ。
> 2隻を導入した背景には、一方的な中国の海洋進出がある。尖閣諸島(沖縄県石垣市)をはじめとした南西諸島の島々を守るため、または万が一にも島々が侵攻されて奪還作戦を遂行するためには、陸上自衛隊を中心とした上陸部隊の機動的な展開が不可欠だ。
> 奪還作戦では陸自の西部方面普通科連隊(長崎県)が中核を担うことが想定され、はくおうとナッチャンWorldがあれば隊員を迅速に戦地へ送り込める。さらには在日米軍を運ぶことも想定しており、28年10月にははくおうが、横浜港から那覇港まで訓練のために人員や車両を送り届けている。
> 一方、同年4月に発生した熊本地震では、はくおうが被災地に向かう陸上自衛隊員や車両などをのせて熊本県八代市の港に接岸。その後は5月下旬まで停泊し続け、「ホテルシップ」として被災者に1泊2日の宿泊と食事、入浴のサービスを無償で提供した。
> もとは民間フェリーだったこともあり、個室やレストラン、大浴場などを備えた居住環境は好評で、のべ約2600人が利用している。それらの設備は改修後も残され、引き続きさまざまな場面で利用する人たちの疲れを癒やすことだろう。
> 2隻にとって、今後の運航環境は民間フェリー時代よりも過酷かもしれない。しかし、国を守り、苦難にあった人々のために尽くす第二の人生もまた、価値あるものであることは間違いない。
>(政治部 小野晋史)
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【2017/02/05 02:08】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 先日「つくる会」二十周年動画で西尾先生のメッセージ代読シーンを見たところ、セレブ奥様の壮絶な顔面暴露に思わぬ衝撃を受けた。絶対安静とまではいかぬものの、心の準備がないと稍や心臓に悪いかも(嫌なら見るな?)。…別に顔や化粧/お面や雰囲気がホラーって訳ではない。それとは別の話であって、閲覧者特有の心理的影響には個人差がある。(…取り敢えず、忘れよう。)
https://www.youtube.com/watch?v=KB_O_GrVVIM
 …てな冗談はともかく。

(国語の敵)
 以下はいつもの情報源、「書道美術新聞」の一面コラム欄。
http://kayahara.com/modules/column/index.php?page=article&storyid=220
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>風信帖(1092)
>投稿日時: 17年02月01日
> 今回の学習指導要領の改訂の動きの中で、本紙はこれまで「高校延伸」を重点的に報道してきたが、実は今回、小・中「書写」は上方(高校国語)への延伸だけでなく、下方(小学校低学年)への延伸、低学年への「毛筆書写」の導入も、合わせて実現する可能性がある
>▼具体的には、今号の長野氏の寄稿にもあるように、もともと教育界には子供の教育現場を預かってきた経験から、毛筆を使った「書写」指導を小学一年生から始めたほうが効果的との根強い考え方がある。このため教育界は近年、この問題に関する実践研究を組織的に続け、文科省にその研究結果を報告するなどの努力を重ねてきた
>▼だから教育界が今回の改訂で目指してきた〝本命〟は実は「下方への延伸」で、上方への延伸はある意味、驚きの結果なのである。つまり、「高校国語への延伸」は書写・書道の側からの構想ではなく、国語側から提起された改革案だということで、従ってこれは書写・書道の側が、そういう大きな期待、大きな使命を託されようとしていることと理解しておく必要があろう
>▼それにしても、この双方向への延伸が現実のものになったら、教育界も書道界も、とても忙しくなるのではないかと思う。今年は、「書道界中興元年」――。
>(書道美術新聞 第1092号1面 2017年2月1日付)
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 驚いたのは、「「高校国語への延伸」は書写・書道の側からの構想ではなく、国語側から提起された改革案」の箇所。
 要は国語畑からの「外圧」だ。棚から牡丹餅と喜んでは居られない。「もっと国語に役立つ書教育をしろ」と突き上げられたのが真相ではないのか。書教育の現場が目に余る惨状だから苦言を呈したのではないか。変体仮名や草書が読めないまま放置しても「履修した事になる」のなら、そんな高校書道は要らない。抑も国語畑は大学入学初日から「学び直し」の手間隙を余儀なくされてきた。
 中には堪忍袋の緒が切れて、芸術科書道の時間を国語に回せと言いたくなる人も居るだろう。…それは不可能、「芸術だもの」(w)。書道の生徒が音楽と美術に割り振られるだけなら、どのみち国語は損をする。だから黙って堪え忍んできた。芸術キチガイに国語の気持ちは分からない、何を言っても無駄と諦めてきたのかも。しかし今後は大学全体に火の粉が降りかかり、背に腹は代えられなくなる。新潟や岩手の「書道科に幕」は、国語/国文科が書道科リストラ(吸収合併)に踏み切る前夜の最後通牒を意味するかも知れない。
 そう考えないと説明が付かない。書教育の比重を高め国語教育との連携を密にするなら、むしろ書道科との学問的横断を強化する筈。しかし傍目にはどうだろうか。戦後の書教育没落イメージが或る限界/分岐点に達した頃~遅くとも平成改元以降は、他分野側の無理解/歪曲理解が多数派を占めてきたのではないか。近年はメディアが舛添都知事の「中国服で書道」云々を面白おかしく取り上げた。その前は日展や全日展や大分高のスキャンダルがあった。あの数々を見て、畑違いの学者/知識人達はどう思っただろうか。戦後ずっと見てきたが書道科なんざ焼け石に水、屁の突っ張りにもならなかった。書道そのものに社会的説得力がないのなら、いっそ国語に纏めた方がよい…とならないか。

 古文書畑に近い立場なら「国語に取り込め」で構わない。しかし開国や敗戦占領の影響下にある国語畑は「国語から追い出せ」の立場で、この傾向は畑違いの教員や民間の感覚にいっそう根強い。端的な事例は「2016/03/13 23:49」稿で既出のコチラ参照(↓)。
http://shokaki.hatenablog.jp/entry/2016/02/28/194645
 更に補記(↓)。
http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1426
 国語/日本語は論理に弱い劣等言語~てなイメージは今も残って居る。国語は必ずしも日本語でなくてよい。この立場から見れば上記の解釈は大甘だろう。国語に取り込む必要はないし、芸術(西洋芸術)でもない。筆記体の英習字(ペンマンシップ)同様、さっさと書写/書道は滅びればよい。英語国語化論と漢字廃止論と書道撲滅論は同根で、学校教育/受験教育に伝統文化の価値はなく、むしろグローバル化の邪魔になる。英語科出身の校長が「読めないものは教えるな」=「平仮名の読める生徒を育てるな」と書道教員に指導しても筋は通るし、国語教員が日本語を教えるのもGHQ基準で見れば「問題がある」。
 つまり日本語が「国語」、書道が「芸術」へと棲み分けてきた戦後の伝統により、「国語」の可塑性(英語化など)は辛うじて癌化しなかった/封じ込められてきた面がある。現に中学国語科書写の場合、どの地域にも形骸化や未履修の「伝統」/自己規制体質が顕著に見られた。それをいきなり高校レベルまで「延伸」すると何が起こるか。「国語」が伝統派とグローバリズム派に内部分裂するかも知れない(「2016/07/01 20:04」稿を参照)。すると多分、外野の教員、管理職、保護者、生徒らは一斉にグローバル派を支持し始めるだろう。なぜなら「読めないのが当たり前だから」。これが先に述べた「分岐点」以後の世界/常識である。
【2017/02/11 06:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>げ・・・・見たの?
 見たら忽ちメッセージが記憶から吹っ飛んだので、次は画面を隠した上で聴き直そうかと。まさか動画の威力/情報量が肝腎の音声/内容を遠ざけるとは思わなんだ。~「日録」では「西欧の地球侵略と日本の鎖国」(2016.12.13~2017.2.4)の文字起こしに時間がかかるためか、動画の方が先に出てましたっけ(2016.6.22)。でも今回の代読は原稿そのまま「すぐにでも」出せそうだから、動画によろめかずとも済む筈…。(顔面記憶はピンキー動画で洗脳完了…でも視聴二度目は無理?)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1776.html#comment
 前稿冒頭のを書いてる最中、あたしゃコレ(↑)の転載用タイトルが決まらず困って居りました。推敲の最終段階で「化粧/お面」と書き足したら、それが翌日の天バカ板タイトル「言葉の「お面」」(↓)に繋がった次第。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11465125

>国語への延伸・・・・
>それって、結果的には良かったってことですか?
 さあ、どうでしょう。歴史畑での「つくる会」効果は初手から政治的にこじれ、今も尾を引いて居る。片や国語畑では国語/現代文(since 1900)が聖域化され、開国前の日本語/古文/漢文は半ば外国語「扱い」されているかの様な。また日本の前史/有史ほぼ全般を担う書字文化(整版文化を含む)は漢字輸入以来の「発展/変容」にのみ独自性を見出し得る点で些か起源が弱く、ヨーロッパが輸入文字文化を土台に発達してきたのと概ね似通って居る。
 日本の場合、その土台を地味に根こそぎ破壊したのが国語教育。今や反歴史的な国語信仰に近い。信仰と政治が結び付いた例は山ほどあるが、信仰と国語が結託した例ならどうか。隣の半島では理屈抜きのナショナリズムが勃興した。しかも「ハングル教育の父」が日本の国語教育だった。そんな事は誰も信じたがらないくらい、頭ごなしに「信仰の暴走」が始まったのも実は日本が先だった。まだ顕在化していないから意識の端に上らないが、多分それくらい厄介な状況になっているのだろう(無視/思考停止の常態化~具体的には中学国語科書写の未履修/形骸化)。
 教材の精選、と聞けばどんなイメージが浮かぶだろうか。削減/淘汰と同一視するケースが多いのではないか。「精選した教材を増量するゾ」と奮い立とうものなら、「ゆとり」と「たるみ」を混同するタイプの人々から袋叩きに遭うのではないか。従来の内容量を圧縮して出来た「ゆとり」に基礎を詰め込めば「たるみ」の余地はなくなるし理解も深まる筈なのに、淘汰された基礎を復活するのはケシカランと相成った(「読める様にしちゃイケネェ」)。

 …と書いて、いったん中断。2.20には「書道美術新聞」1093号(2017.2.15付)の新ネタも届いた事だし(↓)、あらためて考え直す必要を感じる。~この際、関連記事の末尾を打鍵して置く。
http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1444
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> なお、今回の「改訂案」の公表が本紙の通常の締め切り日の前日だったことから、本号は締め切り日を二日延ばして加藤氏に緊急執筆願うと共に、「国語」関係の全文と新「学年別漢字配当表」を特集掲載してお届けする。
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 …例えば教育者は学問(?)を教え、医者は病気を治す。そこで思い出すのが手塚治虫の漫画。ブラックジャックは天才外科医で、影響を受けた現役医者は少なくない模様。「ときには真珠のように」の話では恩師が脳病と寿命の境界に居て、手術で治そうとするが寿命が尽きる。最期の言葉は「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて おこがましいとは思わんかね……」だった。
 キャラの一人に「死なせる天才医者」ドクター・キリコが居る。~よくよく考えると日本には、「国語」以前の日本語を安楽死させつつ「国語の国際化」を図ってきた面がある。活字字体に準拠した歪曲教育が昭和三十年代から厳密化/エスカレートし続け、文化庁の文化審議会漢字小委員会が是正しようとしたら「多様な手書き字形を認めるのは漢字文化の軽視」との批判が出たらしい(前稿リンク参照)。見たらネット上に溢れていた。学校という名の教会で「国語」教の信者を増やしてきた結果がこれだ。
 一見ブラックジャックとキリコは対立軸を構成するかの様な。しかし治療だの医療だのと意識を方向付けるのではなく、どちらも寿命調節技術と割り切って/纏めてみれば何が浮かび上がってくるか。技術は道徳を巻き込む行為/倫理と重合し、時には犯罪と隣接したりする。そうした観点を「国語」界隈に持ち込めばどうなるか。キリコ的な立場を突き抜ければ検屍の出番となるが、そこに書道と古文書との裂け目/融点がある様な気がする。
【2017/02/22 05:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 ずっと燻っていた事がある。~「2016/07/23 19:51」稿で、こう書いた(↓)。
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> 世界どこでも国語/母国語は国民の実用ツールで、学者の占有領域と化すのは死語や古典語になった場合…くらいだろうか。国語の変化/変質に国民が一旦「そう」納得し始めたら、歴史感覚を道連れに一切合切「そうなる」可能性が高くなる。学問的啓発の余地は既成事実の強度に応じて無効化へと向かい、「常識」が国語の過去を「現実とは無関係な」純然たる学問対象へと隔離/保護/葬送する。つまり学者が国民を啓蒙する(大学の第一次危機)のではなく、国民が学者を淘汰する(第二次危機)。その狭間にあったのが所謂「大学紛争」形式と見るなら、わざわざ教授を吊し上げずとも済んでいる今の方が或る意味(?)効率的なのかも知れない。
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 ここで書いた「大学の第一次危機」は、反復(「n次」化?)可能な自己言及性の枠内で閉じていく。開国的でグローバルな“卵”の中心に予め「大学鎖国」の中核/卵黄があり、それを卵白の様な大衆/学生/学者が自己/核を簒奪するかの様に振る舞いながら、なおも外から区画/幽閉する。或いは壁(卵殻)の中に壁らしからぬ層としての卵白があり、それが実質的には「内なる壁」の役割を担いながら、卵殻/外を内側から解体する。つまり壁は内側から「生まれる」。卵白が壁に変容/生成し、卵殻はダミー同然となる。
 国民が新世代の学者に生成し、旧世代の学者は単線的に淘汰(時には啓蒙)されていく。或いは複線的かつ横断的な相互干渉により、学問の中身が揺れ動いていく。他方、そこから抜け落ちた種族は学者と国民を分断したり攪拌したりもする。~西尾先生の云う「中間知性の氾濫」(『ニーチェとの対話』)とは別の意味/水準かも知れない。流動する卵白に内部の隔たりはない。にもかかわらず縄張りはいっそう内的かつ強固で、例えば震災で家屋を喪失した避難民が直面する様に~壁は「ある」のではなく「求められる」。
 学者は失われつつある壁を修復するのではなく、新たな壁/場所の生成に直面する。そんな隙間に入り込んだのが「生成途上の学問」ではなかろうか。

