4新稿、序 ( 苹 )
2012/01/22 (Sun) 07:25:37
 数えてみれば、十三年ぶりくらいにはなるだろうか。昨日、雨声会書作展を見に行った。待ちに待った。長かった。現会長の菊池翠汀が高校を定年退職したのが昨年度末だから、青森県の教育界を潰そうと目論む苹が遠慮する理由も漸く薄れ始めた計算になる(のかな?)。併催は遠藤雨山(前会長)の遺作展。見間違えでないなら、日展会友の石澤桐雨も見に来ていた。
 孤立は思想の代償。
 こちらは今や、書道界とは完全に無縁となっている。とっくの昔に隠居した幽霊が出没しても迷惑なだけだろう。あの書展を見に行くのは今回が最後となるかも知れない。現に少数の幹部格を除き、見るべき作品はなかった。あと二十年もすれば、あの会は終わりそうな気がする。会員の高齢化だけが原因なのではなく、基礎が余りにも翠軒以後に偏り過ぎている。前会長が翠軒以前への眼差しを持っていたのは確認済みだが、それとて今後どうなるものやら。
 苹の専門分野は実技方面でなく理論面だから、お呼びがないなら何もする事はない。そもそも翠軒流の範疇を逸脱している。苹の基礎は巻菱湖と日下部鳴鶴で、そこから鈴木翠軒やら木村知石やら、独学も含めれば却ってややこしい事になる。下手をすれば翠軒流の破壊に繋がりかねない。そんな事は誰も望むまい。可能性が見出せるとするならば、差し当たっては「実技なき書教育」という事になる。それが精一杯の普遍化努力である。準備には十年かけてある。その一部が、これまで書いてきた稿でもある。
 このところ、ぼちぼち「実技なき書教育(其一)」稿を書き始めている。
8附記&旧稿目次 ( 苹@泥酔 )
2012/02/05 (Sun) 00:09:23
 かの書展を見る前から書き始めていた新稿「其一」は、早い時点で概ね仕上がっている(セレブ奥様ブログ「2012/01/23 19:49」非表示コメント附載)。今は「其二」も含めて推敲中。…と云うのは、此度の再掲を契機に当板あらかた読み返したところ、大量の旧稿と重複する内容が気懸かりとなった次第。例えば「【再掲】「俺妹」受難曲11」稿(↓)の場合、こんな表現がある。
http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7361138
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> 先日NHK繋がりでNo.7861を書いた後、話はNo.7870へと脱線していった。…中には薄々勘付いている人も居るだろう。そこには「実技なき書教育は可能か」という視点が含まれている事を。
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 たぶん、出すまで相応の時間が要る。初稿のままで構わないなら、早ければ明日にでも。尤も進捗状況次第では、遅ければ一月後か、或いは。
 思い起こせば二十年以上前から、いづれ雨声会(と云うよりは鎌田先生か)と距離を置く事になるだろうと予感はしていた。「実技を必要としない書道」と「社中を必要としない書道」は表裏一体の関係にある。そこに学校がどう関わるか。~先日2chで、こんな事を書いた(原文では改行あり↓)。
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>616 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/12/17(土) 05:02:37.02
>>書道界の間違いは、鑑賞者を書道界の中に作ったことでは?しかも作り手の側に。
>>>615はそのものズバリだなあ。学校では部活動に引っこ抜いて、卒業したら門人にする。うまく事が運ぶほど、生徒は書き手にならざるを得ない。書かない門人など考えられない。しかし授業なら話は別。書道選択者は門人でない。彼らが鑑賞者となっていくはずだった。部活そっちのけ、全力で授業やる先生いるのかね。極端な話、授業なら書道が嫌いでいい。それでも部活より高度な内容を授業で仕込む。嫌々やる生徒は多かろう。卒業でサヨナラ。後は筆を持たないかもしれない。でも古文書が読める。古典の知識がある。見方もわかる。それが鑑賞者の素養になる。学校以外に育てる場所はない。社中では書き手しか育たない。どんなに受験勉強が嫌でも後で役立ったりする。それと同じ事が学校書道で何故できない。嫌われるのがこわいから部活の生徒相手にひきこもる。確かに生徒は育つ。書き手になる。合宿で生徒いてこましてクビになるのも互いの不幸。授業の方がよほど安心安全だと思う。
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 さて。
 此度「旧板No.7240に始まるスレッド」を転載した訳だが、念のため旧板絶滅直後にグーグルのキャッシュからコピペした旧稿群を参照したところ、より大きなツリーに含まれる階層の一つに過ぎなかったらしい(因みに苹は、スレッドとツリーの区別が付かない)。
 手元に残る当該ツリーの目次は下記の通り(手作業の本文削除により作成)。投稿順序に若干の乱れがあるのは、表示順序の前後で各稿が別の階層に属するためである。(No.7278は闖入者の宣伝投稿なので無視されたし。)

(当該ツリー順番)
7285 今夜はヒマネタ… 苹@泥酔 2008/09/29 20:42
7288 Re:今夜はヒマネタ… ミッドナイト・蘭 2008/10/16 21:00
7289 Re:今夜はヒマネタ… ミッドナイト・蘭 2008/10/16 21:05
7298 久々なのにヒマネタ御免 苹@泥酔 2008/11/28 00:39
7284 散々良い思いをしてきて今更泣き言とは、もう一度良い思いをしたいのか 福田恒存をやっつける会会長 2008/09/27 11:15
7277 気が向いたから、長くしてみる… 苹 2008/09/11 21:39
7279 気が向いたから、長くしてみる…(其二) 苹@泥酔 2008/09/18 23:44
7280 追記 苹@泥酔 2008/09/21 19:29
7281 Re:追記 ミッドナイト・蘭 2008/09/22 18:05
7278 超特価四点セット3980円 Max-Xtender増 alibaba168 2008/09/15 11:40
7273 京大教授中西輝政氏のありがたいお言葉 福田恒存をやっつける会会長 2008/09/03 21:43
7275 Re:京大教授中西輝政氏のありがたいお言葉 ミッドナイト・蘭 2008/09/06 08:24
7272 いやはや、忙しい^^; ミッドナイト・蘭 2008/08/31 21:26
7271 ググれば心なごむwikiのひととき(?) 苹@泥酔 2008/08/27 00:27
7268 ちょいと忙しい^^; ミッドナイト・蘭 2008/08/25 21:13
7240 業務連絡 しおりさんへ ミッドナイト・蘭 2008/08/11 22:33
7241 取り敢えず、レス。 苹@泥酔 2008/08/13 00:21
7247 Re:書道の教科書を書いたかた 蘭@携帯 2008/08/15 09:25
7257 レス&呪い 苹@泥酔 2008/08/16 21:49
7261 Re:レス&呪い ミッドナイト・蘭 2008/08/18 22:14
7262 余談の余談 苹@泥酔 2008/08/19 00:18
7263 Re:余談の余談 ミッドナイト・蘭 2008/08/19 22:22
7264 余談の余談の続き 苹@泥酔 2008/08/21 00:49
7265 Re:余談の余談の続き ミッドナイト・蘭 2008/08/21 22:33
7266 余談の余談の続きの蛇足 苹@泥酔 2008/08/22 02:44
7317 あけおめ、ことよろ。 苹@泥酔 2009/01/02 01:11
7318 あお、こよ。(更に略^_^;) ミッドナイト・蘭@職場 2009/01/02 07:49
7584 石原都知事は非正規雇用九割を黙認? 苹@泥酔 2009/07/04 02:12
7617 「教育右翼」達の逆襲 苹@泥酔 2009/08/14 23:29
7620 恥を忍んで(其一) 苹@泥酔 2009/08/21 01:26
7623 恥を忍んで(其二) 苹@泥酔 2009/08/23 04:16
7624 恥を忍んで(其三) 苹 2009/08/24 06:57
7625 恥を忍んで(其四) 苹@泥酔 2009/08/25 01:26
7626 恥を忍んで(其五) 苹@泥酔 2009/08/25 23:31
7628 文部科学省への復讐? 苹@反日実験人格 2009/09/04 06:59
7629 「ひとへにかぜのまへの…」(!?) 苹@泥酔 2009/09/07 23:19
7631 【補記】鳩山、山川。 苹 2009/09/18 06:20
7633 「ハコモノ限界集落」への道 苹@泥酔 2009/09/19 22:21
7727 口先のパラダイム 苹 2010/02/23 23:40
7734 「書道美術新聞」雑感 苹@泥酔 2010/03/09 23:49
7738 【No.7734補記】シミュラークルの戯れ 苹@泥酔 2010/03/26 20:17
7740 高教研の思い出 苹@泥酔 2010/04/05 00:39
7789 【備忘録】教員配置と学級定員 苹@泥酔 2010/08/03 20:12
7586 班単位授業の思い出 苹@泥酔 2009/07/09 20:45
7588 No.7586の続き(改稿) 苹@泥酔 2009/07/11 21:29
7594 【No.7588補記】「夢奠帖」全文 苹@泥酔 2009/07/16 22:58
7598 「夢奠」ネタの続き 苹@泥酔 2009/07/17 21:04
7646 「夢奠」ネタから翠軒へ 苹@泥酔 2009/10/02 01:57
7648 【翠軒】追記の追記【書翰集】 苹@泥酔 2009/10/07 23:34
8【再掲】「恥を忍んで」12 ( 苹@泥酔 )
2012/02/03 (Fri) 21:58:10
7588 No.7586の続き(改稿) 苹@泥酔 2009/07/11 21:29

 これを書くと「なんぼなんでも遣り過ぎだ」と云われそうだが、取り敢えず前稿の続きって事で。~その前にいくつか、ぼんやりした疑問を。学習指導要領は指導の上限か下限か。どの程度の制約に縛られるのか。指導要領からの逸脱とはどんな状況を指すのか。そしてもう一つ、そもそも基礎とは何か。

 嘗て私は芸術科書道の授業で書道史を取り上げた。「書道Ⅰ」の最初に出てくる面々も当然その中に出てくる。…ここが他の教科と大きく違う。蓄積と反復の位相が転倒し、反復による自己言及的な蓄積が「別の蓄積」と等価な水準で盆踊りを始める。するといつしか死者が蘇り、しかも甦った死者は死者自身ではない。「私」のドッペルゲンガーの様に見つめられ(鑑賞)、頬を赤らめる瞬間に死者が微笑む(自運)。その彼方に幻のごとき知識が絡む。それはあくまで手掛かりに留まり、パズルの様な組み合わせから印象の里程標が生まれる。
 差し当たって、ゾロゾロ出てくるのは欧陽詢、虞世南、チョ(衣偏に者)遂良、顔真卿、王羲之。そうした面々が「書道Ⅱ」や「書道Ⅲ」でも繰り返し出てくる訳だ。ただの復習では面白くない。私は何か余計な事をしてみたくなる。
 中には大学の史学科や中国文学科などに進学する生徒も居るだろう。居なくたって基礎知識くらいは身に付けて置いた方がいい。あの手の支那人には名の他に、字や号などの別称がある。なにやら名前で呼ぶのは失礼にあたるらしい。そもそも跋文に「顔真卿」などと書くかね。大抵は「顔魯公」だろ。それくらい大学に行く前に覚えてろっつーの。てな訳で苹は余計な事を教えるのであった。
 例えば「信本、伯施、登善、清臣、逸少」の字グループと「率更、永興、河南、魯公、右軍」の官職呼称グループに分け、現代人の人名感覚から相応の距離を取ろうとした。「王右軍と云えば王羲之の事だな」と分かればそれでよい。ただし「漢字で書け」と出題するのはちと酷なので、定期考査では語群から選ばせるか何かする程度に留めた。
 しかしながら「わざわざ初唐三大家の字まで出す必要があるのか」と問われると返答に困る。たぶん宋の三大家なら構わないんだろうけど(これもダメだったりして?)。蘇軾と来れば子瞻に東坡に文忠。黄庭堅は魯直に山谷に文節。米フツ(草冠に市、もしくは黻)は元章に海岳(嶽)に南宮。「黄州寒食詩巻跋」を習えば東坡や魯直が出てくるし、書論をやれば「海岳名言」、「米海岳の名言集かしら」と思い至る。日本の例で云えば「福翁自伝」のタイトルを見て「福澤諭吉(雪池)晩年の自叙伝かしら」と思う様なものか(諭吉でなくても大目に見たりして…同じ「福」で始まる人なら恆存とか赳夫とか康夫とか)。
 さすがに授業で扱った事はないが、欧陽詢の書に「仲尼夢奠帖」ってのがある。そう云や中学三年の正月、面白半分に全臨した事があったっけ(遠い目…)。「仲尼」と来れば真っ先に思い付くのは孔子なのだろうが、この語彙は確か孝経にも出てきた気がするなあ。

 さて。
 そんなふうに進学先で役立つかどうかを考えると、どうしたって従来の書教育感覚には収まりきらない内容まで踏み込む事になる。強弁するなら「必ずしも教科書に載ってない訳ではない」。孫過庭の「書譜」には「逸少」が出てくるし、欧陽詢の「九成宮醴泉銘」図版の脇には、ともすれば魏徴の名前までが出てきたりして。
 そこで国語だ漢文だ。魏徴の漢詩なら大学入試に出る事もあるんじゃないかしら。もし「教科書に載ってない題材を試験に出すな」と言い募るなら、数学の応用問題はどうなってしまうのか。「丸暗記で対応できない計算問題は教科書に載ってないからダメ」とならないか。それと似通った発想で書教育を捉えれば、教科書の見方が自ずと変わってくる筈だ。「ただ書き写すだけ」と思っている人に限って、元々は国語の範疇にあった筈の言語芸術、教養芸術だという事を忘れている。GHQの占領政策を懐柔するため、さも視覚芸術であるかの様に装ったツケが、半世紀以上を経た現在も相変わらず総身に回っている。
 私にしてみりゃ、これだって立派な歪曲教育だ。殆どの大学専攻科ではまともな指導をしているらしいのに、それが下まで降りてこない。…まあ、高校以下で歪曲教育する側から見れば大学教育の方が間違っている様に見えるのだろうから、厄介な高学歴連中をそのまま受け入れる訳にはいかない事くらい大略の想像がつく。それよりは市井の「お習字」の先生を非常勤講師に雇った方が好都合なのも分かる(気に入らないなら簡単に解雇できるし)。高校教育を小学校レベルのまま高度な歪曲で包み込め。そのための方便としての「芸術」が学校教育には必要なのだ。芸術そのものを西洋文化で包んで丸ごと曲解させれば、日本や東洋の芸術に対する理解や実践の在り方そのものを根こそぎ破壊できるのだ。
 この点で私の教委批判と現場批判とが融合する。彼らは問答無用で「受験に役立たない科目」とのレッテルを貼り、潜在的な「受験後に役立つ余地」をも正面から潰しにかかる。教委は教員採用試験の実施を阻止し、そのための理由を現場から掻き集める。かてて加えて大抵の場合、どの高校でも書道担当教員は一人だけ。要するに孤立無援となりやすい。大学側としても学生の就職先を敵に回すのは得策でないのだろう。いつだって及び腰。何の力にもならなかった。それを不本意に思う大学教官が少なからず居る事は知っている。しかし「その後が続かない」。少なくとも十年前の段階ではそうだった。私の見るところ、毎年バカの一つ覚えみたいに採用試験を実施してきた岩手県を除いては。(実態はどうだか知らないけど。)

 栃木の大田原市では扶桑社教科書を継続使用するそうな。自由社のを支持する側ではガッカリした事だろうが、結局は持久戦だから「まだこれからだ」と奮起するに如くはなし。
 私は書教育界の隠忍百年を覆したいし、そのモデルケースとして歴史教育方面の運動十年を注視している。そこから何か学べるのではないかとも思っている。切磨箴規の志あれば…多分どうにかなるだろう。なる様になるだろう。まだまだ隠忍の日々は続く。それだけは当初から当たり前の様に覚悟している。
 楽観的かつ激甘に見積もって、…二十年後にはどうにかなっていればいいなあ。


(補記~余談)
 以下はNo.7586で書いた楷書古典選択制の話。
 孔子廟堂碑と九成宮醴泉銘(or皇甫誕碑)の一方だけを集中練習させたのは、平たく云えば「虻蜂取らず」になるからである。どちらも完成された間架結構法に則っており、正直に云うと「こんな高度な古典を最初に学ばせる神経を疑いたくなる」くらいなのだ。
 例えば「風」の中の部分をどう書くか。風構えの二画目を伸びやかに生かすには、中を大きくし過ぎるとマズイ。九成宮の場合は特に手が込んでいて、二画目の横画部分と三画目(活字では左払いだが書写体では横画)の間が絶妙の間合いとなっている。そうしたあれこれを観察するだけでも困難なのに、真似て書くとなるとその苦心いかばかりか。バランスは無数の部分から成る全体となって凍りつき、それを解凍しようとすれば忽ちバランスが崩れかかる。それを支える力持ちの座にいきなり据えられるのだから、私は練習時間不足の生徒達に心から同情するね。その辺の事情は(私の場合)上条信山や小暮青風、松本芳翠、柳田泰雲などの臨書集を手当たり次第に書き分けてみるとよく分かる。
 雁塔聖教序と顔真卿の書を一括りにしたのは、筆の弾力に注意を向けさせる肚。前者は剛毛なら鈴木翠軒、柔毛なら手島右卿が好ましいが、好みは人それぞれだから比田井天来や上条信山などの様になっても構わない。顔真卿のは比田井南谷の説明が勉強になった。ただし多宝塔碑の場合はむしろ「お習字」系の延長で書く方がよさそうではある。余計な事は考えない方がよいのかも知れない。そうした疑問が常に蟠っている。
 北碑の臨書では存分にひねくれてみた。日下部鳴鶴ばりの廻腕法で書いてみたり、筆管をバッタンバッタン倒して西川寧だか趙之謙だか分からぬ逆入平出を演出したり。それくらいは高校教員なら誰でも紹介くらい出来るだろう。かと云ってゲテモノ扱いされても困るが。個人的な好み(?)では、落としどころとなると上条信山か。
 どの書きぶりも、浮気すると楽しい点では天下一品の先人達だった。



7594 【No.7588補記】「夢奠帖」全文 苹@泥酔 2009/07/16 22:58

 本題とは全く関係なきカラヤン命日に供するは、以下の欧陽詢「仲尼夢奠帖」全文。~訓読の便宜上、ここでは取り敢えず『書跡名品叢刊』170(二玄社)P.88の釈文に依拠し、括弧内に返り点を付す。
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>仲尼夢奠。七十有二。周王九齢。倶不(レ)滿(レ)百。彭祖資以(二)導養(一)。樊重任(レ)性。裁過(二)盈數(一)。終歸(二)冥滅(一)。無(レ)有(下)得(二)停住(一)者(上)。未(レ)有(二)生而不(レ)老。老而不(一レ)死。形歸(二)邱墓(一)。神還(レ)所(レ)受。痛毒辛酸。何可(二)熟念(一)。善惡報應。如(二)影隨(一レ)形。必不(二)差二(一)。
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 「夢奠」で検索したところ、どうやら「禮記」檀弓上第三などがベースらしいが、その辺の事は私の専門外ゆえよく分からない。…それはそうと、検索中に張崑將(台北醫學大學醫學人文研究所)「死亡的思考」と題する論考を発見したので紹介してみる(↓)。
http://120.118.195.1/aseip_folder/96excellent/970103%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E7%9A%84%E6%80%9D%E8%80%83%EF%BC%88%E6%AD%A3%E4%BF%AE%E7%A7%91%E6%8A%80%E5%A4%A7%E5%AD%B8%E8%AC%9B%E7%B6%B1%20%E7%B0%A1%EF%BC%89.pdf
 中にはこんな記述(↓)も出てきて、小見出しに思わずドキリとさせられた。検索結果表示の「HTMLバージョン」経由でワープロにコピペしたら文字化けがあったので(何故だ?)打鍵し直したが、正確な表示はPDFの方で見てちょ(↑)。
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>e.日本民族:櫻花與武士道的死亡精神
>大和魂並不是柔弱人工培養的植物,而是指在自然的野生物,它是日本風土中固有的。也許它偶然與其他國土的花相同性質,但它的本質則完全是在我國風土上所固有的自發產生的。然而櫻花是國產的這一點,並不是我們喜愛它的唯一理由,它以其高雅煦麗的美代表我國國民的美感,這是其他任何花所不及的。我們不能分享歐洲人對薔薇的讚美。薔薇缺乏櫻花具有的單純。再者,薔薇在甜美之下暗藏著刺,它對生命的執著,與其落花離枝,它寧肯枯萎在枝頭上。就像嫌惡和害怕死亡似的,它的豔麗的色彩、濃郁的香味,所有這些都是和櫻花有所不同的特性。我國的櫻花,在它的美麗下面並沒有藏著刀刃和毒素,任憑自然的召喚,隨時都能捐棄生命,它的顏色並不華麗,它的香味清淡,並不醉人。一般來説,色彩和型態的美只限於外表,它有固定不變的性質。反之,香味則是昇華的,有如生命的氣息一樣。因此,在一切宗教儀式上,花香和沒藥有著重要作用。在花香裡面有著某種振奮精神的東西,太陽從東方一升起,首先照亮了遠東的島嶼,櫻花的芳香使清晨朝氣蓬勃,再也沒有比吸入此時的氣息更為清新爽快的感覺了。新渡戶稻造:《武士道》,頁139-140。
>
>f.儒家士大夫死亡觀與日本武士的死亡觀之比較
>中國「死與仁」、「死與孝」vs.日本「死與忠」(獻子成忠之對照)
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 ううう…大雑把にしか読めない(泣)。
 副読本としては、加地伸行『儒教とは何か』(中公新書)冒頭の「はじめに」が読みやすかった(でも読了した記憶はない…あらためて読み始めて反省orz)。



7598 「夢奠」ネタの続き 苹@泥酔 2009/07/17 21:04

 私は「礼記」の本を見た事がない。昨夜のネットが初めてのチラ見。~今日は当てずっぽうに小川環樹・今鷹真・福島吉彦訳『史記世家(中)』(岩波文庫)を参照した。するとP.324にこう書いてある(孔子世家、第十七↓)。
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>孔子は子貢に向かって言った、「天下に道が失われて久しくなった。わたしを師とするひと(諸侯)はいない。夏の世の人びとは東側の階段の上で殯(かりもがり)をし、〔いま〕周の世の人びとは西側の階段の上で、かりもがりをするが、殷の人びとは両柱の間(堂の二本の柱の中間)で、それをした。昨晩わしは両柱の間にすわって供物をそなえられている夢をみた。わしはもともと殷ひと〔の子孫〕だからだろうな」。その七日後に〔孔子は〕亡くなった。孔子のとしは七十三歳で、魯の哀公十六年(前四七九年)四月己丑の日に亡くなったのである。
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 なおP.341の訳注には「この対話のことは『礼記』檀弓上篇に見える」とあり、また「孔子の死亡の日付は『左氏伝』に載っている」とある。
 昨夜の検索で見た「夢奠」は「供物をそなえられている夢をみた」に相当するらしい。この岩波文庫本は上記の通り翻訳であり、原文は載っていない。だから~しつこい様だが、私は原文を見た事がない。ネットで見るまでは「夢奠」との結び付きが得られなかった。後から思えば何十年か前、実用書式の習字で「御香典」を「御香奠」と練習したものだが、なにしろこちらは専ら先入観(ボロボロの紙幣を包む)に囚われているもんだから、そこから連想するのは些かキツイ。

 加地伸行『儒教とは何か』(中公新書)「はじめに」Ⅳ頁に「殯」の話が出てきた。その箇所を以下に転載する。
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> 儒教では、死者になると、それを悼んでいろいろな儀式を行なう。始めにまず北窓の下にベッドを設けてそこに遺体を安置する。これは儒教の規定である。このあと順を追って実にこまごまとした規定の下に儀式を進行する。そして出棺となり墓地に葬る。死から葬るまでのその間、遺体を家に安置しておくが、このことを殯(もがり・かりもがり)という。死後すぐに遺体を葬るわけではない。今日の葬式において、お通夜をしたり告別式がすむまで柩を安置しているのは、(遺体を葬る、あるいは焼くまで、医学上・法律上の時間制限があるが、それは別として)儒教における殯の残影なのである。もちろん、日本における古来からの習俗とも融合してはいるが。
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 …で、「なるほどなあ」と思った。
 字(あざな)の話が「仲尼」に及んで、そこから話が欧陽詢の「仲尼夢奠帖」へと移り、かくて上記の通り。しつこい様だが、~私には多分「少しだけ」しつこい面があるのだろう(ぬけぬけ)。



7646 「夢奠」ネタから翠軒へ 苹@泥酔 2009/10/02 01:57

 忘れた頃に蒸し返す。苹はそーゆー男です。(もしかしたら女かもよ?)
 欧陽詢の行書は、仲尼夢奠帖を含む所謂「史事帖」各種が最も確からしい。もちろん後世の模本を刻した可能性はある(戲鴻堂帖など)。量的には行書千字文(遼寧省博物館蔵)が学習に好都合だが、稍や堅苦しさが目立つため、そうした点では史事帖の方が学びやすいとも云える。夢奠帖の全文は先日No.7594に転載した。
 嵯峨天皇の書と伝わる宮内庁蔵本に李キョウ雑詠がある(キョウは「山喬」)。これがまた見事に欧陽詢の書きぶりと似ているので、そちらの観点からも貴重とされる。…で、これらを書き分けようとすればどうなるか。今夜のネタはズバリ、これである。

 今はどこにでもある「唐筆」仕立ての筆で書くと、普通なら欧陽詢のそれと近い筆触になるだろう。しかし開国前後の毛筆事情は今とかなり違っていたらしい。向久保健蔵『The筆』(日貿出版社)P.141にはこう書いてある。
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> 新旧の用毛・製筆法の交替は巻心筆を初め従来よりの手法もまだまだかなりな分野を占めていた用毛においてもやはり鹿、狸、馬が絶対量を保っていた。従来微々たる存在だった羊毛の占める比重が、少しずつ増大傾向をたどった。
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(この手のネタは昔どこかに書いた気がするけど…まあいいか。)
 巻筆は紙巻筆とも呼ばれ、日本では大昔からこの製法だった。それが明治維新後に今の筆(水筆、捌き筆)へと変わったため、「今日ではその製法も使用もほとんど行われていない」(P.63)そうな。籠巻筆は金網を巻いた筆。比田井天来が特注した話はそこそこ有名(?)…な筈。
 小筆には色々な種類があるが、中でも面相筆は、仮名をやる人なら半分くらいが使っているんじゃなかろうか。長く鋭い仕立ての筆で、ざっと見るところ鼬の毛が多い。日常書記の他、日本画や漆器製作などでも使われているらしい。今は筆と云えば殆どの人が半紙に書く時の大筆を思い浮かべるのだろうが、日常書記では小筆を使うケースが殆ど。だから小筆を中心に考えるのが本筋だし(支那なら白居易みたいに紫毫の絡みか…)、大筆は掲示物で使うケースを除けば概ね手習いや趣味の領分となる。そう考えるなら大筆は或る意味「小筆のバケモノ」と云えなくもない。その事について考えさせられたのが、私の場合は所謂「翠軒流」だった。
 明治以後の漢字書道は支那一辺倒で、書家が唐筆の作り方を日本の筆屋に学ばせたもんだから上記の仕儀と相成った。日下部鳴鶴は羊毫長鋒、しかも楊守敬から学んだ廻腕法で書く。中林梧竹は渡清して本場の書法を学び、あちらで特注した羊毫長々鋒の渾名が「鯰の髭」と来たかと思えば、晩年は長々鋒派から極端な短鋒派へと豹変。…実は大学時代に見習ったら温恭堂の「一掃千軍」や玉川堂の「則天」では物足りなくなって、妄想を膨らませた挙句イメージ上の「鯰の髭」を特注してみた事がある(6mm径90mm長)。そしたら見事に失敗(?)して「近代詩文書専用珍筆」みたいになっちまったけど、かと云って書けない事はない(教員時代も生徒の前で使って見せた)。本来の目的からしてみれば「一回り小さ過ぎた」って事なのかも知れない。つまり『梧竹五體法帖』(清雅堂)を演繹して所謂「立ち書きの法」で…と。そこでもサイズ指定のイメトレ時点で翠軒流が影響した。
 鈴木翠軒の使う筆は、普通サイズの玉川堂製「閑雲」以後、面相筆のバケモノみたいな「白狸毫」へと移った。それで半切五字大、尺八屏二行十四字大の行草を書いていたのだから凄まじい。普通の大筆ばかり使っている明清調の人(後輩の大学生)に初体験させたら誰もが戸惑っていた。しかしよくよく考えてみると、仮名の人って面相筆を使いこなしてるんだよなあ。~漢字と同様、翠軒の仮名は有名である。だからこそ和漢混淆文で本領発揮、翠軒の書簡は歴史の切断を超克する上で最重要の鍵となる可能性を秘めている。
 その翠軒が漢字の基礎を王羲之、空海、嵯峨天皇で鍛えた(天皇陛下の御下問にそう答えた)。中鋒用筆を漢字から抽出した上で、仮名と融合させるための手札とした。その交点に件の雑詠がある。仔細に見ると欧陽詢とは全く異なる用筆が散見され、側筆ですら「穂先が後から付いてくる」結果に過ぎないのだと諒解できる。しかし反面では筆毛自体の弾力に負う面が大きく、事によると羊毫主流の時代とは相容れない面があり過ぎるのかも知れない。そんなふうに捉えるなら、翠軒の古典主義感覚は方法論的な限界を含むがゆえに、未来志向型古典主義の手島右卿よりは比田井天来に近い立ち位置にあるかの様に思えてくる(右卿は嘗て洋画家を目指した事があるそうな)。
 漢字から仮名へと向かう歴史的文脈の中で、中国と日本との切断時代を後から日本に取り込もうとすれば必然的に摩擦が起こる。それを執拗に繰り返したのが開国後の日本だった。言い古された「脱亜入欧」なんて言葉とは無縁な世界がそこにある。戦前の日本は西洋ばかりを見ていたのではない。開国早々、支那文化の深奥にも早くから踏み込んでいたのである。そうした視点を欠くと憧憬と幻滅とのバランスが取れなくなる。保守の宿命は常に真の歴史から呪縛されている以上、「保守の自己欺瞞」は結果的に、昨今の自民党の様な疲弊状態を自ら招き寄せる事になるだろう。

(追記)
 以下は教員、愛好家、知識人、研究者その他の興味ある方々に宛てて。
 嘗て月刊『書道研究』1989.3号(萱原書房)の広告に載っていた、翠心会の自費出版らしき『翠軒書翰集』は今も在庫が何十冊かある(当時の広告には「残部僅少」とあるけれど)。そう断言する理由は、苹んとこに在庫の保管役を押しつけたきり、そのまんまになってるから(苦笑)。
 あたしゃ1999年に「学校教育フルボッコ」の覚悟を決めて以来、彼らとの関係一切を絶っている。と云うのも、翠心会の会長を含む青森市内のリーダー三人は高校書道教員だから。うち二名が既に退職、残る一名もそろそろ定年退職する筈。それを私は待っている。退職したらただの人、苹が何を書いても「迷惑だからヤメロ」は通用させない。
 注文したい人は、あちら宛に連絡どーぞ。昔の読売書法展の図録には住所など載ってるし。もし「在庫がありません」と云われたら、此処のカキコを根拠にしてみそ。「約十年前迄そちらのお世話になっていた渭苹さんが、処分に困ってるそうです」ってね。「引き取りたい」との連絡が来たら、その旨こちらで報告する予定です。…え? なぜ自分で売らないかって? 関係を断絶してても無断で売ったら着服になるでしょ。勿論ここで注文カキコされても困ります。私は関係ありません。あちらを通して下さいな。

(更に補記)
 紙巻筆ネタを昔どこに書いたか…見つけた。此処だった(汗)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7031&range=1



7648 【翠軒】追記の追記【書翰集】 苹@泥酔 2009/10/07 23:34

 『翠軒書翰集』ネタについて、念のため附記します。
 段ボール箱ごと車庫の階上に約二十年間放置しているため、今どんな状態になっているか未確認です(確認する気もない)。冬場の気温変化が稍や気になりますが、少なくとも車庫に雨漏りはありません。~本はかなり上質な装幀で表紙は裂地。さすが定価一万数千円するだけの事はある。細部の凝った仕様は鎌田雨溪氏(陶芸家でもある…最近は地元で新聞沙汰になった通り発明家の一面も?)が担当した筈。当時の発注先は遠藤雨山氏(今は翠心会の会長)宅。
 かれこれ十年くらい前になるかしら。本を持て余した苹が菊池翠汀氏(文筆名は五味汀子)に相談した事がありました。インターネットで再宣伝したらどうかと。その時の反応は「やめとけ」でした。そのうち朽ちるぞ(苦笑)。東京神田の飯島書店(書道関連古書店)あたりに纏めて引き取って貰う手もないではない筈なので、そちらに「なんとかならないか」と持ちかければ会長との直接交渉が成り立つかも。…とにかく苹はさっさと手を引きたい。大袈裟に云えば、いつ死ぬか分からぬ身なんだし(それにしては、ネット遺言の筈が何年も長続きしてるけどw)。また実際、そんなに冊数がある訳でもない。押しつけられた時に数えたら五十冊未満だった筈(とっくに忘れてるが、或いは二十数冊程度だったかも?)。
 そんなのテメエが連絡すればいいじゃん…と思う人が中には居るかも知れない。その人は多分、前稿で「彼らとの関係一切を絶っている」と書いた意味をよく理解していないのだろう。何処で何が繋がっているか分からない。私は青森県が組織ぐるみで行った教育偽装のネタをいくつか抱えている。~そう云や、先日は弘前市でパソコンソフトの不正使用が発覚してたっけ。何千万円か賠償するらしい。私の勤務した高校でも行われていたのになあ。教育界は市役所以上に保護されているって事なのかしら(具体的にはアドビのフォトショップとか)。

 最後にエピソードを一つ。
 ~何年か前の或る日、書店の外商部の人が本を配達しに来たそうな。いつも注文してくれるから…なのだろう。粗品を持ってきたのはいいが、それがなんと『翠軒書翰集』(笑)。そんなの十年以上前に買って持っているのは家人もよく知ってるから、怪訝に思って訳を聞いてみたそうな。…実は店でも持て余していたらしい。そこで「あそこの家は興味ありそうだから」ってんで持ってきた。帙はかなり日焼けしており、売り物になりそうもない状態だった(ただし中身は極上)。それだけ長い間、店頭で「見向きもされなかった」って事なのだろう(単に値段が高過ぎただけ…と云えば身も蓋もないが)。
 …てな訳で、件の段ボール箱(預かり物)とは別に私物の『翠軒書翰集』が二冊、書棚で位牌の様に並んでいる。(書棚は仏壇と似ている…いっそ書壇と呼んでみるか…いや、なんぼなんでもそれでは冗談の度が過ぎる…)
8【再掲】「恥を忍んで」11 ( 苹@泥酔 )
2012/02/02 (Thu) 22:10:34
7740 高教研の思い出 苹@泥酔 2010/04/05 00:39

 先日『WiLL』2010.5号を買ってきた。今回は日教組の特集。ざっと読んでみると、所々に思い当たる節がある。~例えば義家弘介「アンタッチャブル日教組」P.55。苹の在職当時、青森でも自宅研修は容認されていた。あれって問題あるのかなあ。そんなふうに考えた事なかったぞ。
 と云うのも理由がある。そもそも学校や研究会で何が研修できるのか、そこが私にはよく理解できないからだ。余所では組合の先生か誰かから、「こんなふうに教えなさい」とでも指導されるのだろうか。あたしゃ高教研で研究発表を見た事はあっても、研究授業を見た事はなかったのよね(そもそも実施されてない)。
 ~本の山は自宅にある。文房四宝など諸々の文物も同様。だから自宅でないと勉強にならない。七つの部屋で書物の海を渡るのが何より楽しい…となれば、これを教材研究に利用しない手はない。一つの教材に数十冊分のエッセンスを凝縮するのは日常茶飯事。仮に私物数百冊を学校搬入したとして、夜中に泥酔しながら教材研究して遊ぶ時はどーすりゃいいのよ(今こうしてゴチャゴチャ泥酔カキコしているのと似た様なもんだ)。
 或る夏の高教研書道部会で、翌年の研究発表が苹に回ってきた。視点ならゴマンとある。ざっと思い付くまま並行して寄せ集め、想を練って楽しんだ。…成績評価をネタにしようか。所詮は単年度評価である。やろうと思えばいくらでも形骸化できる。高校で小学生レベルの知識や実力しか身に付かなくても構わない。なにしろ翌年に繰り返せばよいのだから(今年も明日から再放送の始まるNHK教育「書道は楽しい!」を見りゃレベルの低さ丸分かりw)。
 そうした形骸化のカラクリ分析を秋の時点で考えていた。他にもあれこれ想を練っていたら、四月になる一週ほど前、目出度く唐突に教職追放の通告きたる(一ヶ月前じゃないよ♪)。…高教研では別の人に発表の役が回ったのかしら。だとすれば、その先生の準備期間は「四月から夏の本番まで」って事になった筈。
 東京ではどんな具合になってるのやら。都立高校の内訳は…想像を絶する?(↓)

(補記)
 以下はセレブ奥様(西尾日録管理人様)のブログに書いたコメント二稿の抄録。
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>(以下余談)
> 「今の高校は明日の朝鮮学校」ってネタの続きを天バカ板に書く予定だったけど、只今注文中の岩田誠編『神経文字学』(医学書院)がまだ届いてないんで躊躇してまっす。でも、なんか例の高校授業料無料化法案の可決が迫ってるみたいなんで、取り敢えずこちらで短くコメントをば。
> 苹の見方では、教育界の民主党支持は「高校教育からの離脱」が動機。他方、初手から離脱してるのが朝鮮学校。つまり朝鮮学校は高校の先輩格。これまでは高校教育から内々に離脱(=予備校化)しても構わなかった筈なのに、いきなりの未履修問題で教育界を激怒させたのが自民党政権だった。
> 高校には一条校特権があるけど朝鮮学校にはない。そこで今回、先ずはバラマキ攻略から事を始める。朝鮮学校レベルの「逸脱」ぶりでも高校並みのバラマキ支給が可能なら、高校側の「逸脱」だって平等に容認されるべきだろう。日教組も北教組も、この点では見解が一致してるんじゃなかろーか。保護者は子供を出来るだけ上等な大学に入れたい。そうした心理を味方につけて、高校の予備校化(=逸脱)を推進する。文部科学省の支配に楔を打ち込み、大学との間接的癒着関係をいっそう強化しつつ経営安定をはかる。そうでなくても統廃合圧力がキツイ時代なんだから、ここは本気になって取り組まにゃーならん正念場ってこった。
> たぶん図星だろうとは思うんだけど、産経かどこかで裏を取ってくれないかなあ。その結果次第で、こちらは更に熟考するつもりなの。
>【2010/03/16 06:23】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]
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>(以下、またまた余談)
> 国語方面を絡める場合、いくつか手はあるのでしょう。大学入試の古文・漢文を活字でなく書字画像で出題すれば、どのみち読めなきゃ「話にならなくなる」様に。ただし原典画像に拘ると時代差があり過ぎる点が問題になるけれど。そこんとこを嘗て補完したのが国定手本時代の習字教育…とは云えそう。国定の甲種や乙種が果たした役割は、江戸時代に御家流が担った規範性を概ねそのまま引き継いでいた模様。
>
> その手の話とは別に、前稿で書いた予備校化云々には、「学校が予備校化」と「予備校が学校化」の二面あります。例えば反日予備校が学校化する場合、朝鮮学校を一条校化する方向に行くでしょう。そして反日学校を予備校化する場合は、一条校を非一条校化する手が考えられるでしょう。
> ステロタイプの印象を「北教組=反日」と見なす場合、その構成員の属する学校は概ね、程度に差のある反日学校と云えるでしょう。仮にこれを人事異動でジュースみたいに濃縮(?)して、学校を丸ごと北教組100%にすればどうなるか。濃縮果汁の原液は濃過ぎて飲めない(なんか素っ頓狂な喩えになっとるな…汗)。問題は薄め方です。従来の仕方では、薄めれば「果汁20%」てな具合になる。でも市販の100%ジュースはそうでない。教員加糖液で薄めるからパーセンテージが落ちる。ならば民間水で薄めればよいではないか。なにしろ水(民間人)は果汁(公務員)ではないのだから。
> この方式は部分的ながら、既に実用段階にあります。~非常勤講師を非公務員と見る場合、都立高校では書道担当教員122名中の内訳が公務員2名で非公務員120名。それを学校全体でやると、校長と教頭が公務員で他の全員が非常勤講師でも構わない事になるでしょう。ただし教員免許は相変わらず必要ですが。
> 尤も、それなりの手はある筈。意図的に無免許の人(塾や予備校の先生が望ましい)を集めて、全員に臨時免許を交付すればよい。…法律を整備して朝鮮学校の先生にも臨時免許を出す一方、北教組の先生が朝鮮学校に出向・研修する。事実上の「北海道立朝鮮学校高校」が出現し、既存の朝鮮学校では相対的な存在意義が薄まる。嘗て大学教育学部に「ゼロ免」課程が出来た様に、高校にも「ゼロ卒」課程を設ける。すると「卒業証書」授与課程(学校教育課程準拠)と「修了証書」授与課程(非準拠)とが共立し、やがて非準拠課程に特化した学校(?)が出現する。
> …例えばこうしたシナリオを妄想する場合、どの段階で反日教員を非公務員化すればよいのか。~とどのつまり、苹はそこんとこに興味があるんですね(汗)。悪い冗談と云えばそれまでなんだろうけど、だからと云って、頭から非現実的な話と決め付ける訳にもいかない。(玉石混淆の思考実験が諸々あって初めて、選択的かつ具体的なディフェンスが可能になる筈ですから。)
>【2010/03/17 21:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
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 上記稿で云うところの「ゼロ卒」課程で、生徒が大学受験する場合は高校卒業程度認定試験(だったかな?)を経由すればいい訳でんな。