 検索中、田中純(東京大学大学院総合文化研究科教授)ブログにAzzouni&Wirth編『職業としてのディレッタント』(KADMOS)の紹介/書評(?)を見つけた。冒頭、ブルクハルトの言葉が出てくる。「芸術においては無か巨匠であるかのいずれかしかないが、学問においては少なくともひとつの分野の専門家であるとともに、総合的な視野をもち、できうるかぎり多くの分野でディレッタントとなる可能性がある」~続きは以下の通り。
http://before-and-afterimages.jp/news2009/2011/12/post-151.html
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>編者たちは議論の大枠として、専門家、素人、ディレッタントの関係を次のように定める。専門家はその知識や方法のみならず、学問ないし芸術の共同体の一員であるという制度的な立場によって規定される。素人とは非専門家であり、啓蒙の対象であると同時に、専門家が依存する経済的・政治的な巨大集団である。ディレッタントはこの両者の境界に位置する。ディレッタントには知識があり、知的探究を好んでいるが、学問的・芸術的共同体の一員とは認められていない。しかし、にもかかわらず、ディレッタントは芸術や学問において創造的でありうる。共同体の一員ではないのだから、その活動はまずは私的なものとして始められる。ディレッタントの重要性は、専門化が進行するに連れて高まってゆく。「ディレッタントは専門家ほど学問分野の境界を真剣に考えないことによって、知のさまざまな領域の文化を結びつける。その限りで、ディレッタントは、作品制作上や認識論的な意味でのディシプリンの無さの特別な形態を特徴としている。」しかし、専門への特化が良しとされる現代において、ディレッタントであることは現実的には避けられるべきものと見なされている。そこで本書では「ディレッタンティズム」と「[天命としての]職業(Beruf)」は結びつきえないものなのかどうかが考察されることになる。
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 その後ヴェーバー『職業としての学問』の一節が出てくる。「写本のある箇所をどう判読するかという一点に全身全霊を賭ける情熱のない者は学問には無縁である」~なんと感動的な言葉だろう。しかし読み進めていくと、次の壁に突き当たる。
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>ディレッタントを専門家から区別するのは、しっかりした確実な方法をもたないという点だ。それゆえに閃きはその重要性に見合った展開がなされないで終わってしまう。厳密な方法による検証に耐えられないという点で、それは専門的な知とは見なされない。
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 こうした壁~「確固たる学問的方法」は硬直的または形式的になりがちで、その手の体裁/学術論文が苹には結構「読みやすい」(「2016/10/04 01:00」稿で書いた通り)。面白いとまでは思わないが、壁の街/社会/ギルドには相応の作法/粧いが要るのだろう。文章だって化粧する。言葉の「お面」には集団的(市民的?)な独占欲が垣間見える。彼らは余所者/移民を喜ばない。移民を市民から区別するのは、がっかりした無力な絶望を持たないという点だ。市民は移民を飼い馴らすか追い出したがるだろうが、わざわざ移民してくる人々はむしろ希望に溢れ、絶望は後からやってくる。もしかしたらディレッタントは知的テロリストの卵かも知れない。学者にとって彼らには、恐怖と軽蔑のどちらが宛がわれるべきだろうか。

(以下余談)
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2014-10-24
https://www.youtube.com/watch?v=5pHTvK_qFGM
 私は嘗て、無自覚なテロリストの様に高校で教えた。国語の壁は活字が規範で、芸術科書道には抑も領土/教員採用試験がなかった。国語に移民して書道を教える「外国人労働者」は、読めない平仮名を教えると中国人の様に扱われる事がある。開国後と戦後の成り行きを鑑みれば故なき事ではないのだが、…それにしても日本の卵白は至極ぷるぷる美味しくて、卵かけご飯や卵焼きでは卵黄と区別できないくらい予め掻き回されている。
【2017/03/03 05:21】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8入院前後の記(其四) ( 苹@泥酔 )
2018/07/18 (Wed) 22:20:42
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の四。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment
 「禁止ワード」云々が出た。原因は三月転載稿で「・」を挿入したアレかぁ?



(Das ist der Herzallerliebste dein,…)
 日韓合意後も慰安婦像は設置され続け、韓国政府は手出し出来ない。…或る意味、日本そっくり。主権回復後もGHQ代行機関は居座り続け、日本政府は手出しできない。しかも増えてる。占領中は一つだったのが、主権回復後は四十六に分散した(沖縄復帰後は四十七)。全国各地、GHQ代行機関の傘下にCIE代行機関がある。文部科学省でなくCIE代行機関が公教育を統括する。
 日本の首都には二つの政府(?)がある。首長は総理大臣と都知事。しかし首長が組織を統轄できるとは限らない。GHQは亡霊の様に憑依するのだろう。嘗て文部省は書教育の科目を設置したが、それ以前の占領期にGHQは禁止した。だから東京都はGHQの指示をずっと守り続け、高校芸術科書道の教員採用試験を実施しない。結果は「教員ほぼ全員が非常勤講師」。
 …と書き出したのが三日ほど前。続けるか書き直すか迷っていたら…(↓)。

(今日の備忘録)
●慰安婦像が韓国でキャラクタービジネスに?慰安婦像一体を作ると製作者には340万円の収入2017.1.16(月)古森 義久
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48928
 一読仰天(↑)。これと以下のを読み合わせたら、「国家」を無慈悲に脅かす規模の「異質な」単純さ/商売根性が韓国にも内在する気がしてきた。…そもそもデリラみたいな裏切りキャラが慰安婦フィギュアだろ。ちと悪乗りして、「裏切りの慰安婦」とか「裏切りビジネス」と呼びたくなってきた(苦笑)。あんまり図に乗って「生産」し過ぎれば、そのうちサムスンどころか自国民まで裏切るぞ?…この手の「最愛の恋人」(Herzallerliebste)達は。
 取り敢えず、抄録。

●【正論】市場の巨大化が蝕む国家の紐帯 不可欠なのは国際協調と連携だ 評論家・山崎正和
http://www.sankei.com/column/news/170116/clm1701160006-n1.html
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> にもかかわらず、この愚かな選択の遠い背景に、愚かさを招くような巨大な文明上の問題が存在するのは、事実である。一言でいえば、急速に進む地球規模の市場経済と、長い伝統を持つ国民国家の対立である。国民国家も相互協力の絆で結ばれてきたが、昨今の市場は協力ではなくて融合を求め、国家の存立を脅かすような破壊力を見せている。
> じっさい現代の巨大企業は中小国家の予算を超える資金を持ち、安い労働力と低い法人税を求めて、世界中に生産拠点を展開する力を備えている。その目的は自己の利益の極大化だけであって、そのためなら国家の利益を損ね、その規制力を弱めることもあえて辞さない。それは個人としての企業人が公徳心を持つかどうかと関係なく、企業という組織に構造的に宿命づけられた性格である。
> 米国の場合が典型的だが、企業の真の主体は投資家であり、顔も感情も持たない無人格の主体だからである。ほとんどの投資家は企業の具体的な振る舞いを見ることもなく株価だけに関心を抱いている。経営者も無人格な主体に奉仕し、出処進退も業績の数字で機械的に左右される存在だから、公徳心など持っても無力なのである。
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 その他、面白かった/興味深かったのはコレ(↓)。
●【釜山・慰安婦像設置】韓国、国内で慰安婦像60体に増殖へ「『被害者モンスター』になっている」と専門家
http://www.sankei.com/world/news/170116/wor1701160006-n1.html
●【野口裕之の軍事情勢】中国を警戒し始めた「太平洋国家フランス」の安全保障事情 「対中武器輸出」の蜜を棄て包囲網に加わる? 
http://www.sankei.com/premium/news/170116/prm1701160003-n1.html
【2017/01/16 21:20】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>あの像は本当は、米軍の装甲車に
>ひき殺された少女がモデルだったんだそうです。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1990.html
 うひーっ!…ググってビックリ、反米グッズ転用の「とばっちり」同然ではないか(ただし少女像/反米意図と慰安婦像/反日意図との同一性については慎重を期して見解保留)。グレンデール市なども反米フィギュアの来歴を抱き合わせた形となってメンツ丸潰れ、真相を知ったらさぞ心外だろうに。…まさか自身が母国の敵(?)になろうとは。今後は「反米/親韓のグレンデール市」とでも呼んでみようかしら。それが親北派の思う壺(米国内の分断?)なのだろうが、苹としては反撃/論駁の意図など微塵もなく、騙された米国市民への単純な皮肉/憐憫があるばかり。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1599.html#comment
 それ以前に、朝鮮戦争やベトナム戦争を交えた各種「慰安婦」混同の可能性が気に懸かる。前者については「2014/02/15 07:16」稿で少し言及して置いた(↑)。後者については、最近の記事ならコチラ参照(↓)。
http://www.sankei.com/west/news/170120/wst1701200001-n1.html

(補遺)
http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1439
 「2016/12/31 22:08」稿で新潟大学書道科ネタに触れた。見たら萱原書房サイトが復旧していたので、当該記事にリンクして置く(↑)。~その後「書道美術新聞」1091号(2017.1.15付)に岡村教授の続稿が載っていた。これも取り敢えず打鍵して置く(↓)。
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>緊急寄稿 新潟大“書道科”はこれから
> 新潟大学では、平成十年(一九九八)に「書道科」から「書表現コース」へと改革が実施されて今日まで歩んできたが、この度再び、「書道分野」として組織改革が行われることになった。その間の事情は、既に本紙の先号において報道されている通りなので、ここでは説明は省かせて頂く。
> ただ、通称「書道科」が“終わる”、“なくなる”ということでは決してないので、どのように変わるのか、現場の立場からその新たな改革の方向について、実際のところを報告させて頂きたいと思う。
> 今回の改革の最大の理由は、少子化に伴う教員採用数の減少にあり、新潟大学の場合、全国的に需要の多い小学校教員の養成に専念することになった点にある。そこで「書道分野」が今後とも学校教員養成課程に入るため、学内で協議の末、従来大学院修士課程で同系列であった「美術教育専修」に、実技系学修上の共通点があるという理由で内含されることになり、同専修内に新たに「美術教育分野」と「書道分野」の二つの組織が併存する形となった。そして「書道分野」では、三名の専任教員枠と、一定数の学生定員を確保し、独立した講座制を堅持する方向である。
> 従って今後の学修の目標は、採用の見込みのある小学校教員養成をねらいとして、かつ複数免許の取得を奨励し、「国語」や「美術」、また地域の文化に詳しい教員を目指す新たなカリキュラムを構想している。実際、近年は学校現場からの要請により、単に「書写」だけでなく、「言語」「くらし」「日本らしさ」などに直結した内容の出前講義を展開し好評を得ている。
> 一方、従来の「書道分野」としての専門教育については、専任教員が数コマずつ実技及び理論に関する授業と、卒業研究を担当するとともに、加えて現在名物となっている「科展」「卒展」、さらに外部講師を招聘しての夏季錬成会など、課外活動の継続を図って、芸術的学びの舞台を残すことにしている。
> 肝心の入試であるが「美術教育専修」の定員は、推薦一名、一般入試では前期七名、後期二名の計一〇名であるので、このうち書道分野の定員は、前期定員七名に含まれ、若干名を合格とすることになっている。その際、二次検査では、今まで通り「書道実技」のみでの受験が可能である。
> センター入試の配点および詳細に関しては、大学が公開している「二十九年度学生募集要項」をご覧頂きたい。
> ただ、「募集要項」を読むだけでは、残念ながら“書道科”(書道分野)の今後が見えてこないと思われ、全国から問い合わせを頂いていることもあり、本紙に改めて寄稿させて頂いた次第である。
> なお、取得可能な免許・資格は、小学校・中高国語・中高美術・学芸員となっている。
> ご不明な点は、直接大学にご連絡いただければ、丁寧に説明いたしますのでよろしくお願いします。
>(新潟大学教授・岡村 浩)
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【2017/01/20 23:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>いったいどれが上手でどれが下手なのか、その聞き分け
 あたしゃ糞耳ですから…(汗)。好きな曲は幾つかの盤を聴き比べ、分からないのか嫌いなのか区別が付かない類は暫く放置する傾向にある。そう頻繁に聴いてる訳ではありません。今世紀は殆どCDを聴いてない。パソコンに取り込んだのとかネット上のとか、それすら面倒臭い時は「脳内記憶を聴く」程度(クラシックでこの状態…他のジャンルは推して知るべし)。ただし気分やタイミング次第で感じ方が違うのは日常茶飯事、色々な盤を聴くうち突如「分かる契機」が降ってきたりする。そうなったら好きな曲の仲間入り。前に買って「分からなかった」盤を聴き返す契機となる。
 「演奏できないのに専ら聴くだけ」って存在(聴衆)はよくよく考えると面妖で、書道の「観客を育てない」傾向とは大違い。にもかかわらず楽譜や古文書は「読めない」のが普通だろう(この辺は相当しつこく書き散らしたから省略)。ただし音楽は読めなくても歌える。楽器すら演奏できたりする。喉や手指の動きを楽譜に反映/翻訳せずとも「初めのうち/当面は」どうにかなる模様。音楽では演奏/行為が譜面より優位だが、書道では字面が揮毫/行為より優位となる。つまり即興性の溶け込む表象や過程が異なる。

 ホンダのCMで聞き覚えのある曲、ライヴではああなんですねぇ。
 芸術の基準は正直「よく分からない」。基礎や構造や技術/技法なら教えられぬでもない教養的部分ですが(欧米では特に)、その延長にプロとアマの境界が褶曲されるらしい。すると却って昔の書道に似てくる。~昨年こんな記事を見かけました(抄録↓)。
http://toyokeizai.net/articles/-/131450
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>ここまでピアノにかける情熱には心底頭が下がる。しかし最近良く言われる、親の財力と子供の学力の関係にも通じるような。
>「そのとおりです。“東大生の多くが子供のころピアノを習っていた”という話を聞きますが、そうではなく“子供にピアノを習わせる余裕のある家庭の子が、東大に入る可能性が高い”ということだと思います。それと、アマコンについて1つ付け加えておきたいのは、日本と海外のアマチュア規定の違いですね。日本では、音楽大学のピアノ科を卒業しているとアマチュアピアニストとはみなされません。つまり彼らはアマコンに参加できないのです。ところが海外の多くのアマコンでは、ピアニストを職業にしていないかぎり、どの学校のどの学部を出ていようとアマチュアピアニストとして参加できます。この認識の違いは大きいですね。
>これはおそらく、音楽家育成の専門教育機関ととらえられている日本の音楽大学と、音楽を教養の一環としてとらえるアメリカなど海外の総合大学との考え方の違いなのかもしれません。もうひとつ決定的な違いは、日本では“ダブルスクール”が認められていないこと。海外では“ダブルスクール”が当たり前で、アマコン上位入賞者たちの多くは、医学部や理工系学部などと音大を掛け持ちして学んだ“ダブルスクール”出身者たちです」
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 西独のシュミット首相、米ブッシュ政権のライス国務長官などもピアノ達者と聞く。演奏「できる」余技的水準は日本でも相当高いらしいが、所謂「芸能界」とは別物となっている模様。
 芸能界では予め聴衆が想定され、ファンになって貰おうとプロモートするのが通例だろう。そこから先は銘々が享受すればよい。しかし「芸術に観客や聴衆が要るのか」となると些か心許ない。芸術教育に芸術を持ち込むのも、そうしなければ成り立たないのは分かって居るのに、正直なところ疑念が残る。芸術は生活の領分に近く、交流も孤独も笑いも哀しみも総て呑み込んでしまう。カザルスは自分「だけ」のためにバッハを弾く時が幸福だったそうな(ロストロポーヴィチ談…だったかな)。
 あきんど様の体験は、「芸術への意志」それぞれが芸術教育を「阻み合った」類かと。

http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1494.html#comment
 「2013/07/15 10:39」稿(↑)で触れた1981スカラ座日本公演、アバド指揮のロッシーニ《セビリアの理髪師》全曲動画をついに見つけた(↓)。番組はNHK教育「芸術劇場」で、幕間の対談解説までしっかり入ってるのが有難い(1:31:36~1:41:28)。秘蔵のVHS三倍録画テープよりずっと画質が悪いが(音質は似たり寄ったり)、慣れれば大いに楽しめる。
https://www.youtube.com/watch?v=bzdyA0EU-SI
 これを見た時、初めて心の底から娯しめた。クラシックの高尚なイメージ/先入観が完全に払拭されたし、「日本人もオペラを見て爆笑するのか」と驚いた。休み休みで構わない。端折らず一通り見る方が、ストーリーも含めて素直に楽しめる。でも市販映像を鑑賞済みの人になら、「日本人の爆笑」シーンくらいは例示して構わないのかも?(1:43:27以降や2:04:37以降など。)
https://www.youtube.com/watch?v=7xsBAQpGZAI
 ところで前掲のマーラー歌曲では、クリスタ・ルートヴィヒによるレッスン風景のも発見(↑)。或る意味こちらの方が普通のクラシック演奏会より、ポピュラー系のトーク含みライヴに近いかも知れない。
【2017/01/22 17:08】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>「色んな演奏があるのだが、諸君はどれが一番気に入ったかな」という質問程度
 中学時代、似た事がありました。ベートーヴェンsym.5《運命》冒頭部分二種聴き比べで、テンポが遅いのと速いのと。速い方に挙手したのは苹だけでした。~クラスの合唱指揮では「歌いにくい」と或る女子から苦情が出た。ずっと不思議がってたら卒業後、メンゲルベルクのマタイ等々を聴いて氷解。あたしゃテンポ変動が極端だったらしい。なぜかそうなった。ポピュラー系にルバートやアッチェレランドはあるのだろうか。
 素人なら尚更、「好きな」演奏と「出来る」演奏は別物になる。どんなに好きでも、それとは別の本性/欠点が無意識に出てしまう。これは書道でも同じ事で、自分の書が好きとは限らない…むしろ大嫌いだったりして(苦笑)。また余りにも有名な曲や書風には、それだけ自他の先入観や伝統/「慣れ」の影響が大きく出るだろう。~あれは指揮者デュトワが言っていたのかな、有名曲は振りにくいと(沢山の名盤があるため?)。だからメジャー/デッカ録音に恵まれた80年代、大方の曲目はラヴェルやストラヴィンスキーなどで、ベートーヴェンやブラームスではなかった。
 クラシック最大の特徴は「全部がコ・ピー」とならざるを得ない所。とっくに大元は死に絶えた。自作自演録音があるR・シュトラウス、ストラヴィンスキー、エルガー、クライスラーなどの場合も、それには拘らぬ「表現の自由」がありながら、「囚われの自由」をも同居させねば「逆説的な自由」は得られないくらいオーセンティックな背反的求心力が却って求められてくる。…つまり楽曲と演奏とは別物。それがクラシック/古典を再現するという事であり、古典でない直近/流行の音楽に囚われる立場にしてみれば、「今」の現前する場所が互いに異なるという事でもある。

(お・ち・ん・ち・ん)
 苹は男女どちらだろうか。本名も年齢も本当の所は分からない。それがネット上の苹でござんす。取り敢えず此処では男って事にして置こう。…あたし入院中、アレ挿れられたのネ。(註…辞書的には「挿す」か「入れる」だが、ここでは巷間通用表記とする。)
 …アレ「に」挿れられた。初めての尿道カテーテルだった。初体験の時って、言葉が出なくなるものなのね(うっふん♪)。あの瞬間が突然やってきて、戸惑う間もなくスルッと挿れられたの。…女の場合が少しだけ想像できた気がする(←なんのこっちゃw)。因みに、挿れてくれた看護師さんはうら若き女の人だった。
 入院中、体力減退の身にぶら下げた小便袋は重かった。~退院が近付いた或る日、別の女の看護師さんが突然やってきてカーテンを閉め、「抜きます」と告げた。下半身を露わにした苹は衝動的に要求したくなったが、ふと「必死に」言葉を飲み込んだ。あの時こう言いたかったのだ。「痛くしないで…」と。大の男が要求する言葉ではあるまい。…すると、みるみるうちに看護師さんの表情がこわばってきた。何か要求したい事だけは伝わったらしい。警戒心が見て取れる。なんでだろう?
 或る可能性に気付いたのは退院後、暫くしてからだった。もしや彼女は、咥えるか手淫して欲しがっていると思ったのではなかろうか。なにしろ目の前に剥き出しの男根がある。でも苹はそれどころでない。「痛くしないで…/優しくして♪」としか考えられない。その証拠に、屹立して居ない…。
 御覧の通り「悟りが悪い」苹だから、何事も気付くまで時間がかかる。音声言語は常に誤解の種となる。その点、文字言語なら幾重にも推敲できるから好都合。…すぐ返信した様に見える投稿でも、ネタ集めには相応の時日がかかっている(←愚痴)。

(「日録」の古証文~「初体験なき追体験」のレコード)
 何十年前の話だか、演奏会で老婆が呟いたそうな…「ワインガルトナーはよかった」と。今ならベームやカラヤンを懐かしむ感覚に近かろう(60~30年前)。流行の幅も世代レベルの振れ具合になると歴史感覚のリアリティが蘇り、そこに録音/編集技術の百年が大きく関与する。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=335
 再現可能なリアリティが編集され始めた時代は概ねナチス期と重なる模様。その四半世紀後、西尾先生は違和感(?)をレコードから嗅ぎ取ったらしい(↑)。まさか本気で自身にスノビズムを疑った訳ではあるまい。そもそも記憶は編集的だが、商業的編集の通俗性もまたオーディオ経由では再生品質の幅に左右されつつ、知覚の手前となるといざ「さも記憶の来歴であるかの様に」伝染するのだろう。そこに過去と今との語らいが現前するのは言うまでもあるまい。

(備忘録)
●【正論】年頭にあたり 家族や国家巻き込む「長呪」の危険性 超高齢化社会をどう生きるか 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫
http://www.sankei.com/column/news/170111/clm1701110004-n1.html
●【書評】評論家、宮崎正弘が読む『「憧れ」の思想』執行草舟著 強力な磁性を持った思想書
http://www.sankei.com/life/news/170129/lif1701290012-n1.html
●「生涯未婚」の原因は、本当におカネの問題か 「中間層」が消滅しても変わらない男女の意識
http://toyokeizai.net/articles/-/155624
【2017/01/30 05:49】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8入院前後の記(其三) ( 苹@泥酔 )
2018/06/10 (Sun) 17:34:03
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の三。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment



●河合雅司
 寿命が社会変動の根本原因たり得る事を自然現象と錯覚し、当たり前とか不可避とか言いくるめて白眼視すると、やがて全体のバランスを放置しても構わなくなる。無関心に禁忌が忍び込む。にもかかわらず両極端の、特定年齢層には熱い視線が注がれる。…放置するのもしないのも、結果としては同義に近い。どちらも「閉ざされた今」に於て、健康と不健康をもバランスしてしまうのだから。
 ここで云う寿命は老人のに限らない。それ以下の全世代どころか、赤子以下の胎児や生殖行為/環境まで含めて構わない。ところが戦後の「産めよ殖やせよ」アレルギーが放置されると、その時点から少子化に歯止めがかからなくなってくる。他方、放置したのではなく放置しなさ過ぎたのではないかと思えるくらいに特定世代をめぐる対立が喧しくなると、争点から抜け落ちた「非特定」世代は両極からの皺寄せを呑み込むべく、むしろ逆向きに育まれていく(年金負担等々)。
 それらをGHQと絡めつつ、歴史的観点で指摘した本が河合雅司『日本の少子化 百年の迷走 人口をめぐる「静かなる戦争」』(新潮選書)らしい。あたしゃ相変わらず未読だけれど、おあずけ期間が長引くほど「もしや今年最高の一冊では?」との期待が膨らむ…と書いて念のため調べたら、とっくに上梓から一年が経過しとる(汗)。~以下は産経記事の抄録(「2016/02/15 03:08」稿のリンク参照)。
http://www.sankei.com/premium/news/160209/prm1602090007-n1.html
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> 「産めよ殖やせよ」政策といえば、一般的に国防国家体制を確立するための兵力や労働力の確保策と説明される。16年1月に近衛文麿内閣によって閣議決定された「人口政策確立要綱」には、「今後ノ十年間ニ婚姻年齢ヲ現在ニ比シ概ネ三年早ムルト共ニ一夫婦ノ出生数平均五児ニ達スルコトヲ目標トシテ計画ス」など、実に細かな“指示”が記されている。
> だが、この「産めよ殖やせよ」政策は、GHQによる「人口戦」とは別の、戦前にあった「もう一つの人口戦」の影響を強く受けていたことはあまり知られていない。近隣諸国との出生率をめぐる戦いである。
> 実は、戦前の日本も少子化に悩んでいた。人口1千人あたりの出生率は大正9(1920)年の36・2をピークに、昭和14(1939)年は26・6に落ち込むなど長期下落傾向を示していたのだ。
> 人口が基礎国力であり、人口差がそのまま国防上の危機に直結した時代である。「産めよ殖やせよ」には兵士確保策としての目的はもちろんのこと、日本人口の減少に伴い近隣諸国に国力で負けることへの政府の危機感があったのだ。
> 17年4月に厚生省人口局が編集したパンフレット『健民運動』は、当時の政府の考えを伝えている。
> 「我が国の出生率が大正九年を界にして一路下降の傾向を辿り始めたと言ふ事は大いに警戒を要する事柄であつて今にして之が対策を講ずるのでなければ将来臍を噛んで後悔しても亦如何とも為す能はざるは火を見るよりも明らかである」との指摘だ。
> 日本の出生数が減る一方で近隣諸国の出生数が増え続ける状況を、将来の国力差につながる“脅威”として受け止めていたのである。
> 厚生省予防局が昭和16年に出した『国民優生図解』(国民優生聯盟)は、「我々がこれから世界の檜舞台に於いて覇を争つて行くために注目を要するのはフランスやイギリスやドイツではなく、実に同じ亜細亜にあつて日本を取り巻いて居る支那であり、ソ聯であり、印度である」と指摘している。
> その上で、「出生率に於いて我が国より遥かに高いソ聯や支那、印度は更に全人口が我が国の二倍乃至四倍もある。従つて年々に生れる赤坊の数を比較すると、我が国で一人生れる間に支那では七人生れ、印度では五人、ソ聯では三人生れてゐる。我が国が之等多産の国々に伍して大いに国運を伸ばして行く為には余程国民の自覚を必要とする」とも記している。
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●三浦淳
 片や定年間際の新潟大学教授は…こんなの書いてたんだなあ(2016.11.5付↓)。入院前は毎日の巡回が楽しみだったのに、退院後の一ヶ月は遡って閲覧する気力が出なかった。
http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1062230158.html
 こちらは老後の心配で、やはり長生き「し過ぎ」が気になる模様。この年末は少子化問題にも言及(12.26付)。次いで「日録」にも言及(12.28付)。西尾先生は一応or事実上「老後の先達」だろうから、ここは指南役(?)として期待されるところ大かと?
 そう云えば「書道美術新聞」1089号(2016.12.15付)の一面トップに、「“名門”新潟大・書道科に幕」てなタイトルが載っていた。「書表現コース」募集停止。教育学部、美術教育に“若干名”書道枠。~このところ萱原書房サイトの更新が滞りがちなので、取り敢えず記事の一部を勝手に打鍵して置く(↓)。
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>【岡村浩(鉄琴)教授の話】
>本学でこれまで育まれた書道教育の伝統とカラーを失うのは痛恨の極みだが、社会の変貌に応じた大学改革が断行される中、書道科は主体的な書の学びに加え、「書く」目的の設け方と活用法を柔軟に捉えることを希求しながら、新しい一歩を踏み出すことにしたい。「学生募集要項」を読むだけでは、残念ながら書道科(書道分野)の今後は見えてこないと思うが、各高校の受験指導の先生方をはじめ関係者のご理解を頂き、やる気のある受験者を一人でも多く迎えられることを願っている。
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 苹より先に大学の方が、各地で「死に際」を迎えているらしい。岩手に続いて新潟の書道科。東北全域の高校芸術科目から書道が消えてなくなる日は近いのかも知れない。…全国の就職先(教員採用試験)が概ね荒廃してから七十年が経つ。かてて加えて進学先(大学)までもが消滅すると、中等教育では従来以上に形骸化が進んでいくのだろう。