 その後「2010/04/02 19:26」の非表示稿を書いた。これも抄録して置く(送信後に発見した誤字は修正)。
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> 以下、『WiLL』2010.4号P.103の教会ネタについて余計な妄想をば。
> ふと気付いたのは、日本にも本家に劣らぬ数の教会があって、しかも総ての国民が通っていて、また憲法でそう義務付けられているって事です。ただし外国との決定的な違いがあります。教会に通うのは子供ばかりで…と書けば誰だってピンと来る(笑)。つまり苹は今、そもそも翻訳語が間違っているとする視点で書いている訳ですナ。従って日本は「政教分離していない」。更に突っ込むなら「憲法違反が当たり前」。
> だから平気で「自衛隊は軍隊でない」などと云える。法治国家ならざる法治国家であるがゆえに、解釈改憲の柔軟性が憲法改正を阻む。それどころか憲法九条をバイブル扱いするかのごとき印象が濃厚で、「憲法教」と呼ばれるに至っては明らかにカルト宗教の扱い。…さあ、ここで話が繋がった。その宗教は何処で布教されているか。これを教会と呼ばずして何とする。世が世なら寺子屋だ。「寺」って一体なんだろね。
> 公立の教会で働く人々は公務員だ。公務員が労働者である。組合活動も政治活動もする。もちろん布教活動は当たり前。つまり彼らは聖職者。誰か文句あるか(爆)。
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7789 【備忘録】教員配置と学級定員 苹@泥酔 2010/08/03 20:12

 先ずは産経記事全文引用。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100801/edc1008012304003-n1.htm
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>【解答乱麻】教育評論家・石井昌浩「35人学級」を論じる前に
>2010.8.1 23:03
> 中央教育審議会の分科会は、公立小中学校の学級編制基準を1学級40人から35人に引き下げる提言をした。教師の目を行き届くようにして、いじめ、校内暴力、不登校、学力低下などの教育現場の問題解決を目的としている。
> 昭和55(1980)年度以来、30年ぶりとなる学級規模の見直し提言について、新聞などの論調はおおむね好意的であり、少人数学級によるきめ細かな指導を期待する点で共通している。しかし、30年教育行政の末端にいた私の体験からすると、中教審提言は教育現場が抱える困難の本当の原因について錯覚しているように思えてならない。その理由を3つ述べたい。
> 第1は、学級定員を減らせば、行き届いた教育ができるかのように勘違いしている点である。問題の核心は、教室で授業が成立するかどうかである。教室で起きている困難は学級の人数の多少によって軽減されるほど単純ではない。原因は子供たちが「お友達先生」の言うことを聞かなくなったことにある。この原因を脇においたまま学級の人数をいじってみたところで、何も変わりはしないのだ。
> 朝日新聞の調査によれば、中途退職の教師はこの5年間に、年平均で1万2千人を超える。子供や保護者との関係に悩むことが辞める最大の原因とみられている。現場の教師たちが精神的にのっぴきならない所に追い込まれている実態を反映する数字である。教師と子供の関係を根底から見直そうとする視点を欠く少人数学級の論議は現実離れした空論である。
> 第2は、提言に政治的な背景が感じられる点である。子供手当、高校無償化、35人学級をセットとして考えると提言の政治色が浮き彫りにされてくる。それぞれ、大衆受けする、いいことずくめの理屈づけがされている。しかし、子供手当は「子育ての社会化」、高校無償化は「高校全入」、35人学級は「30人学級」の実現を意味するのだ。いずれも政権交代を契機に、これまで運動として積み上げてきたスローガンを丸(まる)呑(の)みした、人気取りのバラマキ政策でしかない。
> 第3は、35人学級論議が30年前の、ゆとり教育導入時のムードに似ている点である。いじめ、校内暴力など教育荒廃の原因を詰め込み教育と受験競争過熱に求め、すでにアメリカで失敗した進歩主義教育理論に基づく子供中心主義を導入したのがゆとり教育だった。
> 今、教育現場の抱える問題解決の切り札を学級規模の縮小に求めている。30年前と共通する懸念は、論議の過程で問題の本質がどこにあるのか曖(あい)昧(まい)にされてしまう点にある。
> わが国の教育が当面する問題の核心は、ゆとり教育の過ちを正し、行き過ぎた子供中心主義を見直すことである。根本から目をそらしたままで、40人を35人と小手先の改善をしたところで、問題は何も解決せず、「次は30人、その次は20人で」となるのは目に見えている。ことの本質は学級規模の大小ではないことを知る必要がある。
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 これを読んで、ふと思い出した事を。~義務教育段階ではなく、差し当たっては高校教育の話。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_p_416.html
 教員の配置には、結構「小回りの利かない」側面がある。見方次第では相対的でもあって、学校規模が小さくなるほど硬直しがちになるのは、それだけ少ない教員数で遣り繰りせねばならなくなるからだ。そのため理科の先生が数学を教えたり、公民の先生が地理歴史を教えるなどの兼任措置が必要となり、臨時免許を年間百人に交付するケースが出てきたりする(リンク記事参照↑)。対策としては学校統廃合が効果的と云えるが、通学区域の拡大や愛校心の複雑化など、それなりの問題はある。~昔は通学区域が広かった。それが進学率上昇やベビーブーム、学校数増加、交通機関発達などにより相対的に狭まった。愛校心云々は敗戦後の教育改革に遡る。制度そのものが根こそぎ変わったから相対的には目立たぬのだろうが、例えば旧制中学と女学校との統合は愛校心の行方を新制高校へと誘った。これがもし同じ高校制度の枠内だったなら、統合後の高校内で地域派閥化の動きが別の形で表面化した事だろう(高教研の生徒指導部会で以前、六カ所高校における当該事例報告を聞いた)。
 もし高校でも学級定員が減ると、規模に応じた教員増員が必要になる分だけ人件費がかかる。
 従来は臨時免許を他教科教諭に交付して、現実の無免許指導状態を名目上で解消した。或いは常勤講師や非常勤講師を活用して人件費を抑制した。それも既に限界で、例えば都立高校の書道教員122名(うち非常勤講師120名)をこれ以上どうにかするとしたら、思い切って芸術科目から書道そのものを取り除くしかない。この点、選択科目にはまだ淘汰の余地がある。しかし主要科目となると話は別で、無免許状態の名目的解消では受験ニーズに対応できない。そこで「選択と集中」を画策した結果、全国規模の未履修問題が「起こるべくして起こった」のだろう。

 学級定員は生徒集団の単位となる。他方、教員の担当授業数は週に15から20時間程度が普通なのかいな。
 一クラス40人の場合、五単位の授業を四クラス担当すれば20時間で160人。四単位の授業を五クラス担当すれば20時間で200人。芸術科目の場合は一単位だったり二単位だったりする。仮に二単位六クラス、一単位三クラスとするなら、担当時間数は合計15時間と他の先生方より少なくなるが、選択科目ゆえクラス25人で数えれば二単位150人と一単位75人で計225人、30人換算なら180人と90人で計270人程度にはなりそうである。
 これをクラス35人で単純計算すると、担当生徒数は五単位で140人、四単位で175人。芸術は二クラスを三分割してクラス20人換算なら120人と60人で計180人だが、三クラスを三分割する場合そのままクラス35人で数えれば210人と105人とで計315人はいける。もしくは分割後の規模をクラス40人程度に詰め込んで、二単位は四クラス160人、一単位は一クラス40人とする事が編成上可能なら九時間で計200人。~クラス単位が小さくなれば、一教室あたりの収容人数に融通が利く。科目によっては教員の負担を増加させる事が可能だし、その分だけ「担当授業時数の少ない」非常勤講師には高い処理能力が求められよう。
 教員配置の基準は担当生徒数でなく担当授業時数の方だから、どのみち生徒数格差と授業時数格差の双方が拡大する結果となるだろう。相対的に重要な科目は単位数が多いので、そちらでは担当生徒数を減らして「肌理の細かい授業」を目指す事になる。しかし相対的に重要でないか、もしくは学習内容の多様化に即した科目では、単位数の少なさが学校規模の限界と相俟って、学校経営を自家中毒状態に追い込む筈。
 このジレンマは些か厄介である。小規模校では科目の維持がそもそも困難なのに、かてて加えて大抵は「進学校ではない」。せめて多くの進学校が小規模であったなら、高校から予備校へと改組する手もあるだろうに。これなら卒業証書は得られなくとも、高校卒業程度認定試験経由の全員大学合格を目的とした「特色あるカリキュラム」が組める筈である。そして大手予備校との過当競争を避けたいなら、大規模進学校は高校のままでも構わない。…問題は「高校のままでしか居られない」側にある。どうにかして皆「ただの高校」から「進学校」へと抜け出したい(「ただの高校」からでも大学進学は可能な筈なのに?)。つまり慢性化した偏見の下、もはや月並みの高校教育は不要となっている。にもかかわらず高校全入に無償化が重なるのはこれ如何に。早急に高校から進学校を救い出さない限り、高校進学率は下がらないから高校無償化の税負担も下がらない。

 こんな事を書くと、「何を甘っちょろい事を」と思う人が少なくないのかも知れない。世間的には一人の専門職が毎週二百人を相手にするくらい、どうって事はないのかも知れない。しかも内容は大体みな同じ…と、或いは信じられているのかも。人事異動で誰がどの学校に転勤するか、その時になってみなきゃ分からない。進学校も底辺校も同じ授業内容…などと思う人はさすがに居ないだろうが、ただし同一性信仰へと駆り立てる「錦の御旗」なら学習指導要領ってぇのがある。
 進学校は教諭が多く、底辺校は講師が多い…なんて事はない。最初は低レベルの学校から始めて、熟練すれば進学校に転勤するなんて事もない。それをやったら進学校は高齢者と若手エリートの巣窟になってしまう。そうした意味では、人事異動ほど不確実なものはない。とは云え教員も結局は勤務するうち校風に染まっていく訳だから、或る意味「空気優先」の風土をベースに逐鹿へと向かう流れと矛盾する事もない。尤も、校風に合わない教員には問題があるのだろう。例えば北海道では北教組の影響力が強いそうだが、採用する側が風土を変えようと頑張っても、現場の風土に適応できなければ多くの努力は水泡に帰すだろう。
 そんなあれこれに思いを致すと、石井氏の論旨に共感できなくはないし、また反論する気もない。拙稿が何かの補強材料になるならそれでよい。産経記事で問題提起された学級定員の話を、別の方向から見ただけの話ではある。すると上記の解釈が思い出された。~所詮は備忘録、備忘録。
 他にもっと適切な場所がありそうな気はするが、取り敢えず本稿をNo.7617の属するスレッドに繋げる。



7586 班単位授業の思い出 苹@泥酔 2009/07/09 20:45

 『正論』2009.8号P.44~45の八木秀次「戦後教育とソビエト教育学」を読んで驚いた。先生は斯く指摘する。
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> 最近も各地の自治体で「子どもの権利条例」制定の動きがある。その立脚する思想はデューイ流の「子ども中心主義」だけではない。表向きはそうだが、実際にはクルプスカヤの教育思想などが背景にあると考えなくてはならないだろう。一見すると新しく思える発想も、一皮むけば、破綻したソビエトの教育理論が見えてくる。
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 様々な積み重ねを腑分けすれば、見え方はそれなりに変わってくる。歌謡曲で「盗作だぁ」と騒ぐのと似通った要素があるか否かも含めて、この辺については双方向的に警戒せねばなるまい。その事への注意を喚起してくれただけで充分に有難い。教育運動における米ソの共通点が浮き彫りになった。
 ところで、八木先生は「小学校のときに班単位で学級運営がなされていたのはマカレンコの影響だったのかと改めて気付いた次第だ」とも書いている。~これを見て、ふと自分の昔やった授業を思い出した。「子供たちによって学校が自治的に管理」云々の、所謂クルプスカヤ的な意図はない。しかし班単位の授業をした事に変わりはない。単に私が勉強不足だったため、班単位の授業方法を別の目的で使う事になった次第。これでは一部の先生方から「肝腎の中身が欠けているぞ!」と怒られてしまうんだろうな(汗)。私の班単位授業は専ら整理目的だった。取り入れたのは書道の授業だけで、国語では確か…やらなかった筈(記憶が曖昧でスマソ)。
 以下は昔時の回想。

 芸術科目の授業時数は一単位か二単位と少ない。だから大抵は基礎指導を省く。
 他の先生方に云わせれば、「苹の考える基礎は俺達にとって基礎ではない」となるのかも知れない。私の云う基礎は国語的基盤と書字表現を橋渡しするための基礎だから、そうした批判にも確かに理はある。彼らは芸術表現側の基礎を重視するのだろう。対する私は「国語との接続」を重視する立場。~ただし現代の国語教育は、変体仮名と草書を廃絶し、漢字の数そのものを制限し、仮名遣いを歴史から隔離する立場だから、そうした国語教育理念に依拠すれば「伝統的な書道を滅ぼす」のが書道教員の「あるべき姿」となる訳だが。
 あの頃、私は仮名単元で先ず「読める字」を書かせようとした。つまり「平易な古典」イコール「読める字」だと。ミミズの這い回る様な仮名連綿を「スラスラ読める様になれ」と。これで八時間ほど授業時間を潰す訳だから、その皺寄せは必然的に時数配分のバランスを直撃する。そこで当初は苦し紛れに(後に慢性化)、班単位練習を全面導入せざるを得なくなった。
 他の高校生が学ぶ内容を、私は初手からバッサリ削ぎ落とした。普通は楷書単元で唐四大家と六朝風を学ぶ。それらを最初の授業で纏めて比較練習させて片付け、後は書風選択制でごまかす事にした。~昔の事だから記憶は曖昧だが、あの時は先ず孔子廟堂碑と九成宮醴泉銘を分けたのかな。提出させた申告票に即して五、六人規模の班に分け、座席表を私が決める(独裁者!)。半切1/2サイズの画仙紙に清書させ、次の課題は雁塔聖教序と顔真卿(顔勤礼碑だか建中告身帖だか忘れた)。これも申告票を出させて席替え。つまり課題毎に私が座席表を頻繁に作り直す次第。総ては課題優先である。
 性格の合わない古典を選択すると清書の出来映えに影響するかも知れないが、にもかかわらず中には友達同士で打ち合わせて(?)、共々「同じ古典を選択する」生徒も出てくる。そんな主体性のない選択は認めたくないけれども私は基本的に親切(爆)だから、それらしき生徒を予め別々の班に分けてやる。これを春先のうちにやると怠け癖は概ね一掃されるから、私の授業に生徒同士の私語は殆どない。楷書単元だけで三度か四度の席替えがある。その後の単元でも頻繁に席替えを繰り返す。
 行書単元では蘭亭叙を全員が学ぶ。この場合は「どの部分を書くか」に応じて班が決まる。課題は半切に十四字程度で、近い箇所を選択した生徒をくっつける。それだけでは面白くないってんで、教科書に原寸掲載の八柱第三本以外からも選ばせる(B4拡大プリント配布)。私の方はこれまた親切に…かどうか定かでないが、ともかく張金界奴本、八柱第二本、第三本、定武本それぞれ書き分けた全臨の束を教室後部にぶら下げて置く(「筆路が分からない人は後ろで各自確認しろ」と指示)。どちらかと云えば人気があったのは八柱第二本だった。その後、他の行書古典をいつも通りにやる。
 問題の仮名単元では仮名字源の解説から連綿分解の訓練を経て、二学期の定期考査でスラスラ読めるか確認するが、これらは班単位授業でないので省略。具体的な読解プロセスについては旧稿を参照されたし(差し当たってはNo.7018、草書絡みではNo.7330前後の意識を交える様なものか)。

 …で、強引に八木先生の話題へと戻す。
 班単位の手口が「生徒による自治」を前提するならば、順調に行けば班の数だけ「小さな革命勢力」が胚胎する事になろう。しかし順調に進まない場合は専ら授業が「だれる」だけ。リーダーの居ない班は遅かれ早かれ淘汰されるべきなのに、班の単位が固定的な場合は忽ち内的な格差が「固定的な分だけ余計に」露呈してしまう。班が班を吸収するシステムを導入しない限り、クラス全体の統治レベルはどのみち損なわれる事になるだろう。そうした危機意識がやがて「小さなスターリン」を必要とする様になるならば、その役割を生徒と教員のどちらが担うかによって全体主義的な胚胎の質は変わってくる筈。…強い指導者としての教員と、小さな指導者としての「連合赤軍」的な分子と。そこから先の成り行きは、そもそも私には分からないし想像も出来ない。
 しかし業務上、想像しない訳にも行くまい。~当時「書道Ⅲ」の選択者が二人か三人のクラスで、主体的な学習を試してみた事がある。要するにクラスの「班」化、班の「個人」化を前提してみた訳だが、生徒は自ら課題を設定するだけで四苦八苦していた。自分を支配するだけで精一杯の人間は、支配される事の強味を前提して初めて、自分をよりいっそう支配できる様になるのかも知れない。…この場合、彼らは誰に支配されるのか。それが担当教員であるならば、支配と被支配の調和関係は~植民地主義と似通った発想を踏まえて初めて「健全なものとなる」様な気がする。
8【再掲】「恥を忍んで」10 ( 苹@泥酔 )
2012/02/01 (Wed) 21:48:32
7734 「書道美術新聞」雑感 苹@泥酔 2010/03/09 23:49

 「書道美術新聞」に、今年から始まった「備忘言志録」って連載がある。…そう云や李白の詩に「春日酔起言志」ってのがあったっけ。「處世若大夢」で始まるアレと聞けば思い出す人も居るだろう。或いはマーラー《大地の歌》第五楽章の元ネタか…と、そんな連想はどうでもよい。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=3179;id=
 筆者は兵庫教育大学の小竹光夫教授。前回連載の時は古巣=支援板にカキコしていた頃のが目に留まったらしく(その時の感想↑)、見方次第では「こいつ前にオレのサイト荒らした奴だろ、ゴルァ!」とも取れる説明付きで、上品な取り上げ方をしてくれた事が一度だけあってビックリ。そんな経緯があってもなくても、前回連載が終了した時は残念に思ったし、今は久々の連載再開を喜んでいる。なにしろ「おまえネットやめろ」勧告があって以来、あたしゃ律儀に研究室サイトを閲覧しない事にしてるんで、あれから十年近く紙媒体(上記新聞)でしか小竹先生のを読んでないのよね。私は小竹先生の謦咳に触れる機会を待ち望んでいたのであった。(本当よ♪…ただし今もネット以外キボン。)

http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=132
 その発行元の萱原書房では今度、千紫万紅…じゃなくて「千書万香」って情報発信企画を始めるそうな(↑)。ところがネタ元にする予定のネット界隈が冷たくて、どうやら今のところ「笛吹けど踊らず」状態になってるらしい(2010.3.1付933号↓)。
http://kayahara.com/modules/column/index.php?page=article&storyid=47
 ソリャそーだろ。ネット世界は活字媒体が母体だから、活字(印字情報)に変換できない書字文化はどうしたって画像情報に頼るしかない。そして画像掲示板は、ともすれば今の支援板みたいにエロ画像の保管庫になっちまう。おまけに気付いたら期限切れ(容量切れ?)で、画像消滅ってケースもある模様。西尾日録の死体画像がそうだったから、前稿(No.7731)では別サイトの画像を検索して補足リンクしといた。そうした意味じゃ、ネット情報を紙媒体に残す方式は大いに意義があると思う。でも、どっちみち画像が荒くなりそうではあるんだけどね。
 就中めんどくさそうなのが著作権。苹のだって、年末年始から東京支部板で始めた画像投稿なんざ、紙媒体にすりゃ忽ち問題だらけになるのは目に見えている。例えば巻菱湖ネタは幕末モノだけど、子孫の許可は取ってない(上の方↓)。粘葉本和漢朗詠集ネタは平安時代のだけど、所蔵者や出版社の許可は取ってない(下の方↓)。でも投稿内容全体か画像を消すだけなら、誰か関係者がチョイと管理者にクレーム入れれば瞬時に処分できる。…ひねくれた見方をするなら、そもそも得体の知れない投稿を放置する事に問題があるんだ。これからはネット焚書の時代になる。なんでも2chによると、ツイッターで歌詞を「つぶやけば」ジャスラックが出張ってくるそうじゃないか。ネコとアヒルが力を合わせて…あ、こっちはアフラックか。
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_359.html
http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_333.html

 十数年前、「ギャラリーフェイク」って漫画を見た。めんどくさいから何巻目だか一々確認してないけど、その中に興味深いストーリーがあった。有名画家の遺族が相続税を払えない(作品の市場価値が高いのだぁ)。美術館に寄贈しようとしても「保管できない」ってんで断られる。そこで遺族達は最後の手段に出る。それらの作品を火にくべて、総て「なかった事」にしてしまうのだ。ナチス用語では「最終解決」って云うんだってね、コレ。漫画ではそこに主人公のフジタ(元キュレーターの闇ブローカー)が出てきて、「領土問題のため政府が介入したがらない島」に登録してある私設美術館(?)が作品を丸ごと引き受ける(闇ルートで売りさばく?)。
 その点、書は市場価値が低いからいいよね。でも中国では異変が起こってる。そのうち日本人書家の作品が値上がりすれば、遺族による焚書ブームが起こる可能性なきにしもあらず。現物だって今後どうなるか知れたものではないのに、わざわざ「こんなの持ってます」の自己申告資料を残すバカが何処に居るかい。そんじょそこらに転がってる展覧会の記事程度なら水物って事で済ませられるんだろうけど、紙媒体になる頃にはとっくに賞味期限切れでしょ。まして長期的に人目を引くレベルとなると、たかがネット住人に何が出来ると?
 大袈裟に云うなら、ネットは「貧者の核兵器」みたいなものじゃなかろーか。方法次第では双方向的に、作品や作家を丸ごと殺せそう。…そう云や格好のネタがあったっけ。かの有名な武田双雲にまつわる「既存メディアとネット世界との代理戦争」。既存メディアが絡むからそうなるし、絡まなければそれなりに推移する(或いは埋もれる)。そして石川九楊の場合は書道アカデミズムの「実作系」から黙殺される一方、「論壇系」からは高い評価を受けている。嘗て『戦後日本の書をダメにした七人』を書いた大渓洗耳が生きていたら、さぞ面白い展開になったんだろーな。出版メディアの態度次第でニーズの傾向はガラリと変わる(最近ネタになってる「美人すぎる書家」なんか、明らかに賞味期限ありそう)。~片や書壇にメディアはあるのかしら。読売や毎日、朝日、産経等々は本当にメディアと云えるのか。云えるだろう事は百も承知の上で借問したい。「ネットはメディアと云えるのか」と。そこには一方通行の伝統がない。これまでメディアを用いた啓蒙活動に依存してきた書道界が、果たして双方向性に適応できるだろうか。

 …こんな事を書く予定じゃなかった。今回のは小竹先生ネタを中心にするんだった。(←と気を取り直して書く。)
 その新聞の933号は連載五回目で、小見出しに「【今回のキーワード】花マル・赤マルの効果」とある。…そう云や苹も昔は「花マル」を貰った覚えがある。ただし、学校で貰った記憶は完全に消え去っている。覚えているのは書塾の方ゆえ、マルは当然ながら朱墨である。毎週土曜の午後に通い、二時間くらいは書いたのか。時間無制限で、書きたいだけ書く。そのうちエスカレートして三時間が五時間となり、夕方になると大人がぞろぞろ集まってくる。隣は何をする人ぞ。草書だの隷書だの変体仮名を書いている。朱墨の色はどことなく夕日を思わせた。
 手本は朱墨で書いてある。印刷でなく肉筆だから、それと同じ線でマルを貰ったり直されたりすると、自分の字に師匠の朱線が乗り移ったかの様で、それだけでなんとなくウマク見える気がした。この味わいが硬筆にはない。感化される事もない。添削する側がどうにかして生徒に乗り移ろうとすると今度は添削だらけになり、マルの数がグッと減る。中には「要点がどこかハッキリ分かる様に添削しろ」との向きもあるが、どこに添削意図があるのか生徒が戸惑ったり考えたりしなくとも済む指導に何の意味があるのやら(それこそ思考の放棄ではないのか)。添削し過ぎた時は横に説明を加えてごまかそうとした事もあるが、その説明が行書や連綿含みとなると…いや、少なくとも苹の場合、読みにくいと思った事はなかったなあ。清書に朱墨のマルが乗り、その脇に流麗な行草で「最優秀賞」「秀逸」「佳作」だの「よく書けています」だの書いてあると憑依効果は覿面で、「沈黙の過剰な花マル」に埋め尽くされるよりは遙かに嬉しかった。
 そんなふうに見れば、マルがただの評価ではなくなってくる。評語の省略がマルとなり、それを更に減じたのが硬筆の添削ではないかと思えてくる。感じ方は人それぞれ違うだろうが、相手が「そんなにしつこく添削されても…」と思うくらい憑依の底意が見え見えなら、何も感じないよりはマシじゃないかと思わぬでもなし。

 小学生相手には出来そうにない事を高校生相手に試していた当時、或るクラス担任からクレームが来た。高校生にジャポニカ学習帳を使わせるのは、生徒をバカにしている様に見えるらしい。その頃の苹は添削の横に「間架結構に注意」「分間布白」「浮鵞」といった書き込みをしていた。中には篆書や隷書に遡って「なぜ結体がこうなるのか」を書き加えた字もある。特に多かったのは行書や草書との関連性の指摘(=筆脈重視)。そんなこんなでクレームを承けて、「このレベル=実用段階は高校入学以前に済ませてある領分なのかな」と反省したのを覚えているが、これはあくまで冗談である。
 と云うのも当時、高校は「高校教育からの撤退」に取り組んでいた。つまりクレームは不要教科の更なる形骸化に向かうための圧力であって、その伏線に全県規模の進学率向上施策などがある。つまり中身は予備校化へと向かい、「高校という形」を隠れ蓑にする。そうする事で受験科目に使う時間と「ゆとり」を確保しようとする。~不要科目の形骸化を徹底すれば生徒に「ゆとり」が生まれる。その「ゆとり」を受験科目の勉強に回す訳だ。従って所謂「ゆとり教育」と後の未履修問題は矛盾しないし、形骸化した領分は生涯教育で補填すればよい。
(以下はこれまで何度も触れたネタ強化。)
 その後クラス担任は推薦入試の提出資料の点数を上げるため、苹に成績改竄を要求してきた。青森県の公立高校では事実上の成績改竄マニュアルが内規で定められている。もちろん管理職は改竄推進の立場である(ただし教員は全員、改竄との認識はない事になっている)。件のクラス担任はやがて県教育庁に転出、生涯学習課の指導主事となり、現在は知事部局で活躍している。…実名を出そう。大瀬雅生先生である。私は彼らの判断が必ずしも間違っているとは思わないし、それどころか地方分権の流れと絡めて、地方教育が公教育から独立していく上では有益だとさえ思っている(北海道や山梨県は先鞭を付けるべきだ)。そうする事によって初めて、高校教育は進学率99%という異常事態を克服できる。高校進学率は三割以下でよく、公立高校の大半はそれ以外の「各種学校」へと改組すべきではないのか。そのために教職員組合がある。彼らは文部科学省の支配を超克し、高校教育の軛から解き放たれたがっている。
 問題は、高校教育からの撤退方針が教員採用方面でも着々と進んでいる事である。書道の採用試験が事実上の廃止状態なのは県内教員社会の常識だが、それでは音楽や美術とのバランスが取れない。そこで県教育庁は芸術科目全体の採用試験を事実上の廃止状態とし、七年連続で全面的に正規採用の門戸を閉ざした。今年も同様なら八年目になるが、仮に復活させるとしたら、その時は工芸の前例に倣って書道を廃絶、音楽と美術の二本立て体制への効率化が前提となるだろう。それとて所詮は暫定措置に過ぎない。後に弘前市教育長となった佐藤信隆先生は教頭時代、「教育に芸術は必要ない」と明言していた。また、後に高校長となった金澤道生先生は「書道は芸術でないもんな」と職員室で堂々と呵々大笑していた。これらの事例から、教育現場の多くの先生方が高校教育から離脱したがっているのは明々白々である。

 北教組の例を見れば分かる通り、高校教育の大半は~喩えて云うなら「明日の朝鮮学校」である。これを民主党政権は「仕分け」しなかった。ならばいっそ、逆に「まともな高校教育」の方から高校教育を見限ってしまう方がサバサバしてよい。これすなわち、「国立高校の創設」である。
 もちろん北海道や山梨などの有名地域には、地域の教育界が望むなら「なくてもよい」。人材は各都道府県ごとに応募制かスカウト制で集め、人材が集まらなかった地域では国立改組を断念すればよい。校舎は県立高校のを国が借り受ける形でよい。教員採用試験の全科目毎年実施も、国がこれを保証する(ただし「受験者全員不合格」ってのもアリ)。…この案、無茶でも無理でもないと思うんだけどなあ。



7738 【No.7734補記】シミュラークルの戯れ 苹@泥酔 2010/03/26 20:17

 半月前の、書き忘れていた事について。~その前に一言。
 No.7734稿で実名を出した方々は今、現場で授業を担当している訳ではない。当時の管理職は定年退職し、もう一人は前述の通り知事部局に在籍(地元紙の人事異動記事を見落として居なければ)。よって教育現場に直接の影響はない筈。…本来、支障がないなら現職教員名も学校名も苹の実名も正確に記す方が堂々として好もしいのだろうが、それでは話が余りに生々しくなり過ぎる。不測の事態が生じた場合はこれまで踏み込まなかった面にも言及するだろうし、そうならない様にするため基軸としてきた書道ネタからも離れ過ぎる虞がある。
 その書道ネタの絡みで昔、気になる事があった。
 ~古株の閲覧者なら「また同じ話の繰り返しか」とウンザリするんだろうけれども、苹にとって事実それ自体はさほど意味を持たないのでござる。と云うのは、所詮「へぇ、そうなの」で話が済んでしまうから。後は「長いものに巻かれろ」で総てが丸く収まる。その先には何もない。何も残らない。ところが事実から敷衍される解釈を掘り下げていくと、今度は別のものが見えてくる。つくづく反省は闘争と紙一重だと思う。
(…てな訳で、構わず話を続ける。)

 実名表記が面倒臭いのでO先生とする。当時は商業科の教諭で、社交性があり指導力も優秀、仕事をテキパキこなしていた。苹は諸々の観察を続けた。
 その先生は嘗て、文部省認定書写検定の一級だか二級を取ったそうな。つまり普通に受け止めるなら、先生は草書や変体仮名が(検定合格レベル程度には)読み書き出来る事になる。それだけならどうと云う事はないが、本人の話によると黒田正典『書の心理』(誠信書房)の様な学際的領分の書物も既読らしい。あの本には古手の心理学(欧州系ばっか)が盛り込まれてあるので、その話を聞いた時やや怪訝に思ったのを覚えている。筆跡鑑定には役立ちそうだが、「ナントカ型の性格」といった分類には説得力を感じなかった。それよりは生徒の感じ方の把握に役立ちそうな禰津和彦『書道心理学入門』(木耳社)の方が有効だろうと思ったが、何か別の意図があるのではないかと推し測り、このネタは暫く寝かせて熟考する事にした。
 その「読み書きの出来る」先生が、どうした訳かジャポニカ学習帳を拒んだ。~苹レベルの知識なら大抵の先生が持っている。むしろ苹の方が圧倒的に低レベル…つまり実際は巷間(特に都会で)バカにされるほど無教養ではない。と云う事は、北教組であれ何処であれ、実務の都合上「たまには精神が歪んでいるかの様な振る舞いに見えるだけ」の確信犯とも云えそうではあるが、少なくとも無知ゆえの反応でない事だけは確かである。「いったん出来上がった字はそれ自体が個性の発露であり、高校生になってから変奏の幅を拡げようとしても無駄だ」とでも思って居たのだろうか。この辺については確認しなかったが、歴史的変奏地図としての書表現に踏み入る前の基礎(識字の領分)は身に付いているのだろうから、その土俵でなら共通理解が期待できる筈である。
 なお、書写検定が一般的な社中の段級位検定と比べて特殊な面を持つ件については旧稿で触れてある(↓)。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7437&range=1

 ここまで書いて、ふと蓮實重彦『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(河出文庫)P.109~110の記述を思い出した(↓)。コピーとしての記憶が失われた上での反復が、識字なき模倣と重なってイメージされてくるからである。
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> すでに見たごとく、ドゥルーズにとっての「プラトニスム」とは「本質」と「仮象」からなる二元論ではなく、試練と選別とによる決断の原理である。では何を選び、何を決めようとするのか。まず、「モデル」とその「コピー」とを峻別すること、つまりは「コピー」に対して「モデル」を選ぶことを説いているのだ。だがここでいう「コピー」は、「モデル」としての観念と深い内的な関係を保っている以上、たんなる「仮象」とは異なるものであり、「プラトニスム」が素顔と仮面とをめぐる典型的な思考となるには、それに続いて第二のより重要な峻別が考慮されねばならない。「コピー」それ自身とその「幻影」、つまりは「コピー」の「コピー」ともいうべき正統性を著しく欠いた「シミュラクル」とが峻別されるべきなのだ。この「シミュラクル」をとりあえず「模像」と訳すならば、不実にして正当性を欠いた「コピー」としての「模像」は、一つの畸型的な怪物として抑圧され、犠牲に供され、思考の地平から追放される。この追放はたんなる虚構ではなく「プラトニスム」に必然的な現実であろう。それにもかかわらず「模像」の抑圧をまるでなかったものとして忘れたふりを装うことで、思考はその二義的で模倣的な選別を、始源的な身振りとして定着するに至ったのだ。しかも「幻影」と呼ばれる不実きわまる怪物の犠牲の上に、根源と派生、起源と反復といった幾つもの観念的な対立概念を捏造し、始まりにあったものの模倣的再現を侮蔑と軽視の対象に仕立てあげてしまったのだ。しかしその模倣的再現なるものが、「反復」の倒錯的=戦略的な衣裳にすぎないことは、あえていうまでもあるまい。不実なる「コピー」としての「幻影」が現在から過去へと伸びる時間の上から姿を消し、あってはならぬ畸型として記憶から失われたが故に、模倣的再現に還元された貧しい「反復」がかろうじて思考の対象として掬いあげられたにすぎないのだ。そんな「反復」が「差異」と遭遇すべき条件を徹底して欠いていることは、もはやいうまでもないだろう。
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 O先生の場合はどうやら、「本質」の教育を否定する立場だったらしい。或る日の職員室で、苹が書教育の話題で「本質が大事だ」と云ったところ、先生はいきなり猛反論してきた。本質ほど身近なものはないのに、巷間には敢えてそれを遠ざけて深遠な奥義であるかの様に装う風潮がある。そこが苹には全く理解できなかった。
 …字が読み書きできる。それが深奥を貫く基礎である。基礎も応用も深奥も総て本質の系譜に属するがゆえに、本質への系譜的視線を失った教育は片手間のごまかしへと陥らざるを得ない。それがいかに教育的かつ便宜的であるにしろ、こんなにアッサリ視線喪失を容認されてしまうと、こちらは二の句が継げなくなる。苹は暗澹たる気分になった。教育機構の系譜上、予め高校教育から受験教育への変質を前提するなら理解できなくもないが、それにしては余りに露骨な出来事であった。さすが商業科の先生だけあって、判断が印字的かつ実利的である。
 或いは「本質」という言葉を用いたのが拙かったのかも知れない。本質は神に似ている。誰にでも丸見えなのに、見えないかの様に見てしまう。また、そんなふうに似ているからこそフィギュールやエクリチュールが取り沙汰され、果てはシミュラークルの話題が持ち上がりもしよう。ここではコピーから本質を追放する作業こそが教育上「重要」なのかも知れない。そうとでも考えない限り、「読める」側のO先生がジャポニカ学習帳を否定する動機が私には今のところ読めない。

 しかしながら本質否定論を踏まえれば、傍証の方~すなわち横山泰久校長(英語科出身)による下記指導の理由も結構それなりに忖度できてくる。横山校長かく語りき。
「おまえ読めるか? 読めないだろ。読めないものは教えちゃいけない。」
 苹なりに素直に読めば、どうやら校長は「読めない様に指導するのが正しい」と言っているらしい。まさかと思い、当時の苹は一方で「よほど高度な読解力が求められているのかも」と受け止めた。書道は古文書学の基礎でもあるから、識字規範の側面を持つ書道以上の~つまり応用段階たる古文書読解に対応できるレベルを指して「読める」と表現していたのかも、と思った。…テレビ時代劇には時折、消息(毛筆の手紙文)をスラスラ読む場面が出てくる。そのレベルが求められていたのなら、苹の学力・実力は明らかに失格であるから納得もいく。
 苹は当時あれこれ取り沙汰されていた総合科目への対応を顧慮して、国語古文との横断を試み「奥の細道」自筆本(読みやすい字だった)を補助教材に使ったりしていた。それが問題視されていたのなら分からぬでもない。大学書道科より遙かに進学者数の多い国文学方面に行く生徒達には役立つ筈だったが、それにしては校長の様子がおかしい。
 或いは、もしや本気で書道教員を「字の読めない先生達」だと思っているのだろうか。教員採用の実態を見れば無理もなかろう。現に校長は「書道教員採用試験は実施されない事になっている」と明言していた(「~事になっている」のニュアンスに注目あれ!)。…それとも占領時代以来の日本植民地化政策に、独立から半世紀以上が経過した後も相変わらず賛同し続けているのかしら。英語教員出身なら「ありそうな話」ではある。青森には米軍基地もXバンドレーダー基地も「自由の女神」像も「キリストの墓」もある。
 書道教員採用試験のない青森では通常、国語教員採用試験(実技も古文書読解もなし)を経由した先生が書道教員として配置される。そのため実質的には国語教員が「字の読めない生徒をつくり育てる」事になる。すなわち青森の国語教育は正真正銘のシミュラークル教育であって、歪曲教育の使命感に燃えるマジメ教員達は~端的に云えば率先垂範して「歴史喪失・歪曲の義務を負う」って事になるのだろう。

 …仮に、芸術科目の教員採用試験を復活すればどうなるか。
 国語側のイデオローグとその受容状況はNo.7731稿や本稿などで概ね述べた通り。そして旧稿後半では、「誰が新任の先生を指導するのか」を問うた。…畢竟、どちらに転んでも「高校教育からの撤退」は不可避となりそうな気がする。
 以下、当該箇所再録。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7081&range=1
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> 本県では2002年に面白い動きがありました。二十三年ぶりに教員採用試験が実施された話です。これのどこが面白いかと云うと、現職の先生方は受験していないんですね。今更試験を実施してどうするつもりでしょうか。誰が新任の先生を指導するのでしょうか。それまで試験自体が実施されなかった訳ですから、現職の先生方は専門のペーパーテストも実技も完全免除です。他の科目で受験し採用された先生が、本来の採用科目とは無関係な科目を担当する形になっている。しかも少なからぬ先生がどこかの社中に属している。喩えるなら、学校の先生が予備校で研鑽を積む様なものです。形式的には学校の先生でも、専門の立場は民間側、すなわち塾や予備校の類の先生です。
> そうした古株の先生方が、専門の試験で採用された初任者を指導する形になる。採用履歴を重視するなら、例えば国語の先生が芸術の先生を指導しても構わない。専門性を重視するなら、民間の先生が学校の先生を指導しても構わない。平たく云えば味噌も糞も一緒で、教員採用試験と教員免許が共食いしている訳ですから、今更専門の採用試験を実施しても手遅れです。
> そこにはもう一つの効果がありました。どうでもいい科目の受験機会を剥奪すれば、そのまま教科差別慣行を維持できる。仮に従来の教科差別をやめるつもりなら先ず、定年間際であろうが委細構わず、古株の先生方に専門の採用試験を受験して貰ってからにしてはどうですか。出来る筈がないでしょう。実質的には予備校や専門学校が高校教育を偽装している形ですから、どうしたって無理が生じます。早急に高校教育から進学専門教育を掬い上げ独立させないと、高校進学率ほぼ100%という異常事態は余計な歪みを抱えたまま、競争効率面でも経済効率面でも十把一絡げに疲弊し続ける事になります。
> 後は本格的に人材派遣システムを導入するしかない筈です。管理職は正規雇用、一般教員は非正規雇用という構図を確立し、自ら壊した教員採用システムの後始末をするしかないでしょう。
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8【再掲】「恥を忍んで」09 ( 苹@泥酔 )
2012/01/31 (Tue) 21:49:10
7631 【補記】鳩山、山川。 苹 2009/09/18 06:20

 前稿で「鳩山外交には先ず新聞から恫喝の予兆をちらつかせ」云々との妄想を書いたが、云うまでもなく「当初からそれが目的だった」とは考えにくい。利用価値のあるネタには便乗するのが普通だから、可能性があるとすればその口だろう。さもなくば噴飯物の陰謀論となってしまう。大抵の陰謀論が後から主体を拵え、スケープゴートに仕立て上げる様に。(その最も大袈裟な例の一つが東京裁判。)
 産経の調査報道によると、事の成り行きは大体こんな具合だったらしい(↓)。これがそのままで収束するなら事は穏便に済む。しかし米政府かマスコミのどちらかが「単なる可能性」を陰謀めいた段階に格上げする時、事は一転して「危機の脈動が始まる」のだろう。…とどのつまり、こうした一切合切は常に潜勢的である。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090915/stt0909152331026-n1.htm
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>>検証 鳩山論文はどういう経緯で掲載されたのか? (1/3ページ)
>2009.9.15 23:28
> 鳩山由紀夫民主党代表の論文「私の政治哲学」が、米国の批判的な反応を呼び起こした。月刊誌「Voice」(9月号、PHP研究所)に掲載された論文が、どのような経緯で米紙ニューヨーク・タイムズのウエブサイトなどに転載されたのか、検証した。
> 鳩山事務所によると、Voice誌に掲載された論文は、鳩山氏が政治哲学として掲げる「友愛」への理解を広げようと、鳩山氏側が7月にPHP研究所に持ち込んだもの。この論文の抄訳を、欧米メディアの中で真っ先に報じたのは、英紙フィナンシャル・タイムズだった。
> 掲載を知った同紙の東京特派員、ミュア・ディッキー氏は発売日の8月10日に9月号を購入し、「民主党代表が米国主導のグローバリゼーションを攻撃」との記事を執筆した。記事は翌11日付のアジア版などに掲載された。同氏は「次期首相と目される鳩山氏の考えを知ることは重要で、すぐに記事にした」と話す。
> 次に、フィナンシャル・タイムズ紙の記事をみて、米国の記事配信サービス会社「グローバル・ビューポイント」が動いた。同社編集局長のネイサン・ガルデル氏によると、日本での業務を委託している人物を通じVoice誌に転載の許可を求め、「民主党側も含め、転載を歓迎します」との回答を得たという。
> ガルデル氏の依頼を受けた人物は大地舜氏。英作家、グラハム・ハンコック氏の世界的ベストセラー「神々の指紋」の翻訳者としても知られる。
> 大地氏によると、Voice誌側にはまず、電話で許可を求めた。ただ、そこで出した名称は「グローバル・ビューポイント」ではない。「『ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート』の政治コラムに転載したい」と伝えたという。
> 「ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート」も記事を配信しており、かつては米紙「ロサンゼルス・タイムズ」の一部門だった。大地氏が依頼を受けたグローバル・ビューポイント社は、シンジケート社の政治コラム、論説記事などを扱っているという。
> 「ロサンゼルス・タイムズ・シンジケート」と「ロサンゼルス・タイムズ」-。この名称のまぎらわしさが、転載の許可にあたり“誤解”を生んだようだ。
> Voice誌編集長の中沢直樹氏は「『シンジケート』という言葉は記憶にない。依頼はあくまで『ロサンゼルス・タイムズ』紙だけへの論文転載という認識だった」と振り返る。一方、大地氏は8月12日付でVoice誌側にファクスで文書を送り「世界100の新聞に配信、15の言語に翻訳され、読者数は3千500万人になる」と説明したとしている。
> Voice誌側は「転載の際には『Voice』のクレジットを入れればオーケー」と回答した。論文は鳩山氏のホームページに英語、韓国語訳とともに掲載されており、その英文を転載にあたっては使用するとの条件を付けた。論文は長文であるため、一部を省略することは可能だとした。
> 鳩山氏側への了承とりつけはどうだったのか。
> 中沢氏は鳩山事務所の芳賀大輔秘書に連絡し「ロサンゼルス・タイムズ紙に原稿が転載される。そのままでは長すぎるので、むこうが要約のような形にする」と伝え、了承を得たという。一方、芳賀氏は「版権があるので、(転載許可を求めた社は)PHP研究所との間でやり取りしたようだが、転載にあたり事務所に事前に許可を求めることはなかった」としている。
> かくして論文は配信された。それは原文よりかなり短く、前後の順番が入れ替えられるなど手が加えられている。“加工”された「最終原稿」を、Voice誌と鳩山氏側はチェックしなかったようだ。
> 論文がニューヨーク・タイムズのウェブサイトに掲載されたのは8月27日。新聞そのものには載らなかった。また、厳密にいえば、ニューヨーク・タイムズが発行し、ウェブサイトは完全に同紙と統合されている国際紙「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」の掲載だった。
> こうした経緯をみると、鳩山氏が「寄稿した事実はない」というのは確かだ。
> 論文はインターネットに乗り、瞬く間に世界に広がった。ガルデル氏は「鳩山氏側は論文が配信、批判され驚いたようだが、それは日本の島国性を示している。われわれは『地球的なガラス張りの家』に住んでいる」と指摘している。 (ニューヨーク 松尾理也、ロンドン 木村正人、外信部 犬塚陽介、政治部 松本浩史)
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 …あ、そうそう。
 セレブ奥様のブログにも書いたけど、山川出版社が先月末に高校世界史と日本史の市販本を出した模様。コリャどう見ても扶桑社の二番煎じ、「二匹目の泥鰌」狙いだろ。ここにも一つの「便乗」がある。後はどう転ぶか分からんぞ。体力があるなら育鵬社あたり、高校教科書方面にも進出しとく方がよいのでは?…さもなくば山川の天下はいっそう盤石なものとなるぞ。



7633 「ハコモノ限界集落」への道 苹@泥酔 2009/09/19 22:21

 検索中、ちょっと興味深い記事を見つけた。
http://mainichi.jp/chubu/news/20090908ddq041010008000c.html
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>>ナゴヤ10%減税YES・NO:教育 人件費削減で対応
> ◇内部事務経費の節約も
> 名古屋市の河村たかし市長は市民税10%減税の財源を捻出(ねんしゅつ)するため、教育委員会には09年度予算比で約37億円の削減を割り当てた。市長の方針「市民サービスは低下させない」を満たすため、事務経費や人件費の削減などで対応するという。
> 市教委が最近作成した09年度予算703億円の説明文書がある。例えば学校等運営費(201億円)。予算編成が現行方式になった02年度と比較しこんな数字が並ぶ。
> ▽小中学校光熱費43億7100万円↓32億4500万円(26%削減)▽備品購入など標準運営費69億600万円↓44億3100万円(36%削減)▽スクールランチ21億6100万円↓16億3500万円(24%削減)……。
> 経費削減で市教委には「ピアノの調律ができない」「図書室の本が満足に買えない」といった声も寄せられているという。文書には「削減は困難」「これ以上の見直しは困難」などの文字も記された。
> 市教委の予算総額は、福祉など他分野への割り当てが増える中で減少が続く。02年度に828億円あった予算は、09年度には703億円。そこから37億円を生み出すのは至難の業だが、市教委の勝間実経理課長は「扶助費(40億円)や学校等運営費(201億円)に手をつければ『市民サービスは低下させない』に反する。触れることはできない」という。
> 結果、削減対象となりそうなのは、教職員の研修などに充てる数千万円の内部事務経費や非常勤を除く人件費283億円。事務経費は研修講師の内部化や表彰経費の削減などで、人件費は教職員の給与カットや職員定数見直しなどで対応することになりそうだ。
> ただし市教委は市の職員削減方針に沿って、この3年間で310人を減らし嘱託に転換している。市教委の大坪真人経理係長は「減税は市長の公約であり可能な範囲で知恵を使いたいが、現状では目標に程遠い」という。
> 名古屋大学大学院の中嶋哲彦教授(教育行政学)は「住民のため(の減税)というなら、教育には手をつけられないはずだ。それでもやるなら、内部経費の節約ぐらいしかないだろう」と指摘している。【岡崎大輔】
>==============
> ◇教育委員会09年度予算と削減額◇
>(単位・億円)
>費目     予算額 (削減対象) 削減額
>人件費    337  未定    未定
>扶助費     40  未定    未定
>学校等運営費 201  未定    未定
>その他    125  未定    未定
>………………………………………
>計      703  未定    37
> ◇主な削減検討対象◇
>教職員人件費
>内部事務経費(教職員研修など)
>施設運営費(スポーツ施設など)
>毎日新聞 2009年9月8日 中部朝刊
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 …これを見て、ふと思い出した記事が以下の毎日新聞2007年2月17日付。取り敢えず支援板の旧稿からサルベージして置く。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=2298;id=
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/wadai/archive/news/2007/02/20070217ddlk23040157000c.html
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>>臨時教員:不安定な地位に低給与…「待遇改善を」 有志が名古屋できょう集会 /愛知
> ◇90年度比倍増の1万人
> 民間での非正規社員の増加が社会問題となっているが、教育現場にも臨時教員と呼ばれる“非正規教員”が増加しつつある。県の場合、90年度には4000人前後だった臨時教職員が、06年度には約1万人と倍増。不安定な地位、低い給与にも負けず、教壇に立つ教師たちの有志が17日、名古屋市南区のサン笠寺で、待遇改善を求める集いを開く。【山田一晶】
> 臨時教員の経験があり、この問題に詳しい愛知教育大講師(教育学)の山口正さん(50)の調査によると、全国約110万人の公立小中高校の教師のうち、少なくとも13・8%にあたる約15万人が教員免許を持ちながら、正規採用されていない臨時教員。60年代には臨時教員の割合は約2%だったが、80年代後半から急増し始めた。
> 山口さんは「少人数学級の拡大などで、必要教員数が増えているが、予算が追いつかない。1人の正規教員の人件費で3人は雇える非常勤教員が増えている」と分析する。県内では約1万人の臨時教員中、7割が非常勤だ。
> 名古屋市で約25年にわたって臨時教員を務めてきた小原洋子さん(49)は、24校で臨時教員として教壇に立った。2年間続けて同じ学校に勤務出来たのは一度だけ。最短で8日間だけの勤務も。小原さんは「若い時は、給料は少なくても少しでも経験を積みたいと、非常勤でも受け入れてきたが、老後を考えるともう限界」と話す。
> 刈谷市の三浦奈津子さん(34)は2年前に正規教員に採用された。臨時教員時代は、名古屋、静岡、豊田、岡崎などと各地を1~3年おきに回った。「臨時時代は研修も自己負担。臨時教員の経験を重視した採用を」と訴える。
> 高橋祐介さん(28)は現在、県内の3高校を掛け持ちで教える非常勤教員。1校だけでは月給が6万円程度にしかならず、とても食べていけない。さらに、健康保険や年金は自己負担だ。高橋さんは「授業時間だけしか学校にいられないので、正規教員や常勤教員とコミュニケーションも取れない。次年度に仕事があるかどうかの不安が常にある」と話した。
(以下略)
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 人件費の削減は人材の流動性を高める。それに対して、移転しない限りサッパリ流動しないのは校舎などのハコモノ。~田舎のハコモノ(音楽ホールなど)では使用実績等々「中身の空洞化」が取り沙汰されたりするが、その仲間に学校を含めて考えると或る意味「学校の限界集落化」への見立てが可能になるのでは。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090916/acd0909160756004-n1.htm
 単に先日の産経記事(↑)にあった語彙を使ってみたくなっただけ…と種を明かせば身も蓋もなくなるけど、でも学校ってホント、どこもみな地域社会、ムラ社会みたいだよなあ。そこでは正規教員が徐々に長老格となって行き、年配になるほど人件費を食い潰す。それだけ仕事は出来るし知識も経験もあるんだけど、ソロバンの上だけ気にしてばっか居ると、やがてそう見えてくるってこった。そこで人件費削減に乗り出すと今度は「正規教員が生まれなくなる」。強引に喩えるなら教員社会の出生率低下、これまたヤバイってんで外校人参教権を強化する。毎年数百名単位でトコロテン式にズルッと卒業していく生徒達の卒業要件を満たすため、非正規教員をこれまたズルッとやる。畢竟、正規教員の高齢化は「やめられない、とまらない」となる。

 更に悪乗り。~以下は架空の物語。
 顔が河童ソックリの蝦名先生(仮名)は、あと何年かすれば定年退職です。出来れば定年まで勤めたい。でも人件費が足りません。そこで早期退職が勧奨されます。…さあ困った。晩婚ゆえ子供がまだ幼い。どうやって今後の学費を捻出しようか。教員に天下りの道があるでもなし、そもそも空いた口は既に役人で埋め尽くされているし(No.7628参照)。そこであちこち手を回し、学校に居残る事に。
 みんな同じ事を考えてるんだなあ。周りは見覚えのある顔ばかり。いったん定年退職した後も、皆どこかで引き続き臨時講師やってるんです。そうでもしないと子供が育てられない。年金を貰える年齢になるまでは、六十歳以後も働かなきゃならんわな。…そう云や先日は定年で放り出された高齢失業者がコンビニ強盗やらかしたんだってね(架空の話だよ)。聞けば元は先生やってたそうな。講師になりたくても先輩ばっかで埋まってて七十歳なんてザラだから、それなりの人脈がないと職にあぶれちまうんだそうな。もうじき定年になる現役の若手(?)が相談してくる事もよくあるらしい。
 そもそも青二才が講師になろうなんて態度が烏滸がましいんだ。まだ若いんだから浪人でもなんでもして、さっさと採用試験に合格しろ。講師の仕事は老人力が引き受けるから、若い者は余計な心配しなさんな。(←あくまで架空の話だよ、架空の。)
 そんな妄想が実際に全国で常態化する日…意外と早くやってきそうな気がする苹でござんした。



7727 口先のパラダイム 苹 2010/02/23 23:40

 巷間、言行不一致が取り沙汰される事は少なくない。例えば政治方面では沖縄米軍の海外移転、外国人参政権の導入、移民政策の推進など、政権交代に際して各方面から寄せられた期待は大きい。それと同様の期待は当然ながら教育方面にも見られる。政権交代に託けずとも昔からそうだった。生徒や保護者の期待する指導と、その具体的な成果によって満足度は測られてきた。
 話を端折ると、生徒や保護者が学校に歪んだ期待を寄せる場合、学校が正しい教育を実践する事は不当であり、到底容認できないという事になる。そして大抵の場合、主に保護者が判断基準とするのは常識や正義や夢であり、それを反映した経験的基準から常識の部分を幾らか削減、もしくは変形させたもの(「授業しない」「自習が多い」などの無理難題を含む)が生徒側の期待に相当するだろう。それらに対して学校側が適度に対応する義務を負うと仮構するなら、例えば進学校では予備校化の義務を負い、また底辺校では授業水準を落とすなどの義務が期待されたりする様に、大抵は組織的な自己抑制と法規制との間で板挟みになる。
 毎年わざわざ手探りで状況把握するムダを省く上では、判別基準としての高校入試、巷間の評判、伝統、実績などが役立つ。教育内容の操作変形プロセスに教職員組合が関与するケースも少なくないらしい。因みに青森県では、管理職や県教育庁が教員に歪曲教育するよう指導していた(苹自身が直接それを経験している)。こうした事が全国規模で行われていても全く不思議ではない。
 教育現場で円滑な歪曲教育を遂行するには、指導主事が歪曲教育の支持者である方が何かと都合がよい。中には東京都の様に、科目によっては初めから指導主事を配置しない自治体もある。これで「上から下へ」の指示系統が遮断される。他方、あまりうるさく現場側から反抗されるとマズイ。そこで「いっそ正規の教員を採用しないで置こう」とするなどの対策手段が取られたりもする。これなら「下から上へ」の流れも遮断できる。すると教育が学問から独立し、受験などのニーズに適合した教育が市場原理で生き残る。

 衆知の通り、入試は一種の「仕分け」である。試験対象外科目で資料上の記録が検証される事はなく、それらは専ら入学後の授業で処理される。つまりこれは、生徒の頭数を仕分けする観点では「未処理のままで構わない」事を意味し、また履修内容の程度を仕分けする観点でも同様となって「後から授業に丸投げ」となる。(因みに苹の奉職した某高校では、当時の横山泰久校長が「私は授業を見ない主義だ」と明言していた。授業を見て欲しいと相談した時の回答であった。)
 この場合、後者の観点では所謂「未履修」の意味が二重化する。そもそも授業を行わないという意味での未履修は禁じられているが、履修内容を形骸化したり歪曲したりする意味での未履修は現場の裁量でどうにでもなるらしい。つまり学校の管理職が教科担任を指導・監督するのであって、教科・科目の管理職が監督するのではない。従って教員が専門的見地で監督される機会は一切ないし(註:高教研ではどこかの校長が部会長となるが所詮お飾りだった)、また管理職側も自身の教養範囲を基準に監督せざるを得ない。~中には教科主任が指導する場合もあるだろう。例えば歴史の先生が地理を指導したり、音楽の先生が書道を指導したり。これを教員同士の相互監視と見るなら、その分だけ「地歴公民科における地理教育への歴史的配慮」や「芸術科における書道教育への音楽的配慮」といった影響が加わる機会は増えてくる。
 例えば歴史問題に配慮して竹島を独島、日本海を東海と教える地理授業などが想定できよう。主任手当をプールして別の活動に使うケースもあるだろう。音楽の先生は欧米言語と音符を母語とする様なものだろうから、国際的視点で書道を変質させようとしたところで何ら不自然ではない。そうした教員社会の常識(?)に適応できない教員が淘汰されるのは、評価の基準が学問的専門性に依拠しないからでもあろう。ゆえに苹は前々から「学校は学問教育の場ではない」と表現しておる。

 巷間、言行不一致が取り沙汰される事は少なくない。例えば「基礎指導の強化」が要請されたとする。言葉の解釈は現場の都合で変わる。基礎指導の成果を相対的に目立たせるには、応用の領分を縮小するか、基礎と応用の関係を顛倒させればよかろう。いづれにしろ学力低下の危険が伴う。全国規模の学力テストを実施して基礎の定着度を調査する事は可能だが、基礎のテストで優秀な生徒が応用の領分でも優秀だとは限らない。
 基礎と応用の顛倒事例はどんなふうになるか。~書道で字がうまく書けるに越した事はない。しかし「うまさ」の基準は曖昧な点が多いし、「読める」という事の位置付けも解釈に幅がある。仮に、生徒に古典臨書させたとする。芸術科主任の音楽の先生がそれを見れば、見慣れない読めない字は応用の領分に見えるだろう。そこで「基礎をやれ」となる。書道の先生は「基礎をやっている」と云う。音楽の主任先生は「云ってる事とやってる事が違う」と判断する。書道の先生は古典臨書が基礎だと思って居るから、何を言われているのかサッパリ分からない。そういう事が往々にして起こり得る。
 ペーパーテストではどうか。例えば書道史は古典を理解する上で重要な一里塚と云える。ところが「書道とは筆で書く事だ」と思い込んでいる人が書道史の出題を見れば、「書道をやっていない」「応用ばかりやっている」と判断したくなるだろう。ここにも基礎と応用の顛倒がある。その上で「応用の領分」を縮小すれば「基礎の基礎」を伴わない「基礎」ばかりが肥大する事になり、評価の面では言行一致と言行不一致が顛倒する。
 評価は或る意味、口先の領分である。内容が形骸化すれば尚更そうならざるを得ない。そこで~口先の属するパラダイムがどの場所に置かれるか、それを確認する必要がある。本稿の場合、場所は学校と決まっている。行動を必要としない口先が資料化されるに及んで、評価は公式文書としての完成を見る。改竄意思なき改竄は「改竄ではない」から、実質的な成績改竄の内規が殆どの学校で制定されていたりもする(青森県の場合)。それが当たり前だと生徒も保護者も教員自身も教育されている。他県でも実情は大差ないのではなかろうか。
 お隣さんは、でっかいどう。…海を隔てて北海道。このところ北教組が政治に巻き込まれている様だが、彼らにしてみれば「当たり前の事を当たり前にやっただけ」なのだろうから、正直なところ迷惑な話ではないのか。そっと静かに見守っていて欲しい筈だ。「余計な介入などせず、余所者は黙っとれ」と。文部科学省に北海道の何が分かる。~そうした視点を忘れずに観察を続けたい。
8【再掲】「恥を忍んで」08 ( 苹@泥酔 )
2012/01/30 (Mon) 22:36:21
7628 文部科学省への復讐? 苹@反日実験人格 2009/09/04 06:59

(前稿訂正)
 かれこれ十年近く、前稿の注釈【※115】で「第四夜《神々の黄昏》」と誤記していた事に気付かなかった。と云うより、そもそも読み直すのが面倒臭かった(汗)。正しくは「第三夜」でござんす…。

 以下は選挙結果を踏まえての雑感補記。~広告を見ると『正論』最新号の教育関連記事がなにやら面白そうなんで、この週末にでも買ってくるつもり。もしかしたら見方がガラリと変わるかも知れないので、読前読後の感想比較用に一つ覚え書きを出しときます。


(本題)
 取り敢えず、教員の身になって考えてみる(所詮は勝手な想像に過ぎないが)。
 …教員免許更新制はハッキリ云って「めんどくさい」。余計なお世話、と云ってもよい。仄聞するところ講習とは名ばかりで、何の役に立つのか分からないのに出張(?)させられる模様。とどのつまりは「無駄な仕事」と大差ない。「それが仕事だから」とアッサリ納得できる「素直な擦れ枯し野郎」でもない限り、無駄に時間を奪われるのでは総スカンを食らうのも無理はなかろう。なのに何を血迷ってか、外野がつべこべ文句を云ってくる。モンスターペアレントならぬ「モンスターガバメント」、もしくは「右翼市民」の登場である。この手の御仁は何か誤解をしているのではないか。~嘗て観察した現場感覚に依拠すると、大多数の心理は概ねそんなところだろう。毎日が訳もなく忙しい。忙し過ぎて授業する暇がない(爆)。或る分掌主任は約十年前、「忙しくて教材研究する暇がない」とこぼしていた。今は更に多忙となっているらしい。
 忙しさを共有しない人材を正規雇用しても即戦力にはなるまい。そもそも正規教員の主たる仕事は「授業ではない」からだ(相対比較)。傍目には多忙と映らなくとも、それぞれの事情に応じた忙しさがある。中には「忙しくて学校に行ってる暇がない」先生も居るだろう。そこには組合の仕事ばかりでなく、部活の引率や教研集会などの出張も含まれる。教研集会は集団指導体制による教材研究とも云えるから、これを敵視すれば「勉強する暇があるなら仕事しろ」式の批判に陥りやすい。そうでなくても「忙しくて学習指導要領など読んだ事がない」教科主任が居るくらいなのだから。そしてこれらの隙間をかいくぐる時、いくつかの対策が自ずと出てくる。例えば多忙な先生の仕事を緩和するため非正規雇用で安上がりに済ませるとか、とにかく色々と。実のところ業務上、真っ先に手を抜けるのは授業なのでござんした(校務分掌をこなして初めて授業に注力できるのだぁ)。
 どの学校にも大抵、「仕事のできる先生」と「仕事のできない先生」とが居る。多くの人はそれらを民間企業の感覚、経営の論理で捉えるだろう。…ところで、仕事とは何か。仮に「求められた課題の処理」だとしてみる。処理方法にも色々ある。そこには複数の課題の優先順位も絡む。教務なら時間割を作ったり調整したり県教育庁と連絡したり、教科書の手配やら何やら。環境保険・渉外ならPTAや後援会との連絡、自転車保険、発行物の編集や印刷の手配、県費以外の私費予算の管理、あと…ううう、思い出すのもめんどくさくなってきた(苦笑)。ともかく授業そっちのけで色々ある。そうした仕事をてきぱきこなせるのが「仕事のできる先生」であり、授業は「出来て当たり前」ゆえ余程の事がない限り「論外」となる。仕事の「できる、できない」は雑務の話であって、普通の公務員試験を通ってきた人々と大差はない。入試や行事では会場設営に受付、案内、接待…。そう云やタクシーやバスの手配(中古車輛購入時の入札や会計業務などを含む)も事務室と連携した上で、教員に様々な仕事が回ってきてたっけ。

 …やがて、どこからともなく「民間を見習え」の大号令がやってきた。教員を民間企業に派遣して「世間の常識と仕事を学んで貰う」(?)事業も始まった。そのうち学力低下が問題視され、学校の先生に予備校の教え方を学ばせる所も出てきた。…ここで疑問が出てこないか。そんじょそこらの民間企業に教員を派遣しても学力向上のノウハウが身に付く訳ではあるまい。予備校に派遣するならともかく。仮に最初からそうしていたらどうなったか。予備校教育と無縁な科目は必ずや初手から蚊帳の外となるだろう。つまりどのみち、学校の官製「予備校化」は避けられなかった。それを先ず学校側が自発的に行い、文部科学省が摘発したところ全国規模の大問題となった。未履修問題と呼ばれるマッチポンプ構造の事である。学校が率先垂範して文部行政の泥を被り、最後は必ずしも自発的と云えない泥を被る事で生徒達を守ろうとした。…と云うのは半ば詭弁に近い筈。その証拠に生徒達は補習を受けた。「補習圧力から生徒達を守る」事が出来なかったのは、彼らが同時に学校をも守ろうとしたからである。何から守ろうとしたかと云えば一目瞭然、「文部行政の横槍から」である。
 現場なら普通、これをどう受け止めるだろうか。全国規模のフラストレーションを何処に向けるだろうか。何をしても忙しくなり続ける事に変わりはない。なのに自民党は相変わらず頼りにならなかった。「官僚への指導力がない」のではなく、「官僚に指導力がない」のかも知れない。現場が文部官僚の手に負えないなら、民主党政権にどうにかできると夢想する方がどうかしているのかも知れない。いっそ開き直って文部科学省を滅ぼせばどうなるか。学校もしくは地域各々が自発的に民間教育との競争か協調を始めるか、もしくは独自の教育を始めるだろう。すると画一教育が破綻する。所謂「合成の誤謬」に生徒と保護者が巻き込まれ、転勤に伴う転校・移籍の基準が崩壊に向かい、それらの混乱と競争を進学基準に於て外から引き受けるのが大学入試となるだろう。「勉強とは入試と見つけたり」…何十年前の意識か知らぬが、ともかく進学したい誰もが一斉にその地点へと回帰していくだろう。もはや未履修どころの話ではない。
 そうした危惧を前提に教員免許更新制を否定するのは容易い。肯定する場合とてどうなるものだか。受験道徳の障壁となる科目の教員免許を更新しない方針とすれば「ゆとり科目」と「非ゆとり科目」の本格的分別が可能になる。「ゆとり教育」を否定するには先ず「ゆとり科目」、すなわち非受験科目を排除すればよい。これが夢物語でない事は旧稿で具示した通り(二名の正規教諭と百二十名の非常勤講師で事足りるタイプの「ゆとり科目」誘導が東京都では戦後一貫して継続中)。どのみち講師にゃ関係のない話でござんす。
 …そして実は教員の仕事ともさほど関係がない。免許を更新すれば接待や事務処理がうまくなるのかね。それなら事務職員にも「事務職免許更新制」か何かを課して、後々は県職員や市町村職員にも同様のリストラ突破口を貫通させればよい。

 久々に『諸君!』2008.10号の鼎談「日本の学校をモンスターだらけにしたのは誰だ!」(八木秀次・石井昌浩・義家弘介)を読み直した。その中に「教員免許更新制の盲点」って小見出しがある(P.166)。ざっと読むと、この仕組みに欠陥があるらしい。その内容は半ばNo.6575(の初出稿)で指摘した事とも重なる。~以下はP.167から。
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> 石井 見事に形骸化されたんですね。これでは現在、教育委員会が行っている研修に、屋上屋を重ねるだけのことです。教員の適性を検証、チェックする人がいないため、形ばかりの更新にすぎなくなる。
> 八木 国立大教育学部解体の道筋をつけたはずが、むしろ延命の口実をつくってしまった。教育学部はこれまで縮小傾向がつづき、気息奄々たるありさまだったのに、政府が新たなお墨付きを与えてしまったも同然です。
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 『WiLL』2009.10号P.47で土屋敬之(たかゆき)民主党都議会議員は、教員免許更新制度の「見直し」を日教組に託けながら非難めいた書きぶりで指摘している。「形骸化」と「見直し」を天秤に掛けると、どっちがどうなのか途端に分からなくなってくる。
 私の場合はどのみち高校教育の予備校化=解体に向かうだろうとする見方だから、教員云々より大学入試の方を重視する次第。~石井発言のパロディに仕立てるなら、差詰め「高校教育の成果を検証、チェックする科目がないため、形なき入試にすぎなくなる」状況が、「学生の適性」を取り巻く逃走経路に組み込まれている事になる訳でんな。それを根拠に教育学部が初等・中等教育へと適応するからこそ、教育学部に学生が集まる(中期的視点のフィードバック)。なおかつ国立大学の法人化がそうした流れを経済的に促進する。…「調和なき理念」と「理念なき調和」の二者択一を迫られたら、普通どっちを択ぶのか。前者は孤立から自滅に向かう。後者は連帯から頽廃に向かう。自滅と頽廃の生命力を比べれば後者に軍配が上がるだろう。だから前者の実質は「高校教育からの撤退」に向かわざるを得ない。そのための受け皿が予め民間などの「外部」に存在していたからこそ、「未履修問題を掘り起こした組織」が学校教育現場と自民党を効果覿面に裏切った。
 日教組が社民党や共産党から民主党へ(?)と逃走した理由、なんとなく同情できるのが返す返すも情けない(orz)。未履修問題で裏切られたのが学校の方なら、「裏切る様に仕向けたのが自民党」であるかの様に見えたとしても決して不自然ではなかろう。そんなこんなをステロタイプの日教組問題に単純化してばかり居ると必ずや判断を過つ。余所の「過激なイデオロギー」なんざどうでもよい。日教組に優しい議員が「いじめられて大変だったね」と癒すかのごとく振る舞えば、当事者の情が動くのは…巷間よくあるこった。

 なお、教育関係の上層部については産経の優れた調査報道がある(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090829/crm0908290136000-n1.htm
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>>文科省天下り、3分の1が私学…省庁再編後もルート温存 (1/2ページ)
>2009.8.29 01:32
>文科省幹部の天下り(過去5年) 文部科学省から過去5年間に天下った幹部職員OB162人のうち、3分の1を超える57人が私学(学校法人)に再就職していたことが28日、産経新聞の調べで分かった。旧科学技術庁出身者らを除いた旧文部省の生え抜きに限ると、4割を超える高率だった。この調査結果に、識者らからは「旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの」と批判の声もあがっている。与野党各党は総選挙のマニフェスト(政権公約)に天下り規制を盛り込んでおり、文科省は天下りへの新たな対応を迫られそうだ。
> 調査結果によると、平成15年9月~20年12月に、文科省から天下った本省課長・企画官級以上の幹部職員は計162人。うち57人(約35%)が51の学校法人に天下り、東京聖徳学園、佐藤栄学園、藍野学院、玉川学園、聖心女子学院、日本体育会の6法人では、各2人を受け入れていた。肩書は事務方トップの事務局長が21人で最も多かった。
> 51法人の中で48法人が大学(短大も含む)、2法人は高校、1法人は専門学校を主に経営する。13年の中央省庁再編で、旧文部省と合併した旧科技庁の出身者らを除いて旧文部省の生え抜きに限定すると、天下り総数は111人で、うち46人(約41%)が学校法人。旧文部省の生え抜き以外で私学に再就職した11人は、外部から教育分野の専門職に転身した学識経験者らで、旧科技庁入庁組は皆無だった。
> 文科省は、各種の補助金で学校法人の経営健全化や設備充実をはかる私学助成を行っており、予算規模は年間4500億円前後にのぼる。私大設立や学部・学科新設の許認可権ももつ。少子化で私学は経営が難しくなっており、特に私大は学生集めのため、情報システムや住環境デザインなど既存の大学とは異なる目新しいテーマの学部・学科の新設に躍起になっている。
>文科省幹部の天下り(過去5年)
> 省庁再編前には国会で取り上げられたこともある旧文部省の私学天下りルートが、再編後も事実上温存されていた実態が明らかになり、天下り問題に詳しい国際基督教大の西尾隆教授(行政学)は「再就職の是非はケースごとに判断すべきだが、この数字は大いに問題がある。旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの。営利企業ではないと言っても、私学も補助金獲得をめぐり競争しており、経営難もあってお金絡みの意識が働く可能性がある。許認可権限をもつ相手先に行くのは、庶民感覚からみておかしい」と指摘。一方、文科省人事課は「もともと法律に制限がなく、問題はない」としている。(調査報道班)
> ■学校法人 私学(私立学校)の設置を目的として設立された法人。放送大学を運営する放送大学学園は特殊法人改革の一環で、平成15年に特殊法人から「特別な学校法人」に移行したため、放送大学も私学となっている。学校教育法は、国と自治体と学校法人だけが学校を設置できると規定しているが、同年に成立した改正構造改革特別区域法によって、株式会社とNPO法人(特定非営利活動法人)も構造改革特区(教育特区)に限り、特例として私学の設置が認められた。国内の大学の4分の3以上は、私大が占めている。
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090829/crm0908290138001-n1.htm
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>>「事後チェック、重要に」…文科省天下り問題
>2009.8.29 01:37
>  文部科学省から天下った幹部職員OBの3分の1超が私学(学校法人)に再就職していた実態が28日、判明した。旧文部省生え抜きに限れば4割を超える事実のもとでは、「癒着」と指摘されても仕方がない。
> 昨年12月に改正国家公務員法が施行されるまでは、国家公務員が退職前5年間の仕事と関係ある営利企業(私企業)に、退職後2年以内に天下る場合は人事院の承認が必要だった。ただ学校法人は「営利企業ではない」との建前から制限は設けられていなかった。
> しかし、少子化で18歳人口の減少に歯止めがかからない中、私学は私企業同様、市場原理にさらされている。国は、大学の学部・学科の設置規制を緩和し、平成15年度には一部を許可制から届け出制に改めた。その結果、学生の獲得競争は激化し、定員割れの私大が続出。ハイリスクな金融商品で資産運用に失敗する私大も多く、メーンバンクの後押しで有力大学によるM&A(合併・買収)の動きも活発化するなど淘汰(とうた)が進む。
> そもそも天下りが問題視されたのは、私企業だけでなく、財団法人などの外郭団体が隠れみのになっている実態を受けたものだ。私学は経営面では私企業的側面をもち、補助金を受ける外郭団体的側面ももつ。教育機関という微妙な立場をたてに、規制のグレーゾーンとなってきたが、むしろ、最も規制の対象となるべき存在といえるだろう。
> 改正国家公務員法は在職中、利害関係のある法人への求職活動を禁じた。営利企業だけでなく、学校法人などにも対象を広げ、規制は事前承認から事後チェックとなった。だが禁止されたのは求職活動だけで、役所の看板を背負った再就職そのものではない。
> 総選挙の結果次第で天下り規制は一層強化される可能性がある。しかし、苦しい経営から国とのパイプを求める私学と、再雇用先を確保したい文科省との利害は一致したままだ。「天下り後」のチェック態勢の強化が一層、求められる。(調査報道班)
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http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090904/crm0909040048000-n1.htm
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>>【Re:社会部】堅実な調査報道、続けます
>2009.9.4 00:47
>  8月29日付本紙1面の記事「文科省天下り 3分の1が私学」に関し、大学関係者と思われる栃木県の男性から、調査報道班の地道な取材を、もったいないほどねぎらっていただくとともに、「大学自治の立場からも実態に切り込んでほしい」とするお便りをいただきました。
> 私学に天下った57人中、事務方のトップの事務局長が21人で最多でしたが、お便りは、もし正副学長に就任した文科省OBがいるなら、単なる癒着にとどまらず、学問の自由を形骸(けいがい)化しかねないと指摘しています。
> 戦前、思想問題を背景に政府が大学人事に介入した反省を踏まえ、学問の自由には大学自身による実質的な人事権の保障が含まれているとされていますが、これが監督官庁によって形骸化されるおそれがあるというわけです。実際、残る36人には副学長が1人いました。再就職を繰り返す「渡り」も追跡すると、正副学長はもっといる可能性があります。
> お便りには、文科省が副学長ポストを要求してきたとのうわさを聞いたことがある、とする一節も。また、「民主党は天下りを禁止するとしているが、他方、教育費を増やすとしており、私学との癒着はますます増える可能性もある」とのご指摘もありました。
> 今後も一層、天下りには厳しい目を向け、堅実な調査報道を心がけたいと思います。(丈)
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(余談)
 今回の総選挙では民主党が圧勝したとの事だが、青森県は東北で唯一の「自民優勢」地域。四選挙区のうち三選挙区を制覇したのが自民党で、民主党に一人だけ負けたのが引退ホヤホヤ「津島派会長」の後継(初出馬)。他の候補は比例区で当選したそうな(民主党と共産党)。
 そんな青森が昔も今も前掲「其二」の通りである事には、いつもながら~何か筋金入りの空恐ろしさを感じる。昔は「津軽選挙」と呼ばれるバラマキ体質が話題となったものだが、それをいっそう洗練させた形が全国的かつ間接的に瀰漫したかの様に捉えるなら、これは一体どういう事になるのやら。
 …とは云え、青森には青森の事情がある。どうやら本県は想像以上の「アメリカ植民地指向」らしく、例えば三沢市では昨年(だったかな?)教育上の目的で「××通り」を「××ストリート」に改称する案などを審議する際、わざわざ助言者に三沢米軍基地から司令官を招いたそうな(もちろん司令官は英語ネイティヴ…w)。片やXバンドレーダーを配備した「つがる市」近辺では北朝鮮のミサイル発射に相当ビビってた様で、その影響がまだ残っていたのかも。尤もレーダー基地の警備は米軍でなく民間軍事会社(!)が担当して居て、東奥日報の記者が近付いたら自動小銃を構えてウホウホ迫ってきたそうだけど(一部脚色…汗)。
 南部には「自由の女神」像も「キリストの墓」もある土地柄、民主党への抵抗感にはまた別の要素が関与している可能性もあり得るんだろーな。いづれにしろ「日本文化の破壊」と「青森文化の保守」が両立し得る点はそこそこ興味深い。雑駁には…むつ市、つがる市、おいらせ町といった平仮名地名を採用する感覚みたいなもんだ。日本文化としての平仮名アルファベットを本家アルファベットとの同調感覚にこじつけるかのごとき心理に、私は青森文化の図太く歪んだ野性を垣間見る。