●斎藤秀雄
 どちらも矍鑠として居るが、風貌はクレンペラー級の「典型的ジジイ」まで行かず、しっかりと歯が見える。~病歿前年(1973)のNHK収録。病院を抜け出してきたそうな。
https://www.youtube.com/watch?v=LvVDJZvckoI
 小澤征爾らを育てた斎藤秀雄は70歳で「定年退職」したとの事(冒頭参照↑)。世の定年は当時55歳だった。~ウチの爺様の頃も県職員は世間並みで、定年延長を目的に県立校への転勤を画策。五年後に60歳の定年を迎え、年金生活へとスムーズに移行した。
http://www.sankei.com/life/news/161222/lif1612220039-n1.html
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>2016.12.22 14:28更新
>「高齢者の働き方を真剣に考えないと」 麻生太郎財務相が古い制度運用を問題提起
> 麻生太郎財務相は22日の閣議後会見で、「人間の定年というのを、そろそろ考えないと(いけない)」と述べ、高齢者の定義の見直しや働き方改革を検討すべきとの見解を示した。
> 麻生氏は「日本人の平均寿命はこの70年間で30年延びた。その頃に作った制度と今のとでは、当てはまらなくなるのは当然」と問題点を指摘。自身が76歳で財務相として働いていることを引き合いに出し、「高齢者でも働けるということを真剣に考えないと(いけない)」と強調した。
> また、麻生氏は「活力ある高齢化社会ができれば、この国は極めて世界から認められる国になり得る」と主張。高齢者の活用を活発化させることが、国内総生産(GDP)の引き上げや医療費削減にも寄与するとの考えも述べた。
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 …ところで昔、斎藤『指揮法教程』の簡略版らしき高階『指揮法入門』冒頭部分を読んだら指揮で使う腕の筋肉について書いてあり、「書道のと同じだナァ」と思った。その頃/それ以前から音楽と書道の腐れ縁は続いて居るのだろう。~思い起こせば高校時代、芸術科書道の先生は腕の筋肉を鍛えるためか(←未確認)、よく昼休みにテニスをしていた。短パン姿が若々しく、太腿はなんとなくエッチな感じだった…(←不惑手前の男なの…)。

 …明けましたら、おめでとう御座います。(↑…めでたいのかなあ?)
【2016/12/31 22:08】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(補記)
 もっと別の表現がないものかと考えた…どうしてこうなった?~「若者が死ににくくなり、老人も死ににくくなり、若者はすぐ老人になるのに、老人は死ぬまで老人だ。」
 時間が伸び縮みするのは各々方の勝手だが、ここでは世代が丸ごと先送りとなる。すると二つの時間が区画される。老人になり続ける恐怖のと、老人であり続ける恐怖のと。慣れっこになるにしろ忘れるにしろ、それと死とは明らかに別物だろう。死を恐れるのではない。そこに向かう時間を恐れている。これを人工的に企てればアウシュビッツ的な理不尽となったりするが、実のところ理不尽なのは死ではなく、人が時間に及ぼす「余計なお世話」の方。
 そうした切り口で或る程度、時間の区画には警戒して置きたい。薄められた「アウシュビッツ的なもの」は実験場から解放され医療現場へ、更には一般社会へと「健全に」拡散/伝染していく筈だから。(ナチスの「健康」推進政策で実証済み?)

http://www.sankei.com/life/news/170106/lif1701060019-n1.html
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>2017.1.6 09:48更新
>「高齢者」定義見直し 世界に先行、定年延長など課題
> 医療の発達や衛生環境の改善に伴って高齢化は世界的に進み、世界保健機関(WHO)によると、2015年の世界全体の平均寿命は00年から約5歳延び71・4歳だった。
> 一方、国際機関や各国の「高齢者」の概念は60歳以上や65歳以上が一般的。平均寿命世界トップの日本が高齢者を75歳以上と定義すれば、世界的な先行例となりそうだ。
> WHOは「多くの先進国では、定年となる60歳か65歳が高齢者の始まりとみなされている」と指摘。米政府は65歳以上を「高齢者」とした統計を多く発表している。
> 15年の日本の平均寿命は83・7歳で、20年以上連続で首位となっている。若年層の縮小や健康な高齢者層の増大に伴い、日本を含む先進国では60歳代半ばから後半への年金支給開始年齢の段階的引き上げが続く。欧米では年齢を理由とした強制退職を禁じている国も多い。
> 日本では定年延長や継続雇用制度の導入が進むものの60歳定年制の企業が依然多く、高齢化対応は欧米に比べ進んでいるとは言い難いのが実情だ。(共同)
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http://www.sankei.com/life/news/170105/lif1701050032-n1.html
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>2017.1.5 15:22更新
>「高齢者」は75歳以上 日本老年学会など提言、65~74歳は社会の支え手
> 高齢問題の研究者らでつくる日本老年学会などは5日、現在は65歳以上とされている「高齢者」の定義を75歳以上に見直し、前期高齢者の65~74歳は「准高齢者」として社会の支え手と捉え直すよう求める提言を発表した。医療の進歩や生活環境の改善で、10年前に比べ身体の働きや知的能力が5~10歳は若返っていると判断した。
> 准高齢者は、仕事やボランティアなど社会に参加しながら、病気の予防に取り組み、高齢期に備える時期とされる。高齢者の定義見直しは、65歳以上を「支えられる側」として設計されている社会保障や雇用制度の在り方に関する議論にも影響を与えそうだ。
> 平均寿命を超える90歳以上は「超高齢者」とした。学会によると、日本は50年以上前から国連機関の文書などに基づき、慣例的に65歳以上を高齢者としている。
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(備忘録)
http://www.sankei.com/west/news/170107/wst1701070044-n1.html
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>2017.1.7 12:21更新
>地震史料をみんなで「翻刻」 京大教授ら、くずし字解読に向け、10日にサイト開設
> 京都大の古地震研究会(主宰=中西一郎・京大大学院理学研究科教授)は10日、「くずし字」で地震について記録された古文書をインターネットのホームページ(HP)で公開し、誰でも翻訳に参加できるようにした「みんなで翻刻(ほんこく)~地震史料編」を開設する。地震や古文書の研究者だけでなく、くずし字を読むことができる人に広く解読に参加してもらうことで、日本の地震の歴史を新たに“発掘”する狙いがある。
> HPには、東京大地震研究所が所蔵する史料約110点を収録。パソコンや携帯端末で閲覧すると、画面右側に古文書の画像が表示され、閲覧者は画面左側のスペースに翻訳した結果を書き込む仕組みになっている。写真などを投稿したり意見を交換したりすることもできる。
> このほか、江戸時代以前に使われたくずし字を学べる機能もあり、初心者もクイズ形式でくずし字を学習できる。研究会メンバーの加納靖之・京大防災研究所助教(地震学)は「古文書を通じて防災意識の向上につながれば」と話した。
> HP(https://honkoku.org/)の閲覧・利用は無料だが、フェイスブックやツイッターなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のアカウントが必要。
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http://www.sankei.com/life/news/160921/lif1609210019-n1.html
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>2016.9.21 10:34更新
>【解答乱麻】
>学力低下を招く教育界の迷信 TOSS代表・向山洋一
>(1/3ページ) .
> 繰り返し書いてきたことだが、宿題で学力がつくというのは迷信である。
> 「宿題を出してください」という保護者は多い。教師は、毎日のように漢字ドリルや計算ドリルを宿題にする。教師は毎朝、宿題ノートを点検して印を押す。教師にとって実に楽な仕事で、保護者にも評判がいい。ところが、この方法では漢字・計算の力はつかない。漢字・計算の学力は、授業でつけるのである。それは教師の仕事だ。
> 次に、授業中にプリントで学習する教師のクラスも学力は低い。多くのプリントは粗悪品だ。ミスも多い。しかも思いつき程度の内容がほとんどだ。
> 一番すぐれた教材は、教科書だ。法律で教科書を使用することが義務づけられている。かつて教科書を使わなかった教師たちが懲戒免職になった。最高裁の判例(伝習館訴訟判決)でも認められている。
> 子供の算数のノートを点検すると良い。教科書の全ての問題を書いているなら安心だ。ノートがゆったりとていねいなら文句なしにすばらしい教師だ。9月で算数ノートは3冊目ぐらいになっているはずである。
> 自分の子供の学力が心配なら、算数ノートをていねいに点検するのがよい。もし教科書の問題が抜けていたら、担任の先生に、やるようにお願いすることだ。拒絶されたら校長先生にお願いするのだ。算数のノートチェックは、通信教育や塾ぐらいの効果がある。
> 授業は、生きものである。さまざまな展開がありうる。
> 子供たちが熱中する授業もあれば、子供たちがおしゃべりをしている授業もある。授業は、教師の力量の反映である。教える内容について研究をし、授業の展開を工夫する教師なら、つまりよく本を読み、研究会に参加している教師なら、子供たちは熱中する。学力も向上する。
> 教師が、専門誌、つまり教育雑誌を何種類か、毎日購読している教師なら、授業は知的で面白い。良い授業なら子供たちの学力は向上する。
> 教師が、専門家としての技量を身につける努力をしていれば、教室の授業に反映する。毎月2回ぐらいの研究会を3年間続ければ、初歩的な授業は身につけられる。いかなる職業でも、プロになるためには修業が必要である。
> 教師も例外ではない。
> 大学で4年間学んでも、ほとんどは「教材の解釈」について学ぶのであり、「授業のやり方」については学ばない。
> 医師に例えれば、「病気の要因」については学ぶが、「手術・処置の方法」を学んでいないのと同じである。医学部の教授は学生に「手術」をやってみせるが、教育学部の教授は、小中高校の教壇に立ち授業をやってみせることはない。
> 教育では教育実習の時、わずか10時間程度の授業をやるだけで教師になってゆくのである。
> だから、教師になったときには、必死な勉強が必要となる。
> つまらない授業をすると、子供たちは騒ぎ始める。それが学級崩壊にもつながっていく。
> 騒がしい子供たちを、どなりつけ、脅かして静かにさせようとするが、通用するのは最初だけだ。力で抑えつけても、子供たちの反乱は拡大していく。
> 根本の原因は、分からない授業やつまらない授業にある。
> 授業は「討論の形をあこがれる」から「討論の授業」ができれば、教室は活気のあるものになる。しかし「討論の授業」は、高段の芸であり、真剣な数年の努力が必要となる。
> 教師が学んでこそ、すばらしい授業、すばらしい教室が誕生するのである。
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【2017/01/08 22:00】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(更に追記)
 その後、こんな記事を見つけた(「「人口減少=悪」ではない 次世代に向けて発想を転換せよ――速水 融・慶應義塾大学名誉教授」↓)。必読の知見だと思った。
http://diamond.jp/articles/-/70896
 あたしゃ前稿冒頭「若者はすぐ老人になるのに、老人は死ぬまで老人だ」と書いた。その時間/一時期を、速水先生は以下の様に切り取る(抄録)。
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> 日本では明治期に死亡率が下がり始めました。病気の流行や天災によって死亡率が跳ね上がる年もありますが、全体で見れば明治期から徐々に下がっています。そして出生率の低下は大正末年から始まり、戦後のベビーブームを経て本格的になります。終戦直後に4人を超えていたTFRは1950年に3.65人、70年に2.13人、90年には1.54人、2010年には1.39人と急速に下がります。
> かつて日本をはじめとするアジアでは、大勢の子どもや孫に囲まれて暮らすのが幸せという価値観が一般的でした。子どもの死亡率が高く、全員が元気に育つわけではなかったので、結果としてバランスもとれていました。しかし、現在は子どもの死亡率が低く、かつ生活における余暇や娯楽が増え、価値観が多様になっています。女性が子育てに見出してきた生きがいが、趣味などに分散するのはやむを得ないでしょう。
> さらに、女性の社会進出の機会が増えて(それ自体はすばらしいことですが)、出産適齢期がちょうど学問を修めたり社会に出たりする時期と重なるようになりました。つまり、長期的に見て日本社会で出生率が下がるのは自明のことなのです。
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 修学と生殖との適齢重合が、社会変動に一種のバタフライ効果(?)を及ぼしている模様。世代ごと一斉かつ順繰りに、後年になるほど厖大な規模が死ぬまで溜まっていく(伝統化/圧縮作用も含めて)。その上どんなファクターが絡む/創出されるか分からない。政策や民間の努力は総てが後手に回る。
 …ところで老人の場合、何らかの「適齢期」はあるのかいな。まさかヨボヨボの「老人らしさ」ではあるまい。他には「五十/六十の手習い」てな表現があるけれど、教育上の「適齢」感覚は若年期に隔離されるのが標準的だろう。そうしたコースから外れると大抵は下層化して「落ちこぼれ」扱いになる。片や飛び級は「論外」(天才か変人、もしくは特殊な無縁の子)。もちろん老人も別の意味で「論外」(独学かリハビリか趣味娯楽の類?)。ここにも二つの時間の区画がありそうだ。
 「老人は昔の字が読める」との見方と「若者が老人になった」という現実が戦後日本に定着した。老人は死ぬまで老人のまま生きて居るが、昔の老人は死に絶えた。なのに書家は老成するほど、ついつい死人と老人を混同したくなるかの様な(顕彰意識の伝播/連続性?)。…読めるからだろうか。それとも、読めなくても構わなくなったからだろうか。