7629 「ひとへにかぜのまへの…」(!?) 苹@泥酔 2009/09/07 23:19

(補記)
 『正論』2009.10号を買ってきたが、三編の教育ネタでは特に目新しさを感じなかった。八木先生の観点も既読のネタだったし、…と云うよりは苹の感覚が再読時に鈍磨したって事なのだろう。藤岡先生のは横浜採択に至る経緯が分かり、有難い。
 話題を変えて『WiLL』2009.10号。~二誌ともカラヤン本の話題が面白かったけど、それ以上にビビビと来たのが実は「天地無用」欄だった。P.18に「現代の漱石全集などの校定方法から遡って、江戸時代の版本を西鶴まで」云々と書いてある。これを書いた「釣り師」は誰だぁ。もしかして編集長なのかしら(「瀬尾はやまるな」で花田うるはし、釣られし苹は俎上のダボハゼ)。あたしゃ小西甚一なんて名前は知らないぞ…と思いつつ検索してみたら、ふと見覚えのあるタイトルが目に留まった。高校時代に使った参考書の『古文研究法』(洛陽社)も氏の著書だったのね。今の今まで気が付かなんだ(汗)。当時の教科書・参考書は殆どが散佚しちまったが、どうした訳か気になる本だったので今も手元にある。嗅覚ってのは結構バカにならないんだなあ。国語教科書と違って当時の歴史教科書も残してるし。あれから×十年(苹は年齢不詳なのw)、まさか私が歴史教科書運動関係のサイトに入り浸る様になるとは思わなかった。さほど興味がある訳でもないのになあ。

(妄想)
 前稿末尾で青森ネタを書いた。~あの後、更なる妄想が。
 民主党政権の出方次第では、イラクで有名な民間軍事会社あたり、先ず自衛隊駐屯地内のXバンドレーダーを「日本から守る」手だって考えられぬではないのかも。んでもって続きは日本式に対応する訳だ。「秘書がやりました」方式の効果は確認済みだし、中国には「誤射でした」が通用するから(先年は中国大使館誤爆事件があったっけ)険悪な関係にはなるまい。つまり「あれは米軍でなく民間軍事会社の仕業です」でどうにかなる。イラク規模で自衛隊員に死者が出る程度は想定の範囲内だろう。反抗したらアッサリ再占領すればよい。いつでも三沢基地から急襲できるんだし、横田からウホウホ首都制圧に向かえば事は簡単なんじゃあるまいか。そんでもって中国には沖縄から睨みをきかせる。
 物騒な妄想は傍迷惑かも知れない。しかし素人の私でも思い付くオプションを、あちらの専門家がいっそう洗練された仕方で考えない訳がない。鳩山外交には先ず新聞から恫喝の予兆をちらつかせ、自民党路線からの逸脱を自粛させる。屈伏が国民の反感を買えば忽ち自民党政権へと逆戻り。結局どう転んでも対米政策の安定性は保たれる。
 思い切って、外相には社民党の人がいいんじゃないかな。さっさと渡米させちまえ。荒療治するつもりなら、この手が一番かもよ?(ただ…そんな勇気は民主党にゃあるまい。)

(転載)
 前稿末尾で三沢に触れた。~以下に関連記事を出してみる。
 その前に民間軍事会社云々の記事を探したけど、どうやら家人が古新聞を処分しちまったらしい(2009.8.28以前数日分のどれかに載ってた)。そこで取り敢えず別の記事を「東奥日報」2009.8.29付朝刊24面から。
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>>基地内居住方針が発効
>>米軍三沢 市、見直し要請へ
> 米軍三沢基地のディビッド・スティルウェル司令官は28日までに、米軍人・家族の基地内居住を推進するとの方針を記した書類に署名し、同方針が正式に発効した。基地内居住の方針をめぐっては、基地外に米軍人向け住宅を所有する大家の家賃収入が激減し、地域経済に大きな打撃となる―などと三沢市は強く反発していた。
> 新方針は、9月1日以降、家族を伴って同基地に新たに赴任する軍人に基地内への居住を求める―との内容。基地内にある住宅の入居率を上げ、基地外に住む軍人に支払っている家賃補助費を削減するのが狙い。ただし、単身者や独身者は対象外で、現在、基地外の米軍人向け住宅に住んでいる軍人・家族に基地内への転居を求めることもしない。
> 三沢市基地渉外課によると、基地外の米軍人向け住宅は三沢市と周辺3町に計1500~1600戸ある。一方、米軍三沢基地内には2033戸の住宅があるが、入居率は約72%。基地内の住宅の整備には日本政府の「思いやり予算」が充当されているという。
> 市内の建設業者によると、基地内では約250戸の改修工事が終了したばかりで、新たに約500戸の改修工事も始まったという。基地内居住推進の方針が決まったことについて、三沢市政策財政部の澤口正義部長は「予定通り、方針見直しの要望書を基地司令官に提出する」と話した。
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 次は同2009.9.1付朝刊26面。
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>>司令官「影響最小限にする」
>>米軍三沢基地内居住方針 見直し要望の市側に
> 米軍三沢基地が米軍人・家族の基地内居住を推進する方針を決めたことについて、三沢市は31日、基地外居住を制限しないように求める要望書を同基地のディビッド・スティルウェル司令官に提出した。同司令官は、推進策は在日米軍司令部からの指示であることを説明した上で「(地域経済への)影響は最小限にとどめたい」と述べ、理解を求めた。
> 要望書は種市一正市長と馬場騎一議長の連名で、両者が三沢基地を訪れ、スティルウェル司令官に手渡した。同市議会基地対策特別委の小比類巻雅彦委員長も同行した。会談は非公開だった。
> 市基地渉外課の説明によると、市の要望に対し、スティルウェル司令官は①基地内居住推進は、日本政府から「思いやり予算」を有効に使ってほしい―との要請を受けた在日米軍司令部からの指示②基地外にある民間の米軍人向け住宅は家賃が高く、家賃補助を支出している基地の予算を圧迫している―と説明。
> その上で、老朽化した一部の基地内住宅を取り壊す予定があるため、いずれ基地外の米軍人向け住宅の需要が再び高まるとの見通しを示し理解を求めた。
> 在日米軍基地内の住宅の整備には日本政府の「思いやり予算」が充当されている。米軍側の回答について市は「軽費節減が目的ということであれば一定の配慮が必要かもしれない」(冨田哲基地渉外課長)として事態の推移を見守る構えだ。
> 米軍三沢の方針は、9月1日以降、家族を伴って同基地に新たに赴任する軍人に基地内への居住を求める―との内容。ただし、単身者や独身者は対象外で、現在、基地外の米軍人向け住宅に住んでいる軍人・家族に基地内への転居を求めることもしない。
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 その他。
 「書道美術新聞」921号(2009.9.1付)の「風信帖」欄では、政権交代で書教育の「強制は排除」って事態になるのを危惧してるらしい。珍しく政治ネタに言及していた。
8【再掲】「恥を忍んで」07 ( 苹@泥酔 )
2012/01/29 (Sun) 22:45:41
7626 恥を忍んで(其五) 苹@泥酔 2009/08/25 23:31

(結語)
・歪曲教育の義務  ・基礎指導放棄の義務  ・成績改竄の義務
 注釈の端々に見られる要素を短く三点に纏めたのは2007.05.20 (08:43)のコメントが最初だった。先ずセレブ奥様のブログに書き、それから支援板に書いた。この時点では「歪曲教育」でなく「学問歪曲の義務」としていた。どちらでもよさそうではあるが~その何年か前には既に「学校は学問の場ではない」と観念していたので、殊更に「学問」を持ち出すのは教育上「不適切」かも知れない。平たく云えば分業制。「あなた学問する人、わたし教育する人」って訳である。学問は学者に任せて置けばよい。教員に学問は要らない。
 それとて約十年前の時点では「まだ疑問の側にあった」。義務とまでは思っていなかった。だから「教員も学者の端くれ」と云わんばかりにゴチャゴチャ調べたりした。…よく考えると僭越だったのかも知れない。これも本文か注釈のどこかに書いた事だが、教員の飲み会では「大学教官は現場を知らないバカだ」と語られていた。その言葉の重みを私は咀嚼していなかった。「学問上は正しくとも、教育上は正しくない」状況が現場では成り立ち得る。
 古くはテレビの金八モデル。「人という字は支え合う形」などと云おうものなら、学者は忽ちバカ丸出しの姿をさらけ出すだろう。学問教育と道徳教育の融合を歪曲と捉えるからややこしくなる。「親という字は木の上に立って見る形」ってぇのも同様である。「辛」の来歴など、教育上はどうでもよい。一部の新聞が題字に「辛」の形を残しているのとは訳が違う。そんな字を漢字の書き取りで書けばバツになる。

 こう書けば、すぐにピンとくるだろう。そして下記の疑問に思い至る。「道徳教育の担い手が、道徳教育の押し付けに抵抗するのは何故か」と。~道徳がそのまま道徳として提示されると押しつけがましくなる。かと云って道徳が学問を偽装すれば、今度はマルクス主義の失敗(?)へと近付く。どちらでもない道徳が内部から生成された時、道徳は「それ自身」が道徳である事に対して盲目となる。…結局は内部と外部の問題ではないのか。
 学問教育と道徳教育と受験教育の三角関係は或る意味オイディプス三角形の様なものかも知れない。上記のごとく道徳で教育を支配する事は可能だが、そうした道徳で学問の場を侵略できるかと云えば必ずしもそうではない。この隔たりは学問自体が相互に育む「ちぐはぐな学際性」により担保される面もあるし、「必要とされない入試」による整序機能が道徳的学問偽装を阻む場合もあろう。ただ学問の丘を征服した者だけが、教育との交感に歩みを進める事ができる。するとここでは共通の道徳がそれぞれを円滑に接続し、道徳なき(=道徳上の対立なき)学問の演出へと学生を誘導できる様になる。
 これを仮に道徳経済と位置付けてみよう。受験教育で支払われる「貨幣状の量」は概ね「学問の量」に比例するが、このシステムを維持するための信用が受験道徳により培われるならば、道徳それ自体がグローバリズムの本拠であらねばならぬ筈。そうした信用は自明であらねばならぬ。疑問を差し挟めば道徳の全体主義が崩壊の危機に曝されてしまう。既存の内部道徳が新たな外部道徳に脅かされる事態は避けたい。当事者なら、そう思うのが当然だろう。「道徳の組織」の問題自体が学問に寄生している事を暴露されるのが恐い。下手をすれば信用破壊に直結してしまうからだ。畢竟、道徳教育の否定はリスク管理の問題であり、それは同時に学問教育や受験教育の問題でもある。受験を道徳で統御する姿勢がリスク管理の伝統と絡むなら、学問を滅ぼすオイディプスは受験システムを妻とする事により、父性としてのリスク管理システムをいっそう学問の座に近付ける事ができる様になる。
 この事を私は道徳や歴史学の側からではなく、国語それ自体の内部から抽出しようとした。国語教育の偽装は活字道徳に基づくかの様で居て、その実「達筆コンプレックス」と裏腹な既成事実に依存した「正当化の流れ」を活字に整流するための副次的道徳が要請されているらしい事にもますます目が向く様になった。どうやら道徳は「多様態の一纏まり」らしい。それをイデオロギーと呼ぶなら、組織もまた多様態の一纏まりとして全体の秩序を体現する事になろう。そこから日教組という癌(?)を切除したところで、事が改善するとは限らない。リンパ節への転移は一種の予定調和であり、そこから癌に遡ったところで、リンパ節の張り巡らされた組織体の成り行き自体は相応に怪しいものだ。
 そんな組織体が免疫機能を民主党に働かせる姿を幻視すると、なにやら私には癌の転移と似通った状態に思えてくる。生きのいい生体は栄養たっぷり。弱ったらまた別の生体に転移…と云うより「伝染」すればよい。

 …てな事を書いたら、ふと一冊の(…いや、何冊でもいいのだが)見方次第では予言的な(…大袈裟?)漫画本を読み返したくなった。舞台は学校その他。先生や生徒が出てくる。カブトムシや変な生き物も出てくる。道徳云々と密接に絡みそうなキャラは「山崎先生」だった。
 吉田戦車『伝染るんです。』
(こんな書き方で終わると…怒り出す人が居るかもなあ。)
 …閲覧者の気分を害したかも知れない頃合いを見計らって、最後のNo.7623注釈。

(注釈)
【※108】二重拘束。『精神の生態学』(新思索社)改訂第2版三七四頁にはこう書いてある。「変換形生成の規則に生じる何らかのもつれについて―そしてそれらのもつれが獲得または育成されていくプロセスについて―論じるものである。それが主張するのは、分裂病的行動パターンと、それに関係する(ユーモラスな、芸術的な、あるいは詩的な)行動パターンの決定に経験的要因があずかるということだが、そこで重要なのは、これらさまざまな行動パターン間に、この理論が何の区別も置いていないということである。つまり、ある人間が道化になるのか、詩人になるのか、それとも分裂症者になるのか、はたまたそれらの組み合わせ的存在になるのかということの決定に、この理論はまったく口を出さない。それが扱うのは、単一の症候群ではなく、(一般に「病的」とはされていないものが、そのほとんどを占める)ひとつの症候群属の全体なのだ。」
【※109】脳と錯誤との関係が示す総てのプロセスは、正確であるかの様に振る舞うコミュニケーションの錯誤が架空の相互諒解において正確に現実化する事を物語る。例えば吉岡洋が『〈思想〉の現在形』(講談社選書メチエ)四九頁で「すなわちサイバースペースは、生身の身体で対面するコミュニケーションにおいては自然に防止されていたような、暴力性や倒錯性を表に引き出すこともありうるのだ」とした在り方、すなわち~無自覚で制御不能な差異の双方向への逃走は、歴史上決して珍しい事ではない。ここでは総てが事前に諒解され、国語と日本語の同一性や時制の連続性は認知プロセスにおいて固定的ではなくなる。かつて活字が書字を虐げた様に、或いは英語が日本語の役割を今なお相対的に貶めつつある様に、実際は「そんな事はしていない」と誰もが一蹴できる程度の領分となって見過ごされ、デリバティブ取引の様に実体を背後から支える。そしていつの間にかそれと知られぬまま、全体の流れを見事に馴致してしまう。にもかかわらず我々は、サイバースペースが言語環境にもたらす変容のプロセスと脳内で意味論的に溶解する接続プロセスとの同型性や連続性―線形性を更に追い詰め、言語環境における歴史的マテリアルそれぞれの差異として、これ見よがしに分節したり中心化せざるを得なくなる。我々は畢竟、情報そのものへの収束によって直接的なものと混同可能となる自己明証性を維持し続ける限り、マテリアル本来の機能を場所の記憶と無媒介にすべり込ませ脱中心化し続けているのだから。その結果マテリアルは、従来担ってきた崇高でエディプス的な役割を盲目状態のまま演劇的に終える(役割を貶められたり、崇高なものを崇高なままの状態で「奪われる」)。~参考。「「ヴァーチャル」には「仮の」というような意味はなく、正確には「事実上同じ効果をもつ」という意味である。いいかえればヴァーチャル・リアリティという概念の背後には、「効果が同じならばそれは現実(リアル)とみなしてよい」という、徹底してプラグマティックな、哲学的決断ともいえるものが潜んでいるわけである」(三二頁)、「日常的な現実を離脱して、もうひとつの現実を呼び寄せるために、人類は長い間、身体運動、音楽、薬物などの感覚刺激を用いてきた。そして、そうしたヴァーチャル・リアリティ発生装置のなかでも、とりわけ精緻に洗練されたシステムこそ、言語にほかならないのである」(三三頁)、「言語として外部化することによって、情報は物質的に固定可能になる。と同時に、意味は直接的明証性を失って不安定になり、翻訳や解釈といった複雑なプロセスに開かれたものとなるのである。/この意味作用の不安定性こそが、文字言語の大きな可能性を開いたのである。/文字言語は、記録や伝達の目的のために、たんに音声言語を固定しただけのものではない。もしそうなら、文字言語はたんに音声言語を便宜上代行するだけの存在でしかないだろうし、それは文字記号による固定化という物質的な安定性のために、直接的な意味の明証性を犠牲にしていることになるだろう。/だが、文字言語のパワーは、実はこの直接的明証性の欠如にあるのだ。文字によって対面的コミュニケーションにおける意味作用の直接性から解放された言語は、別な意味の文脈へと移植可能な、コンパクトでポータブルなものとなる。/特定の意味連関の内部で作用する音声言語を、たとえば植物体という「表現型(フエノタイプ)」にたとえるなら、文字言語は圧縮された情報だけを含む「遺伝子型(ジエノタイプ)」である。それはつねに「突然変異」の可能性にさらされており、またそれが根づいた場所の環境に応じて、独自の発展を遂げる」(五九頁)。
【※110】国語科と芸術科書道との切断は、必ずしもカリキュラム上の根拠にばかり依存している訳ではない。切断それ自体は制度化のためのストラテジーであり、既にディベートなどの場で一般化している(半ば言葉の暴力と化している)。
【※111】笠間書院刊。「国語学は根底において国学を継承しており、事実上、現在でも鎖国状態にあるから、研究者の多くは日本語以外の言語や欧米の言語学に対する関心がきわめて薄い」(五八頁)。~言語としての自明性や同一性があらかじめ保持されてある場合、比較言語学的契機なき国語学は「国語ナショナリズム」と連なる。また書記の方でも書体間の横断性や同一性を知覚するためのシステム自体が失われた場合、活字文化の閉鎖性は自明性への過度の信頼においてひたすら言語に歩み寄ることになる。曰く、「日本語は漢字の使いかたが複雑なので難しいというのは、言語と書記との混同である。文字や書記は言語を媒体にして情報を蓄える手段であるから、言語と密接な関わりをもつが、言語そのものではない。本書の文章をアルファベットや平仮名/片仮名で書き表わしても、読み取りの効率が落ちるだけで、内容には変わりがない。したがって、漢字の導入や仮名/片仮名の発達などは日本語史の圏外にある」(一二頁)と。~同じ事が学校教育の影響にも云える。同一性信仰は常に共通感覚に収斂する様な自己言及的褶曲を繰り返し、既得権益化した制度の側から学問上の尊厳を凌駕するのだから。二七三頁には「学校教育で植え付けられた正しく美しい日本語の幻想を白紙に戻すことは絶望に近い。学生諸君の期待している講義内容は世間にそのまま通用する知識であるから、どこにも書いていないことよりも、どこにでも書いてあることのほうが素直に受け入れられる。筋道がどうあろうと、社会常識に合わない講義は歓迎されない。無名の一老人が国家機関の権威に盾ついたり、有名学者の学説に異論を差し挟んだりしても勝負は最初からついているという趣旨の、好意的でない批判を書き添えた一枚の答案が印象に残った」とあり、ここでは学問が商品の様に選択される。そしてこの選択が集団的に行われたとき、選択されなかったものは専ら政治的価値判断により論争なき学問差別と直結する場合がある。ここでは学問が学問のままの状態で内容と無媒介に放置され、「無関心的でかつ自由な唯一の適意」が学問を取り巻く趣味をも軽信―道徳的信の場において支配する様になる。
【※112】西野嘉章編『歴史の文字―記載・活字・活版』(東京大学出版会)二八八頁、坂村健「デジタル・ミュージアムと文字」などを参照。
【※113】古文書学は本来、書字の自明性を踏まえて初めて「生きた」ものとなるが、(機能的同一性の側からではなく)相対的な機能上の差異から同一性を新たに引き出す場合、機能的でなくなった方の差異は考古学上の史観や活字文化側からの見方に牽引される様になる。すると古文書学は文献学からも遠ざかり、「書かれた」内容は「書かれた」文字の向こう側に薄皮一枚分だけ隔離されることになる。~具体的な証拠は国文学資料にも沢山ある。例えば小松英雄著『仮名文の構文原理』(笠間書院)三七頁に「仮名文の伝本に少しでもなじみがあれば、この本文はたいへん読みやすい」とある通り、三八頁の図版(能因本『枕草紙』)を実際に読めば、階調の変化も具体的に分かる(活字と書字とで比較すると、書字側の「いと」は多様性や冗長性を視覚情報の水準においても具現し、「ちかく」「ちいさく」「おかし」「しろく」「さむき」などの強度を補完する)。逆に~もし違和感を感じるとしたら、そこに薄皮の絶大な効果が隠れている。
【※114】古典芸術としての「書」は言語芸術と視覚芸術との重合体であり、その上に教養や思想などの補完要素が表現内容の一部として(或いは本来同一の表現内容でありながら、見方次第でその一部であるかの様にも解釈できる方式で)組み込まれるが、こうした構造が潜在的領分で破綻した場合、後には非同一の立場から同一の幻覚に向かう一種のイデオロギー的な整序機能を司る流れ~「模倣」か「創作」しか具体的に取り込むための方法がなくなる。ここにはもう、初めから同一なのだとする自明な(歴史的かつ系譜学的な)感覚は微塵も残らない。模倣されたものは本来、模倣される以前にいったん「対象なき動機」の水準まで回帰する点で創作の変奏となるが、こうした共可能的で非線形的な理念は「器官なき身体」以前の層を形成するがゆえに、自ずから差異自体とも隔たる。例えば自分の師匠であれ日下部鳴鶴の様な近傍であれ、その書が見方次第で古典であると同時に古典でなくなる様に。~畢竟、古典的な在り方はリトルネロ(テリトリーを示す、領土性のアレンジメント)の在り方と密接に関わる。この点についてはドゥルーズ、ガタリ共著『千のプラトー』(河出書房新社)を参照されたい。「古典主義という言葉が使われるとき、それは形相―質料の関係を意味する。あるいはむしろ、形式―実質の関係を意味する。実質は形を与えられた質料にほかならないからだ。仕切られた形態がいくつも連なり、それが中心化され、相互に階層化される。そのような形態が質料を組織するのだ」(三八八頁)、「古典主義的なものの底辺でバロック的なものが轟いている。古典主義芸術家の使命は、神の使命と同じく、カオスに秩序を与えることだ」(三八九頁)、「ロマン主義は、バロック的古典主義を追い越したのではなく、古典主義とは別の地点を目指し、古典主義とは異なる所与とベクトルをもっていたのである」(三九一頁)、「古典主義、ロマン主義、そして近代(ほかに名前がないので近代と呼んでおく)という三つの「時代」を進化の過程と解釈してはならないし、意味上の断絶をともなう構造群と解釈してもならない。三つの時代はアレンジメントなのであり、その一つ一つが異なる〈機械〉を、あるいは〈機械〉に対する異なる関係を包み込んでいるのだ。ある意味で、われわれが特定の時代に属すると見なすものはすべて、すでに一つ前の時代に存在していたのである」(三九八頁)。
【※115】一九八九年。サヴァリッシュ指揮、バイエルン国立歌劇場公演の録画(EMI)。同じ《ラインの黄金》の映像で比較すると、カラヤン盤(カラヤン演出)やレヴァイン盤(シェンク演出)が自然模倣型、ブーレーズ盤(シェロー演出)が社会問題追求型であるのに対し、バレンボイム盤(クプファー演出)やサヴァリッシュ盤では宇宙神話的解釈による深読みがなされている(カラヤン盤は映画、それ以外は舞台収録)。~《ニーベルングの指環》は四部作の楽劇(序夜《ラインの黄金》、第一夜《ワルキューレ》、第二夜《ジークフリート》、第四夜《神々の黄昏》)。総合芸術としての在り方やライト・モティーフの扱いを含め、様々な意味で後世に多大な影響を及ぼした。例えばヒトラーは精神的支柱としてのゲルマン文化を象徴するものとしてプロパガンダに利用したし、構造主義哲学や構造主義人類学に大きな足跡を残したレヴィ=ストロースは、この曲の構成で『神話論理』四部作(第一巻『生のものと火を通したもの』、第二巻『蜜から灰へ』、第三巻『テーブル・マナーの起源』、第四巻『裸の人間』)を書いた。
【※116】師授伝承の方式が表現過程を統括する様な線形的書風展開は普通「流派」とか「書流」と呼ばれ、師匠と似た作品を書けるかどうかによって優劣が定まる。そのため寛容な人々はこれを模倣芸術と見なし、一般の人々は単なる「稽古事」~すなわち芸術ではないものと見なす。ところがこれまで現代書道の専門家は線形性をとことん拡張し、小泉義之が『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)第四章「ツリーとリゾーム」で述べた様なプラトニズムの転倒を経験的に実現してきた。例えば鈴木翠軒の書は丹羽海鶴の模倣ではないし、手島右卿のは比田井天来や川谷尚亭の模倣ではない。ここではミメーシスとコピーとの差異も転倒するが、こうした事は否定作用を動機とするものではなく、また脱構築的な転倒作用とも関係がない。つまり表現されたものと表現されるまでの過程との切断を鑑賞の場に持ち込む方式が優先されるから、鑑賞されたものは孤立した差異そのものにおいてしか判断されなくなる。従って書の鑑賞に共通の認知システムは必要なくなり、可読性も鑑賞の前提ではなくなる。だから展覧会では「似た様な作品が並んでいる」とする認識と「よく見ると違う」とする認識とが相殺し合うのみならず、一切が「書」と呼ばれる壮大な架空の物語に収束する様になる。~富士山とエベレストは同じ「山」であると同時に「山」の差異である。しかし単に「山」として見るのと「富士山」として見るのとでは、見方の成り立ち方が異なる。「富士山」には日本の象徴などの様々な記憶が選択的に結び付くが、包括的な「山」は「山」それ自体において無垢である。従って「山」の無垢たる所以をおびやかす現実は必要ない。ゆえにここでの「富士山」は物語化された「山」となり、現実の包括的な「山」とも現実の「富士山」とも異なる水準に転位する(試しに絵本か何かを読んでみるとよい。絵本の絵それ自体は読めないから、「見る」事を「読む」事と混同して言い換えただけの読み方となる。だから読めないものは、読めると同時に読めないにもかかわらず正しく理解される)。
【※117】当方は××時代、提出物を観点別にとことん微分しようとした結果、肝心の成績評価において破綻した。顕在的な観点それぞれが相乗したり相殺し合ったりするため、評価の最終局面では美的評価の潜在的基準自体が内側から非線形性を露呈してしまい、当初予定していた評価システム自体が本来の評価目的と整合しなくなったり機能不全に陥ったりするからである。~因みに佐々木正人著『アフォーダンス―新しい認知の理論』八頁には、「おそらく「フレーム問題」の生ずる原因の一つは、「環境」を完全に表現しつくした知識表象をつくりあげ、それを、行為をガイドする「地図」として用いるという、知性のモデル化の方法にある。行為することの意味を環境から切り離し、行為と環境の接点を、事前に設計された知識と論理だけで推論する機構にゆだねる限り、フレーム問題からは逃れられないだろう」と書いてある。しかるにもし~「書」の美的環境がまだ充分に形成されていない段階で、教科書の内容に合わせようと(書道一般における)暗黙知としての環境を前提した事が破綻の原因となったのなら、ここでは環境を把握する過程の側に欠陥があることになるから、教科書それ自体に問題はない筈である。例えば「教えた内容」だけに判断基準を限定してしまえばよいとするフレーミングが成り立つ場合、そうする事で却って失われる結果となる肝心のものは、行為の拡張により創発する諸々の情動的可塑性をも道連れにする。よしんばこの様な捨象が教育上のモデルにおいて有効だとしても、「地図」に相当する部分が根本的に歪められているなら、指導内容自体はどのみち受容過程において破綻を免れなくなってしまうだろう。「地図」が「環境」そのものではない様に、文字に潜在する諸々の書体横断的システムは美的表現自体と異なる。従って当方が作品の微分を評価に持ち込まなくなったのは、微分の効果を否定したからではない。微分により引き出される潜在的なシステムを、作品そのものよりも優先すべきだと判断したからである。実態は単純。評価できないものから解を導こうとする手続きをだらだらと踏み続けてきたら、ごく自然に「読める」システムの要請が評価の潜在的指示作用と連なる様になっただけの話である。
【※118】上田桑鳩著『臨書新研究』(教育図書研究会)では冒頭から西洋と歩調を揃え、次いで芸術と実用とを相対化するに至る(三二頁以降)。要するに二元論である。しかし一方で上田は過たず書に特有の性格を述べ(四四頁)、他方では「ところで、書は文字という形の上では何等の対象を持たないものを素材にし、それを並べたり組合わしたり、変形を加えたり、形作つている線に筆意や筆勢をつけることによつて、感情や想念を感得することができたり、想像するのであるから、それは抽象的な表現であり、また感情を抒情的に単純化して表現しているので、象徴的な表現にもなつている。だから、その部属は、抽象芸術と象徴芸術の二つに籍を置くことになる」(四五頁)と述べる。~ここでの「二つの籍」は絵画などの視覚芸術側で頻繁に持ち出された一種の極限であり、言語学や詩的言語の領分まで観入するものではない。また書表現は言語表現の副産物である限りにおいて自らの冗長性を折り畳むから、もし書が抽象芸術や象徴芸術に「籍を置く」なら、これらと等しく重合する言語芸術の抽象性や象徴性への踏み込みも当然なされてあるべき筈である。ところがここではいくら重合する諸要素が的確に分析されていようと、個々の作品以前に踏まえられていた筈の教養芸術的背景が欠けている点では、どのみち片手落ちの感を免れない(対極には黒田正典に代表される様な筆跡学研究の立場があるが、結局これも筆跡心理学の一類型に過ぎなかったためか、カリグラムへの踏み込みは殆どなされていない)。
【※119】尾崎彰宏著『レンブラント工房』(講談社選書メチエ)、ハウザー著『マニエリスム』(岩崎美術社)全三巻、榊原悟著『日本絵画のあそび』(岩波新書)、三杉隆敏著『真贋ものがたり』(同)、高階秀爾著『芸術のパトロンたち』(同)などを比較参照。その他、明治期以降の芸術受容状況については佐藤道信の著書、東洋絵画の実作の立場では加山又造著『無限の空間』(小学館)、理論面ではクルターマン著『芸術論の歴史』(勁草書房)なども参照。
【※120】中村雄二郎は『講座 美学』(東京大学出版会)第五巻所収のパリ講演日本語稿「〈行為的直観〉と日本の芸術」で、バーク著『動機の文法』に触れている。ここでは《受苦せし者は学びたり》(ta pathemata mathemata)とする経験の在り方が稽古の「受苦」的作用と関わっており、更にこれを書道に援用するなら、西洋文化流入以後の書道はまさに時代との乖離において、「受苦」的環境自体が存在論的な意味での「稽古」に連なっているとも解釈できるだろう。つまり、古典的理解からの「創造的=破壊的」乖離や現代的整序の破綻はそれ自体においてあらかじめ反‐古典的であり、また一方で環境自体は全く新たな水準で反‐稽古的「受苦」と関わっている。従って古典的な在り方は二重の意味で、もはや主題ではない。本文で述べた主題性は古典的な場で文学的内容との相補関係に依存するが、もう一つの主題性は反‐古典的な動機に基づく文学性の転倒により成り立っている。すなわち、書表現は今も本来の主題ではないにもかかわらず主体としての位置を獲得しており、むしろそれゆえに書道芸術は反‐古典的な転倒として存立可能となっている。すると、ここから主語的なものと主題との交換が始まる。主題が「書かれるもの」から「書く」行為の側に移り、述語的作用の反対側にある筈の主語的作用が「書かれるもの」となって潜勢する。だから現代書は、必ずしも「書かれる」内容を必要としない。「書く」行為に適合した文学的内容が選択され、文学とは異なる美的表現として変奏され、文学的内容を「読む」のではなく行為自体を「読む」ための文法が必要となる。そのため書道教育には、指導内容の重大な分裂が生じる。「書く」行為に必要な「読む」能力と、「読む」行為に必要な「読む」能力は、それぞれ全く異なるものとなる。
【※121】補足引用。~①宇野邦一著『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ)。「ドゥルーズがベルクソンに読み取った「唯物論」は、必然的に弁証法をしりぞけ、弁証法を支える「否定」と「対立」の論理にも批判をむけることになった。弁証法とは、いうまでもなくヘーゲルの思想の原理をさしている。このような「唯物論」にとって、「否定」とはどこまでも観念の働きにすぎず、「対立」とは事物の無限の差異(ニュアンス)を、たがいに否定しあう二つの項に還元することである。事物や生命が生成し変化する過程それ自体には、ただ微細な変化や無限の差異と、それらを横断する秩序があるだけで、否定も対立もありえないからである」(三四頁)、「幾何学的論証のかたちをとったその汎神論について、ベルクソンは「氷でできた神」と言った。ヘーゲルは、スピノザの哲学を病的なものと考えていたふしがある。スピノザが肺結核で「消え去った」ことは、その体系にふさわしいというのだ。「この体系によれば、あらゆる特異性や個体性ははかなくも一つの実体のうちに消え去るのです」(『哲学史講義』)。否定性の運動を一切含まないスピノザの体系には、ヘーゲルの弁証法が作動する余地がない。しかし氷河のように無表情に見えるこの汎神論から、ドゥルーズは、たえまなく流動し触発しあう微粒子と力の世界をとりだすのである」(五六頁)、「内在平面は「思考のイメージ」とも言い換えられる(『差異と反復』には、思考のイメージという一章が含まれていたが、そこでイメージは「同一性」に近い否定的意味をおびていた)。内在平面はまたカオスの断面であって、しばしば「夢、病的なプロセス、秘教的な経験、酩酊あるいは過剰」といった手段によって発見される。内在平面は、一方では、ギリシャ的な社会の内在性と深い関係をもつとともに、思考されないもの、思考不可能なカオス、無限の運動に接しているのだ。それが「思考のイメージ」と呼ばれるのは、それは想像などとは無関係で、「存在の質料」にじかにふれているからだ。イメージとは存在の断面なのだ。/このような「内在平面」を構築することにおいて、もっとも徹底していた哲学者として、ドゥルーズはスピノザをあげている。デカルトであれ、カントであれ、ヘーゲルであれ、新たな内在平面を構築するとともに、主観性や理性や絶対者の形で、新しい形の近代的な超越性をそこに注入したけれども、超越性の批判においてもっとも徹底していたのは、汎神論的な見かけをとったスピノザの『エティカ』だというのである」(二三三頁)、「けれども、概念とは強度秩序において合成要素の共立性を確立し、出来事として合成要素を俯瞰するような運動であって、命題の間の闘争や交渉という形をとるオピニオンは、これとは似て非なるものでしかない。ヘーゲルもまた独自の概念と内在平面を構築したにしても、それをオピニオンの操作としての弁証法に収拾し、世界のあらゆる事象をおおうものとして哲学的な知を絶対化することになる。/哲学が概念を構築しそこなう理由、内在平面を作りだすことを阻害する原因は、こうして哲学の内部にも外部にもみちているのだ。宗教的な超越性、厳密性を楯にして哲学と科学を同じ論理(命題)に還元しようとする混同、オピニオンの跋扈、オピニオンの変形にほかならないコミュニケーション、弁証法、そしてもっと目立たない形で実践される超越性の再建など」(二三四頁)。~②長谷川宏著『ヘーゲル『精神現象学』入門』(同)。「ヘーゲルは、スピノザとちがって、人格神としての神の存在に大きな精神的価値を認めていたし、また、自然を神々しいまでに秩序立ったものと考えることはなかったけれども、神の世界をも自然界をもつらぬくような秩序が「実体」としてあるという思想には強く惹かれていた。神をも自然をもふくめた一切が一つの大きなまとまりをなし、そのすみずみにまで一貫した秩序が行きわたっているというイメージこそ、スピノザとヘーゲルをさしつらぬく共通の世界観であった。/が、一方、近しいがゆえの強い反発もヘーゲルにはあった」(一九頁)、「対立や分裂や否定は、世界にまとまりをあたえるというよりは、世界に不安と動揺をもたらし、世界を崩壊や破滅に追いやる可能性が大きいと考えられる。神的な理性や合理性の支配する世界は、対立や分裂や否定や死を統御し、抑止することによってなりたつ、―そう考えるのが、社会思潮としても学問的理解としても、西洋近代の合理主義思想の主流だった。『エチカ』における実体的秩序の記述は、そういう合理主義思想の一極限を示すものであった。/それにはげしく異を唱えるのがヘーゲルの「主体」の思想であり、さらにいえば、ヘーゲルの弁証法であった。対立や分裂や死や荒廃といった、一見、世界を解体し、秩序を破壊するかに見える運動のうちに、世界の秩序をうみだす原動力を見る。それがヘーゲルの弁証法であり、主体こそが真理だという思想を支える世界観であった」(二三頁)。
8【再掲】「恥を忍んで」06 ( 苹@泥酔 )
2012/01/28 (Sat) 21:17:53
7625 恥を忍んで(其四) 苹@泥酔 2009/08/25 01:26