(クラヲタ余談)
http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1063578681.html
 これ(↑)を読んで、戦前のラジオ局に寄せられたという苦情ネタを思い出した(「鶏を絞めころす様なソプラノはヤメロ」)。~思い起こせば世紀末、飲み会にはカラオケが付き物だった。でも歌いたい曲がない。試しに無理矢理バッハのマタイ(↓)を無伴奏で唸ってみた。するとハイドンsym.45《告別》の様に、最後は「誰も居なくなった」。結局、独りで飲むのが一番いい。例えば深夜の自室でマーラーのを唸る/呻くとか(Das ist der Herzallerliebste dein,…↓)。
https://www.youtube.com/watch?v=L4KmN7k3LoI
https://www.youtube.com/watch?v=eKBNIWgD5TM
 …それはともかく(汗)、以下の記述が興味深い。開国前はオランダ語の通詞だった。開国後は英語の通訳に需要が移った。外人にも英語が要求されたとは知らなんだ。…そう云や子供の頃に読んだ『少年倶樂部』でも、外国語独習の広告は英語ばかりだった様な。「トム君サム君」もあったけれど、苹は碌に読まなかった。それより「冒険ダン吉」の方が気に入って居た。
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> 音楽と言えばドイツ(語圏)というイメージがあるが、戦前、東京音楽学校に招かれた独墺圏のお雇い外国人も、実は英語で講義ができることという条件つきだったという指摘には蒙を啓かれる思いがした。東京帝大の哲学系のお雇い外国人(独墺系)もそうだったという。戦前から日本は外国語というと英語一辺倒だったのだ、と改めて思い知らされました。
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【2017/01/11 21:27】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8入院前後の記(其二) ( 苹@泥酔 )
2018/05/03 (Thu) 23:23:42
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の二。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment



 もしフロイトがマーラーを治療したら、曲の病的魅力が喪われたのでは…てな話を思い出す。所詮は後付け、医学的根拠はないらしい。福島章などの著書に見るパトグラフィ(病跡学)とて或いは結構、傍目にゃ胡散臭かったりして。~どのみち医者は治療しようとする。嘗て貧乏人や僻地とは無縁だったケースが今では通える距離、医者も患者も「治療しないなんて考えられないっ!」と即断するのが普通らしい。人間五十年が延びに延びて百歳目前、戦後日本の出来事としては筆頭格に挙げられそうだ。このまま不可逆に鶴亀って訳でもあるまいに。…入院中、よせばいいのに読み返した。小木新造『東亰時代』(講談社学術文庫)P.124にある明治24~31年の平均寿命は男42.8歳で女44.3歳。
 ところで苹は、教職をクビになって初めて余裕(?)が出来、ネットにも参入した。さもなくば現場の仕事で時間と労力を棒に振った挙句、これまでの書き込み/思考プロセスが周回遅れの定年後へとタイムスリップした筈。精神が疲弊したり、健康が損なわれた可能性もある。そうならなかった代わり、夢(=教職)の収入を失った。悪夢の収入が貘に食われた程度なら、せっせと夢ばかり書き込むのも悪くはない。が、悪夢を失う事に未練がなかったのではない。むしろ悪夢について書いてきた面もある。つまり夢の収入が失われたのと連動して、今度は収入が悪夢となって堂々巡りする。そんな程度の意味で書いている。夢も悪夢も現場では表裏一体、どのみち時間/仕事に追われる結果となる。
 こうした追いかけっこが収入と治療を結び付けると、治療に対して「いい加減にしろ」とは言えなくなるほどの全体主義(?)が垣間見えてくる。
(以上、書きかけ)

(近況)
 …と書いた後の12.8本日、明白な決着が付いた。痺れを切らしたのか、医者様(理事長らしき♂医でなく別の♀医)の方から苹側に引導を渡す形となった。~以下、先月末の書きかけ/保留稿をそのまま出して置く。
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>早くよくなるといいですね。
 それはないでしょう。人間五十年。歴代各々を顧みるところ、大体そのくらいが丁度いいらしい(とっくに過ぎてるかもヨ?)。~今回は本格的に体具合のカウントダウンが始まった模様。そのうち金銭面のも始まる予定。あっしが「金を処分し始めました」と書いたら、遅くとも十年後には死んでるものと思って下さい(拙稿の著作権は全面放棄、後は見知らぬ編集者任せでも…結局は自然消滅するのがオチなんだろーなw)。
 現に退院後初の外来11.29は匙を投げられた形で、アルコール依存症の病院紹介なら出来るとな。薬は取り敢えず二週分を出すけど「もう来て欲しくない」の空気ありあり。抑も日食粥一杯みたいな野郎が日に三度も薬やれるなら、とっくに「普通の食生活」しとるわい(食事自体めんどくさい)。癌ではないから(やむなく?)退院できたんだろうけど、足の切断や心筋梗塞や脳梗塞が次の選択肢なら…やっぱポックリ昇天系がいいなあ(←虫のいい話)。入院当初から痺れのある手指の切断が先になるなら、それが書道畑には相応しい宿命かも知れない(払えるお金は残ってる?~眼も手も悪く哀れなりw)。
 今回、取り敢えず入院費は十万円以下に収まった。全額払ったが次回通院の予約はない。~病院側は「どうせ救急搬送されてくるのがオチ」と舐めて(?)居るのだろうが、今後は経済上やむなく死亡診断書のみ希望するケースが激増するだろう事くらい覚悟しといた方がよい。そうなる立場が二十年後には顕在化するだろう。かてて加えて三十年後は今の高齢者が概ね絶滅する結果、その筋の病院は全国一様に没落の危機へと直面する筈(出稼ぎモードについては「2013/05/07 07:10」稿を参照↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1452.html#comment
 次は今後二度と行かない事を前提に、他の病院(婆様の掛かり付け医とか)に提供するための診療データくらいは預かって来たい。薬の処方までは求めない。要は縁切りが目的なのだから。飲んで酔えなくてもアルコール依存症の部類に入るのなら、そこから先はソ連みたいな監禁システムが正当化されてくるだろう(チェーホフの『六号室』みたいな?)。あの初回外来で概ね心は決まった…が11.30午前に病院から電話が来て、インスリンのを出さなかったから足りなくなる筈との事(退院間際の指示では15単位を日に三度とな)。何も食べないまま二度は注射したと答えたところ、危険だから何か食えとの事。で、追加分を取りに来いと。電話後すぐ食べ始めたコンビニ惣菜は夕方の時点で六割ほど残って居て、途中またインスリンを射ってみた。あたしゃ普通は一食に五時間以上かかる(途中で寝る場合は一食十時間以上になるのか、それとも二食扱いになるのか?)。
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 上記内容を病院側に伝えた事はない。その上で本日の決着に及んだ。にもかかわらず不思議な事に、「出した薬を全部回収したい」(12.2看護師面談)や「いったんリセットする必要がある」(12.7電話)との話があったにしては、薬は総て戻りインスリン注射の不足分まで出してくれた。そこが一見、面妖ではある。あれは「これが最後」との意味なのか、それとも「薬なら今後もOK」の方なのか。薬が切れる予定は模範的日程なら約一週後だから妄想御破算、直接その時に確かめるつもりで居る(前稿の謂では「可哀想に=しゃあしゃあと」の類かw)。~因みに医者は今日、「インスリンは一生続く」と言っていた。それを踏まえた「やむなき処方」だったのだろう。(むしろ医者様の方が可哀想。)
 本稿前半の草稿には、大風呂敷になる筈の続稿を予定。
【2016/12/09 01:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(続き)
 入院中に読み返したのは他にもあって、ルリヤ『失われた世界―脳損傷者の手記―』(海鳴社)がそれ。思い出すのに苦労する。覚えてもすぐ忘れる。「空間的特殊性」(P.59)の障害に戸惑う。右と左が分からなくなるのは「まるで苹みたい」と思えなくもない(←こっちは場違い、筋違い)。まだ書いていない書道ネタが思い出せずに気ばかり焦る。…そこに病気だ入院だ、早くしないと間に合わなくなるかも。(苹担当でない)総回診の医者様は退院間際の朝、「今回は本当に危なかった」と言った。
 時間は無限に続くかに思われ、いかさまヒョッコリ「終わり」の影が差し込むと、まだ見えないのにドキリとする。命のそれとは限らない。お金だったり仕事だったり、それらを含めた広義の「健康」が損なわれている事に気付く。日本の健康だって既に損なわれて居るけれど、常態化すると今が健康に見えてくる。~たとい仕事が終わろうとも、勝手に続けると終わりが霞む。昔は45歳を過ぎるとそろそろ隠居を考えたとか。今の80歳トラック運転手は健康だろうか。定年退職の後は第二の人生が始まるそうだが、これを前倒しすればどうなるか。苹は以前「任期定年」てぇのを造語した(「2013/09/21 20:53」稿↓)。定年退職が次々連鎖、やがては鶴亀とて疲弊する。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1520.html#comment
 例えば寿命80が定年60なら、任期定年30は寿命50で余生トントン昔通り。若くてピンピンした「第二の人生」が余生に今の高齢者水準を引き継ぐのは変な意味で不公平、苹担当らしき医者様がモーレツに毛嫌いするのは仕方がないのかも。黙って相手の言葉を聞くほど却って、治療したくない気分が伝わってくる。「もう治りませんよ」「平均寿命までは生きられない」程度なら大いに結構。それ以上に震え上がったのは退院後に初めて面会して以来、言葉の総てが「仕事するな」を暗示していた点にある(何を指していたのか知らんが救急搬送時、うわごとは余計だったと後悔している)。
 医者は有識者の扱いゆえ教育委員になる事も多く、教科書問題で余計なネトウヨ注意報が発令されていたのなら理解できなくもない(思い過ごし?)。…あの時うわごとで、まだ書いてない話題(↓)に触れた記憶がある。高校でも国語科書写?…大学入試に出ない限り、忽ち現場で潰されるだろうに(2007年の未履修問題では、中学国語科の内壁が書写未履修への咎め立てを拒んでた…あの時の新聞記事は何処にコピペしてたかなあ)。
http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1424
 終わりの見えない不安と、終わりが仄見えてきた安らぎと。終わりを手放したくないタナトスの前では人生に第一も第二もなく、まして第二のが第一の続きとなると、ボランティア同然の隠居仕事(のつもり)は文字通り「死ぬまで続けたい」。…ところで隠居仕事の書道ネタ、肝腎の水準はどうだろうか。有識者なら「そんなの誰でも知ってるよ」と一蹴しそうな気がして恐ろしい。管見した書物には見当たらなかった事を掘り下げようとしてきたつもりでも、学会レベルから見れば児戯に等しいかも知れない。
 黙って居てもタナトスは、いづれヨロヨロつんのめる。どちらが早く老いさらばえるだろうか。そうなる前に疾走した人は今も昔も数多い。中には第二どころか、一度に何人分もの人生を欲張るかの様に併走する人も居る。片や、一人分の人生/仕事すら覚束ない身の足取りは重い(もしもし亀よ、亀さんよ…)。医者の言葉があろうとなかろうと、どのみち苹は項垂れる。
 死に場所を求めるのと、死に時を求めるのとは似て居る。どちらも幸福な死への憧れが詰まっており、それが一度にやってくる。遅い方が幸福ならそれに越した事はないが、そうでない場合が難しい。幸福を基準に時間が伸び縮みすると、傍目には生き急ぐ/死に急ぐ様に見えたりするだろう。どちらが贅沢か分からない。選択するなと怒る人も居るだろう。その両方の意味で、もしかしたらナチスは「人道的に」幸福で健康な死/生の模範を提供したつもりだったのかも知れない。

(附記)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1939
 …と書いて出そうとしたら、「日録」新稿(↑)が載っている。新保祐司…そう云えば退院後に見た産経「正論」欄(↓)で、なにやら私は勝手に勇気づけられた思いがしたのでした。まさか此処を読んでる訳でもあるまいに、あの日は嬉しくて涙が浮かんだのです。
http://www.sankei.com/column/news/161205/clm1612050006-n1.html
 ブラームスと小林秀雄。私の書架に小林本は一冊もないけれど(かの有名な「モオツアルト」ですら未読)、こうした事を教えてくれるのは有難い…。
【2016/12/11 00:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