 以下はNo.7623の注釈。

【※92】学校における身分差別は擬似的環境において整備される。また~階級は成績や生活態度の評価順に定まり、構造安定性は(先入観の影響を含めて)概ね短期的に保持される。~生徒の成績を序列化する上で数字自体を主体化しても構わないのであれば、①一方の絶対評価は能力評価と無関係でも構わない筈であり、また②もう一方の絶対評価は純然たる能力主義や学力優先主義であっても構わない筈である。この場合、「難し過ぎる」とか「簡単過ぎる」とかの判断は、①側では結果から指導内容に逆行する様な指導目的自体の褶曲を序列化の根拠とするがゆえに可能となり(数字は生徒間の関数を成り立たせるための変数となり)、指導内容は合目的的に変質する(褶曲作用は「どの様に収束するか」を数字の「意味」に連ねる)。また②側では、結果から指導内容との間で循環する様な指導目的自体の褶曲を序列化の根拠とするがゆえに最後は不可能となり(数字は見かけの定数に収束する様な振る舞いの下で極限化し)、序列の解体と流動化を自ら促進する(褶曲作用は「何に収束するか」を数字の「意味」に連ねる)。ところが実際は、(校長の言説などを観察するところ)アフォーダンスの差異がリゾーム状評価と連なる様な可塑的評価システムや大手進学塾型の数値評価システムは事実上認められていないらしい。主体はあくまで全体の側にあり、同一性信仰は自己言及的判断に裏付けられる。絶対評価は従となり、企業的意味での能力主義に包含される。
【※93】以前、××教諭から「云ってる事とやってる事が違う」と云われた事があった。どういう意味か今も不明なままだが、指導内容の同一性と指導効果の同一性との混同が原因なら、差し当たってはこう補足して置くべきだろう。~生徒の理解力が言語的基礎に裏付けられてある場合、指導内容は実技と理解とを結ぶ論理式としての役割を担い始める。従って能力主義的な見方は、実技の水準(「見えるもの」)を見る場合と構造的な論理水準(「見えないもの」)を見る場合とで判断の結果が異なってくる。例えば音楽の場合、音と言葉の相互関係は旋律に意味論的解釈を重合する(ベルリオーズやリストの標題音楽、ワーグナーの示導動機、R・シュトラウスの初期楽劇におけるシュプレヒゲザング的旋律など)。これと同様に、視覚表現としての書道における意味論的水準は言語としての本来の在り方に潜み、また~これを含めた書表現の全体は、言語表現の閾下で構造的かつ多様なバイアスの変化を芸術的に振り替える。だから書道や音楽における言語的役割は、あくまでそれぞれの対岸にある筈の相対的領分との関係においてのみ判別されたり比較されたりするべきであって、しかも具体的には比喩的領分と転倒するべきではない。もちろん音と旋律とではそれぞれの役割―内容が異なるし、書かれた(或いはやがて書かれることになる、現実的(リアル)かつ可能的(ポツシブル)な記憶の模像としての)文字と線との間でも内容は異なる。線の指導において充分となるものを文字の水準に持ち込めば、言語は自ずと忘却される。従って文字が言語の単位として最低限の意味を所有する以上、こうした指導はもはや言語的である必要はない(つまり指導の領分が異なる)。同一のものが同一の方法や理念に基づいて指導されるなら、指導された内容は常に教員自身の理念的背景を含む知的水準全体と関わるが、それだけに同一性はむしろ〈外〉からの影響を受けやすくなる。
【※94】平成十年、普通科二学年生徒の成績評価について(成績変動幅は五段階中二、三段階)。この学年は一単位の授業であり、一学期の殆どの時間を篆刻に費やした。従って毛筆による単元は必然的に、二学期以降でしか評価できない。また個々の成績は内規に適合する様に平均点や評定段階の分布を操作して初めて評定となるため、平常点を含む生点は単なる素材でしかなくなる(つまりクオリティよりも順位が優先される)。しかも公的成績は評定側の成績であるから、評価基準は学期毎に内規と合う様に操作され変動する。従って個々の生徒が自覚可能な成績は学期間の横断性を失い、生点の変動とは異なる評定の変動が相対的な比較対象となる。~具体的にはこうなる。例えば或る学期の生点の平均が低い場合、この平均点は内規の指示する水準まで底上げされる(六十点台後半)。そして分布は評定五と四を合わせて五〇%以上等々の内規に合わせて調整され、総ての条件を満たしたものが「評定」となる。当方が教わった大多数の教員と同じ調整方法は、①生点の成績順に並べる、②内規のパーセンテージや基準平均点に合う様に、点数をほぼ均等に見える様に割り振る、というものである。最低の評定段階(評定二または一)は必ず出さなければならない(評定二を出さない科目が増えたので、平成九年頃の会議でこの方針が再度徹底された)。
【※95】体育館を見回ったとき、この生徒から最初の進学相談を受けた。その後まもなく、休憩室で小論文担当教員の添削を教頭達と一緒に覗いたところ、この生徒には台湾在住の親戚がいる事が分かった。そこで加地伸行著『現代中国学』(中公新書)を貸し出した。彼はこの本を熱心に勉強していた様で、推薦入試では大東文化大学中国文学科に合格したとの事。報告に来たので、取り敢えずお祝いにベイトソンの言葉を贈って置いた(「結晶構造と社会構造とを同じタイプの法則が貫いていることを見いだし、ミミズの分節と、玄武岩の円柱とを、同様のプロセスが律していることを発見しなければならない」)。
【※96】用紙一枚に最も単純な自問自答シークェンスを二箇所設け、問答の整合性や二つのシークェンスの(転位を含む)連関に毎回コメントを加えた。中には女生徒ならではの「うっちゃり」の効いた展開や、当方のよく知らぬ(西田龍雄の著書一冊を過眼した程度)西夏文字の話題を持ち出す内向的男子生徒もあり、日々の添削は実にスリリングな体験となった。プラトン方式の「対話」や記憶媒体としての文字言語の属性を念頭に置いて、取り敢えずファイルに綴じてポート・フォリオ形式としたが、約八十名分のコメントを添えるだけで精一杯となり、実のところ評価までは手が回らなかった。本文で述べた「哲学的動機を形成した(らしき)生徒」の場合はむしろ劣っていたくらいだが、思考の契機になればそれで充分としたためか、実際はこのファクターで成績を落とさずに済んだ(進学相談を受けたのは、翌年になってからの事である)。~たぶん、思考のプロセスを授業側の時間的都合に合わせて採点―制度化するべきではない。
【※97】第一部第一章中「技術としての藝術」「美的価値の実現」から要点を抜粋。カントの分類やマッテゾン、マールプルク、テレマンからの引用部分を削除したため、記述のバランスは整った(この本は音楽美学の立場で書かれてあり、その分だけ概説的内容は他の美学一般の書物よりも短くまとまっている)。
【※98】以下は加筆版の出題詳説。~問題①「以下の説明文を読んで、」→(前提)後出の説明文を読み、内容を理解していることが前提となる。つまり、説明文に取り上げられている事実・知識や主張を指標としながら、それに対するレスポンスを期待していることになる。/②「東洋の芸術観と西洋の芸術観との違いを考えながら、」→(註釈)ここで《考える》べき焦点は、芸術観の問題に集約される。この場合は、東洋と西洋の差異について観察・発見・思考すればいいぞ、とアドヴァイスがなされているから、思考の方向が説明文の外側に拡張されることを暗に期待していると見てよろしい。(説明文は、東洋について何も触れていないからである。)/③「千二百字以内で小論文を書きなさい。」→(出題)小論文の規模を規定している。この字数内に収めればよいのだが、最低字数は所定字数の八割以上とみなすべきである。原稿用紙の体裁によっては、改段による字数の制約が変化するので、日頃から明確な論旨をなるべく短くまとめる練習をして置いた方がよい。/テーマ④「テクニクと心との関係について、」→(題材)論旨展開の題材を規定している。ここでは「テクニク(いわゆるテクニック)」と「心」との《関係》を扱っている。要するに、それらの《関係》する有様が指摘されていればよい。ここには例えば~相互補完・共同展開・相互破壊・環境再編など、絡み合う作用の性質が見方次第で様々に変化し得る。つまり、答えはひとつではない。従って、あらかじめ視点・論点が発想された理由を明確にして置かなければならない。これを怠ると、しばしば独善的な展開による論理の飛躍を招きがちになってしまうので、細心の注意が必要である。対策としては、論理構造内に複数の視点を取り込んでしまうのが手っ取り早いが、そうすると字数超過になりがちな悪弊が出てくる。だから③で述べた練習の必要が出てくるのである。/⑤「書道の芸術性においてはどのような解釈が可能か。」→(論点)論旨展開の場を規定し、結論がどこに向かえばよいかを指示している。ここでは「書道」という場に置かれた「芸術性」の問題を指示し、その方向性が「解釈」の「可能性」に向かえばよいことを意図している。つまり、説明文は単なる参考材料に過ぎない。客観的な文章となるための安全弁に過ぎない。説明文に対する批判的精神から、どのような問題意識が拡張されてくるかを~採点者は見つめるのである。
【※99】どちらの発言も、職員室で勤務時間内になされたものである。なお、平成十三年三月末の発表によると、××教諭は教頭に昇進との事。
【※100】コードを取り巻く反復作用は制度化されたエクリチュールに線形で多数の見方を取り込み、多様で偶然的な逃走のセリーと選択的で必然的な物語的収束のシークェンスとに分節可能な二つの流れ(flux)を、同一の門(phylum)に(元々の状態と同一の形式―差異のままで)折り畳む。~因みにドゥルーズは、『記号と事件』(河出書房新社)一六頁で「つまりエクリチュールを流れとしてとらえ、コードとは考えないということだね」と述べる一方、一八頁では「そして書くということは、その他もろもろの流れに組み込まれたひとつの流れにすぎないし、他の流れにたいして特権をもつわけでもないから、糞の流れ、精液の流れ、言葉の、行為の、そしてエロチシズムの流れ、また貨幣の、政治の流れなど、自分以外の流れを相手にして順流と逆流が渦を巻くところに関係づけられる。片方の手で砂浜に文字を書き、もう一方の手でオナニーをするブルームを思いうかべてみるといい。ブルームのふたつの流れはどんな関係にあるのか考えてみるといい」と毒づいてみせる。ここには「流れ」とエクリチュールとの危険な関係がある。コードを取り巻く言語と書字との距離が同一性幻想の下で収斂するとき、本来の門は逆向きのシークェンスに取り込まれつつ襞の〈外〉に「流れて」しまうのだから。~以下はガタリ著『分裂分析的地図作成法』(紀伊國屋書店)二〇八頁以降。「まずはじめに強調しておかなければならないのは、感覚的な補強と物質的な《基盤》を失うことによって消滅せざるをえないと思われるひとつの形式が、プロセス的な前方への逃走のあとにも残存しているということである。それどころかこの形式は、それが由来するモジュール的なもろもろの準拠を再生産し続け、さらにこれらの準拠を、無限に増殖する可能的なものの相空間に組み入れることによって豊かにする。具体的に言えば、ここで問題となっているのは、突然変異的・創造的な局面へと開かれた表現のあらゆる素材である。その素材とは、すなわち、遺伝コード、動物行動学的コード、記号的コード、記号論であり、また《構成主義的》な表現が―音声的、書字的、器官的な―もろもろの物質的な連鎖に結びつくあらゆる状況である。この《構成主義的》な表現は、この結びつきにおいて、次のような二重の運動を始動させる。つまり、この表現を分節するモジュール的な関係を通して表現が「自らに対すること」という運動と、記憶的・可能主義的なさまざまの提示位置(プロ・ポジシオン)(Pm)によって、別のところであとから表現が「ほかのものに対すること」という運動である。/信号的な(あるいはコードの)ゆらぎがフラクタル的な剥離を起こす瞬間から、次のような明確に異なるふたつの部分を考慮しなければならない。/―本来の意味でのフラクタル的な増殖。これは表現機能f(exp)の基盤であり、抽象的な機械状の門vmaと、それに対応して非物体的な準拠の世界とにおいて行われる。/―言説的で剰余的なもろもろの形式。この形式は、その場に留まり、衰えて弱まり、素材―形式という関係によって編まれる意味を欠いたままであるが、次の節で見るように、実存機能f(exi)の構成においては重要な役割を演じる。/脱テリトリー化されたフラクタル的なプロセスによって生じる表現機能f(exp)は、ふたつの領域に介入する。一方で表現機能は、それを支えている感覚的モジュールに固有なもろもろの対称的な定式を、果てしなく反復し反響させる(表現機能はこれらの定式を際限なく変形、歪曲、縮小しながら反復する)。他方では、この同一の定式をもろもろの準拠の集合―あるいは可能的なものの相空間|―に位置づける。この準拠の集合は、想像できるものも想像できないものも含めたもろもろの接近角度の集合を明らかにする。したがって表現的なフラクタル化は反復するだけでは満足せず、付加価値を生産し、コードの剰余価値を生み出す。それは、常に新しいものをポケットから取り出す用意がある。したがって|は、Fに隣接するもろもろの可能的なものの積分を表す。説明のために、任意の数字[225]を使って、表現機能ECを支える偶然性の点Pcの定義を示そう。いろいろな方法で数字[225]を作り出す手続きの全体(例えば整数、分数、無理数、虚数などを使って)が、この数字に関する相空間をなすだろう。/空間|は、Pcの可能なあらゆる生成を含む。しかし、この説明はまだあまりに《平板》である。それよりも、以前に述べただんだんと細かくなっていくパイこね変換をふたたび取り上げよう。偶然的なものの襞Pcを位置づけるためのもろもろの操作について、Pcに達する最後の操作をP1、最後から二番目の操作をP2という具合に名づけよう。パイこね変換のばあいと同じように、襞は《必然的》であると同時に、予測不可能なさまざまな局面を生み出す。このことから、実体的な位置Pcのあいまいな性質が生じる。一方では、この位置は、可能なあらゆる手続全体における無限に多くの例のなかのひとつにすぎない。しかし他方では、それは偶然的で必然的な留め金を構成し、それなしには前記の手続きは決して始まることも展開することもできない。/もっと質的な例を考えることもできる。窓際にあるこの植物はひとつの感覚的テリトリーを現前化しており、そのテリトリーの準拠の線のひとつは、緑という色である。内在的決定可能性のモジュール的な水準では、緑がこの植物の偶然的な現存在に何らかの仕方で被胞されていることをしっかり認めるべきである。しかし同時にこの緑は、われわれがそれに対して取りうる多数の視点に、さまざまな面をさらしている。偶然性の襞には観察者の距離に関連するものもあり、色の段階づけや対比関係もしくは補色関係に関連するものもある。さらに可能な光のもろもろの強度や温度などに応じて微妙に変化する襞もある。だんだんと無数の視点が広がっていくのだが、それらの視点すべては、その瞬間にそこにあるこの緑の存在を構成する同一の《終点》に達する。このように、これらの視点の集合|1は、未分化な寄せ集めをなしているのではなく、いくつかの制約によって組織化されている。これらの制約は、焚火の赤みがかったほのかな光が|1とは異なる相空間|2に関係するという具合に組み立てられている。つまりこの制約は、フラクタル的な折り畳みのさまざまなシークェンスによって生成されている。もちろんそれが成り立つのは、前のふたつの相空間を含む第三の相空間|3が、たとえばパステル画の構成のように、植物の緑色と火の赤色とを関連づけていない場合である。/われわれは次のような原理から出発するだろう。すなわち、もし、もろもろの形式とそれらの相互作用との認識が、《紆余曲折の末に》生命の出現とともにやがて生じるとするならば、その認識は、すでに何らかの仕方で、おそらく非常に異なった様態のもとに、別の存在論的水準において存在しているという原理である。この原認識は、実存的共立性のあらゆる獲得や、構造的テリトリーもしくは脱テリトリー化されたシステムのあらゆる形成に、内在的に属しているはずである。それ自体のうえに閉じた現存在と、世界と生命のもろもろの事象をひとつに結びつける原他者性との、このような結合の要石となるものは、分節Pc|(偶然的なものの点―表象的な相空間)である。今後われわれは、この分節に、表現―内容関係(偶然的な表現Ec、相の内容C|)という(新たな)資格を与えよう。/C|は、内在的で形式的な決定可能性の線(Di)(これらの線はテリトリー化されたもろもろのモジュールのなかで結びつけられていた)が相互に集中し、それと同時に相互に脱テリトリー化する場である。これらの線は、いまや外在的決定可能性Deと出会い、それと連結する。実際ここでは、もはやDiの線とDeの線を区別する必要はない。d+∞とd-∞のセリー状の同一の線が、次のふたつの状態で共存している。つまり、①Diのモジュール的な状態と、②さまざまな機能を持つもろもろの共立性や体制に従って、外在的決定可能性のサイクルを通して移動するDeの状態。/こうしてセリー状の同一の線―《緑》―は、モジュール的な関係mfに限定されることもあり、あるいは無限小の言説的な形式をとって《大気的》フラクタル的な状態の|のなかを循環したり、非物体的で非言説的な形式をとってUのなかを循環したりする。植物につなぎ止められたこの緑であることは、確かに大きな意味がある。しかし、色彩の潜在的な世界を迂回して緑であることや、あるいは光の流れの波長を自由に変えられる科学技術的なアルゴリズムや手続きを通して緑であることは、それとはまったく別のことである。しかし、一方がないと他方が成り立たないということは、繰り返すまでもないだろう。」
【※101】「いじめ」と呼ばずにルサンチマンの集団的形成過程と捉えるならば、似通った事例はいくらでも出てくる。例えば朝鮮の場合、近隣諸国の脅威は特に中国文化との関係において多大であり、そうした意味で官僚=文化人を中心とする中華文明への迎合姿勢は、(異民族から侵略された九六〇回の経験、特に元の支配や百年前の帝国主義の脅威と相対的に)「日帝三十六年」以前の段階で既に完成していたことになる。だから根拠をここに置いて選択的にフレーム化すれば、日本支配時代前期はハングルを満州民族に逆解放した、とする認識が生じても決して不自然ではない。もちろんここでは梨泰院(イーテウオン)(元々は「異胎院」だとする説あり)の話など、日本の盲人音楽同様に一顧だにされない。またポーランドの場合、ヨーロッパ全土を覆っていた反ユダヤ主義は「ポーランド」のフレームを民族単位に飽和させた来歴を持つから、恥部としての暗黙の諒解は(暗黙であればあるほど、つまり無自覚化への要請が強烈であればあるほど)結果的にテリトリーの在り方を防衛機制としての混同状態に導くことになる。ここから先は民族の切羽詰まった尊厳の脱テリトリー化が要請され、カトリック教徒によるユダヤ教徒虐殺はナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺との間で融合―再テリトリー化する。畢竟、こうしたタイプの防衛機制はトラウマの機能面―飽和条件に依存しており、従ってトラウマ自体が問題の中心にあるのではない。そしてまた他方では、いわゆる「血の純潔」の問題が潜在する場合も少なくない。日本の場合は既に強固な単一民族幻想が浸透しているため、もはや単なる共通理解の錯誤の段階には留まれない。思考様式の奥深くに入り込んでは遺伝的な火種となり、時には「いじめ」による同一性信仰の圧力となって現れたり、時には逆に逃走願望が若年女性と外国人との性的接触や頭脳流出などの形で現れたりもする。
【※102】主観的認識の個体性や多様性を客観的な物語認識に組み換えると、「いじめられた」側と「いじめた」側それぞれの認識上のずれや断絶は捨象され、「いじめ」行為を中心とした関係の側から両者が新たに結び付けられる(合目的的な関係中心にそれぞれの側の認識も再テリトリー化される)。例えば「八紘一宇」の理想に燃えた日本人の場合、「侵略」は所与の目的と合致しないがゆえに誤った認識となる(副産物に留まる)。だから「進出」と「侵略」はどちらも判断目的に牽引された顕在的自覚に過ぎず、従って普遍的事実ではない(客観的事実は個別に成り立つが、客観的かつ普遍的な事実は全面的に肯定可能な層であらかじめ地図化されていない限り決して成り立たない)。共同幻想を巻き込む多様なアフォーダンスの中から自覚の方向を集団的かつ共可能的に選択すると、擬人化された「目的への意志」は社会性を要請し、かつ~社会性は集団的選択への帰属慣行に収束する範囲内で感覚やイデオロギーを重合する(後述の「アイヒマン実験」参照)。そのため過程の差異は結果の差異と混同されやすくなり、整序され脱テリトリー化された事実認識は決定論的な飽和状態まで出戻っていく。また出戻った後の事実認識は合目的的コードを深層のバイアス(喩えて云うなら、テクスト理論における「ジェノ・テクスト」以前の鎖列となる様なリビドー的段階)としつつ、別々に再テリトリー化された認知システムにおいて自己制度化―主体化の対象として個別に確信される。
【※103】この生徒は定時制に編入。定時制職員室からは転入理由に関する配慮の要請がなかったため、特殊な事情の有無について当方は全く知らない。従って以下の休憩室での無駄話の中での問いは、念のためここに探りを入れる目的で発してみただけものである。当方は専ら授業での観察を材料に、予測可能な範囲内で最も顧慮すべきケースをいくつか想定してみた(生徒の性格次第では、転校先でもいじめられたりするケースがあり得るからである)。要するに、予測に基づく対処の準備と事実に基づく現実的対応との両面を顧慮して置こうとしただけの話だが、どうやらそこまでする必要はなかったらしい。
【※104】記憶違い。正しくは××××数学科教諭。
【※105】「「ポポ」が死んでから半月ばかりたった頃のことです。彼が公園の近くを歩いていると、三歳くらいの男の子がワーワー声をあげて泣いていました。思わずちょっと立ち停まって見ていたら、若い母親が公園の中から出てきて「あんたポッポどこにやったのよ! なくしたんじゃないの? 泣いてばかりじゃ分からないわよ」と言いながら、嫌な目つきで彼の方をチラと見たのでした。/あてこすりはテレビでもやられました。ポメラニアン種の犬を抱いた女優に、若いレポーターが「すごいですねえ、十五歳ですかあ。大切に飼っているから長生きしてるんですねえ」とあてつけがましく言いました。そればかりか、手を伸ばして、その犬の頭を撫でながら「この果報者!」とまで言ったのです。/彼が電車に乗ったとたんに、女子高校生たちがいっせいに「信じられなーい。残酷!」と声を上げたこともあります。彼は身を固くして屈辱に耐えているしかありませんでした。電車といえば、若いサラリーマンが同僚に向かって、ひそひそ声で話していたこともあります。「そう言われたら、もう待ってるしかないじゃない。それで待ってたら、待ちぼうけ。ひどい話だろ、な?」自分がポポとの約束を守らず、ポポを死なせてしまったことは、もう皆のうわさになっているようでした。/うわさは学校にまで拡まっていました。食堂で下級生たちがドッグ・フードの話をしていました。聞こえよがしに廊下で飼犬の自慢話をしている生徒たちもいました。彼には、どれもこれもがあてこすりだとすぐに分かったのです。/数学の授業の時でした。ひとりの生徒が風邪をひいたらしく鼻をクスンクスンと鳴らしていました。と、教師が板書の手をとめて言ったのです。「クンクンうるさい犬はどいつだ」皆がどっと笑いました。その声に追い立てられるように、彼は教室から飛び出ました。そして、気がつくと、見知らぬ街を走っていたのです。/彼が「木村先生」の病院に入院したのは、その翌日のことでした。」~常識の下で制度化された感覚は、予測しにくい〈外〉への連なりを判断から疎外する。
【※106】バタイユ著『呪われた部分』(二見書房)二五六頁では、「自覚」について「還元不可能な充実した至高性を目指しての存在の復帰」と説明し、「果たさるべき責務とは関係なく、その時々に解放される」と註釈する。
【※107】中村雄二郎著『悪の哲学ノート』(岩波書店)、『日本文化における悪と罪』(新潮社)参照。
8【再掲】「恥を忍んで」05 ( 苹 )
2012/01/28 (Sat) 05:44:33
7624 恥を忍んで(其三) 苹 2009/08/24 06:57

(雑感)
 青森ではどうだか知らないが、教育界に民主党を応援する動きがあるらしい。…そう云や在職当時に同僚から「××氏に投票してくれ」と声を掛けられた事があったっけ。さすがに「運動してくれ」との声はなかった。しかし後援会やPTAの要職(?)には地元の名士が多かったし、中には市長になった人も居るので(現職)、それなりの付き合いが水面下で培われる事はあり得るのだろう。
 学校の体質はそう簡単に変わるものではない。設備はそれなりに変わっても、人材は緩やかに動くし人脈は各学校を横断する。その一例が読み取れるかどうか、また何かの役に立つかどうかは些か心許ない。~以前ボツにした際(昨年か一昨年)、一通り読み直したところ最も無難なのが「其二」の箇所だった。無難でない箇所には別の指摘や分析をクドクド書き連ねてある。そちらの方が相応しいのかも知れぬが、とにかく長いので読み返すのが億劫でござる。
 …直訴書簡を書いた当時、もしかしたら誤読に基づく解釈があったかも知れない。或いはむしろ、今の私の方が誤読程度の甚だしさを増しているのかも知れない。それが何よりも恐い。一連のタイトルを「恥を忍んで」とした理由の過半はここにある。
 ちと紛らわしいので念のため。「其二」本文の「>>」で始まる段落はカヴァイエ本の引用箇所である。地元教育関係者の氏名や学校名は取り敢えず伏字とする。支援板では管理職を実名とした(あちらのアドレスはNo.7325を参照)。
 以下、No.7623の注釈を続ける。今のところ三分割とする予定。

(注釈)
【※79】××市に本拠を置く書道の社中「××会」事務局の食事会にて。
【※80】教員社会における勤務評定の役割との類似が部分的に入り込んでいる、と云ったら穿ち過ぎだろうか。ここでは成績本来の在り方が問題なのではなく、それが社会的にどの様な価値基準の下で連結していくか、そして成績に投影されるかの様な幻想的振る舞い―能力評価との間でどの程度ずれるか、といった事が焦点となる。~以下、参考にドゥルーズ著『記号と事件』(河出書房新社)二九四頁以降の記述を挙げて置く。「給与」と「成績」を比較するなどして、諸々の類似と差異を導出してみて貰いたい。「個人が体験するさまざまな内部滞在の機構、すなわち監禁の環境は独立変数である。そこでは環境が変わるごとにゼロからやりなおすのが当然のこととされ、すべての環境に共通する言語が存在したとしても、それは類比にもとづく言語なのである。これにたいして、さまざまな管理機構のほうは分離不可能な変移であり、そこで使われる言語は、計数型で(「計数型」とはかならずしも「二項的」を意味するのではない)可変的な幾何学をそなえたシステムを形成する。監禁は鋳型であり、個別的な鋳造作業であるわけだが、管理のほうは転調であり、刻一刻と変貌をくりかえす自己=変形型の鋳造作業に、あるいはその表面上のどの点をとるかによって網の目が変わる篩(ふるい)に似ている。これは給与の問題に、はっきりとあらわれている。工場というものは、みずからの内的諸力を平衡点にいたらせ、生産の水準を最高に、しかし給与の水準は最低にとどめる組織体だった。ところが管理社会になると、今度は企業が工場にとってかわる。そして企業は魂の気息のような、気体のような様相を呈することになる。工場でも、奨励金の制度があるにはあっただろう。しかし企業は、工場よりも深いところで個々人の給与を強制的に変動させ、滑稽きわまりない対抗や競合や討議を駆使する不断の準安定状態をつくるのだ。愚劣このうえないテレビのゲーム番組があれほどの成功を収めているのは、それが企業の状況を的確に表現しえているからにほかならない。工場は個人を組織体にまとめあげ、それが、群れにのみこまれた個々の成員を監視する雇用者にとっても、また抵抗者の群れを動員する労働組合にとっても、ともに有利にはたらいたのだった。ところが企業のほうは抑制のきかない敵対関係を導入することに余念がなく、敵対関係こそ健全な競争心だと主張するのである。しかもこの敵対関係が個人対個人の対立を産み、個々人を貫き、個々人をその内部から分断する、じつに好都合な動機づけとなっているのだ。「能力給」にあらわれた変動の原則は、文部省にとっても魅力なしとはいえない。じじつ、企業が工場にとってかわったように、生涯教育が学校にとってかわり、平常点が試験にとってかわろうとしているではないか。これこそ、学校を企業の手にゆだねるもっとも確実な手段なのである。」~その少し後で、ドゥルーズはこんな事も述べている。「逆に、管理社会で重要になるのは、もはや署名でも数でもなく、数字である。規律社会が指令の言葉によって調整されていたのにたいし、管理社会の数字は合い言葉として機能する(これは同化の見地からみても、抵抗の見地からみても成り立つことだ)。管理の計数型言語は数字でできており、その数字があらわしているのは情報へのアクセスか、アクセスの拒絶である。いま目の前にあるのは、もはや群れと個人の対ではない。分割不可能だった個人(individus)は分割によってその性質を変化させる「可分性」(dividuels)となり、群れのほうもサンプルかデータ、あるいはマーケットか「データバンク」に化けてしまう。」(二九六頁)
【※81】成績分布における評価の最低基準が「達成度」と「優秀度」を重合した水準で定まる場合、達成度―到達度の収束する地点―可能態がマキシマムになるのと比べて、指導内容に対するレスポンスとしての成績自体は、指導要領の範囲内で定着した学力自体をミニマムな現実態―最低評価基準とする限りにおいて定まる。ところが実際は、学習指導要領で示された内容よりも高度の内容が(優秀さを相対的に規定する目的の範囲内で)指導の前提となるから、この時点で建て前となった評価は(可能態としての規範を区画する逃走線の片側で)現実と幻想とを重合し始める。また一般に、到達度評価は生徒の学力が充分に定着するまでの過程で指導目標を基準に定まるから、目標が平易なものであればあるほど生徒の学力は高まり、必然的に正規分布しなくなる(例えば、全員が満点となる場合を容認せざるを得なくなる)。もし、当方がかつて××××芸術科主任から正規分布しない場合について「簡単過ぎるからだ」とか「難し過ぎるからだ」と指摘された様に、指導目標の水準が過度に(と云っても高校で指導する水準を逸脱しない程度に)やさしかったり難しかったりしてはならないのであれば、そこから先は正規分布する様に指導目標を調整するか、或いは同じ平易な内容でも分かりにくく指導する必要が出てくる筈である。そしてまた、教科内基礎以前の基礎領域がまだ定着していない生徒に指導する場合、前‐基礎の指導は(いかに難しいものであっても)顕在的な指導目的ではないがゆえに評価対象とはならない。~尤も見方を変えれば、こうした基礎なき生徒達が高度だと思う様な(指導要領に適合し教科書に準拠した)内容と前‐基礎とを分断すれば(要するに指導を放棄すれば)、むしろ事は簡単に済むとも云える。なぜなら、「優秀度」の評価に値する生徒は全体の一割程度となるため、見かけの正規分布と引き替えに学力自体の向上は殆ど期待できなくなるのだから(学力を向上させようなどと考えてはいけない。同一指導内容のアフォーダンスが全く違ったものとなってしまう)。分かりやすく基礎から指導すれば、結果的に全体の成績は上がる。ところが全体の成績が上がれば正規分布しなくなるから、指導目標はより高度な水準でなければならなくなる。正規分布する様な指導はそれ自体が学力格差を必然的に生成するタイプの規範意識―制度に収束するため、ここから先は「達成度」という観念そのものが自ら転倒し飽和してしまう。飽和した達成度は、もはや学力の達成度ではない。生徒全員が満点を取ってはならない様に(満点を取らせる様な指導をしてはならない様に)、達成度は差異の識別手段から生成手段に変容しなければならなくなる。同一シニフィアン内で分裂したシニフィエとしての達成度は「優秀度」の中に溶解しつつ飽和し、語のシニフィエ自体はシニフィアンの差異を超越しつつ横断し、やがて同一化―還帰する。従って自己目的化した「達成度」自体は「優秀度」に埋もれる点で「劇的な低さ」そのものを本体とし、低回しない方の達成度は評価目的の〈外〉であるがゆえに、もはや評価の対象ですらなくなる。
【※82】×××教諭(日本史担当)。
【※83】選択科目の多様化。書道の場合、それまで普通科では書道Ⅰを一年生二単位必修、二年生一単位必修、書道Ⅱを三年生二単位選択で履修していた。平成十一年度からは書道Ⅰを一年生二単位必修、書道Ⅱを二年生一単位必修、書道Ⅲを三年生二単位選択で履修することになったが、平成十年度末の希望調査では書道Ⅲの選択者がいなかった。普通科三年生は三つのコースに分割され、そのうち二つのコースの生徒が芸術科目を選択する。これまでは芸術科目内部で選択していたが、この年からは芸術三科目・情報処理・調理の五科目に選択肢が増えた。
【※84】幕末期の版本~中でも唐様の影響が浸透した後のものは読みやすく、国文学の演習などで用いられる『雨月物語』などの版本とはかなりの差がある。明治から昭和初期にかけての習字本は、東照公遺訓も手紙文も総じて読みやすくなっており、初学者には(今でも)ほぼ全部が最適の教材であると断じてほぼ間違いない。一葉の書簡や小説原稿は明らかにこれらの影響を受けており、管見したものはどれも実に生真面目な書きぶりだった。書風は国定手本乙種系に近い。
【※85】実際に読んでみると、仮名は取るに足らない。癖を把握すれば誰でも簡単に読める。それに比べて漢字は読みにくい。版本を読解する際、振り仮名は特に教育の場で絶大な効果を発揮しただろう。~同時代人の読み方を辿るのは難しいが、横溝正史(明治三五年―昭和五六年)の『獄門島』(角川文庫)第九章「発句屏風」には以下の様な具体例がある。「この二枚折りの屏風というのは、(……)おひなさまの屏風みたいにかわいいやつで、地紙には、昔の俳諧書をばらしたらしい、木版刷りの紙が、いちめんにはりつめてある。刷ってあるのは連句らしいが、妙にひねくれた書体だから、耕助には、「哉(かな)」だとか「や」だとかいう字のほかは、とんとちんぷんかんである。さて、この地紙のうえには、右に二枚、左に一枚と、つごう三枚の色紙がはりつけてある。色紙のうえには、いずれも一筆書きで、坊主だか茶人だかわからないような人物がかいてある。(……)さて、これらの肖像のうえには、それぞれ俳句らしいものが書いてあるが、これがまたすこぶる達筆ときているので、難解千万なこと地紙の俳諧書以上である。(……)/まず、右上のやつだが、これは上五と下五が、ともに平仮名になっているらしい。―と、そこまではわかっても、その平仮名が問題なのである。耕助はしばらく、上五と下五を交互ににらんでいたが、俳人特有のひねった文字は、さながら、五月雨の泥をのたくるみみずの跡のごとく、尾頭定かならずで、いっこうちんぷんかんぷんである。耕助はあきらめて、こんどは作者の名前へ目をやった。すると、その名前とおぼしいやつがふたつある。これは妙だと思ってよくよく見ると、ひとつのほうの名前の下には、写すという字が書いてあった。これで、はじめてわかった。その色紙は、作者みずからが書いたものではなくて、なにがし宗匠の句を、別のなにがしが書いたものにちがいない。ところで、よく見ると、この別のなにがしなる人物の名は、他の二枚の色紙にも見え、どれにも下に写すという字が見える。すなわち、この三枚の色紙は、全部同じ人物によって書かれたものらしい。そこで耕助は、三枚の色紙のなかから、できるだけわかりやすい書体のやつを探し出して、やっとそれを極門と判読した。/「なあるほど」/と、そこで耕助は満足らしく鼻を鳴らした。極門という雅号は、いうまでもなく獄門島をもじったものにちがいない。してみると、この色紙を書いたやつは、獄門島の住人にちがいない。と、そこまではわかったが、それだけではなんにもならない。そこで耕助は、いよいよほんとうの作者の名前を判読にかかる。この名前は平仮名三字になっていて、よく見ると、右の色紙二枚に、同じような字がある。してみると、宗匠頭巾に十徳という二つの肖像は、やっぱり同じ人間にちがいない。ところでその男の名前だが……と、苦心惨憺のあげく、やっと耕助が判読したのは「おきな」という三文字。/「なあんだ、芭蕉か」/地下の芭蕉翁にはお気の毒ながら、そのときの耕助の口調には、はなはだ不遜なるものがあった。といって、耕助かならずしも、一部俳人たちが神とあがめる芭蕉のおきなを、軽蔑したわけではなかったろう。苦心惨憺のあげく判読した名前が、あまりポピュラーな名前だったから、気抜けしたのかもしれぬ。/さて、それが芭蕉の句だとすると、また、判読のしようがある。耕助はあらためて上五と下五の平仮名のなかから、「お」という字、「き」という字、「な」という字はあるまいかと、蚤取りまなこで捜索したあげく、やっとその句を、つぎのごとく判読することができた。/むざんやな冑(かぶと)の下のきりぎりす/耕助はこれでやっと、肩の荷がおりたような気がした。こうして一枚のほうがわかると、あとの一枚は案外すらすらと判読できた。/一つ家に遊女も寝たり萩と月/ともに「奥の細道」に出てくる句だから、耕助も中学校の読本で習ったことがある。/こうして右の二枚は首尾よく判読できたが、さて、あとの一枚である。このほうは、肖像から見ても、芭蕉でないらしいことがわかる。芭蕉はこんなに行儀が悪くない。作者の名前を見ても、おきなでもなく、芭蕉でもなく、はせをでもないらしい。しかし、こうして右に芭蕉の句がはってあるからには、左のその句も、芭蕉に匹敵するような、昔の大家にちがいない。まさかそんじょそこらの月並宗匠の句を、もったいなくも流祖おきなと相照応するようなことはあるまい。そう思って、あれやこれやと、記憶にある昔の宗匠の名をあてはめているうちに、耕助はやっとそれを其角と判読した。/「なあんだ。其角か。ばかにまた、むずかしい字を書いたものだな」/耕助は不平らしく鼻を鳴らした。それに其角という人物は、師走の橋のうえで大高源吾と禅問答みたいなことをやらかして、あとで大恥かいたというエピソードで知っているくらいのもので、句そのものはあまりよく知らないから、それから判読してかかるのは、ちと自信のない仕事であった。/「ええ―と、あのときの発句はなんてたっけな。そうそう、年の瀬や水の流れと人の身は―か、それとはちがうな」/そこで耕助は、記憶のひきだしをさんざんひっかきまわしたあげく、やっと、其角の句とおぼしきやつを二、三ひっぱり出してみた。/「名月や畳のうへに松の影。涼しさはまづむさし野の流れ星。―どれもちがうな。角文字や伊勢の芒の―あれはどういう句だっけ、伊勢の芒の―ええと―いや、どっちにしてもこの句じゃない。いったいこれはなんと読むんだろう」/耕助がやっと読めるのは、「の」という字と「を」という字と、「に」という字だけ、それにさんざん頭をしぼったあげく、やっとおしまいの二字が「可那(かな)」であるらしいことに気がついた。すなわちその句は、/○の○を○に○○可那/となるらしいのだが、○のところの漢字らしいのが、どう考えても、わからない。「○」ので行をかえてあるところをみると、これで上五になるらしく、すると「○」一字で四音になる漢字―橘(たちばな)の―ちがうなこの字にはヘンがない。―」~このプロセスを整理すれば、当方の仮名読解授業そのままの形になる。
【※86】内容は稚拙の極み。口に出すのも恥ずかしい水準にあるが、生徒相手なら多少のごまかしがきく。~加××さんという女生徒が放課後に練習していた。彼女の友達が書道室に来て、お喋りが始まった。暫くして当方も加わり、二人の名前を横一列に板書。即興で「加××××」で始まる五言詩を戯作したところ、そこそこウケていた模様。「漢詩で遊ぼう」の意図については定かでないが、漢字文化が必ずしも教条的なものばかりではないという事だけは少なくとも伝わったらしい。~戯作は古来無数にある。例えば加地伸行著『現代中国学』(中公新書)一三八頁の『人民日報』引用には「東風拂面催桃李、鷂鷹舒翅展鵬程、玉盤照海下熱涙、遊子登台思故城、休負平生報国志、人民育我勝万金、憤起急追振華夏、且待神州遍地春」とあり、アナグラムは「李鵬下台、平民憤」となる。
【※87】校長は平成九年の夏、「私は授業は見ない」と明言している。もし「書道教員は読めない」との先入観があるなら、ここでの解釈は根底から覆る。
【※88】ここでは主に、情報処理を念頭に置いた。そもそも当方の授業は最終段階において現代的リテラシーと古典的リテラシーの比較を前提したものであり、そうした点から云えばむしろ、大多数の生徒は食物調理や書道よりも情報処理を選択する方が望ましいと云える。実際、当方はこれまでそう断言するに足る水準の(つまり低水準の)授業を展開してきたし、ここから先の書道の授業(書道Ⅲ)では後々、多くの高校で実施している水準まで教材の難度や範囲を引き上げた上で、いっそう専門的に(卒論執筆を組み入れたりするなどの方策も含め)大学教育との円滑な接続を目指す予定であった。
【※89】学問教育が大学に一本化され、高校が(普通高校と職業高校との区分とは別に)受験教育校と大衆教育校とに振り分けられる様になって以来、教育組織間の相互依存構造は事実上、学問を企業型の論理に取り込み続けてきた。例えば受講者数を量的にも質的にも採算性の変数と捉え、不人気科目の教員を低く査定する様な慣行が定着した環境下では、ソシュールの様なタイプの学者にはそもそも基本的な教育力が不足している、と判断されるのが普通である。第一、受講生の人数が少ない。しかも自分の研究成果を教えている(つまり内容が常識的でない~学ぶ前から知られている訳ではない)。まともな教員は大抵、企業が消費者の歓心を買う様な方法で生徒の能力に見合った指導を優先する。だから(たとえ最終目的において必要であっても)手段において高度な内容を扱ってはならないし、教えたところで生徒が理解するとは限らない。ここで肝心なのは、高校教育は高等教育ではないという事である(現に学問教育は禁止されている)。他方、企業には既に独自の教育システム=研修制度が存在しており、そうした点から見ても公的学校制度は、今や単なる企業教育の下請け機関でしかない(予備校や専門学校に比肩できないほど「学力低下」が進行している点では、既に本来の役割を終えている)。そして~大学(大学院)に期待されているのはただ一つ、出先研究機関としての役割だけである。そのため公教育に残された取り柄は精々、身分獲得制度としての役割くらいのものとなり、その影響は潜在的で差別主義的な価値判断の形で具体化し、期待される教育力は社会環境への適応力の陶冶に収斂する(フリー・スクールの社会的地位や不登校問題も顧慮されたい)。つまり教員には、(学問的自覚とは無媒介に)生徒の自己学習力を社会人としての自覚に向けて誘導する能力が求められる。ところが実際はこの点が法的にも倫理的にも不充分であり、生徒の方は内輪で自発的に階級制の体験学習を始める(歴史的にはガキ大将、学園闘争、校内暴力、「いじめ」など)。~教員集団も環境から影響を受ける。学問を必要としない学問の場に授業を持ち込むためには、学問的良心を飽和状態にしつつ教育的良心にすり替える様な精神力動的ストラテジーが必要となる。その結果が集団的自明性により自己言及的に裏付けられるとき、教科間の縄張り意識などに見られる相対的規範はあらかじめ、科目自体に対する暗黙の価値判断を前提した上で予定調和する様に仕組みかつ仕組まれる。それゆえ所与の価値判断は、多様性への逃走を許さない。元々ここでの多様性は階層化されており、生徒は(学問的内容を、ではなく)科目の社会的階級を選択することになる。生徒側から見れば、「A科はB科よりも難しそう、C科には興味がないからB科にしよう」となる様に。これを教員側から見れば、選択科目の授業は内容自体が商品となる。ニーズのない商品は売れない(選択されない)。だから当然、「喋り」の技術で生徒を引き込もうとするケースが出てきてもおかしくない(校長の発想には、この傾向が多分に疑われる)。ニーズに合わせて中身を形骸化してもよいのであれば、事は簡単に済む。しかしこの方策を取った場合、教員は結果的に自ら学問を放棄したことになる。
【※90】先ず手懸かりとして、手島右卿の経団連講演を挙げて置く(『書道美術新聞』七一三号所収、「手島右卿大観研究資料篇」から)。~「けれども、書の本当の美しさというものは、そういうふうに人間の視覚で判断できるものじゃないのですよ。心でこれを味わうという奥深いところに美があるし、それからまたこちらの奥深いところで、これを受け止めて鑑賞していかなければならないのでございます。ところが、今何でもわかり易いものがいいものですから、表に出してしまっておるわけですね。非常に薄っぺらなものでございますよね。/ですから、本当の書の概念、今までの概念からこの頃の展覧会の作品を見ると、びっくりするのじゃないかと思うのです。ちょっと思惑が違うのですよ。よくなってきているかということになってきますと、書の本質からいうと、本質では非常に希薄になっているわけですよね。見た目には何かこう、美術的な仕事をしているということは、いえるかもしれませんけれども、書の本当のものは、そんなものじゃないということです。」~以上の通り、手島は視覚による判断を鑑賞の中心に置いていない。それよりはむしろ「心」という一見曖昧な水準で味わう事を美と絡め、(対象との関わり自体にではなく)「こちらの奥深いところ」の側に鑑賞する主体の在処を委ねている。また~手島はこの引用箇所の少し前、「そこで大事なのは筆順ですね。筆順が狂うと、これはもうどうしても具合が悪い」とも述べている。そして「上手下手」の問題については「上手でもいけない、下手でもいけない」と述べ、かと云って「中庸」でもない両方の合体が「至巧」であると述べている所から見ると、これら個別の顕在的視点から得られる事柄はもはや中心的な問題ではなくなってくる。そこに筆順の話が加わるのだから、これは結局「見えない」システムから派生する美の潜勢的構造において、「上手・下手」の判断それ自体が表層への転位―運動を指すことになる。また~こうした運動は「こちら」を前提したコミュニケーションの問題でもある事を同時に指示していることになるから、鑑賞するために必要なデコードのシステムを観賞者の側があらかじめ保持していない場合、元々鑑賞などできる訳がない。それゆえ当方の云う「教養」は、筆順を含む応用可能な~つまり関数として整序可能なシステム全般の事を指し、その目的は認知科学における対象の扱い方と多くの点で重合する。
【※91】石川忠久を聞き手とする米寿記念対談集。三七頁以降にはこう書いてある。「小学校時代のことで特筆すべきことは、小学校の一年のお正月、だからもう二年になるときですが、親父がぼくに習字を習わせた。(……)ちょっと入ったところに先生の家がある。そこへ一週間に一遍通いました。先生がお手本を書いてくださって、一週間かかってそれを書いていく。「千字文」を四字ずつ書いていく。一枚の半紙に二字だから、二枚書くわけだ。それを一週間お稽古して、先生のところに持っていく。先生が見て、よければ「次」と言い、悪いと「もう一度」と言われる。先生の前で新しいのを書くんです。だから、筆と墨と紙を持っていかなければいけない。/それはかなり長続きしまして、中学の四年までやりましたね。さすがに中学の三年ぐらいのときに千字文も上がったんですよ。たった一週間に四字ずつだから、二百五十週かかるわけだな。一年五十週としても五年ですよね。まともにいけばそうだけれども、夏休みや冬休みは休むから、中学の二年か三年までかかったんですよ。楷書が終わってから、篆書の真似ごとをやったり、隷書の真似ごとをやったりしていましたが、中学五年になったら、習字なんかやっていられなくなった。こっちは必死で受験勉強をしなきゃならなくなってやめちゃったんだ。/高等学校に入ったら、寮に入ったでしょう。寮に入っていちゃできないわ。おまけに弓引いているから、できないというのでやめちゃったの。いまでもそれは残念ですけれどもね。」~当時も今も、学校の書教育はミニマムであり続けている。手島右卿も宇野同様、学校外でマクロな基礎を学んだ。『書道講座』(二玄社)第一巻「楷書」一一八頁には、「小学校に上がるか上がらないかの頃、安芸の街で見かけた看板の隷書の形に興味をもったのが書との機縁のはじまり。家が法律事務所だったので書生が毎朝たくさんの墨をする、その傍で隷書のかたちを書いては楽しんでいたが、小学校の三、四年の頃大人達の競書大会にとび入りで出て隷書を書き審査員の眼にとまった」と書いてある。
8【再掲】「恥を忍んで」04 ( 苹 )
2012/01/27 (Fri) 18:35:54
7623 恥を忍んで(其二) 苹@泥酔 2009/08/23 04:16