 初めは挨拶程度に流す予定だったのが、言葉責めの影響か真珠湾攻撃の日、遂に心理状態がおかしくなって余計なボツ稿まで出したみたい…お騒がせして相済みません。また大風呂敷と云うよりは大袈裟の方だったかな。手術でないから大変な経験には当たりませんし、身も蓋もない言い方をすると「病気より医者がこわい」だけかも。
 なにしろ初手から開口一番、苹みたいなのが「一番嫌いなタイプ」と宣言されちまった(汗)。まこと正直な先生で、仕方がないから診るけどホントは治したくないそうな。~「なんだ、ただの膵炎か」(&糖尿病?)とアッサリ書けば死にそうもない。ただ、恐怖の方は暴走する様です。客観的かつ冷静に見れば苹の方が悪い筈。頭では分かるのに、離れたくて仕方がない。
 新保先生のに絡む涙は、ちと気弱/自信喪失気味だったかと。心の一番弱いところが生活と直結して居る。言葉は推敲しないと気が済まない。可能な限り正確な表現で、内容の欠点/欠陥まで自滅的に炙り出す結果になろうと厭わない。隠そうとしても無駄だから嘘は書かない様に/ただし不可避の嘘になる事はある(その方が正確になる)。言葉の対極には「沈黙」も含まれてくる。
 うわごと段階から沈黙し損ねたのが嫌悪を際立たせたなら納得できる(いつもの夢と同じ、相当クドい論文調で口走った記憶が…汗)。とっくに手遅れだけど、もっと徹底して黙ればよかったかも。しかし黙った反動で口が開いた/態度に出た面も。退院間際、苹の尿回収袋には穴が空いていた。嫌われ者の黙り方は難しい…(遠離るのも黙り方の一つ?)。
 今後は本調子の稿に戻すつもりです。
【2016/12/12 21:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



>苹@泥酔さん。元気だったらぜひ東北の今の風の色を語って
 おはようございます。朝っぱらから、正反対の話題になって相済みません。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2016/20161215020673.asp
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> 三浦 祐一氏(みうら・ゆういち=青森市新町商店街振興組合理事長)13日午後8時、病気療養中のところ県立中央病院で死去。64歳。青森市出身。
(以下略)
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 先日『少年記』絡みで昆布羊羹に言及したばかりの甘精堂、…社長がお亡くなりになりました。合掌。(昨朝の新聞を見て吃驚。どのタイミングで書こうかと。)
https://www.youtube.com/watch?v=3qyXVgC_tCw
(↑社長の学んだウィーン菓子に因んでVPOの演奏を選んだところ、途中でCMが入って頭にきた…カラヤンのもショルティのも…今度はベームでどうだろか…VSOだけど。)
【2016/12/16 06:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(脱線話)
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1748
 脊髄反射の前稿景色は「日本一の短命県」ならでは、自然な「寒さ」でありまするぅ。とは云え余りに短過ぎて、夜に取っ換え引っ換えした動画の他にも何か追記を(今の「日録」の動画ヴァージョンとか↑)と考えてたら、レス後の奥様はアーカイブのネタですか(↓)。…あたし英語キライ。ドイツ語でホホホ、アルヒーフとお呼び!(←SM「女王様」然)と書けば直ちに連想するのが音楽。結構どっこい西洋だって、負けず劣らず埋もれてるやんけ?
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1977.html
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1978.html
 バッハのマタイ1727/1736はメンデルスゾーン1829、無伴奏vc組曲はカザルス1904以降の蘇演が有名で、百年忘却の例はいくらでもある。さすがに大物は滅多に出ないけれど、百年に満たないもののマーラー《大地の歌》ピアノ稿1908は日本で1989世界初演された(NHKがテレビ放映)。今世紀の発掘も色々あるが一々覚えていない。~概して多くは図書館に埋もれているらしい。オークションが新発見/新解釈の契機となる例も多い。
 図書館なら日本の埋蔵(?)も遜色ない筈だけど、気になるのはディープな領分/機能を古書店が代行して居る所(ヨーロッパ的?)。アメリカの図書館が先進的/機能的なのは歴史の浅さもあるし、ヨーロッパから持ち込む際に一度は必ずフィルタリング/分類の機会を経て居る筈。ところが日本はなかなかブツが動かない。古書店からの散佚が心配になる。店主の死去などで廃業、私的かつ安易に処分されるのが一番こわい。官民挙げて知らぬが仏、われら断捨離ニッポン人!(←そもそもブツが読めません。)
 奥様の聴いた倉山講演、さぞ面白かったんだろうなあ。
 書道畑から一言添えて置くと、歴史学や国文学を出自とする研究者は居ても、活字の「読み」を支える「書道系」の土台が意外な所で疑わしい。だから「東京(とうきょう)と東亰(とうけい)は違う」なんて話が出てくる(前掲『東亰時代』)。千字文の「東西二京」は写本レベルが基本で元は「京」も「亰」も一緒、分けて考える方がおかしい。王羲之(東晋)のを集字した興福寺断碑(唐)に出てきた形も「亰」の行書だった。そうした例が漢字の数だけワンサとある。(「ゴマンとある」では言い過ぎ…そんなに多くない。分化した異体字を統合する所に漢字概念の機能的「一即多」が表徴する。)
 翻訳的に西洋化された文書学を支える筈の来歴に、古文書学の非西洋的原型が取り込まれている。だから…「日本近代史には文書学が存在しない」様に見える?
【2016/12/19 02:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(「日本一の短命県」について)
 そこは昔、国だった。国境には海と山があった。人のつくる国境は、どことなく水利事業と似たところがあった。それが今では国の概念が変わり、国境には海しかなくなった。
 枠を東北でなく県民性で括り、独特の依怙地(じょっぱり)や開き直り(からきじ)を風味たっぷり拗らせると、そこはそれなりに心当たりがある。結構めんどくさい性格(?)で、例えば「大した仕事してないんだから」(治療に専念しろetc.)てな空気を漂わせようものなら、却って自ら寿命を縮めかねない所がある。コンプレックスかルサンチマンか定かでないのはともかく、どちらでもなさそうな内向きの素直さが同居する点、他者への嫉妬や怨恨とは縁遠いらしい。…観察下手の苹には大体そう見えるが、外れて居るかも知れない。
 …と書いたところで読売記事(↓)。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20161101-OYTET50028/
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>2016年11月2日
>からだコラム
>[短命県から学ぶ健康]中年層の死亡率に大差
> 「長野県と青森県の寿命の2・6歳(年)の差なんて大した差じゃない」「2・6歳長生きしても若い人に迷惑をかけるだけ」「80歳と82・6歳の人を見てどちらが年上か、ちゃんと当てられますか?」。よく言われます。へこまされます。
> 2010年の青森、長野両県の平均寿命の差は、男性で3・6歳(長野80・9歳、青森77・3歳)、女性で1・9歳(長野87・2歳、青森85・3歳)でした。男女平均で2・6歳です。
> しかし、冒頭の感想は間違いです。こうした感想は、あくまで「一人の人の寿命」に関してのものです。頭に「平均」がついた「平均寿命」になると全く違った意味になります。
> 長野、青森両県の男性の年代別死亡率(全死因)をみます。すべての年代で青森の死亡率が長野を上回っています。つまり、両県の平均寿命の差は、人生の最後だけの差ではなく、赤ちゃんや小さな子供から高齢者まで差があり、特に中年層(40~60歳代)で死亡率に大きな差(1・6倍)があるのです。
> 平均寿命というたった一つの数字だけを見ると大きな誤解を生んでしまいます。
> 青森の平均寿命対策の要の一つは、40~60歳代の死亡を減らす対策、つまり「早死にを減らす」対策でもあります。ここを正しく理解しないと「短命をなんとかしよう」というモチベーションにつながりません。
> 例えば、青森県民が長野県民と同じような死亡率であると仮定します。そうすると、現実の青森県の1年間の死亡者数が2800人減少します。なんと、青森県の年間全死亡者数1万7000人の約15%です。大きな数字です。
> このように、両県の平均寿命の差2・6歳の意味を正しく知ることこそが短命対策の第一歩となるのです。
> (中路重之・弘前大学教授)
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 …昔から「慣れっこ」である。長生きしてもしなくても、普通の寿命は幅広く受け容れられる。傍目には無感動と映る事もあろうが、大袈裟に振る舞わないだけだったりする。日常ではないが非日常でもない「明日は我が身」の到達点で、それぞれの忘却が互いに調和し機能している様な。短命くらい大目に見て、そっとして置くと短命な気がしなくなる。年齢を歿後の時間が薄めていくと、逆に長命だった気さえしてきたりする。それだけ年齢は当てにならない。青森の数字を左右するのは中年の死亡率…大いに納得できる。
 中途半端に若い労働人口が長生きすれば、補填分の求人が要らなくなる。つまり年金を支える人材の総量は変わらないまま、個別の流動性は減退する。かと云って解雇すれば無職中年/青年が増えるし、補充せずに規模縮小するなら組織の底力は弱体化する(大学そっくり!)。そこが無職の高齢者(労働人口でない年金受給者)と決定的に違う。短命県を返上すれば中年が減らなくなり、その分だけ若手/生殖適齢人口に皺寄せがくる。従って少子化と高齢化との相関は「仕事のパイの奪い合い」に於て、中年の生死が鍵を握る事にもなろう。(←ボツ予定だった稿で触れた、「二十年後には顕在化」の具体例。)
 …てな事を書くと、「じゃあ、どうすれば?」となるのかも。差し当たり、寿命名目の粉飾をやめれば「黙って居ても老人は勝手に長生きする」のが分かる。医療は老人だけが相手ではないのだから。でも中年相手に「若者に席を譲れ=仕事やめろ」とは言えない。それどころか今は「代わりの若者が居ないから中年が要る」のみならず、政府は元気な隠居に復活して貰いたがっている。ならば今更、平均寿命で粉飾する意味なんてないのでは?…それともアレは「老人への応援歌」みたいなものか?
 いづれにしろ少子化対策にはなりそうにない。~ところが実際に持て余されているのは誰かとなると、虚像と化した若者/未成年の側に疑わしき節がある。都会には(?)「赤子がうるさい」と保育施設を指弾する人々が居ると聞く。育てば青年、騒ぐと赤子の数倍うるさくなる…真逆その予防策ではあるまいな。赤子は要らない。若者も要らない。老人も要らない。どれにも当て嵌まらない中年が、今度は水子に祟られる。

(BGM)
https://www.youtube.com/watch?v=ZqEyqAcoJRQ
 今夜もVPOでなくVSO。シューマンsym.4本番は1:01:17以降(↑)。…苹は糞耳。ねぶたリズムの空耳が、第四楽章に木霊する。(リハーサルでは44:29以降。)
【2016/12/25 02:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
8入院前後の記(其一) ( 苹@泥酔 )
2018/03/25 (Sun) 07:56:09
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の一。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1937.html#comment
 「メッセージに禁止ワードが含まれているため投稿できません」との表示が出たため、あれこれ探した結果「2016/11/26 01:46」稿中の該当語句に取り敢えず「・」を挿入してみたけれど…この手の言葉狩りには納得できない。



(ちょっと休憩)
 「日録」更新あったけど東京砂漠の独居老人、パソコンは持ち込んでるのかなあ…西尾先生との連絡用FAX通信機器とか。~そう云や以前、若かりし頃の映画鑑賞ネタがありましたっけ(「苹@泥酔」で画像検索すると「テルマエ・ロマエ」のが出てくる↓)。
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1331.html