●県教委宛直訴書簡(転載第二弾)
 以下は1999年末に書いた書簡本文の一部と、その約一年後に付した注釈。~私は当時、こんな事を考えていた。

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>第三節、教職経験において解釈可能となる整合性について
> 
> 当方の奉職していた期間、××高校では義務教育同様に相対評価制を採用して居りました(現在の状況については存じません)。当方は大学で「高校の成績評価は絶対評価」と学びましたので、赴任当初は戸惑った記憶が御座います。今度は義務教育にも絶対評価制が導入されるそうで、新聞記事によると理論上、生徒全員が最高の評定を得る事も可能だとか。当方も初めはそうした意味だろうと理解して居りました。そこで念のため、この点を教科主任の××××芸術科教諭(音楽担当)に問うてみました。すると、「絶対評価したものを相対評価するのだから、絶対評価は取り入れられていることになる」との回答がありました。また~これについて××××高校の××××芸術科教諭(書道担当)は平成八年頃、「(相対評価するのは)当たり前だろ」【※79】と言及して居ります。率直に申し上げて、これらの反応は詭弁の様な気がしました。「絶対評価」が相対評価の対立項ではなく、「依怙贔屓するな」程度の意味の比喩表現だったとは、思いもよりませんでした。しかし実際、理屈はどうあれ、これはあらかじめ内規で定められてある事ですから、当方としては取り敢えず、絶対評価の特徴がなるべく成績評定に反映する様に心懸けながら従いました(つまり順位優先の評定再配分ではなく、成績分布の密度差を重視しました)。ところがこの程度の評価補正も、評価それ自体に課せられた社会的役割【※80】の側から見れば、決して望ましいものとは云えない様です。なぜなら、成績評価は事実上、生徒の能力を序列化するために存在するのであって、学習それ自体の達成度を評価するためのものではないからです。~かつて××××校長は、職員会議で凡そ次の様な意味の事を云いました。絶対評価すると、底辺校の生徒の成績は(例えば)××××高校の生徒に及ばなくなってしまう、と。要するに、こうした見方は各校ばらばらに設定可能な達成度評価の基準を前提したものではなく、序列化された学校間の成績分布を前提した相対的判断を、各校共通の絶対的かつ画一的基準の下で確定するものです。従って、いかに指導の多様化が模索されようとも、絶対評価の相対評価化はどのみち避けられなくなる分だけ、相対的に評価中心の身分制度化傾向は却って強まることにもなります。また教員の間では伝統的に、「成績は正規分布しなければならない」とする相対評価側の考え方が既に定着している様ですから、達成ラインを越えた生徒を評定段階「二」と解釈する場合などは特に、考査との整合性がひどく疑わしいものとなってしまいます(つまり~達成度評価自体が無意味となり、そこから先の優秀度とでも云うべき判断基準だけが問われる結果、達成度も優秀度も含めた全体の評価レベルが、それぞれの最低基準を劇的な低さ【※81】に抑えたまま飽和するという事です)。なお芸術の評価に関しては、カヴァイエ著『日本人の音楽教育』(新潮選書)一七八頁以降の記述で、当方の知る現実の成績評価方法とは全く異なる判断がなされている事を付け加えて置きます。
>> ところが、日本の試験のシステムはそうではありません。学生Aと学生Bとのあいだの相対評価によって、グレードがきまってしまうのです。つまり、個々の学生はグレードにたいしてでなく、他の学生にたいして挑戦するのです。だれがいちばん高い点数をとるかということに、学生も教師もたいへんな関心を示します。けれども、このような方法では、自分自身の音楽的能力について知るところがほとんどありません。せいぜい、「わたしは、六十四点もらっちゃった。A子は、七十六点だそうだ。彼女のほうが、わたしより十二点すぐれているのだ」といったことくらいでしょうね。そんな相対評価をどんなに知ったところで、音楽的になんのプラスもありません。きわめて、消極的な意義しかありません。それにたいして、英国のロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックにおけるグレーディング・システムの方はずっと理にかなったやり方だといえます。たとえば、試験の結果、「この学生はベートーヴェンのソナタ十二番を弾き、かなりよく弾けている。彼女のグレードは目下3であるが、この試験でグレード4をあたえることにしよう。次回はもうすこしむずかしい曲を準備して、さらに上のグレードに挑戦させよう」といった教師の側での判定を通して、個々の学生は、自分自身の進歩の程度を測ることができます。学生はそのことだけに関心をむけることができ、これはきわめて有意義です。つまり、学生は、このやり方によって、自分自身についてある種のことを学ぶことができます。もし、ある学生がたとえば、グレード3の試験に不合格であれば、「この曲を弾くのにまだじゅうぶんではない」と判定されたわけですから、もういちど練習しなおして、次回の試験で再度試みようとするでしょう。したがって、その試験は、当の学生にとって意義があったことになります。
> 重要な指導がいくつかありました。中でも、平成十一年の一月か二月頃に校長室で受けた、××××校長からの指導がその最たるものです(この場には××××教頭も同席して居りました)。この時の指導の要点は、書道Ⅲの選択者が皆無だった点についての話でした。~それより一月ほど前、当方は学年主任【※82】から忠告を受けました。このままだと書道選択者がいなくなる、何人か誘ってみたら、との事でしたから、取り敢えずやってみました。そもそも芸術科目の選択は、必ずしも入学時に取った希望調査通りに配分される訳ではなく、実際には各科目の人数がほぼ均等に分布する様、教員側であらかじめ微調整が施されます。この慣行は、二学年進級時に芸術科目の選択がある商業科でも同様に行われますから、三学年進級時の選択(この年は、選択科目改編【※83】の最初の年でした)でも似た様な解釈なのだろうと思い、「郷に入れば郷に従え」の謂そのままに誘ってみた次第。しかるに当方は、陰で工作したり生徒に強制したりする様な事でもないだろう、形式的に誘ってみたところで所詮、決めるのは生徒自身だと納得しましたから、別室に呼び出して説得するでもなく、廊下で「その気があったら友達も誘ってみたら?」とあからさまに誘いました。こうした行為が校長に伝わった様です。勧誘はやめろとの事でした。これで肩の荷が下りました。誘う手間が省けて助かりましたし、生徒の選択意思に忠実な配分方法を採るのだなと、新カリキュラムの理解が深まりました。ですからこの点に限って云えば、校長には感謝して居ります。ところが、むしろ肝心な点はその後の指導にありました。校長は「生徒が書道から逃げてる」との判断を示し、「おまえ読めるか、読めないだろ、読めないものは教えちゃいけない」としました。前者は判断の任意性に属する事ですから、なるほどそうした解釈も可能でしょうが、後者はどう考えても理解できませんでした。因みに校長は英語科担当、教頭は数学科担当の経歴を持っています。
> 前述の通り、可読性の指導は国語科で書道を受験するための基幹的研究テーマです。また歴史的に見て、書道教員に基礎的古典が「読める」のは当然です。従って仮に、念のため英語教員に対する同様の指導(「英語の先生、あんた英語が読めないだろ」)を見立てるなら、校長の指導は相当にシビアなものと云わざるを得ません。ここでは、いわゆる日常会話とは別の水準の英語で教養豊かな議論を展開したり、学術論文の二、三本くらいは英文(シェークスピアの様な古文扱いの文体を含む)ですらすら執筆できる程度の能力を意味すると考えるのが妥当でしょうから、書道の場合も同様に、最低でも古文書学一般の読解力が前提されるべきことになるでしょう。当方は幕末期の版本や、明治期の丁寧に書かれた書簡程度ならそこそこ読めますが(初見の場合、樋口一葉の書簡【※84】の様な極度に読みやすいものは九割程度、夏目漱石の書簡や振り仮名付きの幕末期版本は七割程度【※85】)、秀吉や家康の消息は調べないと読めません。そうした程度の学力から見れば、校長の要求水準は幕末期の文人とほぼ同程度の素養を必要条件とする点で正しいと思いますし、その気になって仕込めば不可能ではないだけに共感もできます。今はまだ遊びの様なもので、漢詩もどき【※86】は時々作って遊ぶ程度。候文は大仰になりがちで、達意とは云えません。趣味の『千字文』丸暗記は高校入学以降、七割止まりのまま。専門書の読書量は(在庫確認して居りませんが)たぶん、まだ千冊程度でしょう。これらの慰みがどれも中途半端なままとなっている様に、当方の能力不足は誰の目にも明らかですが、少なくとも学問的良心の基礎としては役立って居りますから、研究方向の組み替えくらいなら良心の範囲内でどうにでもなると考えて構いません。しかしながら~そう考える様に自身を仕向けていくと、納得できた部分や予測可能な構造安定性とは反対に、まだ理解できないところがいっそう拡張的なものとなって意識されて参ります。校長の指導は読解対象の難度すなわち量的微視性を捨象した二分法的な見方となっており、「できる」「できない」のどちらにも完全に収束しない中間領域については、あらかじめ判断基準自体が定義できなくなっているからです【※87】。
> また「生徒の逃走」については、これ以上学習を専門化するよりはむしろ多様な科目【※88】に興味の幅を広げたいとする、学習意欲の表れであるとも解釈できます。こう書くとこじつけの様に見えるかも知れませんが、実際これからの選択科目の多様化を見据えた場合、一定量の生徒を各科目で奪い合う局面【※89】での判断が、却って教科の縄張り意識に過剰な悪影響を及ぼしてしまう可能性も恐らく無視できなくなってくるでしょう。科目の多様化は、逃走手段であってもよい筈です。ところが、そうした判断に対して逆向きとなる判断すなわち成長指向は、所与の指導の目的において動態的なものを静態的なものであるかの様に混同するところから逆行―悪循環を始めてしまいます。~しかるに、当方の授業は専門家の養成を目的としているのではなく、鑑賞者となるために必要な最低限の応用可能な教養【※90】が前提ですから、書風の技術的多様性についての詳細な指導は書道Ⅱ以降でしか取り扱って居りません。数学に喩えるなら、書道Ⅰでは公式を導く基礎的計算過程、Ⅱ以降では練習問題を扱う様なものです。そのため書塾由来の経験的学習方法と比べるなら、当方の授業は効率重視型と云えるでしょうし、音楽教育と比較しても理論面での遜色はない筈です。因みに、大人の初心者向け教本としても利用可能な尾花輝代允著『ヴァイオリンを弾こう』(音楽之友社)二〇頁には、「大人になってからヴァイオリンをはじめた人は、特に知識から入って、練習のロスをなくすよう努力することが大切だ。なるほどこのような理屈でヴァイオリンが弾けるのだな、と思うだけで、めやすがつき、練習にも力が入り、今自分がどの辺なのかも分かる、というものだ」とあり、指導の方法論的傾向自体は当方の目指すものとかなり似通っています。それゆえ生徒が「これ以上は学ばなくともよい」と判断したとしても、また当方の不明により生徒が逃走したとしても、それは(学習環境の問題は別ですが)学習内容や学力水準の問題に帰結するものではあり得ないし、また文部省の目指す「多様化」の流れを阻害するものでもありません。尤も、学力低下を容認する方向で判断するなら、当方の授業は些か高度に過ぎたと云えるかも知れません。授業の難度は相対的な変数に過ぎず、判断はどのみち集団的恣意性を免れませんから。しかしながら明治時代の水準から見れば、当方の授業は尋常小学校高学年から旧制中学初期にかけての学力(ここでの判断は宇野精一『書香の家』(明治書院)【※91】などの単行本数種や、国定教科書類を根拠として居ります)を維持するのが精々であり、いわゆる主要教科と比較した場合、なかなか今の常識通りには考えにくい所があります。
> むしろ難しいのは技能水準に特化した場合であって、通塾経験者とそうでない生徒との格差は埋まらないまま~それどころか(実技を伴わない通常教科にしばしば見られる様な)逆転するケースが顕現しないまま、技能水準の評価は一種の身分制度的な成績判断基準となってしまうおそれがあります【※92】。実際、知的能力は高くとも人並み外れて下手な生徒の場合は、もし教養指導を導入していなかったら、最低成績のまま生徒間の相対的位置関係が固定されていたかも知れません。なぜなら、技能水準の高い生徒はますます上手くなろうとする傾向があり、それに対して下手な生徒の方は、追い越す以前に先ず、(主要教科の勉強が忙しいにもかかわらず)追いつくための練習と強い学習意欲が、授業外でも予習・復習の様に必要となるからです(当方は××芸術科主任から、「宿題は出さずに、授業内で出来る事をやれ」と指導されました。一見正しい指導の様に思われますが、能力主義と実際の授業とのバランス【※93】を考量するとどうでしょうか。××教諭の指導は正しいがゆえに、別の救済措置がないと却って困った事になるのではないでしょうか)。まともな生徒なら、他教科と比較して勉強の重点配分を決めるでしょうから、実技の練習が普通の勉強ほど効率的でない事に気付かない筈がありません。結局、諦めることになるでしょう。学習意欲を充分に引き出せない点は、疑う余地なく当方の不明によるものです。そして普通、制作における芸術的才能に関しては指導不可能な部分がありますし、そのこと自体は皮肉にも、味わったり楽しんだりする水準の指導可能性とは殆ど関係がありません。しかし制作に重点を置いた場合の成績は、どのみち固定的な結果に逢着してしまいがちになるのです。当方はここに改善の手を加えようとしたのですが、校長もやはり過度の成績変動には違和感を感じていた様です(かつて当方は、篆刻に終始した学期の成績と毛筆授業の成績との落差について、校長室で問い詰められました【※94】)。ただ、そうした成績のランク付けにおける常識を度外視すれば、教養指導それ自体についてはそもそも、見方の成り立つ場の方が根本的に異なってくる筈です。つまり、わざわざ学校の方が変わる必要はありません。教科指導の独立性と隣接する教養指導の方が学校の〈外〉を旋回するだけで充分に、教科の独立性を包含する管轄システムとしての学校は自ら静態的なまま〈内〉に閉ざされるからです(要するにここでは、〈内〉と〈外〉が相互に折り畳み合う場の共可能的差異において、動態的判断と静態的判断とのずれがありのまま同時に成り立つという訳です)。そうした場合、生徒の少なくとも一部は本能的に賢明です。中には二年普通科の授業のまとめで課した小論文などで、大学の中国文学科入学(受験科目は書道と無関係)に至る哲学的動機を形成した生徒【※95】もありましたから、(当方の授業の具体的な在り方とは別に)教養指導の導入自体はたぶん無駄ではないのでしょう。
> この時は自問自答形式の対話ノート【※96】で予備練習させ、小論文の本番では西洋芸術の在り方を国安洋著『〈藝術〉の終焉』(春秋社)から引用した補助テクスト【※97】を使用、書道と比較して自ら論点を見出す様に指示【※98】しました。当初は冬期宿題の予定でしたが、いざ出題してみたところ生徒は戸惑いがちとなりましたから、引用参照文の読解例を当方の側で追加執筆して参考に供しました。参考文の私序は以下の通り。「ここで解説する内容は、大学レヴェルの読解である。本文に対して極限まで敬意を払おうとすると、そうなる。しかしその意味において大学レヴェルではあっても、必ずしも読解とは云えない側面もある。なぜならこれは、深読みによる論理の再構成をも実験しているからだ。すなわち~本文に最も重点を置くことに間違いはないが、しかしそれはあくまでも言葉の不確定性を遮るかの様に、理解過程における固有の思考を、まさに思考の側から本文に近付ける行為でもあるからだ。真理を突き詰めようとすることが芸術の現在に至る最短距離だと判断する立場にとって、この手法は精一杯の誠意を鏡像とする。だからこそ却って、君達に無理強いする様な判断は明らかに誤りとなってしまう。これは読解の単なる一方法に過ぎない。であるとともに、むしろ要点は別の地平にある。これは真の意味で本文を理解できるのかという問題の告発であり、また方法論的な打開の試みでもあるのだ。」~蛇足を付け加えると、丸山圭三郎著『文化のフェティシズム』(勁草書房)一七二頁にも面白い記述があります。「いや仮にデリダと筆者が同じテクストを対象にした場合でさえ、その読解の真偽を論ずること自体が、(……)「作品に隠された唯一の意図」を客体化するロマン主義的解釈学、現象学、元型分析心理学、構造主義的読解に通底するロゴス中心主義の罠に陥ることになるであろう」と。同じ理由で、下手をすると生徒との関係もおかしくなる可能性が出てくるでしょう。当方は学問・学習以外の接点を見つけるのが下手ですから、これは明らかに欠点と云えます。実際、接点の希薄な生徒は大多数にのぼりました。ここから先は、学校生活における学問の位置をあらためて確認し直す必要があります(後述)。
> 他にも興味深い指導がありました。渉外部主任の××××教諭は「書道は芸術でない」としましたし、商業科の××××教諭は「講師は人間でない」としました【※99】。これらはたぶん冗談でしょうが、潜在的な部分を把握する上では、じつに興味深いものがあります。少なくとも、前者が指導要領的存在としての教科を否定し、後者が憲法に優先する校内規範の尊厳を前提する点については理解可能です。~条件は既に整っています。現実には、正規の採用試験が何十年も実施されない教科を、指導要領的存在と見なす方がむしろおかしいのですから。ここでは既成事実が法的根拠を凌駕する代わりに、実践されたものが(現勢的根拠となって)法的根拠に基づく実践の欠如を逆に補完します(自己言及構造内のシークェンスのセリー化(エンコード)、ならびに組み換えられたセリーのシークェンス化(デコード)【※100】)。また~或いは同じ根拠から、かつてフーコーが指摘した様に、学校と監獄との共通点は法的存在との間に微妙なずれを生じさせます。これについて内田隆三は、著書『ミシェル・フーコー』(講談社現代新書)の一七一頁で「刑法の言説は犯罪者をその違法行為において捉えるが、監獄の技術は囚人をその生活態度において捉える」と要約しています。法的解釈が対象を組み換えると、やがて解釈の方も対象から影響を受けるかのごとく。こうした解釈の自己言及的変容は、場合によっては講師に対しても生徒に対しても、監獄的管理技術において等しくアウシュビッツのユダヤ人と同様の存在を規定することができます。そして同じ理由から、いじめ構造を社会的人間形成の過程と捉える見方も可能になって参ります。
> 証拠はあります。いじめた側の圧倒的大多数は、少なくとも後戻りが困難となる様な或る時点までは、「遊びでやっていた」「死ぬとは思わなかった」とする認識で一致しているのですから(御存知の通り、「遊び」は社会的学習の必要条件です)。また、学校側の判断が「いじめと認識していなかった」とする認識にほぼ一致して収束する事からも分かる通り、両者の共通点は同一の認知水準で社会性が堅固に維持されている事、すなわち「いじめ」概念があらかじめ認知規範―社会通念―常識における選択可能性の範囲から除外されているところにあります。それに、防衛機制は認知された内容と相対的に発現しますから、「いじめ」概念の欠如した「悪ふざけ」、特に「遊び」の水準で識別された行為に防衛機制の有無を問うのは却って本末転倒となります。むしろ不自然かつ誘導尋問的な、判断自体の整序と見ても構わないでしょう。「いじめ」概念は常に、防衛機制の動機に先立って現れます【※101】。従って防衛機制としての自殺や不登校は、あくまでも不可逆な因果関係であって、防衛動機の形成原因が「いじめ」概念の成立を必要条件としても、所与の行為が十分条件となる訳ではありません。十分条件となるのは所与の行為が「いじめ」行為としてアフォードされた場合のみであって、どちらにしろ「いじめ」概念との接続が完了してから後の判断が行為に転嫁される過程そのものは全く変わりありません。それを一方的に、「いじめられた」側の論理で裁こうとでもしようものなら、そうしたやり方は畢竟、指導以前の判断に自ら限界を設定する行為でしかあり得ないことになります。なぜなら、こうした見方は「いじめられた」側の「いじめ」概念を加害者の意識に移植する【※102】のみならず、「いじめ」行為と「いじめ」概念の可逆的同一化を容認する~つまり、反省と事実を混同することになるのですから。~学校の監獄的パノプティコン的機能の側から見た場合、そう判断せざるを得ません。反省は道徳的動機に基づく可逆的アフォーダンスであり、事実生成過程の不可逆的アフォーダンスとは異なります。また、不可逆的アフォーダンスの理解は「いじめ」行為の予防を可能にしますが、可逆的アフォーダンスの方は結局、審判の領分に留まることになります。
> 当方は在職当時、東京から転校してきた女生徒【※103】について、「いじめ経験があるのではないか」と訊いた事がありました。その際、相手の定時制国語科教諭(姓名は失念)【※104】は「そうとは限らないだろう」と鼻で笑っていましたので、当方も必要以上に慎重な見方をしないまま済ませました。或る意味で、この定時制教諭の判断は正しいと云えるでしょう。なぜなら、「あるべき姿」(認知規範=常識)から見た場合の「いじめ」は、指導目的を逸脱した異常事態=禁忌と見なされるからです(「あるべき」と「なかるべき」の双方から規範化される二重禁忌性)。しかるに~当方は、あくまで念のため訊いてみた次第。いじめられたり病的になったりする生徒は大抵、感覚または思考において過敏となりがちな傾向がありますから。因みに、大平健著『やさしさの精神病理』(岩波新書)一一九頁には「クンクンうるさい犬はどいつだ」の事例【※105】があり、大変参考になります。学校の隠蔽体質が社会的必然を含意する点については、本音の部分で御理解いただけるでしょう。或いは、プルーストやボルヘスの世界にも通ずるライプニッツ的な可能世界の範囲で。バタイユが経済と絡めて示唆する「自覚」【※106】を欠如した「呪われた部分」とか、中村雄二郎の指摘する〈悪〉の過剰性とスピノザ的欠如との比較【※107】を通しても、校内規範と法的観念それぞれから導き出される差延や個人的事例との可塑的関係は、層の在り方次第で必ずしも判断上の交点を持たない(両立しない)とは言い切れなくなる筈です。要するに、マザー・グースの自明性と似通った話です。そして同じ事が、書道を取り巻く環境についても云えます。
> こうした環境を前提すると、ベイトソンの云うダブル・バインド【※108】は分裂分析的な層化作用において書道とも共通し、かつ整合するのかも知れません。しかし当方は正直なところ、そうした理解にはまだ充分な適応を済ませられずにいます。~書道を含む言語表現の歴史的多様性が国語の範囲内にある場合、(前述の通り)可読性の指導は芸術以前の基礎となります。両者がクリステヴァの云うテクスト連関(間テクスト性intertextualite)を含意するなら、可読性否定の根拠は崩壊しますし、また含意しないなら、国語科教員を芸術科に配置する根拠は崩壊します。どう転んでも、ここに国語的良心はありません。「言語」と「国語」の最も卑しい混同が、まるで「いじめ」の生態を本来の在処から敢えて無自覚なまま遠ざける(線形的な解釈を脳にずらし込む【※109】)様に、来歴から成る歴史性と文化的拡張性を本来の場所―文字から根こそぎ駆逐しているのです。「書道」も「文学」も共通のシーニュに包括する様な文字―襞を、「国語ナショナリズム」の原理において捨象または否定しているのです。後に残るものは架空のものだけであり、いくらか具体的に見えるものは精々、読み取られるべき書物との間に忍び込む精神力動的フレーム―予定調和的関係くらいのものです。芸術的良心から派生する記号論的歴史学または考古学への向日性―極限―微分の形に見える事はあっても、それらの建て前は決して指導されない様な仕組みになっていますし、言語的同一性に接近したり混同されたりする事はあっても、元々それ以上のものではありません。カリキュラム上あらかじめ分かたれているカテゴリーをわざわざ同一視するのは、牽強付会というものです【※110】。分かたれているものは分かたれているがゆえに、決して同一化する事はありません。むしろ国語的良心はあくまで書記を度外視した範囲内に閉ざされ、別の地層の「国語学」次第で開かれるかどうかが決まります(因みに小松英雄は、言語史研究を顧慮しない国語史研究について、著書『日本語はなぜ変化するか』【※111】の中であからさまに批判しています)。従って、そうした水準で書道の領域が空集合となる場合、いかなる指導であれ内容自体の空洞化と学力低下は元々避けられないことになります。そしてもし、この様な空集合としての場が書道教育の成り立つ場に求められているとしたら、青森県に書道の教員採用試験がない事は事実上、最先端の反‐古典思想に根ざしている事を(もはや意味するのではなく)指示していることになるばかりでなく、新たな他律的リテラシー(現段階では、TRON【※112】を顧慮しないユニコード体系)に向けて、古文書学の介入する余地を自ら捨象することになるでしょう。
> これは、先に述べた「反‐国語的解釈」の不可能性とは別の層に属する話です。国語的解釈と反‐古典的解釈とは、考古学的作用なき《パルシファル》的水準(第一幕、「ここでは時間が空間となる」)にあって初めて、同時に成り立つことが可能になるのですから。古文書学は「読む」行為においてアクチュアルですが、「書く」行為を媒介しない特徴に可読性の否定を結び付けた途端、古文書学のアクチュアルな作用は翻訳後のリテラシーから原典を排除する点で復元可能性を失います。つまり、翻訳可能性を境目に概念化する書字の「他者性」ゆえに、古文書学と書字とを横断する生態的自律性【※113】は丸ごと失われます。~こうした場合、実技指導は「芸術科書道」を「国語科書写」的向日性に取り込む様なダーウィニズム的水準においてのみ可能となり、かつ許容されるという事になります。そのため、青森的解釈が実技指導を可能にする水準の書道は、もはや古典芸術の領分ではありません【※114】(その証拠として、実技試験を含む正規の採用試験がない事実を挙げても、解釈に合理性がないとは云えないでしょう)。要するに、現勢的実技指導=「書写」の前では、そもそも古典的実技指導自体があらかじめ不可能であり、それどころかむしろ積極的に、「昔々あったとさ」式の物語化による(決してリゾーム状にはならない)樹木状の最終解決が事実上求められている、という訳です。
> 十年ほど前、演出家のレーンホフはワーグナーの《ニーベルングの指環》【※115】冒頭で、ライン川の響きの様な一つの言葉(Es war einmal……)を繰り返し書かせることで予言的に物語化しました。演出家の仕事は、リゾーム状の可塑性や多様性を独自の解釈にまとめ上げる事です。そして演出自体は、台本や音楽に対して向日性と距離を同時に自覚する行為でもあります。~書道にも同じ事が云えます。作曲家に対して演奏家、台本作家に対して演出家がある様に、過去の書人に対して線形の変奏(ヴアリエーシヨン)を物語化―再構成【※116】する現代書家が実在するのですから。演奏や演出、書作に相当する行為的自律性が多様である事は芸術にとって有益ですが、楽譜や台本、古典に相当するプログラムを単純なものに改変する事は、線形化―物語化―解釈の対象を間違えているがゆえに著しく有害です。従って書道教員は、青森の国語的良心に従う場合、書道自体を衰退させなければならなくなる点を自覚しないための方策を、反‐古典的実作に収束させる必要が出て参ります。そのため対象としての古典は、古典として「読まれる」のではなく、「見られる」ものとして扱われなければなりません。だからこそ書道教育は、本来的な文化の伝承とは異質な指導を強いられるがゆえに、生徒の方も文化の「無からの創造」を強いられる点で、いっそう過酷なものとなります。これに対して、教員にできる事はただ一つです。生徒が「独創的に」書いた絶望的な作品を、あまり真面目くさって評価しない事(本人にそのつもりはない筈ですが、当方はそれに類する発言を、少なくとも二人のベテラン書道教員から聞いて居ります)。評価できないものを無理矢理に評価【※117】するのですから、評価自体が形骸化するのは当然です。実際、評価のための理論的裏付けは極めて脆弱かつ流動的であり、現行の規範は昭和二十年代から三十年代にかけて思考された前衛的「現代書」の理論を、何の根拠もなく古典解釈に援用しただけのもの【※118】に過ぎません。しかも、現実には古典的マテリアルを否定できませんから、結果的に言語芸術としての波及性だけが文部省的「精選」の論理から切り捨てられる事で、「芸術」概念の同一性は表層のマテリアルにおいてのみ維持されます。試しに、独創性において評価される実験芸術の規範を、工房的ギルド的に制作された古典芸術の評価にも援用したらどうなるか【※119】、美術の専門家に訊いてみたらよいでしょう。東洋のキリスト的イマージュは偶像化されません。キリストの代わりに哲学や思想、意志自体が文章となり、また哲学は文人趣味の内側で自己化―咀嚼され、ひいては「書く」事自体がまさにありのままに、文章に転位したマテリアルを潜勢的テリトリーに再転位させます。つまり、こうした転位作用のリゾーム的循環が書における「動機の文法」【※120】となる点で、書それ自体はもはや形式論理学的な主題ではあり得ないことになります。主題はむしろ書かれた内容の側にあり、また一方で書それ自体は専門家の間で「書表現」と呼ばれるがごとく、述語的性格においてのみ実体化します。
> 以上の様に、教育における「書道」の概念は通時的にも共時的にもかなり錯綜しており、特に現場においては「芸術科書道」の「国語科書写」化が露骨に期待されて居ります。にもかかわらず、そうした趨勢の根拠は教科側で最大限可能な譲歩的判断とは別のところにあり、交わらないものが交わる様に強制される点では常に非‐学問的です。~ここらでいったん、付随する諸々の疑問を羅列して置きます。普通に考えれば、これらはどれも荒唐無稽に見えるでしょう。しかし本当にそう云えるかどうか、共同幻想の影響なしに否定可能なものはどれくらい含まれているか、いったん保留して置く必要があります。つまり、否定が肯定を導くヘーゲル的作用を警戒する必要があります【※121】。すると、こうした疑問を敢えて肯定するためには、先ず根本的な認識から組み換え直す必要が出てくるでしょう。次節以降ではこの点を補足して参りますが、疑問それ自体は否定的でも肯定的でもありません。ずれの程度に応じて内容は変化します。そして内容は身体の様に、疑問を元々の器官であるかの様に取り込みます。
>・基礎概念が所与のテリトリーに収束しない場合、基礎指導自体が禁止されるのはなぜか。
>・学問的良心や理屈が通じなくなる様な抑圧作用が組織的に維持されているのはなぜか。
>・否定的判断が予定されている場合、同時に超法規的解釈も許容されているのはなぜか。
>・意識されないカテゴリーにおいては事実上、あらゆる点で差別主義が奨励されているのはなぜか。
>・学校における思想統制の基準を同一性信仰に依存するのはなぜか。
>・多様性と画一性のバランスを、(現勢的統合ではなく)潜勢的統合で解決するのはなぜか。
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8【再掲】「恥を忍んで」03 ( 苹@泥酔 )
2012/01/26 (Thu) 22:29:42
7617 「教育右翼」達の逆襲 苹@泥酔 2009/08/14 23:29