 以下、ひとりごと。
 書道ネタはもうウンザリ、あっしの名前で即スルーする人は多かろう…と自身しょっちゅう思いながらも、書き続けるには人並み外れて鈍感かつ無神経で、偏執性や人格欠損が逞しくないと多分ヤッテラレナイ筈?…でも或る意味そっち方面で歴史に残るほどの模範的首相に出遭えた事は苹の望外(日本の不幸)だし、話題が出ないと寂しくなる病的事実、結構なくはないのよね…(orz)。
 …矢張り貴方は凄かった。国土を焦がす弁舌も、敵を崇めて共に寝て、泥水すすり靴を舐め、荒れた難場を幾千里、よくこそ撃ってくださった(←背後から!)。~鳩山さんちの由紀夫くん、このごろ少しヘンよ。どうしてるかな。もし奥様にお暇があったら鳩山邸ウォッチングでも…あ、これって「初めての職質」ネタになっちまうのかも?
 ふと思い出すのはシューベルトの歌曲集《白鳥の歌》。かれこれ三十年は溺愛してるのがF=ディースカウとブレンデルの82年盤で、以前の録音と違い「いちまつの侘しさ」が感じられる。その終曲を、取り敢えずヒュッシュの歌唱(↓)でお楽しみいただけるなら幸甚。歌詞は日本語字幕で流れる。
https://www.youtube.com/watch?v=PKnOIihaUQM
>はとの名前は「あこがれ」
http://www.damo-net.com/uebersetzung/schubert/d965a.htm
http://blog.udn.com/7speranze/7070890
【2016/09/02 05:14】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(前稿補記→脱線)
>はとの名前は「あこがれ」
 あたしゃ昔、大学の一般教養でドイツ語を選択しなかった。趣味で聴くだけの身には固よりチンプンカンプン。~「憧れ」は「Sehnsucht」と云うそうな。「sehnen(憧れる、切望する)という動詞とSucht(病的欲求、中毒、常用癖)という名詞の合成語」と書いてある(↓)。
http://blog.goo.ne.jp/sehensucht/e/29900e9d6d0bd809d4f6ef503d4f35bc
 また九鬼周造『「いき」の構造』では、説明こんな具合(↓)。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000065/files/393_1765.html
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>なお一例を挙げれば Sehnsucht という語はドイツ民族が産んだ言葉であって、ドイツ民族とは有機的関係をもっている。陰鬱な気候風土や戦乱の下に悩んだ民族が明るい幸ある世界に憬れる意識である。レモンの花咲く国に憧れるのは単にミニョンの思郷の情のみではない。ドイツ国民全体の明るい南に対する悩ましい憧憬である。「夢もなお及ばない遠い未来のかなた、彫刻家たちのかつて夢みたよりも更に熱い南のかなた、神々が踊りながら一切の衣裳を恥ずる彼地へ{1}」の憧憬、ニイチェのいわゆる fl※(ダイエレシス付きU小文字)gelbrausende Sehnsucht はドイツ国民の斉しく懐くものである。そうしてこの悩みはやがてまた noumenon の世界の措定として形而上的情調をも取って来るのである。英語の longing またはフランス語の langueur, soupir, d※(アキュートアクセント付きE小文字)sir などは Sehnsucht の色合の全体を写し得るものではない。ブートルーは「神秘説の心理」と題する論文のうちで、神秘説に関して「その出発点は精神の定義しがたい一の状態で、ドイツ語の Sehnsucht がこの状態をかなり善く言い表わしている{2}」といっているが、すなわち彼はフランス語のうちに Sehnsucht の意味を表現する語のないことを認めている。
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 まだ冒頭なのに、(概要はともかく)細部には全く付いていけない(汗)。しかし、そうとでも書かれなければニュアンスや歴史的深度に接近できない儘なのは確か。ところが果たしてニーチェが絡むと、「2015/06/15 01:59」稿で触れたPDF論文が別方面から気に懸かってくる(山本恵子「後期ニーチェにおける「音楽」の意味への問い」↓)。ブラームスへの言及自体、奥底では民族的共感(?)に支えられている気配が窺えて「ややこしい」。
http://heideggerforum.main.jp/ej6data/yamamoto.pdf
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>ブラームスがあちこちでおこさせる否定できない快感は、あの派閥的関心、派閥的誤解を全く度外視した場合、私には長い間1つの謎だった。しかしながら、とうとう私はほとんど偶然に近い形で、彼がある特定の類型の人間に作用することを嗅ぎ付けた。〔…〕彼は充実から創造するのではなく、充実を切望する。彼が剽窃する〔…〕諸様式・諸形式を除けば、彼の最も固有のものとして残るのは憧憬(Sehnsucht)である…。(WA, S. 47)
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 なにやら、どのみち暗そうだ。その手の憧憬がザイドル詩/シューベルト曲の「鳩」(女性名詞だそうな↓)に仮託される点は興味深い。過ぎ去った若々しさは「隠れた」側へと内向するのか、それとも「隠した」側に傾くのか。因みに前掲、F=ディースカウやヒュッシュのは還暦前後の録音だった。
https://ja.wiktionary.org/wiki/Taube
 ところで、シューベルトの歿年はR・シュトラウス《ばらの騎士》におけるマルシャリン(元帥夫人)とほぼ同齢との事。今なら三十路は「まだ若い」(たぶん?)。その感覚が熟女ブームへと発展した/先送りされたのか、年増イメージの揺れ動きは生殖医療との間で衝突/崩壊気味らしい。妙齢平均の高齢化が男性水準(「五十、六十は洟垂れ小僧」?)に及んだら最後、もはや出産どころではあるまい。~そうした意味で「男女共同参画社会」の罠は相変わらず「隠れている」か、もしくは都合良く「隠されている」儘…なのだろう?(年増女の回春憧憬vsロリコン男の変態性慾…の構図など。)
【2016/09/10 05:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(承前)
 書道畑の憧憬…。(←結局ネタは元に戻るのネ)
 今も昔も唐人の文化に憧れてきた事に変わりはないが、憧憬を促す「欠如」の領分は「話が別」となる様子。~心理的にも文化的にも明治の開国を境目に、彼我の距離感やバランスは大きく変化していった。昔は文化的土台としての日本的属性があらゆる面で雅俗双方の基礎をなしていたが、やがて丸ごと支那書道の植民地同然となっていった。日本人自身がそう望んだ。日本文化の包容力の前では取るに足らぬと云わんばかりに植民地化(所謂「文明開化」)を喜んだ。舶来信仰はなにも西洋ばかりが相手ではない。受け容れ準備は開国前から既に出来ていて(唐様の流行)、日本的に濾過された架空の支那像(文化的理想像)が真っ先に頭脳へと乗り込んだ。現実の支那を認識し始めたのは数年後か十数年後になるらしい。
 ただし憧憬などという言葉は今でも殆ど使われない。無い物ねだりや舶来信仰ではなかった時代のイメージだけが思考停止状態のまま受け継がれたのか(過去と現実との「根拠なき混同/錯誤/自己過信」)、過去喪失という現実を直視する気がない。今更「読めなく/書けなくなった自己」を云々しても仕方がないと、進歩的に開き直っては勝ち誇る(?)のが常らしい。もはや憧れるしかないほど自己も過去も窶れているのに、憧れる動機すら失っている。
 今は「憧憬を失った」。昔は「憧憬そのものがなかった」。とっくの昔に取り込んだ古典の影を明時代以降の舶来品で確認し、あくまで自己咀嚼のために参照するのが江戸期の唐様/学問における一般的態度だった。~以下は『書道研究』1990.12号(萱原書房)P.35。特集「江戸の「唐様」の研究」、内山知也「江戸時代の儒者の書とその周辺」より。
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> 以上、儒者たちを取り巻く社会の変動を四期に分けて簡単に説明したが、鎖国体制という、いわば「洞天」にも例えられそうな閉ざされた世界の中で、周辺の諸国と隔絶した平和社会を維持し、長崎という小さな洞口から少しずつ中国文化を輸入して蓄積し、「中国的な日本文化」を生産し、享受していったのが江戸漢文文化であったといえよう。現在の日本文化史は、和文脈のみを主流として系統づけているが、それは大きな誤りであって、この漢文文化が主流としてあったものであることを忘れている。この漢文文化を中国亜流の模倣文学であると否定し去れば、江戸時代の日本人の思想や芸術表現の大半を、自ら失ってしまう結果になるのである。
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 日本文化は豊饒で、物珍しさに野次馬根性/好奇心を発揮する事はあっても、わざわざ他者に憧れる必要はない。異文化に隷属し模倣するのではなく、異文化を日本文化に取り込み使いこなし従属させる。そんなパターンが千年単位で繰り返され、やがて和魂漢才だの和魂洋才といった俯瞰的総括表現が生まれるに至る。
 ただしそれは日本文化の基盤/根幹を前提した場合の話で、尊皇攘夷が文明開化にコロリと寝返る頃からだんだん怪しくなってきた。云うなれば「裏切りの中国史」ならぬ「寝返りの日本史」。猫も杓子も欧米によろめくのが近代学校(明治五年~)の常態で、それが今も続いている。歴史をなぞって漢文文化と英語文化を取り替えれば、どのみち「日本英語文化」といった別物が派生する。その実例が漢文訓読に代わる英文訓読(従来型授業)にあたるだろうか、必ずしも音声言語の世界ではない。
 マンネリ気味の支那には憧憬を欠如しつつ冷静に学び、目新しき西洋には先ず憧憬の仕方からして熱烈に学ぶ。~この点どうだろうか。憧憬への対比的違和感、もしくは東西文明を摂取する上での内的衝突が、爾後じわじわと「比較文化論」の形で「欠如の本分」(?)を蔭ながら支え、戦後いっそう浮上し始めたのではなかったか。(ただし日本の咀嚼した支那文化は、むしろ逆向きの違和感もて憧憬から二重に遠ざけられ歪曲教育されてきた?)
 国語(標準語)を田舎に持ち込めば「さしすせそ」が「さすすせそ」(←津軽弁の例)に隣接するのと同様、英語などにも当然ながら方言がある。そうした現実を踏み越えるには、根幹に「共通語思想」の様な“夢”が要るのだろう(遠景には「近代の超克」が絡む?)。~ずいぶん前から多様性は、排除を予定されていた様な気がする。今では言葉の全体主義が遠回しに宗教的カクテルグラスへと注がれつつ、世界各地で移民社会をしんねりむっつり直撃している様な。(酩酊状態はどちら?…土着民社会と移民社会と。)

(鳩ネタ補遺)
 前々稿での取り合わせは、動画の毒気が強過ぎたかも…(orz)。少し申し訳ない気持ちになって居たら、折良く産経がインタビュー記事(↓)を出してくれて有難かった。悪い人ではないから困るのだろう。人が悪いのでもなさそうだ。もちろん悪い人では困るが、人が悪かったら困らずに済むのかも。
http://www.sankei.com/premium/news/160919/prm1609190026-n1.html
http://www.sankei.com/premium/news/160919/prm1609190027-n1.html
【2016/09/20 05:43】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(雑感)
http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1850.html#comment
 先の寄生場所(↑)に末尾の稿を出した後、「日録」(↓)を読んで気が付いた。もしや苹の文学嫌いは、フィクションとリアリティを混同しかけた時に感じた魅力への「ぼんやりした嫌気」が原因ではなかろうかと。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1836
 「大衆作家への疑問」と言われても、以来あたしゃ読んでないのでピンとこない。にもかかわらず、却って「よく分かる」気がするのは…なんでだろう。安全な所で目を逸らしながら真に受けても仕方がないのは分かっているのに、事実も脚色も大抵は似通った書き方になりがちで、あからさまな誇張を見分けるのとは訳が違う。騙されたって文句は言えない事もあるだろう。その点、無愛想な学術論文の方がまだマシな気分になれるのは、そもそも脚色と相性がよくない~すなわち「奇妙な信頼」の前では陶酔的に無力となれるから…なのだろう。しかし双方、いづれにしろテーマへの関心が「あり過ぎる」点では同じ事。もっと無関心への憧れ(?)があってもよさそうだが、多分そこは難しい所。世界の無関心から関心だけを抽出すれば、大半の無関心はテーマから削ぎ落とされていく。
 先日、朝ドラ「とと姉ちゃん」が終わった。実話とフィクションの合間に宿るものは面白い。どの程度の割合でリアリティが感じられるか。巷間「実話なのに嘘臭い」例なら山ほどあるのに、「現代に媚びる過去」ほど本当らしく見える事もあるのは悩ましく…いや、却って上々なまめかしくもありそうだ。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?m=201609
 このところ「日録」(↑)では「知覚の欠陥」の話が出てきてドキリとさせられたが、拙稿~例えば「憧憬の欠如」云々と対比して読む場合、欠陥や欠如は限界ばかりでなく可能性をも内包するだろう。そこに或る種の危険がある様に思えてくる。「欠陥」という表現は価値でも判断でもなく性質(?)のみ示し、むしろ価値や判断の方が後から「性質へと招待される」かの様な。欠如や欠陥は前後がどうあれ次々と誕生する。それも排除や排斥の一相に留まるのではなく、より包括的な憧憬にも似た〈外〉への眼差しとしてではなかったかと。熱烈な割には学び損ねた向きもある西洋の像と、そればかりでは済まなくなった世相とが、どこかで互いに消化不良を起こして居る様な。
 ファンタジーと憧れの混同なら韓国人には勝てそうにない気もするけれど、そこまでハイパーではない筈…などと無駄に僻む(?)必要は勿論あるまい。しかしさりとて顧みれば、それぞれ時代に思い当たるのは朝鮮人への憧れ、支那人への憧れ…。どれも鎖国時代は欠如と無関心の両面で縁遠かった筈なのに、異文化への憧れにすり替わると滅法ますます始末しにくい。ゾンビに憧れた気がしないまま、とっくの昔に忘れている。

(鳩とは斜めに…)
●【ローカルプレミアム】鳥はお利口さん? おバカさん? 脳内メカニズム解明へ新発見 さえずりの認知機能が厳密すぎて…仲間と敵を混同
http://www.sankei.com/premium/news/161001/prm1610010004-n1.html
 まさかと思った鳥ネタ補遺々々、虚心坦懐に読んど呉れ(↑)。後は黙って忘れてお呉れ。苹と同じ連想をした方々には申し訳ない。品性が疑われない事を祈るのみ。
【2016/10/04 01:00】 URL | 苹@変態 #SFo5/nok [ 編集]



(今夜は短く…)
 思えば此処は、奥様の「シン・ゴジラ」ネタから始まったんだよなあ…。それに先立つ昨年のを一つ。~自衛隊アニメの海外ヲタ反応を見たら、頭の水準が相当なものだったのには驚いた。話題には今なお有効のトランプや村田蓮舫も出てくる。面白いのが色々ある。取り敢えず御覧あれ(↓)。
http://blog.livedoor.jp/kaigai_no/archives/46011298.html
https://www.youtube.com/watch?v=PQbhgjJi4E8
【2016/10/14 20:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