 「東奥日報」2009.8.14付朝刊25面に、こんな記事が載った(↓)。
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>>あえぐ臨時教員 県内公立学校
>>常勤 試験勉強ままならず/非常勤 年収100万以下も
>>「まるで官製ワーキングプア」 「臨時」は8人に1人
>20代の非常勤講師は、「授業は週5時間で、月収は6、7万円」。30代の常勤講師は、ボーナスは正教員の3割程度なのに同じように多忙な校務をこなし、「正採用を目指しているが、試験勉強がままならない」と、不安を漏らす…。非常勤、常勤を問わず、県内の公立学校の臨時教員たちが厳しい労働条件にあえいでいる。「官製ワーキングプアだ」という、うめきにも似た声が聞かれる。
>
> ある小学校で非常勤3年目の20代男性は「授業時間に対する報酬なので、夏休みや冬休み中は収入がない。家庭教師などのアルバイト代を足して何とかやっているが、年収200万円に届かない」とつぶやく。「独身だから、まあ、なんとか。でも、来年度はどうなるか…」
> 2008年度は、授業報酬の時間単価が2800円から2790円に改定。「わずか10円だけど、『下がった』という事実がつらい」と感じている。
> 臨時教員の待遇改善を支援する「教員採用制度と臨時教職員制度の改善を求める県民の会」(会長・安藤房治弘大教授)によると、非常勤講師は複数校を掛け持ちしても月18万円ほどが限界と指摘。「年収100万円以下も少なくない。多くは生活保護水準以下」と推測する。
> 一方、正教員と同じ仕事をこなしている常勤講師も、境遇は厳しい。県教委教職員課などによると、大卒の初任給は約20万円。10年連続して勤務すれば約25万円まで上がるものの、それが上限だ。また、身分は半年ごとの契約更新のため、賞与(ボーナス)は毎年、新卒の扱いとなる。
> また、次年度も雇用される保証はない。臨時教員の多くは、正採用を目指し、年に一度の教員採用試験のチャンスに懸けている。
> ある高校で働く30代の男性常勤講師は、日々の授業と運動部の顧問の多忙な中、7月の教員採用1次試験を受けた。平均12・3倍の難関だった。「試験勉強がしたい。でも、教員だから現場に集中し、授業、部活も頑張るのは当然」と話す。ただ、今回こそ正採用を勝ち取れるのか、自信があるとは言い切れないという。
> 「教員採用制度と臨時教職員制度の改善を求める県民の会」が13日までに集計した資料によると、2008年度の県内の臨時教員は1626人で、総教員1万3314人の12・2%。およそ8人に1人に上る。2年連続で臨時教員の比率は高まっている。
> 求める会は「臨時教員の雇用は、地方公務員法で緊急の場合などに限られる」とし、「常態化や増加傾向は許されず、使い捨ての利便性ばかり追求している」と県教委を批判。臨時教員が現場で経験を積んでいることを重視し「教員採用1次試験合格者は次年度以降の1次試験免除を」と訴え、「生活安定のため、正教員に積極的に登用すべき」と主張する。
> また、県高教組の谷崎嘉治執行委員長は「大都市圏は正教員も臨時教員も不足している。本県などで生活も登用も手詰まりになった人材が、流出する恐れがある」と指摘する。
> 一方、県教委は将来の少子化を見越し、正教員の減少ペースと調整するため、臨時教員に頼る部分が多いと説明。「小中学校の統廃合が今後進むことも合わせれば、現在の正教員枠は適正」という見解だ。非常勤講師の授業時間数を生活実態や希望に沿うよう調整するなど、近年は一定の配慮を試みてもいる。
> ただ、正教員の給与は県教委予算の「人件費」として確保しているのに対し、臨時教員の給与・報酬は「事業費」で賄っている。このため、県として正教員の増員、人件費の増額を打ち出さない限り、臨時教員をそのまま正教員に登用するのは難しい事情があるという。
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 珍しいと云うか、唐突な印象。~「なぜ、今?」と思い、ググってみたところ「第40回全臨教青森集会」ってのが青森県三沢市の小牧温泉で2009.8.16~18にあるそうな。これで概ね氷解。因みに正式名称は「第40回全国臨時教職員問題学習交流集会」との事で、やたら長ったらしい。この集会については静岡市教組ブログ(↓)でも紹介してあったけど、どうやら自由社のも扶桑社のもお好きではないらしいので、どんな人々が集まるのか大いに懸念は残る。
http://shikyoso.blog.so-net.ne.jp/
 …でもねぇ。彼らとてスケープゴートくらいは要るだろう。身分の差はあれども、どっちみち教員は教員なんだから。そして学校は事実上、二重階級制の仕組みを確立している。一方には常勤とか非常勤といった身分の階級制があり、もう一方には受験科目・選択科目・非受験科目といった、分類や勢力ごとの多様性から成る階級制がある。従って理念的には階級制に反対する立場でも、現実的には「階級制の維持と階級制の廃止が同時に成り立たねばならない」。するとそうした在り方から綻び出す矛盾を排除する上で、必然的に多くの変数が操作されねばならず、必要が結果を生んで「優位の階級制が劣位の階級制を階級的でないものへと変質させる」。或いは教育偽装と言い換えてもよい。
http://shikyoso.blog.so-net.ne.jp/2009-07-29
 その傍証になりそうな言い回しを上記ブログから抜き出してみると、「この委員の方は恐らく、例えば中学校で、社会の免許のない他教科の先生が社会を教えなくてはいけないという教員配置の実態を知らないのでしょう」と書いてある。教科指導は横断的であるがゆえに、試験科目が必ずしも試験内容と合一する訳ではない。そして非専門家が専門家の仕事をこなすには先ず、「専門性の頽落」へと学問上の本質を軟着陸させる思考が要る。そのためのシステムに入試を利用すると、それぞれの試験に自ずとズレが出てくる。仮に教員採用試験を指導法f(x)自体に関する試験と形容するなら、それぞれの科目はxであり、個別には科目aや科目bや科目cの像が浮かび上がる。それを生徒が入試というf(x)の場、すなわちf(a),f(b),f(c)...の場で競う事になる訳だ。ところが教員採用試験にa(x),b(x),c(x)...の形式を持ち込むと、今度は関数それぞれが学校の実態と整合しなくなる。それを小学校の様な統合形式f(x)に変換するのが「教員の適正配置」と呼ばれる副次的(?)条件で、条件範囲は専ら教員免許で示される。
 この教員免許を握るのが各地の都道府県教委(と一般には呼ばれている教育庁)。~科目a(x)と科目b(x)を分かつ「免許の差異」は共立可能である。そこで真面目な大学生は複数の免許を取ろうと勉強し、なおかつ「虻蜂取らず」にならぬ様に採用試験へと集中する(そうでない教員への対応は大体こんな形↓)。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2000/nto20001110.html#Anchor2
 しかしそれで報われるとは限らない。私は県教委の内側から見た事がないので実態を知らないが、こうした所有免許数には選抜過程でどの程度の配慮が払われているのだろうか。沢山の免許があればよいというものでもなかろう。…知人に国語と書道と社会の免許を取った人が居る。だからそれらの範囲内で、どの科目に彼を教員配置してもよい訳だ。現場にしてみれば実に便利な人材である。理想的ですらある。ただし中身が「広く浅く」と「広く深く」のどちらかは蓋を開けてみないと分からない。採用試験の受験科目では優秀な成績だったのだろう。それが世間のニーズと合致しているなら話は早い。
 世間は欲張りで、優秀な先生を求める。学校も欲張りで、組織に都合の良い先生を求める。…優秀さにも限度がある。専門知識が多過ぎても無駄(典型的なのは大学院を出た博士とか)。しかし進学塾・予備校の先生ならニーズにぴったり。巷間では「学校に通わせず塾にだけ通わせたい」と思っている親が多いのではなかろうか。私の育った環境だと、勉強の出来る子はよく「勉強し過ぎるな」と言われたものだ(と親から聞いた)。受験勉強は効率的な方がよい。勉強し過ぎると却って損をする。もっと「ゆとり」ある教育を。その「ゆとり」を受験勉強に回せ。やがて学校は予備校化と専門学校化を免れなくなったが、そこにも「無駄な科目」の壁がある。学校教育そのものが時代遅れなのかも知れない。現場では許容範囲だと思っていた事が、いきなり未履修問題で叩かれた結果からも分かる通り、現場がニーズに対応した事で逆に文部行政との溝が露呈した。既に受験科目が非受験科目を淘汰していた。所謂「十五の春を泣かせるな」の延長に共通一次試験の導入を幻視する場合、国内グローバリズムとしての「受験経済」が成立したかの様ではある。
 しかしながらその正体は、上限と下限を持つ一種の統制経済(?)であった。受験科目は配給制市場で、非受験科目は闇市。その両方が合法である世界を想像してみて欲しい。新たな闇市に統制的合法性と経済的違法性が同居する。敗戦後の闇市には統制的違法性と経済的合法性が同居していたと見るなら、その転倒した姿を都道府県教委がどんなふうに解釈するか、まさか誰も気付いていなかった訳ではあるまい。それが私の形容するf(x)の伝統であった。今も昔も彼ら「FX戦闘機」の乗員…もとい、教員は兵士の様に訓練され、にもかかわらず現場では自衛隊の様に見放されつつあるのだろう。それに対して逆襲しようと運動している人々の先輩達(の一部)が「自衛隊に同情の素振りを見せなかった」のは皮肉と云えば皮肉。学校で獅子奮迅の努力を続ける教育の兵士達は「普通の教員になりたい」と願う。そして他方には「正規の自衛隊員になりたい」と願う人達が居る。
 学校が自衛隊になる日(もちろん比喩ね)、塾や予備校を支持する人々は学校の教員達に同情してくれるのだろうか。恐らく歴史は繰り返す。それが正しかろうと、そうでなかろうと。

(宣伝)
 旧稿末尾も参照されたし(↓)。~都立高校には専任教諭1名、兼任教諭1名、常勤講師0名、非常勤講師120名なんてウソみたいな内訳の科目もあるそうな。ここまで来ると、当然ながら教員採用試験そのものが実施されない。となると絶望先生、もう後は笑って済ませるしかないじゃん(実質的には東京鎖国だから、地方の人材流出防止効果もあるし)。かの集会に参加する方々は、思いっきり怒り狂ってきてくださいな。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7584&range=1
 …と書いたところで、当事者の誰もが此処は見てないんだろうけど。



7620 恥を忍んで(其一) 苹@泥酔 2009/08/21 01:26

●算数心理のバイシュン(←禁止語彙ゆえに投稿できないのは、この漢字表記が原因か?~2012.1.26補記)
 …以前、どこかで「なぜ1+1=2になるのか分からない」と書いた事がある。今も相変わらず分からぬままで居る。ただの計算に留まるとは思えない。どうにかして「分かる言葉」へと翻訳できないものか。
 以下は多分、馬鹿々々しい話になるのだろうが、例えば1と2は一見、それ自体としては別の値に見える。恰も1が2に対して「あたい、あんたとは別人よ!」とツンデレ予定調和の台詞を言い放つかの様に。…1と1と2それぞれが時には主語の様に見え、その三人の関係を述語的に示唆する「+」だの「=」だのが、様々な三角関係の中から一つの三角関係を抽出するかの様に手引きする。…しかしながら「三人」は仮の姿かも知れない(小学校レベルなら3+2=5など)。或いは関係の方が仮の結び付きかも知れない(同じく1<1+2など)。そうした入り組んだ在り方の側から見れば、時には変数として振る舞い、時には関数として振る舞うそれぞれが、ともすれば変数と関数の理解を妨げる。…誰の理解か。私の理解だ。忘却と混乱が相俟って、今や変数と関数の違いが分からなくなっている(正解を調べるのは後回し…汗)。
 …昔、小学校で足し算を習った。当時は変数や関数を習わなかった(当たり前か…汗)。1,2,3,4,5...てな具合の(十進法の)数の列びを覚え、果物か何かに見立てて数えた。そこでは1も2も3も同じ「増えゆく(減りゆく)数の流れ」の仲間であり、予め順序立った関係の中での捉え方を前提に計算を学んだ。…あれから数十年。今では無意識に淡々と数え、計算し、時にはウッカリ間違えたりもする。私の場合、計算感覚のトコトン希薄な「九九」丸暗記あたりが意外な場面で間違えやすい(すぐに気付くけど、その瞬間にいつも戦慄する)。後から変数だの関数だのをやらされた時は既に手遅れ(?)で、足し算にその手の奇妙な概念を持ち込んでよいものかどうか分からなくなる(そんなの小学校では習わなかったぞ?)。よく理解していない分だけ余計に戸惑う。と云っても、当時からそんな事を考えていた訳ではないが。
 重ねて昔を思い出してみる。林檎と林檎を足して二個の林檎。この林檎とあの林檎は違うのに、どうしてさも当たり前であるかのごとく平然と足せるのか。~そんな感覚も長続きはしない。やがて数が林檎と林檎の関係や印象を破壊した。無心に計算すると気が楽になる。てめえら学校で何を学んできたのか。余計な事を考えるとテストの残り時間がなくなるぞ。林檎は林檎だ、腐っていようが構うものか。計算には「そんなの関係ねえ」。意識さえしなければ、黴米だってポストハーベスト米だって(以下略)。
 …或る意味、こうした意識を深層で決定づけたのが別の「数」だった。分数と循環小数の出てくる単元で「0.999...=1」と教わった。経験上そうなる。皆様も覚えがあるだろう。1/3=0.333...で、それに3を掛ければ0.999...になる。これが不思議でならなかった。授業の後で先生に尋ねてみても、納得のいく答えは得られなかった。やがて機械状の数式記述が思考停止を根拠づけるための論理となって拡張して行った。そうした拡張自体に違和感を覚えたのは大学時代後半の事である。受験論理から脱落した瞬間がそこにある。

 そうした「受験系」の思考の在り方を、そのまま内包しながらアッサリ覆すのが小泉義之『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)P.39~43の記述だった。ちと長くなるが、構わず引用してみよう。
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>無限級数
> 次のいささか奇怪な等式を例にとろう。
> 0.999...=1
> 留保抜きで断じておく。この等式は無意味である。0.999に続けて記号「…」を書き加えても、1に等しくなるはずがない。そもそも0.999と1は等しくないし、記号「…」には何の意味も与えられていないから、そんな無意味な記号を挿入したところで、等式が成立するはずがない。念を押すが、こんな等式は絶対に成立しない。
> それでも私たちは、この等式が成り立つと考えることがある。高校では問題なく成り立つかのように教えられて、私たちもそれを鵜呑みにする。ここで問われるべきは、そのとき何を鵜呑みにしているかということである。こう思っているはずだ。0.999に続けて9を書き加えると、それだけ1に近付く。0.999と1の間には差異(1-0.999=0.001)があり、0.9999と1の間には、別の差異(1-0.9999=0.0001)がある。0.9999に続けて9を限りなく書き加えると、限りなく1に近付く。限りなく1との差異を小さくとれるから等式は成り立つ。つまり記号「…」は、限りがないということ(可能的無限、無際限)を表すから、等式は成り立つ。
> この思い込みは間違えている。第一に、限りがないということは、終わりがないということだから、いかに多くの9を書き連ねても、さらに続けて9を書き加えられるということである。したがって、いかに小さくとも差異は消えないし、いかにしても等式は成り立たない。第二に、「近付く」という運動論的な概念が曖昧である。それを明確に定義するためには、距離(位相)を明確に定めなければならない。そのためには極限や微分や連続体を明確に定めなければならない。そのためには無限級数の意味を明確に定めなければならない。振り出しに戻るのだ。だから、この段階で運動論的な概念で納得しても、何も分かったことにはならない。結局のところ、9を限りなく書き連ねれば1に近付くと思うときには、密かに数直線を想像して、等号「=」を矢印「→」に置き換えて分かったつもりになっているだけである。9をいくら書いても1にはならないという直観を手放してはならない。
>
>極限と微分
> 先の等式が成り立つようにするには、聞こえは悪いが、デッチ上げが必要である。無意味な式に意味を賦与しようとするのだから、とてつもなく無意味な捏造が、デッチ上げの嫌疑を捻り切る捏造が必要である。
> 捏造の方法は簡明である。1が予め存在するからこそ、9を限りなく連ねても、差異は残ると考えるのだ。実際、1が予め存在しないとすると、当て所なく9を書き連ねることになる。どこに向かうのか分からぬまま書き連ねることになる。差異が限りなく小さくなるということも、距離が限りなく小さくなるということも分からなくなる。だから、1が予め存在するからこそ、限りないということに意味が賦与されると考えてしまうのである。もう一工夫必要である。当て所なく9を書き連ねているとき、限りない級数のその先に1が存在すると明確に分かるわけではない。しかし同時に、限りなく9を書き連ねられると思うとき、限りない級数のその先には、決して到達できない何ものかが存在すると、おぼろげに思うはずである。
> こんな思いを数学的に仕上げればよいのである。具体的には、無限級数に対して、当て所ない何ものかが存在するという証明を構成すればよい。無限級数を限りなく続けても絶対に到達できないもの、しかしそれが予め存在するからこそ限りなく無限級数を続けられるものを、極限と呼ぶ。いまの場合、無限級数0.999...は、極限値1に収束すると考えたい。
> では、0.999...=1が等式として成り立つと考えるとき、何を要請していることになるか。無限集合が存在すると要請して、記号「…」が無限集合を表すと要請している。無限集合とは、限りなく続くもの全体の集合である。限りがなく終わりがないにもかかわらず、その限りない進行が終わったかのように、限りなく続くものたちを統合する集合である。こんな途轍もない集合が存在すると要請しているのである。この要請を飲み込んでしまえば、後は簡単である。記号「∞」が無限集合を一意的に指示する名前であるとして、0.999...を0.999(∞)と考える。それから、無限集合を二つ持ち出して、両者の間で数が一つだけ定まると論証する。二つの無限集合による切断、すなわち、「∞|∞」における「|」が、一意的に数1を指定すると論証するのである。かくて、0.999(∞)=(∞|∞)=1となる。
> 次に微分は、極限によって定義される。正確には、無限級数の各項の差異の極限として、また、差異と差異の関係の極限として定義される。
> したがって微分は、差異と差異の関係を限りなく生産する場を表現することになる。だからこそ、放物線の微分方程式を解くことによって、相互に異なる無数の放物線を描き出すことができるのである。
> さて、ここで解釈が必要になる。極限の存在は、要請されているだけである。微分は、存在が要請された極限によって定義されているだけだから、微分の存在も要請されているだけである。さらに付け加えれば、数学的な連続体は、極限と微分によって定義されるから、連続体の存在も要請されているだけである。だから、極限、微分、連続体の存在の仕方は、理念的で潜在的である。現実的でも顕在的でもないから、理念的で潜在的でしかないのだ。となると、極限、微分、連続体については、たんなる捏造にすぎぬという嫌疑を晴らし難いことにもなる。そこで、それらのリアリティについて解釈する必要があるのだ。もちろんここで、捏造にすぎないと割り切っても構わない。しかしドゥルーズは、微分的なものは、たんに想像されたイマジナリーなものではなくて、要請されたものであるにしてもリアルなものであると解釈したいのである。それは、自然と生命を肯定的に認識するためにきわめて重要なポイントになるからである。
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 …この辺の記述(前半?)は何処かで引用した気がする。もしかしたら此処=天バカ板の過去ログにあるかも知れない。今の草稿用ファイル(一太郎)を「小泉義之」で検索しても発見できなかったが、その代わり別のボツ稿(未完)が見つかった。内容の大半は約十年前に書いた県教委宛長文書簡(?)の一部。これについては稿末で引用する。

 …先を急ぐ。
 紀元は二千六百年。あたしゃ数えた事はないけれど、天皇の代を逆算すれば古代に非現実的な寿命が出てくるらしい。数の捉え方を単純化すれば、天皇は間違いを内包する存在となる。嘘で塗り固められた国体に根拠などあるものか。科学的に見て間違ったものを維持して何になるのか。先ず改めろ。話はそれからだ。学校なら減点されるぞ。
 無謬性への信仰が一つの物語を作り出す時、無謬でない信仰は信仰するに値しない。それがいとも簡単に打ち砕かれた時、そうした現実は不条理の無謬性へと進化するだろう。不条理に包まれているからこそ、不条理の原因を破壊しなければならぬ。さあ、革命だ。改革だ。それを信仰せよ。たえず破壊し続ける事に改革の無謬性が宿る。改革してみてそれが間違っていると分かったら、また新たに改革すればよい。改革ばかり見て保守を見ない理性的な正義が理性的に陶酔する時、夢の様な幸福が陶酔の中で実現する。
 そう捉えるなら、左翼は明らかに理性的と云えよう。つまりそうした意味で「閉じている」。隠されたものを見ないまま現実に理想を持ち込み、無謬性の顕現から別の(=今の?)現実を追い出そうとするかの様に。そしてそれを教育現場に持ち込む。
 彼らが左翼かどうか定かでないが、少なくも約十年前の私は現実に不満や疑問を抱いていた。その記録を以下に披瀝する。…以前、別の箇所を此処=天バカ板に転載した(↓)。どちらも長いので、読めばさぞウンザリする事だろう。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=6538&range=1
 …てな訳で、以下蛇足。

(続く)
8【再掲】「恥を忍んで」02 ( 苹@泥酔 )
2012/01/26 (Thu) 00:31:16
7266 余談の余談の続きの蛇足 苹@泥酔 2008/08/22 02:44

 毒を食らわば何とやら、勢いで書かなきゃ書けなくなる。前稿(No.7264)は「これで一区切り」のつもりで書いたものの、書き忘れた事があったのを思い出したので「今度こそ最後」のつもりでまたまた追記(二度ある事は三…いや、なるべくなら避けたい)。

 「何でもあり」と「道一筋」はどう違うか。~今夜のネタはNo.7257とNo.7262の敷衍。
 様々な書風でしょっちゅう書き分けてるのは書道教員くらいのもので、大抵の書家は普通「自分の(属する社中の)書風」で書く。つまり異常なのは(世間的に見りゃ)書道教員の方なのだぁ。その上「どの書風でも書家並みの水準で書ける人」となると滅多に居ないし、現に私自身「出会った事は一度もない」(ここには「そもそも日展審査員クラスと出会う機会自体がない」って事情も絡むんだけど)。殆どの書家は一つの書風を極めようとするだけで手一杯。そして書道教員は「広く浅く」と「狭く深く」との間で常に板挟みとなる宿命にある。
 巷間には書道教員と書家を混同する人が少なくない。教育上「異常な宿命」の下にある書道教員が社中で活躍する…そんな姿を見れば混同するのも無理はない。と云うより「混同せざるを得ない」のかも知れない。例えば或る政治家が自民党と公明党と民主党と共産党と社民党に属していたらどうか。誰だって異常者か八方美人と思うだろう。池田大作と靖国神社と中国共産党に参拝する神経を想像できるか。出した例が不適切なのは分かっているが、不適切な捉え方には不適切な喩えが相応しい(かもよ?)。
 某先生が十数年前の正月、社中展を見に来た高校の同僚らしき人と何か喋っていた。その人は「先生だか書家だか分からんな」と言う。某先生は即座に「先生だよ」と応えていた。…私はこの遣り取りに潜む矛盾の恐ろしさがずっと気になっていた。書家にも書道教員にも「骨になる書風」が必要なのは分かる。骨抜きの「何でもあり」では困る。書家として振る舞う場所では教員としての抽斗そのものを隠すが、この抽斗なくして書家としての厚みは語れない。そうした経験があるからこそ、二足草鞋の教員は隠されたものに対して敏感となるのだろう。彼らは見えないものを見ようとする。しかしそれでもなお、展覧会では書家として振る舞わねばならない。書家として振る舞う場所にあって「先生だよ」と応える事の矛盾が、今度は逆に「骨を包み隠す」事になる。
 教員である事の皮肉が骨を包んで初めて皮肉骨適均する…と仮定するなら、剥き出しの骨を基準に教員の質を測るがごとき生体実験は残酷と云うより他なかろう。多分そこに書道教員採用試験を実施する意味がある。
 展覧会の実績は骨格標本の展示と大差あるまい。死者の骨格標本だけで評価するならまだどうにか割り切れる。書道教員を廃絶して、書教育を書家に丸投げすればよいのだから。これならわざわざ学校で書道を教える必要はない。バウチャー制か何かを導入して、生徒を学校から書塾に追い出せばよいのだ。するとそこでは学習指導要領の方が矛盾の一切合切を抱えて自爆する。書家に指導要領への準拠義務を課す方が異常となる。
 ここから逆に書道教員の在り方を剔出すると、その生々しき血肉は常に腐敗と隣り合わせになるだろう。生者の肉塊と死者の標本を天秤に掛ける場合、確かに後者は安定している。…この手の安定性は生者達の世界から孤立する。そして生者達は死者の復活を望まない。にもかかわらず指導要領上、死者はゾンビとなって復活する事になる。生者としての復活が否定されたら死者はゾンビになるしかないし、復活そのものを否定するなら学校の書道カリキュラム自体を葬るしかない。ここではナチス然とした「文化の最終解決」が問われているのではなかろうか(「反日実験人格」でない方の苹が学校と県教委を敵視するかの様に振る舞うのは、そうした事情あるがゆえである)。


(更に余談)
 鑑賞眼を重視するなら書道教員には優れた作品を書く実力が求められるし、具体的指標としては「日展入選」レベルの経歴があらまほしきもの(青森なら毎年数名入選、ただし通常は全員が高齢リピーターだから県教委は事実上正規採用不可能w)。…見る人が見れば技能水準は一目で分かる。しかしそんな鑑賞眼の持ち主が教員採用担当者の中にどれだけ居るかは心許ないし、下手をすると特定流派に偏った人材選別がなされる結果、コネ採用の最も不穏当な部分を治外法権の状態に置く事となる。
 流派とは大概そういうものなのだろう。嘗ては地域に密着した稽古事の代表格で、その名残が今も根強く定着している。幕末・明治もそうだった。しかし当時は門流の分化がさほど進んでおらず、こちらの田舎では教科書自由出版制時代の系統と国定手本時代の系統がそのまま地域密着の門流と重なっていた。そうした準‐未分化時代の地域定着傾向を書流分化時代が承け継ぎ、文検全盛期には流派側の師匠が教員を兼ね、敗戦後は書教育そのものが占領政策で廃止に至る。つまり地域文化としての流儀書道は残ったが、学校教育の書道は壊滅した訳だ。県教委は書教育復活後の正規教員採用試験実施を自粛し、その影響が半世紀以上を経た現在も残っている。ここ数十年は大学の教員養成システムを経た人材が、地域密着型流儀書道により鋳直される形となっている(見方次第では「教員教育の歪曲」となるあれこれを背後で支援してきたのが「畑違いの職場管理職達」…この手の話は昨今の教育委員会不要論の下部レイヤーに相当するのかも)。
 「これではいけない」との問題意識があったかどうか定かでないが、ともかく大学側は国語教育の傍系で流派の先生を講師に招き入れた。流派が大学教育を牛耳れば一切合切が解決する。流派による大学教育側の自己限定が地域の特徴を他の地域から切り離した後、やがて大学側が共通一次やセンター試験に寄生する形で全国規模の公平な入試選抜を偽装する様になる(この件については若干の情報を十数年前に得ているので、いつか支援板で詳しく書いてみたい)。

 てな訳で、今回はこれにて打ち止めの予定。(折を見て、支援板へのリンクも予定。)



7317 あけおめ、ことよろ。 苹@泥酔 2009/01/02 01:11

 ミーの本来なら爽やかな筈の元日の朝は、(何度もショックを受けたんでよく覚えてないけど)あれは日テレ系列の番組だったかな、ピチピチ女子高生がいっぱい出たよ♪(それにしても…書道部の印象は普通ネクラでオタっぽいブス寸前が多い筈なのに、なぜ美女ばっか出てるんだ?)
 差し当たり暴言陳謝(平伏)。…とどのつまりは全国各地の書き初めネタだが、多くの人がイメージするだろう中身とは全然趣向が違う。ここ数年あちこちで盛り上がりつつある「パフォーマンス書道」ってやつで、「躍り食い」ならぬ「躍り書き」がちょいとばかりセクシー(?)だったりするもんだから、二日酔いの私に一発かますにはそれこそ充分だった訳だ。
 そこで取り敢えず感動まんまの記念カキコ。年始の挨拶を兼ねて、セレブ奥様んとこに書いたのを転載してみる。書いた場所が場所だから結局は西尾ネタと絡めたオチになるんだけど、時系列上では前稿(No.7301)で転載したのを書いてる途中の挿話にあたる。…ま、要はありきたりの正月ネタって事でござんす。
 なお、連ねるツリーは前稿の後でなく、夏に書いた書道ネタの方にしとくわ。

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 今度こそ非表示余談(駄文の連続でセレブ奥様、ウンザリしてたらゴメン…汗)。
 禅林墨蹟を見ると、起筆の際には時折飛沫がある。中には豪勢なのもあって、大抵は大字ばっか。それらの影響あっての事か、昨今は書道パフォーマンスでバカでかい筆を用いる傾向が流行りらしい(機会あらば只今発売中の季刊『墨』195号P.132を参照されたし)。昨昼も一昨夜もBS日テレで「キズナのチカラ」第16回(↓)を流してたと思ったら、昨夜は駄目押しに「NHKよ、オマエもか」(笑)の体となっていた。こっちの再放送は来週土曜午前だそうな。番組名は「ヒミツのちからんど」(↓)。柿沼氏の模範揮毫は「力」第二画の中鋒が本格派の面目躍如。
http://www.bs4.jp/entame/kizuna/oa/thisweek/index.html
http://www.nhk.or.jp/chikaland/yotei/index.html
 ところで~産経サイトの教育欄に、見方次第では稍やトンチンカンと映る記事がある(↓)。「精神の変質」に横書きが絡む云々。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/081113/edc0811130803000-n2.htm
 分からぬではないが、それと似通ったレベルで云うなら飛沫もまた同工の筈。…大字を書く時、勢いよく起筆すると飛沫が生じる。つまり筆を「外から内に持ち込む」メカニズムに於てのみ飛沫が語られがちとなる。これは非常によくない。黒船指向、受け身の指向が、飛沫に籠められた魂の戦慄きを根本から牛耳っている。
 禅林はさにあらず。例外はあるが、抽象的に云うと抑も飛沫は筆の「しくじり」と相似たり。それを丸ごと受容するから、却って「全体が内から発する」。外から持ち込むのではない。内側からの発露に飛沫が伴う。その点を根本的に誤解させる教育が書道界でも跋扈している(それと似通った歪曲事例は自衛隊や政界の周縁でもある模様)。
 具体的に云うと、起筆の際に筆鋒が屈曲して弾力を蓄える。それが次の送筆に移る時、しくじると筆尖が余りの送筆の動きに耐えきれず跳ね返る。…地震メカニズムの説明図を見ると、プレートに引きずり込まれた岩盤が跳ね返るだろう。あれと同様に筆尖が元に戻り、その際に飛沫が「内から飛ぶ」。外から持ち込まれる時に飛ぶのではない。次の送筆動作に移るからこそ、筆尖が「逃れようとして」外へと飛ぶ。そこには先ず魂プレートの求心的作用がある。これを欠いた書は根本的な筆力を欠く。飛沫に囚われて筆の方向を失うと、却って精神の変質を招く羽目になる。
 その点、西尾先生の筆力には魂プレートを体現するかの様な強靱な戦慄きが感じられる。それが読者を自然に保守の渦へと巻き込むのだろう。禅林墨蹟の最も肯定的な「しくじり」には西尾先生の代表作と同様、淡々とした伝統と素心が一見相反したまま同居しているかの様に思える。たといそれが福田先生とは別の帰結に至るとしても、飛沫に惑わされて動きを見失う様では「読者として」の沽券に関わる(なんのこっちゃ…汗)。
 次回コメントは、『WiLL』新年号の拝読後とする予定。
2008.11.17 (00:58) / / [EDIT]
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7318 あお、こよ。(更に略^_^;) ミッドナイト・蘭@職場 2009/01/02 07:49
男性 会社員 A型 東京都
>  ミーの本来なら爽やかな筈の元日の朝は

ミーに笑いました。
私は大晦日仕事納めで、本日仕事初めです(^_^;

まっ、まあ、「甘噛み!天才バカ板」のほうで<ナカデミー賞>を発表しているのでお読み下さい(o^_^o)



7584 石原都知事は非正規雇用九割を黙認? 苹@泥酔 2009/07/04 02:12

●二つの記事から
 「学校で何を学ぶのか」が揺らいでいる。歴史と伝統を継承し発展させる…などと云えば聞こえはよいのだろうが、現実味は乏しい。そこで先ずは朝日の記事から(↓)。
http://www.asahi.com/national/update/0623/TKY200906220340.html
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>>仕事直結の授業中心、「新大学」創設へ 中教審の報告案2009年6月23日3時0分
> 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)は22日、会議を開き、職業教育に絞った「新しい大学」を創設する方針を打ち出した。教養や研究を重視する今の大学・短大とは別の高等教育機関(新学校種)。実務の知識や経験、資格を持つ教員が職業に直結する教育を担う。実現すれば、高校卒業後の学校制度が大幅に変わることになる。
> これまでの議論では、新大学の名称は「専門大学」「職業大学」などが考えられている。報告案によると、新たな教育課程は、実験や実習など仕事に直結する授業に重点を置き、割合として4~5割を例示している。このほか関連する企業での一定期間のインターンシップを義務づけ、教育課程の編成でも企業などと連携する。修業年限を2~3年または4年以上を考えている。
> 中教審での議論は、就職しても早期に仕事をやめる若者が増えていることや、かつてと仕事内容や雇用構造が大きく変わったことから始まった。この過程で、一般(教養)教育や研究に多くの時間を割く、これまでの大学と目的が異なる新たな高等教育機関の設立が具体化してきた。
> 今後の議論を踏まえて方針が了承されると、文科省が制度設計の作業に入る。設置基準などの仕組みができれば、新大学への移行を希望する専修学校(専門課程)などが集まるとみられる。
> ただ、現状の専修学校の制度は、私学助成対象とならない代わりに設置基準が緩く、自由な運営や教育ができる。また新大学が、地域の大学や短大などと競合する場合もあり、反発が出る可能性もある。22日の会議でも「現行の大学にも多様性があり、議論は尽くされていない」との反対意見が出た。中教審は今夏をめどに報告をまとめる方針だ。(編集委員・山上浩二郎)
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 「大学」という呼称には奇妙な魅力を感じる。学問の頂点に権威を垣間見たり、受験競争を勝ち抜いてきたプライドが社会的地位と連動したり。それは「資格」以上の何かとなって、自らを枠組みもろとも差別化する。私の様に、例えば専門学校と専修学校の違いに鈍感なら尚更、この「大学」というイメージはいっそう超俗的に聳え立つのだ。大学と大学院の違いなんかどうでもよい。
 この超俗的イメージが大学から抜け落ちつつある。これを教育の劣化と結びつける向きも多い。修業に予め超俗を前提し、そこから還俗して初めて立派な社会人と云えるかのごとく見るならば、「ブランドとしての大学」と「大学のブランド」の相互補完関係により守られてきたものが大学以外の教育を吸い寄せるのは或る意味「自然な成り行き」なのだろう。
 ここでは「超俗」と「還俗」、二つのキーワードを提示して置く。中教審の議論は、専修学校と大学の地位がそれぞれ教育目的から乖離していくかのごとき有様と関わる。それを今一度の「大学化」により引き戻そうとしているかの様に見えるからだ。

 次に産経記事(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090624/imp0906240843001-n1.htm
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>>【断層】大月隆寛 大学最前線の現実
>2009.6.24 08:43
> 大学もやっと世間並み、のようです。中身じゃなく、このところの淘汰(とうた)再編の顛末(てんまつ)です。
> 上から下まで、少子化に伴う構造的な経営危機が平等に襲来、「ゆとり教育」の弊害による「学士力」の低下、ロースクール以下考えなしの大学院改革から、特亜限定かのごとき大盤振る舞いな留学生政策に至るまで、文科省のやることなすこと全て裏目の自爆の連鎖、そしてここにきて、おそらくは業を煮やした財務省じきじきの大々的な経費削減の大号令…とまあ、どっちを向いても斜陽業界には断末魔の兆候だらけ。もっともらしい批判や提言は一層花盛りで、船頭多くして何とやら、ますます事態は混迷を深め、最前線は各個に孤立、補給もないまま枯れてゆくところまで、ああ、見事に昨今のニッポン社会、「戦後」の清算過程の縮図です。
> 地方の大学に身を置く余録で、それら大本営発、上から目線なもの言いとは別の風景も日々目の当たりに。学費を払えなくなる学生が静かに増え続け、奨学金を親が生活費として流用する例も珍しくない。高卒での就職が難しい分、商工業系の高校、急増したフリースクールや通信制高校からも進学希望者は当面微増の一方、これまで何とか維持されていた「大学」への期待に翳(かげ)りがありあり。いまや三年の今ごろから「就活」で、学生らしい期間はほぼ二年、かつての教養課程程度。「初年次教育の充実」てな能書きと共に「ゆとり教育」の尻ぬぐいまで全部現場にまわしていただくかたじけなさ。「豊かさ」のなれの果て、大学進学率50%超えの現実とは果たしてどのようなものか、つぶさに見聞させていただいている昨今であります。(札幌国際大学教授)
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 仙人なら霞を食って生きていけるかも知れないが、そんな超俗・脱俗の心境にはなれそうにない。…わざと曲解するなら、多分そんなものは要らない。仮に超俗を「世間知らず」、脱俗を「引き籠もり」と言い換えるなら、大学生がニートや犯罪者になるのは必ずしも不自然ではなかろう。世間はそんなに甘くない。大卒や院卒の肩書きで食っていけるなら誰も苦労しない。或いは大学もまた、変人を淘汰する段階に来ているのかも知れない。…いや、それよりは解釈の変更により「変人の再生産」に取り組む方が話は早いのかも(例えば「マルクス主義者は時代遅れの変人」とか)。大学は変人を生産しつつ、変人の生きにくい場所へと生まれ変わる。
 ちょいとばかり視線をずらして、仮に「超俗の目的は還俗」としてみよう。オウム信者の大学生が超俗に魅入られたのなら、真面目な信者ほど還俗へのアンチテーゼを抱え込む事になるだろう。「学生を取られてなるものか、いっそ大学が開き直れば~」との思いが潜んでいるかどうか定かでないが、ともかく大学が超俗への指向をかなぐり捨てれば「超俗の共犯関係」(?)を背負わずとも済む。するとやがて教育産業は下から上へと浸透し、更なる経営努力が重視されるに至って、学問は「精神の海外」に向かっていっそう超脱していくだろう。或る俗世間から別の俗世間へと超脱していくプロセスを遊牧的と形容するなら、そうした在り方の典型は私の場合、なにやら移民の様な在り方と重なって見えてくる。場所から場所への移民ではない。場所が同一でも「精神の移民」は可能である。
 例えば移民国家アメリカでは、これまで何度も国内移民を繰り返してきた。見方を変えれば奴隷貿易も西部開拓も移民だろうし、第一次世界大戦で労働力不足が起きた時は農村部の黒人が都市部に移民した。近年では台風被害の甚だしき黒人都市で人口流出が起きた様だが、これも大袈裟に云えば移民。~ここでは「移民」の概念を集団的視点から個人的視点に変換しないと多様性が量的にも質的にも宙に浮き、概念自体が言葉から逃走・分散してしまう。そうした意味では所謂「頭脳流出」もまた、或る「移民」の形と捉えるべきだろう。ここでは「移民」状の群れが貨幣の様に流通し、なおかつ場所の中身を両替する。


●公教育再生と公務員改革
 都議選が始まる時節、これもまた産経(↓)。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/090622/edc0906220256000-n1.htm
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>>【主張】教員確保策 こんな競争は歓迎したい
>2009.6.22 02:56
> 東京都教育委員会が、教員採用試験にあたって地方の教委と提携を進めるなど、意欲的な試みを進めている。授業が面白い、指導力のある先生が増えることは公教育再生のカギで、全国規模での工夫を歓迎したい。
> 東京や大阪など大都市圏はいま「団塊の世代」教員の退職期にあたり、新規採用数が増え、人材確保が大きな課題となっている。小学校教員を例にとると、昨年の競争率は東京で2・5倍など、首都圏は軒並み3倍を切り、質の確保に懸念がでているという。
> 一方、地方では東北、九州などで10倍を超える県は珍しくない。団塊の世代の退職者が少なく、民間企業も限られていることもあって、教職は狭き門だ。
> 教員採用試験は都道府県などで別々に行われている。都教委などは地方で試験会場を設け、優秀な学生の獲得に懸命だ。
> 都教委の新たな採用策は、地方の教委と協定を結んで試験問題を一部共通化し、地元の1次試験に漏れた学生でも、都教委の2次試験を受けられるようにするものだ。来年夏の採用試験から導入を目指しているという。
> 地方の高倍率の1次試験で、わずかな点差で落とされた学生の中には、教員として十分な資質をもつ学生も少なくない。人材確保策として有効といえる。
> 「教員争奪戦」という言葉も生まれている。大都市圏への人材の一極集中を危惧(きぐ)する意見もあろうが、都教委は採用後に東京で一定期間経験を積んだ後、地元に帰れる制度も検討するという。実現すれば人材交流など、教員の育成面でメリットは大きいはずだ。
> 良い先生を増やす方法は、採用だけにとどまらない。教員養成も大学だけに任せず、教職を目指す若者を対象に、自治体独自の実践的な「師範塾」などを開いて育成する教委もある。
> また優秀な教員を特別に「スーパー教師」などに認定し、待遇面も含め評価する制度を導入する教委もでてきている。教職につく魅力を高める努力が必要である。
> 大分の教員採用汚職事件が発覚して1年がたつ。各教委は試験の透明化を進めたが、力のある教員の育成にはまだ改善の余地が大きい。今年度から教員免許更新制も始まった。10年ごとに講習を受け指導力向上を図るねらいだ。国も各教委も、競い合って優秀な教員を育ててもらいたい。
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 この手の競争は観点次第で変わる。霞を食って生きる仙人教員が求められている(?)なら尚更そうだろう。嘗てそこにあった超俗の場は既に古びている。その典型が「古びているがゆえに追い出される」としたらどうか。
 東京都教育委員会の管轄…と捉えて構わないなら、都立高校の教員分布には興味深いデータが見られる。なんと、芸術科書道担当の臨時講師が一人も居ないのである。その代わり専任教諭が一名、兼任教諭が一名、非常勤講師が百二十名。これが都立高校全部を調べた結果だそうな(後述)。
 すると産経記事への見方が変わってくるだろう。一方には非常勤講師で間に合っている科目があり、一方には極端な人材不足に陥っている科目があるらしい。…この落差、余りにも極端ではないか。都立高校全部を合わせても書道教諭は二名で足りる(?)のに、猫も杓子も都会では教員不足だと騒ぎ立てる。そこにはどんな魂胆があるのだろうか。もしかしたら正規教員は、どの科目でも不足して居ないのではないか。むしろ教諭のポストが過剰なのではないか。教諭を減らして非常勤講師で間に合わせればよいではないか。しかしその非常勤講師が足りない(?)から教諭のポストを餌にする。表向きそう見えてもおかしくなかろう。
 実際、現場で不足しているのは教諭でなく講師の方らしい。偶々録画してあったNHK「クローズアップ現代」No.2655も、タイトルは「教育に穴が空く~“非正規”教員依存のひずみ~」だった(ただし番組内容は広島の事例)。通常は教員採用試験で正規採用された合格者が教諭になる。また不合格者にも実務への門戸は開かれており、講師採用の希望を出せば相応の人数が現場に入っていく。つまり~便宜上ハローワーク風の語彙を用いると、就職希望者数が求人数を下回らない限り量的な影響はない。
 すると残るは規定量の範囲内での質的区分。これをテストの評定に見立て、仮に教諭を評定5、臨時講師を4、非常勤講師を3としてみよう。相対的に「評定5」のポストが増え過ぎた分を4や3の頭数から移す場合、その分が減れば人材不足に見えるのは当たり前だし、教員の質の低下を憂慮したくなるのも分からぬではない。他の不合格者(評定で云えば2や1に相当)を頭数に入れないから「人材不足に見える」面もあろう。そして実質的には5の仕事を4もこなす。かてて加えて財政不足。この辺の事情は教員以外の公務員でも似たり寄ったりである。ならば「教員が足りない」は「公務員が足りない」キャンペーンのモデルケースともなり得る筈。現在は公務員社会にも教員社会にも、人材派遣業を含めた或る種の「垂れ流し」システムが入り込んでいる(No.7164中のリンクやNo.7410中の朝日記事を参照)。
 記事の方には「教員争奪戦」云々と書いてあるが、「公務員争奪戦」てぇのはあり得るのか。例えば夕張が全国から優秀な公務員を掻き集めるとする。給料が安く割に合わない。地元からの雇用は減り、土着民と余所者との軋轢も生じる。なんなら正規の公務員採用人数を減らして、その分を「派遣切り」の救済に回してみるか。これなら受験資格も緩和できるし、民主党あたりなら「正規の公務員でないのだから日本国籍でなくても構わない」「先ず現場に親しむ事が肝腎」などと言い出してもおかしくなさそう(なにしろ「日本は日本人だけのものではない」だもんね)。
 日本人の英語教諭を減らしてネイティヴの英語指導助手(ALT)を増やす様に、全方位的に非常勤の専門家(?)を現場投入すればどうなるか。常勤では学校や官公庁が乗っ取られかねない。そこで例えば学校では、担任や校内分掌を任せないために総て非常勤講師とし、校務分掌に関与する常勤の臨時講師を絶滅する。とどのつまりは「学校運営に携わる正規雇用者」と「下請けの非正規雇用者」との二極分化方針とする訳だ(官僚に喩えるならキャリア組とノンキャリア組)。
 たぶん都教委は、私の想像以上に物事をシビアに捉えているのだろう。犠牲になるのは専門家=請負職を中心とするインテリ底辺層であり、総合職(官僚?)が専門分野を支配する構造は何ら変わらない。ゆえに私は疑問を呈する。「石原都知事は非正規雇用九割を黙認?」と。


●拾遺
 前々から何度も書いている事だが、こちら青森では「教育に芸術は必要ない」と明言した管理職が居た(後に弘前市教育長となった)。東京にもそれと似通ったメンタリティがあるのかも知れない。国語の枠組みで書写・書道の実技試験等々を実施する手もありそうではあるが、芸術科書道と国語科書写では縄張りが違うので、高校では自ずと教員採用試験そのものが実施されなくなるのだろう。現場は現場で非正規の講師を雇うしかない。青森の場合は暗に国語経由の裏口採用方式を奨励しているが、東京では教諭になるための門戸を開かないのが都教委の方針、現場の常識、伝統である。長崎や鳥取も四十年近く実施していなかったが、どうやら鳥取は改心(?)したらしい。
 かれこれ七、八年くらい経つだろうか。天来書院サイトの付属掲示板で話題にしてみた事がある。すると斯界ではそこそこ名の知られている筒井茂徳氏が実名投稿、東京都でも採用試験を実施した事があるそうな。当時の私は2001年刊の『墨』148号(芸術新聞社)P.195を見て驚いていた。神戸大学の魚住和晃教授が「東京都が戦後一貫して高等学校の教員採用試験において、「書道」に門戸を開かなかった」云々と書いていたので真に受けた訳だが、筒井先生がそう云うからには何かあるのだろうと思わぬでもなし。~本人に迷惑がかかるかも知れないので念のため書いて置く。筒井氏と掲示板上で遣り取りしたのは、後にも先にもこの一度だけだった。
 そんな経緯があるものだから、「書道美術新聞」917号(2009.6.15付)3面全文を転載せずには居られない(↓)。記事左隣には都道府県別の一覧表がある。
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> 今夏に実施される全国の公立高校における「書道」教員採用試験(平成二十二年度採用)が、近年では稀な規模の一五府県で実施されることが話題を呼んでいるが、一方で「なぜ一五府県だけなのか」「他の都道府県はどうなっているのか」とする素朴な疑問の声も改めて高まる気配だ。
> そこで、現代の「書道教育」の主戦場ともいうべき全国の高校書道教育現場における講座開設状況や担当教員の専任化率等について、公・私立の二回に分けて全高書研(全日本高等学校書道教育研究会)調査部の実態調査資料と、美術新聞社の独自取材をもとにレポートする。
> まず、公立高校(全日制、定時制、通信制、単位制)の合計数は現在、全国で四、六〇五校。ピーク時は五、五〇〇校を超えるといわれたことからすると、近年の市町村合併や少子化の影響でこの二〇年前後の間に約一、〇〇〇校減った勘定。このうち「書道」の開講数は三、三一八校で、「書道開講率」は七二・一%となっている
> この「書道」開講数は、校数の減少ほどには減っていないとされるが、都道府県別に開講状況を見ていくと、まず規模的には全国最小ながら全国唯一、一〇〇%を保っているのが鳥取で、次いで新潟、熊本、鹿児島、大分、富山、和歌山などが九〇%以上の開講率となっている。一方、開講率が低いのは長崎、愛媛、群馬、宮城で、いずれも三〇%台という状況。
> 次に「書道」の担当教員を見てみると、専任教員は全国合計で八八七名に留まっており、この「充足率」は、わずかに一九・三%という低い数値となっている。この専任教員数の推移を見ると、平成十六年度の一、〇五一名から、十八年度一、〇一一名、二十年度八八七名と、漸減傾向に歯止めがかからない状況となっている。
> なお、都道府県別では、最も専任教員数が多いのが埼玉で、開講一九八校に対し専任一一三名、「専任化率」は五七・一%。これに大阪の四二%が続き、以下、千葉、長野、和歌山、熊本となっている。これに対し「専任化率」が低い筆頭は東京で、専任教員数はわずかに一名(〇・四%)。次いで島根の一・八%から、岐阜、長崎、沖縄、山口、石川などの順となっている。
> 特に東京は、二六二校もの都立高校を擁しながら専任教員と兼任教員が驚きの各一名というのは、まさに異常事態というほかないだろう。ほぼ全面的に非常勤講師で充当しているという現状は、芸術教科を「軽視」した人事としかいいようがないと思う。石原都知事に対して、声を揃えて公開質問状でも出してはどうだろうか。
> それにしても、こうした状況を打開するために、「書道」教員の「専任化率」の全国平均一九・三%を、仮に一〇ポイント引き上げるとすれば四六一人の新規採用が必要となり、仮に全国で埼玉の「専任化率」の水準を実現するには一、七四二人の新規採用が必要となる計算で、現状とのギャップは余りにも大きいといわねばならない。
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●全国高校書道/開講状況・担当教員数(公立編)【20年度調査】
…都…∥……………公立高校………………|…………………………公立高校………………………………|採試
…道…∥………………書道…………………|…………………………書道担当………………………………|…実
…府…∥……………開講状況………………|……………………………教員数………………………………|…施
…県…∥学校数…|開講数…|…開講率…|専任…|専任率…|兼任…|臨時…|非常勤…|…計……|…回
………∥………計|…………|…………%|………|………%|………|………|…………|…………|…数
北海道∥…三一六|…一九五|…六一.七|…四七|一四.九|…五四|……四|……四九|…一五四|…〇
青森県∥……八一|……五一|…六三.〇|……六|…七.四|……三|……二|……一五|……二六|…一
岩手県∥……八二|……六一|…七四.四|…一七|二〇.七|…一一|……〇|……三三|……六一|…九
宮城県∥……八九|……三五|…三九.三|……四|…四.五|…一三|……二|……一〇|……二九|…〇
秋田県∥……六三|……二六|…四一.三|……六|…九.五|……七|……五|………九|……二七|…〇
山形県∥……七〇|……五〇|…七一.四|…一三|一八.六|……二|……三|……一一|……二九|…二
福島県∥……七九|……三七|…四六.八|…一四|一七.七|……二|……四|……一七|……三七|…〇
茨城県∥…一〇九|……五三|…四八.六|…一八|一六.五|……八|……八|……一九|……五三|…二
栃木県∥……七四|……四二|…五六.八|…一二|一六.二|……四|……二|……三〇|……四八|…一
群馬県∥……九六|……三七|…三八.五|……八|…八.三|……五|……二|……二四|……三九|…〇
埼玉県∥…一九八|…一三八|…六九.七|一一三|五七.一|…一一|……四|……五九|…一八七|…八
千葉県∥…一八〇|…一四九|…八二.八|…七二|四〇.〇|…二二|……二|………五|…一〇一|…四
東京都∥…二六二|…二二二|…八四.七|……一|…〇.四|……一|……〇|…一二〇|…一二二|…〇
神奈川∥…一八四|…一三〇|…七〇.七|…一七|…九.二|……八|……四|……五七|……八六|…〇
新潟県∥……九七|……九四|…九六.九|…二六|二六.八|……四|……〇|……四三|……七三|…三
富山県∥……四八|……四四|…九一.七|……五|一〇.四|……四|……一|……二二|……三二|一〇
石川県∥……七六|……五五|…七二.四|……六|…七.九|…一二|……一|……二七|……四六|…〇
福井県∥……四一|……三三|…八〇.五|…一〇|二四.四|……四|……〇|……一七|……三一|…六
山梨県∥……四二|……三七|…八八.一|……七|一六.七|……一|……〇|……二八|……三六|…三
長野県∥…一〇六|……八四|…七九.二|…四二|三九.六|…二六|……九|……一四|……九一|…一
岐阜県∥……九四|……六三|…六七.〇|……五|…五.三|……六|……四|……五一|……六六|…一
静岡県∥…一二八|…一一一|…八六.七|…二一|一六.四|……五|……六|……五一|……八三|…一
愛知県∥…二〇三|…一六八|…八二.八|…一二|…五.九|……〇|……一|……九七|…一一〇|…〇
三重県∥……九一|……七三|…八〇.二|…二〇|二二.〇|……八|……三|……二九|……六〇|…〇
滋賀県∥…………|…………|……………|………|…………|………|………|…………|…………|……
京都府∥……七二|……五三|…七三.六|…一三|一八.一|……九|……二|……一八|……四二|…〇
大阪府∥…一八一|…一六〇|…八八.四|…七六|四二.〇|……一|…一四|…一〇五|…一九六|…三
兵庫県∥…一八六|…一六二|…八七.一|…四二|二二.六|…一一|……九|…一一九|…一八一|…〇
奈良県∥……三九|……三〇|…七六.九|…一七|四三.六|……〇|……五|……一三|……三五|…〇
和歌山∥……五二|……四七|…九〇.四|…一八|三四.六|……〇|……五|……二一|……四四|…五
鳥取県∥……二八|……二八|一〇〇.〇|……四|一四.三|……一|……三|……一三|……二一|…八
島根県∥……五六|……三四|…六〇.七|……一|…一.八|……一|……二|……三三|……三七|…三
岡山県∥……九二|……六二|…六七.四|…一九|二〇.七|……六|……二|……一七|……四四|…三
広島県∥…一四六|…一一三|…七七.四|…二四|一六.四|……八|……〇|……三〇|……六二|…二
山口県∥……九三|……六四|…六八.八|……六|…六.五|……五|……〇|……一六|……二七|…一
徳島県∥……六二|……四二|…六七.七|…一四|二二.六|…二八|……一|………七|……五〇|…一
香川県∥……五一|……三六|…七〇.六|…一三|二五.五|……六|……三|……一一|……三三|…二
愛媛県∥……六九|……二六|…三七.七|…一四|二〇.三|……五|……〇|………七|……二六|…四
高知県∥……五八|……四三|…七四.一|…一四|二四.一|……六|……一|……一八|……三九|…五
福岡県∥…一九四|…一一九|…六一.三|…三八|一九.六|……七|……〇|……四六|……九一|…〇
佐賀県∥……四四|……三二|…七二.七|…一一|二五.〇|……〇|……七|……一二|……三〇|…五
長崎県∥……七二|……二六|…三六.一|……四|…五.六|……一|……一|……二〇|……二六|…一
熊本県∥……五〇|……四七|…九四.〇|…一七|三四.〇|…一三|……七|……二一|……五八|…三
大分県∥……五一|……四七|…九二.二|…一二|二三.五|……四|……五|………九|……三〇|…二
宮崎県∥……四九|……二九|…五九.二|…一一|二二.四|……〇|……三|………四|……一八|…四
鹿児島∥……八二|……七六|…九二.七|…一三|一五.九|……〇|……八|………三|……二四|…三
沖縄県∥……六九|……五四|…七八.三|……四|…五.八|……一|…一一|……二一|……三七|…一
…計…∥四六〇五|三三一八|…七二.一|八八七|一九.三|三三四|一五六|一四〇一|二七七八|……
※採試実施回数は過去10年間の合計回数
(情報源/『書道美術新聞』平成21年6月15日付)

 前に何度か支援板で、高校教員採用試験の実施状況などの一覧表を同紙から引用した事がある(↓)。以下、参考まで。
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=2078;id=
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=2980;id=
http://f35.aaa.livedoor.jp/~masa/c-board358sp2c/c-board358sp2c/c-board.cgi?cmd=one;no=3179;id=
 同紙の発行元は萱原書房(美術新聞社)。数年ぶりに覗いてみたらサイトをリニューアルしていた(講読してみたい人は各自勝手に検索してくれぇ)。…次号には「私立編」が載る予定らしい。こちら青森の様な公立校中心の田舎と違って、たぶん都会の方々にとっては興味深い記事となるのだろう。
8【再掲】「恥を忍んで」01 ( 苹@泥酔 )
2012/01/25 (Wed) 00:55:53
 新稿が仕上がるまで暫くの間、旧板No.7240に始まるスレッドを転載する。

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7240 業務連絡 しおりさんへ ミッドナイト・蘭 2008/08/11 22:33
男性 会社員 A型 東京都
現在の、私の職場の先輩のお父さんは、書道の教科書を作っていた方だそうです。

今日、営業途中の移動の車の中で聞きました^^



7241 取り敢えず、レス。 苹@泥酔 2008/08/13 00:21

 蘭様から会長様へのレスがあった時に何か書こうかと思ったけど、一日したら森様のが出てたんで取りやめた苹であった(汗)。

>現在の、私の職場の先輩のお父さんは、書道の教科書を作っていた方だそうです。
 なんか興味深い話ですね。思い当たる年代は今井凌雪・青山杉雨などの先生方が数十あるけど、それらの方々より若い世代が父君ではないんだろな(還暦を過ぎてからの子作りは想定しないで置く)。…まだ御存命かな、それとも物故者かな。生きてたら支援板の拙稿に感想を頂戴したいが…たぶん大半がインターネットとは無縁だろ(orz)。



7247 Re:書道の教科書を書いたかた 蘭@携帯 2008/08/15 09:25
男性 会社員 A型 東京都
その方に聞いたところ、お父さん(亡くなっています)は無名だけど、その先生は有名だとのことです。
純粋に、書したものが使われているだけのようです。
あまり詳しく聞けない間柄なんですよ(^_^;



7257 レス&呪い 苹@泥酔 2008/08/16 21:49

(レス~或いは追憶)
>純粋に、書したものが使われているだけのようです。
 …て事は、載っているのは作例の見本ページかしら(高校教科書の場合)。調和体なら青木香流とか中野北瞑とか、漢字なら貞政少登とか新井光風とか、仮名なら井茂圭洞とか日比野光鳳とか(以下略…作例写真では落款を省略する例が少なくないし、中にはそれらと別に「生徒偽装」落款の作例もある)。どの教科書も監修や編集なら明記してあるけど、作例の筆者名は省略するのが普通みたい(ただし高村光太郎や会津八一などの半古典扱いは除く)。
 監修・編集に携わった人の作例が消えていったのはいつ頃からだろか。鈴木翠軒や伊東参州の教科書には監修者本人のがいくつか載ってたけど(昭和四十年代)、昭和末期以降は気のせいか分かりにくくなったなあ。(単に落款を入れてないだけの話かも知れないが。)
 尤も~中には、展覧会作品とは別人の様な字を書く人も居るわいなあ。このタイプは書写教科書に多い。翠軒や天石東村はともかく、青山杉雨あたりが典型的な類か。…と書いたら思い出した。大抵の書家は「書ける書風」の幅が広いのよね(公然と発表こそしないものの)。これは高校教員レベルでも同様。「まさかアノ先生が××流ばかりでなく××流も書けるとは思わなかった」ってケース、現場では少なくないんじゃなかろーか。斯く云う私も、在職当時は日下部鳴鶴・鈴木翠軒・木村知石・手島右卿・西川寧・上条信山など十数名分の書風を気分次第でしょっちゅう書き分けてたもん。
 ~例えば高校一年の楷書授業。張猛龍碑の臨書作例を出す時は信山や鳴鶴などの書法を例示して、撥鐙法の逆筆で刷毛状に筆鋒を開く手口とか、廻腕法の骨っぽさでカックンと肩越しに筆を下ろす手口とか(これは隷書の三節法を木簡書法と差別化した後の方がやりやすいんだけど)、他には比田井天来の俯仰法が陥りがちな軟弱さを克服するための裏技とか。指導法を工夫・拡張するのが面白くて仕方なかった当時が妙に懐かしく思い出される(専門的な事を書けば際限がなくなる…汗)。

(以下余談)
http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=706
 西尾先生の「日録」を見ると三十数年前の書評が蔵出しサービスされてて、その中に「素伝」てぇのが出てくる(↑)。私には「いかつく見える」名前で、そこから連想するのは塚原卜伝に山東京伝に金地院崇伝。でも文脈では女なのよね…。そこでちょいと調べてみたら、あろう事か明治初期の殺人犯に「高橋お伝」てぇのが出てきた(愕然)。
 決定的な違いがある。「伝」を漢字式に読めば「デン」となるが、「素伝」の場合は二字とも変体仮名で「そで」。しかも幕末から明治初期にかけての話なら旧字体で「素傳」とするのがデフォでしょ。これでは余りに堅苦し過ぎる。どう見てもコリャ元々は草書表記だ。それを楷書由来の活字に直せば「いかつくなる」。見た目が印象を操作する。活字が時代を遠ざける。書物が時代を古典にする。
 たぶん半世紀前の成人にとっては常識の類ゆえ、一々細かく触れる事もない。すると時代を経るにつれて、印象がますます「いかつくなっていく」。印象が活字に固定され、思い描く像が別の影響を受けやすくなるだろう。~例えば私なら上記数名。卜伝は剣豪だから物騒だ。京伝は戯作者ゆえ、現実離れした小説の印象が出てくる。そして崇伝は僧侶。坊主にも色々あって生臭い。極めつけが殺人鬼「お伝」。これらを纏めると凶悪かつ非現実的な印象が脳内で勝手に増幅され、かなりオーバーなイメージが名前とセットになる。
 ならばいっそ漢字はお払い箱にして、現行平仮名の「そで」表記に変えちまったらどうか。しかしそれでは「活字時代にどっぷり漬かった」直木賞作品を、「同時代の分際で」敢えて改竄する事になる。そしてもう一つややこしいのは、「素伝」という名前の世に出た顛末自体が「特記すべき行状」と共依存してしまう事なんだよなー(これを因果律と云う?)。つまり歴史的に見ると、名前と行状は初めからセットなのだ。するとスッポリ抜け落ちるのが「命名した親の立場」。江戸時代の親は時代の常識に従って凡庸な名前を付けた。それが被命名者側の行状により後々「変質効果を内包する様になる」。
 もしもドイツ人のヒトラーさんが自分の子供にアドルフと名付けたらどうなるか。それ以前に総てのヒトラーさんが肩身の狭い思いをしている事だろう。しかし百年前ならどうだか。どこかのヒトラーさんが凡庸な名前を付けた。第三帝国も総統も存在しない頃にアドルフが居る。同姓同名も居るだろう。アドルフ・ヒムラーも居るだろう。私には調べようもないが、戦後のドイツに同姓同名の人はどれくらい居るのかな。戦後生まれは皆無じゃないかと思うが、もし居るなら今度は親の思想傾向が疑われる筈。結局どう転んでも時代の影響を免れない。
 日本では救いの一言(?)が流行語になった。曰く、「忘却とは忘れ去る事なり」と。

 …この手の「日録」ネタはいつも通り奥様ブログに書けばよいのだろうが、最近あそこにゴチャゴチャ書き過ぎてるから今回は遠慮しとこう。たぶんセレブ奥様は此処「天バカ板」を見てない筈。ならば折角のお盆だから(?)試しに祈ってみよう。閲覧者のどなた様か、あちらの奥様に「天バカ板の呪い」をかけてくだされ~(o ̄∇ ̄)o



7261 Re:レス&呪い ミッドナイト・蘭 2008/08/18 22:14
男性 会社員 A型 東京都
ゆっくりと聞き出すので少々お待ちを!

長谷川女史は、我がブログは見ていますよ。

アクセス解析で判明しております。

あの方は、アイラインスレッドにも、たびたび登場してます。

でも、あの人の私への批判レスは、私を利するんですよねぇ~^^;

私は、「日録」を全く見ていません。

「日録」見るなら、「東京支部板」でキチガイを見たほうが楽しいです^^



7262 余談の余談 苹@泥酔 2008/08/19 00:18

(以下はレスの続きでなく、ただの余談。専門的&ヲタ系ネタになるけど笑って許して。)

 前稿を読み直したら思い出した。…大抵の書道教員は複数の書風・流派を学んできている筈で、その中の一つが表看板になる。「死ぬまで一つの流派」って事は殆どない。大学で書道を専攻すれば必然的に複数の書風を学ぶ事になるからだ。その証が教員免許で、この点が所謂「流派の稽古」を経由した師範免状と大きく異なる。師範免状は「その流派の技能」を基準に授与されるものであって、また~私の知る範囲では総て「申請すれば授与される」仕組みを採っている(申請しなければそのまんま)。
 教員の表看板は職務に準拠する。そこが或る意味、義務教育の国語科書写と高校の芸術科書道とを分かつ事にもなる訳だが、そうなると芸術科書道の立場で国語科書写もしくは戦前国定の書風を書くのは些か躊躇われてくる(私だけかも知れないが)。~例えば或る高校に在職した時は掲示物を顔真卿後期の書風にしたり、また別の高校に居た時は六朝風をベースにしてみたり。たまには余裕がなくなって「お里が出る」事もないではない。ウッカリ気の迷いで国定乙種系統(正確には玉木愛石や西脇呉石の類)で書いちまった時は同僚が何か言っていたが(彼らは褒め言葉のつもりだったかも?)、こっちは内心、狼狽してたのよね。「こいつら、皮肉で言っているのか?」と不機嫌になる事もあった。国定の甲種や乙種くらい、戦前と戦後の書教育を比較研究した事のある書道教員なら誰でも書き分けられるからである(単に「恥ずかしいから書かないだけ」だと思う…)。

 ただし国定教科書甲種の方には乙種と別の変遷がある。日高梅谿の頃は顔真卿の多宝塔碑ベースだが、細かく見れば解釈は市川米庵のを継承していて、現代書家の臨書する多宝塔碑とは微妙に異なる。その後は芸術性の重視傾向が強まり、甲種を鈴木翠軒が書く様になった。これも基本は古典で孟法師碑などの影響が強いが、翠軒独自のキレ味や顫筆には批判的な向きも当時あったらしい。
 …あの顫筆は極端な遅筆に起因するのかも知れない。日下部鳴鶴の隷書・楷書に前兆が感じられたりもする。現代の隷書と異なり、明治時代の隷書は側筆の影響が色濃く、運筆を途中で何度か止めて僅かな瘤をつくったり運筆方向を変化させるのが当時は普通であった。その手の瘤が目立つのは中林梧竹の隷書や西川春洞の楷書など色々あるが、ともかくこうした微妙な変化が翠軒顫筆の背後環境を形成していた事は具体的に確認できる。
 技法と環境はそれぞれ不分明な統一性の下、互いの距離感覚を保守したまま~模倣と差異を呑み込み合う事がある。私から見れば筆の根っこまで擦り付けて書く翠軒流の草書は異端以外の何物でもないが、それが畳の目を浮かび上がらせるとなると事は簡単でない。カスレの畳目に明治時代の幻影が潜むのは、筆鋒を根こそぎ使って紙にダイビングした後のサルベージ効果ゆえ…ではないかと思えてくる。
 …あ、そうそう。隷書で思い出したけど、完白山人(石如の事ね)や呉譲之のを西川寧が解説すれば完全な蔵鋒になる模様。ところが側筆系の隷書はマッタリ濃厚な趣を欠く~例えば文徴明とか。…そう云や文徴明の書は江戸時代の日本にも入ってきてたっけ。巻菱湖の書いた隷書赤璧賦は曹全碑ベースだが書法は文徴明のそれ。だから薄味になる。そこに開国ショックが来る。楊守敬が清国から拓本などをゴッソリ持ち込んだ。日本は東西双方に対して文明開化を目論んだ。必ずしも西洋ばかりを向いていた訳ではない。日本の「支那かぶれ書家」達が本格的に学び始めたもんだから、仮名の方は孤立無援となった観なきにしもあらず。漢字・漢学側の書家は支那文物の摂取で手一杯。国語関係者は英語国語化論の相手をするだけで手一杯。
 そんな中で「国語が生まれる」。学制が定まり、国定教科書が編集される…。


(更に余談)
 白昼夢を見た。小学生らしき美少女が三人、テレビの中から「苹!変態!大胆!」と叫ぶ(空耳…)。こんな可憐なチルドレンに萌えるのは何故だろうか。~以前アニメの「ハヤテのごとく」に言及した手前、たまには後継番組に言及してもどうって事はあるまい。
 アニメと云えば、先日の支援板でネタにした「コードギアス」のDVD&BD発売日は今月22日だよなあ…。あたしゃ買わないよ。そんなカネも趣味もないし、偶々VHSに録画したテープが手元に残ってるだけ(そのうち別番組で上書き消去される事になる)。第二弾(R2)は放送済みの全話がまだ残ってるけど、第一弾のは最後の数話を残して総て消去済み。~ただしカレンのヌードが出てくる回はまだ生き残ってる。島流しの回が全部と、シャワー浴びてる最中ルルーシュにナイフ突き付ける回のが半分と。
http://d.hatena.ne.jp/GiGir/20080619
http://www.moonlight.vci.vc/misc/Code_Geass.html
 ところで~海外からの反応、遠藤浩一先生ならどう思うだろうか(ボソッ…)。



7263 Re:余談の余談 ミッドナイト・蘭 2008/08/19 22:22
男性 会社員 A型 東京都
短返レスですみません^^

書道教科書の話は、さりげなく聞きだすので、続報をお待ち下さい。

今、「輝け! 天才バカ板!」で転載している岡山シリーズのオタク少女は「コードギアス」ファンのようでした^^;



7264 余談の余談の続き 苹@泥酔 2008/08/21 00:49

>>No.7263
>岡山シリーズのオタク少女は「コードギアス」ファンのようでした^^;
 …て事は、「R2」でなく第一弾の方ですね。テロ絡みで物騒なアニメだ(苦笑)。因みに昨夜は初めて2chの海外反応スレを見てビックリ。真偽は定かでないが中国系の腐女子、ロリ系の「天子様」に仕える軍人キャラの美貌にメロメロだそうな…。

>書道教科書の話は、さりげなく聞きだすので、続報をお待ち下さい。
 何かあれば、よろしくどーぞ。(平伏)


 それはそれとして、…うーん。
 折角だから、これまで何年もの間「書くのを躊躇ってた」事を書いてみるか…と思ったら予想通りの脱線ばっか(汗)。取り敢えず教員免許と師範免状の違いには少しだけ触れたけど、これって見方次第では藪蛇のネタだからなあ…。
 そもそも何故これまで書けなかったんだろーか。支援板に稽古ネタを出して初めて伏線が形になり始めたとも云えるし、稽古を学校に持ち込む事の是非が曖昧なうちは確かに書きにくい。
 なにしろ再生機構側の先生方が取り組んでる道徳教育だって、ちょいと言い回しを変えれば「道徳の稽古」になるでっしゃろ。仮に稽古を行為と捉えるなら、行為の中身が道徳って事になって尚更ややこしい。見方次第では行為そのものが道徳でもあるから、道徳と稽古との一体性から「行為を抽出する」行為自体が自己言及的な破綻を内包する事にもなるし、しかも大抵の稽古は別の何かを中身として学ぶ訳だから、「書道の稽古」や「相撲の稽古」等々の全体それ自体が道徳的とも云える。従ってこれを学校教育に敷衍した場合、「数学の稽古」や「理科の稽古」などを通して道徳を涵養する事は可能な筈だから、道徳教育不要論もまた同時に提起可能となる(これって論駁しきれるのか?)。
 しかるに書道の場合。
 仮に稽古を行為の芯とするなら、その中身が学校的でも塾的でも大して変わり映えしない筈。だから塾側の稽古を学校に持ち込む事が可能になるし、実質的には教員免許を無効と見なしたって構わない。そこが音楽や美術と異なる。どちらも西洋音楽や西洋美術が中心で、三味線や尺八などの和楽器は部活でやるのが多い筈(日本画や水墨画を学校でやるケースはどうなんだろか)。文化祭で部活を覗くと、茶道だか華道だか忘れたけど~こちらで見かけるのは総て小堀遠州流ばっか(他の流派があるのかどうかも分からない)。
 或いはそれぞれを流派で括る見方が間違っているのかも知れない。しかしそれでは済まないのも確か。そこに伝統文化の厄介な側面がある。例えば今の書道の流派は全部が明治以降のもので、それ以前のは専門家筋でも殆ど語られてないもんね。文献には定家流とか青蓮院流とか大師流とか出てくるけど、それらの稽古の実際は総て閉ざされていて「今あるのかどうか」すら外からは窺い知る事ができなくなっている。この手の事情は皇室とて同様かも(御進講役の桑原翠邦は比田井天来の門下だから明治以降の筋)。尤も、仮名書道の方面はどうだか分からんが。もしかしたら和歌の方面で融合しているのかも知れないし(以前「良子親王」の落款がある和歌書幅の写真を本で見た時そう感じた)。
 こうなると教科書の話からも教員免許の話からも思いっきりズレてくるでしょ(苦笑)。そんなこんなで、脱線の必要を感じれば感じるほど書きにくくなってくる。…見てる人が居ればの話だけど、差し当たっては道徳を論じてる方々の参考か何かになるなら幸甚。


(追記)
 …まだまだ書き足りない。遺言代わりにしては往生際が悪いな(単なる愚痴とも云う)。
 んでもって話は道徳。これを突き詰めると滑稽な状況が生まれたりもするだろう。…ちょいと想像して貰いたい。例えば日本史の勉強をする前に三十分間の座禅をする。先ず日本の雰囲気を味わって、それから授業に取りかかるのだ。長崎の鐘がゴーンと鳴る。ナマンダブ、ナマンダブ。日に三度反省して「あやまちは繰り返しませんから」とお経を読む。残り時間で短く授業を済ませる。入試を度外視すればそれで充分だ。勉強したい奴は塾へ行け。学校では日本史の稽古をし、他の勉強は塾でするのだぁ。
 道徳に託ければ何でも出来る。中身を型でごまかして精神修養。そんなイメージの科目は書道が筆頭格だろ。塾より学校の授業の方がレベルは低い。そんなのが無駄な事は教員・生徒・保護者の皆が分かっているので、暗黙の諒解に基づき「書写未履修」と相成る。国語の教員採用試験に書写実技試験があるでもなし、その辺は県教委の面々も先刻承知ってこった。
 学校でも塾でも、日本史なら学ぶ内容はほぼ同じだろう(教え方は異なるが)。ところが書道の場合、塾では学べば学ぶほど流派に向かい「学校教育から乖離していく」。…教委は教委で、教員配置段階の工夫を凝らす。学校教育の専門教員を初めから採用せずに、民間の「塾の先生」で代用する。つまり「塾が学校を征服する」形になる。塾と学校が同一路線上にあると盲信する人に限って「それで学力が向上するならいいじゃないか」とアッサリ容認する。塾方式の学力向上が学校教育の不要性を裏付ける。こうしてパラドックスが完成する。
 こうした状況が既に成立している以上、塾と学校では何が異なるかを皆が経験的に納得できる形で示すのは難しい。流派それぞれの提起方法を単線型と複線型に分けて捉えれば前稿・前々稿で軽く触れた通りとなるが、複線型の流派を単線型に組み替えるプログラムが学習指導要領に組み込まれている点については当方まだ触れていない。

 経験的な構図は経験者にとって分かりやすい筈だが(前稿・前々稿の例で云うと、一つの古典が多様な顔を持ち、それが臨書の過程で顕在化する事とか)、逆に煩雑と映るなら~いっそ教条的な構図にでも仕立ててみようか…。
 従来型の学校教育は教条的手法を用いて指導効率を向上させてきた。それを経験主導型に組み替えようとしたのが総合学習のイメージに結節するタイプの曲解型「ゆとり教育」で、その失敗が学力低下を招いたと解釈するのが嘗て「つくる会」に結集した方々なのだろう。~教条型は必ずしも詰め込み型ではない。私の云う教条型にはチャートを用いる手法なども含まれる。整理された図式を最大限に活用し、伝達や応用の効率を高める事により経験の一部を補うのが私の基本的な手口だったが、主要科目では誰もがやっている筈なのに何故か現場では評判が宜しくなかった。経験・体験型のイメージに囚われた人が多いためだろうと私は思っているが、そればかりではあるまい。
 経験・体験にはヴァーチャルな側面が含まれる。例えばスポーツ観戦の場合、解説者や観客は「自分が選手でもないのに」あーだこーだと論評・分析を始めるだろう。音楽家や美術家・書家の中には「自分で出来る訳でもないのに文句を云うな」と不満を露わにする人も居る。とどのつまりは「自己実現に他者(観客・聴衆)の横槍など必要ない」という訳だ。必要なのは審査員や権威であって大衆はどうでもよい。大衆に教条的権威はない。それはそれでいい。しかし大衆には最低限の観客経験が欲しい。オリンピックのレスリング感覚で「プロレスは反則だらけだ」と難じたり、プロレス感覚で「オリンピックにも流血を」と無い物ねだりする様な真似はいただけない。ヴァーチャルな経験は観客としてのモラルに通じる。
 ところがどうした事か、それ以外の領分ではリアルな体験を経験一般から聖別する向きが少なくない。観客不要の芸術家が一例だが、それはそれで分からぬでもない。無知な観客にモラルはない。学校教育でも観客モラルの指導(所謂「鑑賞教育」)は殆ど行われず、リアルな体験としての実技指導が中心となりやすい。彼ら教員はリアルな体験とヴァーチャルな経験とを区別していない。リアルな体験の質的向上には時間がかかるから初歩的な段階に留まる事が多いが、それを補う意味でヴァーチャルな経験指導を教条的手法で行うと、今度は体験至上主義の立場(?)から「教える内容が余りに高度」「専門家にする訳ではない」などの文句が出たりする。「ゆとり教育」が本格化した初期の出来事である点はいったん差し引くとしても、こうした文句のどこに学力低下・経験力低下以外の効果があると云うのか。経験と体験についての過剰な混同と区別が悪循環に陥った結果、「ゆとり教育」は(上意の如何を問わず?)草の根で歪められてきた。

 この事について支援板中心にあれこれいじくってみた結果、「高校教育は不要」「予備校化と専門学校化による教育偽装」との解釈が出てくる。「ゆとり教育」の推進にも撤回にも未来はなかろう。複線の戦前教育やドイツの教育とは異なり、現行の単線型高校教育自体が既に飽和状態かつ「賞味期限切れ」となっているからである。
 …蘭様の立場は「反‐つくる会」らしいから、ここでは取り敢えず教育再生機構側を仮想して書こう。
 上記のあれこれについて、TOSSの方々あたりはどう思うのかしら。何かレスポンスがあれば嬉しいけど…此処を誰も見てないならそれはそれで致し方ないか…(こーゆーのも巷間「無い物ねだり」と云うらしき事くらいは承知の上だけど)。



7265 Re:余談の余談の続き ミッドナイト・蘭 2008/08/21 22:33
男性 会社員 A型 東京都
何か書こうと思ったのですが、正直、今、ソフトボール女子の金メダルで感動してます。

昨日から、凄まじい緊張感の二日間でした。

ドラマチックは不滅ですね!!!

「ゆとり教育」については、私も、あまりにもの悪玉扱いは危険だと思っています。

ゆっくり考えたいです^^