●入院しますた。(2016.10.22)
 爺様(2014.10.23歿)の三回忌は寺の都合で10.21に済ませたものの、あたしゃ前夜に体調を崩して夜も眠れなくなった。腹はパンパンに膨らむ「ふんづまり」状態。法事の翌朝まで我慢する予定だったのを深夜の救急搬送に切り替えたらストレッチャー上、血液検査の数値を云々する声が聞こえてきた(採血日10.22)。それが気になって入院中しつこくコ・ピ・ーを懇願し続けたところ、大体この辺(↓)が該当するらしい。
>γ-GTP     基準値10~47 IU/L   結果748 H
>血 糖       基準値70~109 mg/dL  結果438
>アミラーゼ(血清) 基準値37~125 IU/L  結果1313 H
>アミラーゼ(尿)  基準値55~725 IU/L  結果5838
 で…週明けの医者様(ぞろぞろ引き連れて総回診してた人…理事長?)は開口一番「酒に溺れて運ばれたってかぁ?」で始まり、その翌朝は「自殺一歩手前」とも表現してた。ナースの云うには「普通あり得ない数値」だそうな。ただの糞詰まりなら即日退院できると思ってたのになあ。三週間の目途は延長され、やがて軟禁状態は一ヶ月に及んだ(入院直後発売の月刊誌が買えなくなるっ!)。その間、テレビも新聞もネットもない浦島太郎は旧稿記憶の十数年を遡ったり、脳内音楽を数十曲規模で廻らしたり。
 セレブ奥様の旦那様や存じ寄りの界隈ではセカンドオピニオンの類、大体どんな診断になるんでしょうかねぇ。やっぱ…誰が見ても同じなのかしら。何度もあちこちレントゲン、CT、MRI、エコーを繰り返されると入院費が心配になる。そう云や昨夏の入院で「家に帰りたい」と騒いだ婆様は、苹が脱走するのではないかと心配してたんだっけ(苦笑)。
 以上、久方ぶりの挨拶のみ。次回は「退院しますた」稿を予定。
【2016/11/26 01:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



●退院しますた。(2016.11.25)
 退院四日前に外出許可がギリギリ間に合い『WiLL』2016.12号を入手、夜半の牀上ざっと読んだら渡辺望「「漢方」は純国産です」が面白い。翌日はベロック『ユダヤ人 なぜ摩擦が生まれるのか』(祥伝社)を買ってきた。目当てはアメリカの反ユダヤ主義に関する記述で、P.259やP.367に自動車王フォードが出てくる。…今回やっと人前で読める本が出た様な。正直これまで、見た目トンデモ本の類にばかり依拠するのは不安だったのネ。中でもラウシュニング本の邦訳は黒箱に入った赤裂の装釘で、その上でっかいハーケンクロイツの箔押しがインパクト満点(こんな感じw↓)。昨今あんなの都会ど真ん中(通勤電車とか)で開いたら、職質されるかイチャモン付けられるに違いない。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/07/b5e797f61b52f35ccfe6c07f23d45c23.jpg
 退院前日の外出中いったん帰宅し、久々にパソコン立ち上げたら冷え切ってて調子がよくない。退院した日も暫し難儀、日付が変わって前稿を書き込んだら、翌日には「日録」の三時間動画が出てる。まさか鳩山由紀夫をドイツの空気に喩えるとは思わなんだ(35:12前後など↓)。…ところで件のシューベルトを川口マーン氏に聴かせたら、一体どんな顔をしたかしら。プロフェッショナルな練習と素養の蓄積から滲み出る筈の感想があったら多分、素人側の見方/聴き方を格段に深めてくれるだろうに。~そう云や入院中に見た今月号の「レコ芸」新譜には、ゲルネの歌う「シューベルト・エディション」12枚組が載ってたんだっけ。その一枚目のテーマ(?)が「憧れ」。こちらの方も興味深い。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1932
 入院費は十万円以内に収まったけど、今後は薬代が嵩むらしい…。
【2016/12/03 06:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]



(追記~「忘れてた!」)
 そうだった…西尾先生のも『WiLL』2016.12号には載ってたんだ…(汗)。前稿で失念したのは多分、余りにも既読/既視感が強過ぎて。焚書本シリーズの内容紹介が続き、そこから禁止命令の延長上に強迫観念としての「沈黙」が連なってくる。
 あらためて印象深かったのは、「初めのうちは日本の警察が本の没収を行っていましたが、昭和二十三年(一九四八)六月を境に文部省社会教育局に業務が移管され、没収の責任者を都道府県知事に定めるという文部次官通達が出されます」(P.65)以降の記述。~というのも、あたしゃ以前こう書いてたから。文部省/文科省とは別の教育界/下部組織を支える土着的体質について、「とっくの昔にGHQ(CIE)は引退しているのに、それを憲法みたいに後生大事と崇め奉るからには、たぶん彼らの遣り残した仕事を代行しているのだろう」と(「2016/02/29 23:52」稿)。それを久々に思い起こした。ハッキリ証拠を書かないと、西尾先生の様な説得力は得られないのだなあ。
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1934
 それはそうと…またまた全集の新刊が出るとの事(↑)。架蔵の日録本も収録されていて、お金の乏しい時期と重なるのは正直キツイ。それに実のところ『少年記』巻の購入後さほど経ってないし、まだ読み終えても居ない。青森名産「昆布羊羹」(P.93)のラベルは何処のだろう?…昔は各舗あったそうな(連載47回参照↓)。甘いのは苦手で果物も例外でない苹なのに、読後ウッカリ魔が差した。生まれて初めて食ってみた。…案の定ダメだった。甘い昆布味なんて!(お店の人…ゴメンナサイorz)
http://www.mutusinpou.co.jp/index.php?cat=94&paged=3
(甘精堂本店の場合↓)
http://www.21aomori.or.jp/retail/commerce-end/100nen/page1.htm
 今は可哀想に、「低血糖になったら甘い物を」と脅されて居る。
【2016/12/04 22:00】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
4るため止ワ ( るため止ワ )
2019/01/22 (Tue) 12:32:15
止ワードが含まれているため止ワードが含まれているため止ワードが含まれているため
4詐欺サイト ( チバ ヒロカツ )
2018/11/19 (Mon) 12:12:54
怒り心頭!(▼皿▼) 気をつけて!  詐欺サイト

氏名:チバヒロカツ
郵便番号:〒4650097
住所:愛知県名古屋市名東区平和が丘5丁目83アドラブール平和が丘A101
携帯電話:08094930196

tennnyo.houou@i.softbank.jp

銀行名: 三菱UFJ銀行
支店名: 藤ケ丘支店
口座種類:普通
口座番号:3827776
口座名義 :チバヒロカツ
4ン製品であ ( 今週のメ )
2018/11/16 (Fri) 12:48:04
今週のメイン製品であるシュープリームリバイス
https://www.cocobrandshop.jp/
https://www.cocobrandshop.jp/Product/Category/list/cid/69
4怒り心頭!(▼皿▼) 気をつけ ( チバヒロカツ )
2018/11/13 (Tue) 15:22:55
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4漢方精力剤 ( 漢方精力剤 )
2018/08/15 (Wed) 12:07:15
精力剤(せいりょくざい)とは、主に更年期以降における男性を対象とした、性機能増強のための薬剤及び一般食品の俗称。
4最良の選択 ( 最良の選択 )
2018/07/26 (Thu) 16:53:46
最良の選択http://www.j-kopi.com/
4 最良の選択 ( 最良の選択 )
2018/07/25 (Wed) 03:31:30
最良の選択copygus.com/syouhinn-72491.html
4無題 ( 無題 )
2018/07/21 (Sat) 00:53:00
衝撃事実拡散

【創価学会の魔の正体は、米国が仕掛けてるAI(人工知能)】

創価を日本統治に利用してる組織がCIA(米国の極悪クソ諜報、スパイ)

創価の活動家は、頻繁に病気や事故に遭うんですけど、信者は皆、魔(仏罰、現証、非科学的な原始的発想)にヤられてると思ってます。災難が続くと、信者は仏にすがって学会活動や選挙活動に精を出すようになるので、定期的に米国のAlが軍事技術で災いを与えます。モチベーションを上げさせる為の、起爆剤みたいなもんです

犯罪組織を特定して、拡散していく事でこの犯罪は減って行きますから、盲滅法にバラまいて、世間に浸透させてます

最近異常気象が目立ちますど、台風も地震も大雨も、米国がAlを使って、HAARP(高周波活性オーロラ調査プログラム)で作り出したもんです

かゆみ、痛み、病気、自殺、殺人、事故、火災等、この世のほぼ全ての災いを、米国がAIを使って秘密裏に作り出してます

AIを用したレジ不要のコンビニ。このコンビニは、人の動作、音声、商品棚の重さ等をAIが細かくチェックして、お客が商品を持って出ると、ケータイで自動精算されるので、レジが不要です

このシステムからわかる事は、AIは多くの人の行動を1度に管理出来るし、多くの人の一挙手一投足を、見逃さずに監視出来るって事です

このAIの技術を米国が悪用して、人工衛星を使い、地球上の全ての人を、24時間365日監視盗聴して、創価信者や悪さした人を病気にしたり、事故らせたりして災いを与えます

こんなに大規模な犯罪なのに、あまり世間に浸透してないのは、AIが遠隔から各個人の生活スタイルを24時間体制で見て、生活に沿った病気や痛みを与えて来たからです。重い物を持ったら腕に痛みを与えたり、ツラい事があったら鬱にしたり等。相手に覚られず、私生活に便乗して、違和感を持たせずにヤります

青森県三沢基地には、NSAの電波傍受(盗聴)施設がありますし、世界中に通信傍受施設を配備してるので、地球上のどの地点にいても、ケータイやPC等の通信機を介して盗聴します

この犯罪は、GPSを使ってやるので、地球上のどの地点にいようと、どんな建物の中に入ろうと、継続的に監視追跡出来ますし、どこに居てもピンポイントで、痛みやカユミや病気を作れます

そもそもGPSは、米国防総省が軍事目的で開発したもので、管理運用も国防総省がしてます。台風や地震を作り出すHAARPも、米国防総省主導によるプロジェクト。地球上の全ての人を管理してるAlを使って諜報活動するNSA(スパイ、政府機関)も国防総省の管轄です

ノイズキャンペーン(騒音の嫌がらせ)に至っては、救急車のサイレンで嫌がらせする為に、AIが重篤な患者を作り出しますし、パトカーが付きまといをする集団ストーカーは、警察に通報させないように、Alが警官を操って、いかにも警察が嫌がらせしてるように、工作します。警官は、自分が操られてる事に気付いてません。これらは全国でやってますから、警察関係者は知らぬ間に、多くの人に恨みをかってるって事です

行く所行く所で周りの人が咳払いしたり、くしゃみをしたりする集団ストーカーは、AIが被害者の周りの人に波動(周波数)を当てて、咳払いやくしゃみをさせてるだけです。いかにも集団でストーカーしてると思わせて、心理的負担をかけてるだけです

咳をした時の周波数と同じ周波の波動を当てると、人為的に咳を出させる事が出来ます。例えば、TBSラジオ90.5MHz、ニッポン放送93.0MHzに周波数を合わせると、これらのラジオを聴けます。これと同じように、食欲が湧かない時の周波数、眠れない時の周波数って具合に、それぞれの周波数と同じ周波を当てると、ラジオが切り替わるように、その状態に切り替わって、意識操作や精神疾患を作り出せます

生態の周波数コードを読み取って、脳波パルス信号に、同じ周波数を送ると、波動が共鳴して、その状態に切り替わります。例えば、人が右に曲がる時の周波数コードを読み取って、その周波数と同じ周波を送ると、いとも簡単に右に行かせる事が出来ます。これを利用すれば、警官を操って、パトカーに集ストさせる事も、たわいないです。好き嫌いの感情、食欲等を操る事なんか、造作もないです

例えば、蛍光灯に虫が集まるのは、ある決まった周波数の紫外線に、吸い寄せられてるからです。逆にいうと虫ですら、周波数で操作が可能って事です。昆虫類は、それぞれが違った周波数の光に誘引される性質があるんで、どんな虫でも周波数を変えると、自在に操作が可能って事です

家の中に害虫を呼び込んだり、カラスを屋根の上に集めて暴れさせたり鳴かせたり、犬を吠えさせる嫌がらせも、AIが軍事技術を用いてヤってます

ちなみに、27~38Hzで不眠に、48~55Hzで喘息に、88Hzで片頭痛が引き起こされます。それぞれの病気が、それぞれ決まった周波数を持ってます。これらの周波数と同じ周波を当てれば、どんな病気でも作り出せるって事です

CHAGE&ASKAのASKA氏が釈放されてすぐに、新潟県糸魚川市で大規模火災発生

ASKA氏が、集団ストーカー本を発売する1日前に、通販会社のASK UL (アスクル)の倉庫が、1週間近くに渡って燃え続ける火災発生。創価の本尊を燃やすと、その家が火事になるんですけど、これらも全てAIが工作してやったもんです

https://shinkamigo.wordpress.com
4入院前後の記(其四) ( 苹@泥酔 )
2018/07/19 (Thu) 18:17:35
●旧稿転載
 セレブ奥様ブログのコメント欄より(↓)。六分割中の四。
http://j-kopi.com/
 「禁止ワード」云々が出た。原因は三月転載稿で「・」を挿入したアレかぁ?
8Re: 入院前後の記(其四) ( 苹@泥酔 )
2018/07/19 (Thu) 23:01:31
 上記「2018/07/19 (Thu) 18:17:35」稿は、別人による悪質投稿です。リンクが改竄されています。ご注意ください。~なお、苹は初代板の壊滅前から概ね毎日カウンターの記録をメモしています。目に余る様でしたら管理人の蘭様に連絡する所存です。連絡耳。頓首。
4狼1号 通販 ( 狼1号 通販 )
2018/07/19 (Thu) 11:51:34
狼1号(狼一号)は、今最も注目を集めている最新の漢方精力増強薬です。
4永久漢方 ( 永久漢方 )
2018/07/10 (Tue) 11:44:34
中国漢方薬、ダイエット、ED治療薬、精力剤通販,正規販売店「永久漢方」輸入代行
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